K’sストーリー第一章 誰が好き?(1)
 俺、東健吾−16歳、某都立高校1年−の周りには三人の女の子がいる。俺にとって彼
女たちはみんな友達だったはずだが、最近、その関係が変わり始めてきている…。
 それは、3月も中旬を過ぎたとある日曜日のことだった。理由あってアパートにて一人
暮らし中の俺がベッドの中で眠っていると、携帯電話が鳴った。
「…まだ眠いし、無視してるか…」
 だが、しばらくしても着信が鳴り止まないのでベッドの中から手を伸ばし、近くに置い
てあった電話をつかんだ。
「誰だよ、こんな時間…でもないのか。もう昼過ぎてるし…って、親父からぁ?」
 携帯電話の画面表示を見て俺は驚いた。一年ほど前に俺を置いて母さんと二人で京都に
行ってしまった親父からの電話だったからだ。
「いったい何の用だよまったく…」
 そうつぶやいて俺は通話ボタンを押した。
「もしもし、健吾だけど…」
「おう、俺だ。おまえの親父だ」
「言わなくてもわかるっつーの。で、ずいぶん久しぶりだけど何の用だ?」
「別に用ってほどじゃないが、息子のおまえが何してるか、親として心配になってな」
「親だぁ?自分の夢のために子供置いて東京から京都に行っちまう人間が父親面すんな」
「まあそう言うな。おかげで一人暮しを楽しめてるんだろう?」
「楽しめるようになったのはここ数ヶ月だよ。最初のうちはしたくもないのに一人暮らし
させられて、そりゃ大変だったんだからな」
「ふーん。まあいい。で、今は何してたんだ?」
「寝てたよ。今の今まで。それはそうと、そんなこと聞くためにわざわざ遠距離電話かけ
てくんなよな。電話代、高いんだろ?」
「かけてんのはこっちだ、おまえがそんなこと気にするな。それにしても、もう昼だって
のに今まで寝てたのか?」
「いいだろ別に。今日は休みなんだからさ。昨夜は遅くまで原稿描いてたんだよ」
「原稿ってまーた漫画か?いいかげん、漫画家になるなんて夢はあきらめてもっと現実的
な将来設計をだな…」
「俺はまだ高校1年だ!まだまだ夢見てたっていいだろう!つーか、夢を夢で終わらせる
つもりはないんだよ。本気でプロ目指してるんだからな!」
「あーわかったわかった。それじゃまあ、がんばれ」
「思いっきり冷めた返事だな。とても若いころから他人に夢を売る商売をしてて、今も京
都で夢を売り続けてる男のセリフとは思えないぜ」
「俺がこういう仕事で成功できたのは運がよかったからだ。だけど、おまえの目指してる
のは努力次第でどうとでもできる仕事みたいだし、やれるだけやってみりゃあいいんじゃ
ないのか?」
「親父…応援してくれるのか?」
「そりゃ、子供の夢を応援しない親はいないさ。さっきのはちょっと試してみただけだ。
あれぐらいでやめちまうような人間に、夢は追えないからな」
「親父…」
 その意外な言葉に、俺はちょっとだけ感動していた。
「えっ?何だい母さん?代われって?」
 受話器の向こうでそんな声が聞こえた。そして次に、電話から女性の声がした。
「健ちゃ〜ん、お久しぶり〜っ!」
 俺の母さんだった。相変わらず、テンションが高い。
「健ちゃ〜ん、お元気〜?大丈夫〜?ちゃんと生活できてる〜?病気とかしてな〜い?」
「してねーよ。それより、その呼び方と話しかけ方はやめてくれよな。他人が聞いたら、
マザコンじゃないかって思われる」
「だって私〜、健ちゃんが心配で心配で仕方がないんだも〜ん。あっ、何かあったら〜、
お隣の鬼賀さんに助けてもらいなさいね〜」
「もう隣じゃねーだろ!だいたい、そんなに俺のことが心配なら、親父にくっついてそっ
ちになんか行かないでこっちに残ればよかったんだ。そうすりゃ、前に住んでた家を他人
に売るなんてこともしなくて済んで、俺が一人暮しをする必要もなかったのに…」
「う〜ん…確かに〜、健ちゃんのことは心配なんだけど〜、それ以上に〜、お父さんへの
愛の方がと〜っても大きいの〜。きゃ〜っ、言っちゃった〜!」
「おおっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか母さん!だから大好きなんだ母さん!」
「きゃ〜っ、まだ健ちゃんと話してるんだから後ろから抱きしめないでよ〜!」
「‥‥‥‥」
 電話の向こうのバカップル(両者とも45歳オーバー)の様子を想像して、俺は言葉を
なくした。もしこの電話がテレビ電話なんて物だったとしても、この二人は息子である俺
を無視して同じことをするだろう。昔からそういう両親だった。で、しばらく何も言えな
かった俺がようやく口にした言葉がこれだった。
「…とにかく、今の俺に特に変わったことはないよ。だからもういいかげん電話切るから
な。じゃあな母さん。親父にもよろしく言っておいてくれ」
「え〜っ?あっ、健ちゃ〜ん?健ちゃ〜ん!」
 母さんが何か言いかけたようだったが、無視して俺は電話を切った。
「まったく、二人そろって困った親だぜ」
 俺は一人きりの部屋でそうつぶやいてみた。そしてここで、俺は自分が空腹だというこ
とに気がついた。
「うーん、腹減ったけど、冷蔵庫に何かあったかな?」
 そう言って俺はベッドから降りて冷蔵庫の中を覗いてみた。ほとんど何もなかった。
「…ここまで空っぽとはな。さて、そうなると今日の昼メシはどうしようか。コンビニで
何か買って食うか?それとも…」
 俺は冷蔵庫の扉を閉める。
「やっぱ、あの店で食うでしょ」
 そうして俺は出かける準備をして、アパートの外に出た。

 アパートを出ると、空は快晴。こんな時間まで寝ていたのがもったいないくらいのいい
天気だった。で、俺が向かったのはとあるラーメン屋。実はその店、かつて俺が住んでい
た家の隣にある。なぜ今はそこに住んでいないかと言うと、親父が京都に行く時、母さん
だけでなく俺も一緒に連れていくことを想定していて、そのため俺に何の相談もせずに勝
手に家を他人に売ってしまったからだ。だがそのことを聞かされた俺が東京を離れること
に猛反対したため、俺だけはこっちに残って一人暮しをしているというわけだ。なお、今
住んでいるアパートは、元の家から歩いて15分ほどの所にある。
「ふ…わぁぁぁぁぁぁぁあ…」
 まだ半分寝ぼけているのか、たまに俺の口からあくびが出る。そして、歩いている時に
アクシデントが起こった。俺の後ろから、いきなり何かがぶつかってきた衝撃を受けた。
「ぐおはっ!?」
「きゃうん!?」
 ちょっとした痛みが走っただけで、俺にたいしたことはなかった。だが、ここで俺は、
さっき自分の声の他にもう一つの声がしたことに気がついた。で、俺が後ろを振り返って
みると、一人の女の子が尻もちをついていて、今まさに上体を起こそうとしているところ
だった。どうやら、この娘が俺の背中に激突したらしい。
「ま、またあなたですか片瀬さん…」
 俺は少しだけ痛む背中をさすりながら言った。この人が三人の女の子の一人、片瀬克美
さん。身長145センチぐらいの、赤いリボンで縛ったポニーテールがよく似合う小柄で
かわいい女の子だ。ぱっと見は小学校高学年から中学生ぐらいに見えるが、実はこれで俺
と同じ都立木本高校の2年生、つまりは俺の先輩だったりする。そして女の子だが、自分
のことを『ボク』と呼ぶ。
「あー、東くんだあ。こんにちはー」
「こんにちはじゃないですよ。先週に続いてまた俺にぶつかって…時間が巻き戻ったのか
と思いましたよ」
 そう、実は先週の日曜日にも俺はこの通りで片瀬さんに追突されたんだ。俺たち二人は
その時が初対面だったのだが、お約束通り俺はこの人を年下だと思い込んでしまった。
「あはは、ごめんごめん。だけど、ボクだってわざとぶつかったわけじゃ…きゃあっ!」
 片瀬さんが大きな声を上げた。と言うのも、倒れた片瀬さんのスカートがまくれ上がっ
て、中のパンツが見えていることに気がついたからだ。片瀬さんは急いでそれを直すと、
上目使いで俺のことを見ながらこう聞いてきた。
「あの…見た…?」
 スカートの中のことを言っているらしい。
「い、いや、全然…」
 本当ははっきりと真っ白なパンツを見てしまった俺だが、そう答えた。
「嘘だぁ。あんなにまくれてたんだもん、絶対見えたよ」
 片瀬さんがしつこく言ってくる。それで俺はこう答えた。
「そ、そりゃ、見えたかどうかで言えば見えましたけど、それはあくまで見えたんであっ
て、意識して食い入るように見たわけじゃなく…」
「でも、目に入ったのは確かでしょ?えーんえーん、東くんに見られたあ。ボクもうお嫁
に行けなーい」
 片瀬さんが嘘泣きを始めた。そんな片瀬さんに俺は言う。
「…とりあえず、立ちません?」
「ぶー、なんだよー。そんな冷たく言い返すことないじゃなーい」
「だってあまりにも白々しすぎて…。言わせてもらいますけどね片瀬さん、あなたが倒れ
たのは前方不注意で俺にぶつかってきたせいでしょうに。それにそんな短いスカート履い
てるから、中見えちゃうんですよ」
「東くんひどーい、全部ボクのせいだって言うのー?ボク、短いスカート履いちゃいけな
いのー?」
「そ、そこまでは言ってませんけど…」
 片瀬さんの反撃にうろたえたその時、どこからか奇妙な音が聞こえた。
(グウウウウウウウウッ…)
「い、今のってまさか…」
「あはは、ボクのおなかの音だ。ボクこれから、“鬼賀屋”に行く所だったんだ。さっき
東くんにぶつかったのも、あのお店で何食べようか考えてて…」
「危ないなあ。それにしても、片瀬さんもあのラーメン屋に行くところだったとは…。実
は俺もそうだったんですよね」
「本当に?それじゃあ、今日も一緒に行こうよ」
「今日もですか?まあ、いいですよ」
「やったあ。それじゃ早く行こうよ!」
「あっ、待ってくださいよ片瀬さん」
 そして鼻歌を歌いながら大きく手を振って歩く片瀬さんの後ろを、小さな子供を見守る
ような親のような心境で俺はついていった。だが途中で片瀬さんは足を止め、俺の方を振
り返って言った。
「東くん、歩くの遅くない?」
「そうですか?」
「そうだよ。急ぐよほら。早く早く!」
 そう言って片瀬さんが俺の腕を引っ張る。まだ数回しか会ってない人間にこんなことす
るなんて、この人やっぱり怖い物知らずだなと俺は思った。

 10分ほど歩いて、俺と片瀬さんはラーメンの“鬼賀屋”へついた。店の戸を開けて中
に入る。
「いらっしゃーい!あっ、健吾か」
 店に入った俺にそう言ったのはこの店の主人。歳は俺の親父よりも10歳ほど若い。
「こんちは親父さん」
「ああ。ん?健吾の後ろにいるのは…」
「おじさん、こんにちはー!」
「やっぱり克美ちゃんか。確かおまえら、先週も一緒じゃなかったっけ?もしかして付き
合ってるのか?」
「やっだーおじさん、そんなんじゃないってば。それよりおじさん、ボクにはいつものヤ
ツお願いね」
「Kスペか。あいよ」
「片瀬さん、さっき俺が前にいるのに気づかないほどいろいろ考えてたのに、結局は『い
つもの』ですか…」
「あはは、やっぱりそれが一番食べたいなーって思ったから…」
「まあ、いいですけどね」
「おい健吾、おまえは何食うんだ?」
「俺は普通のラーメンでいいや。ところで…」
 俺は親父さんにたずねた。
「今日は喜久いないの?いつもなら、店内狭しと働いてるのに」
「それがな…絡まれてるんだよ、ある客に」
 そう言って親父さんは視線を店の一番奥にあるテーブルにやった。俺がそちらを見ると
そこには一人の女の子が男に話しかけられていた。この娘が三人の女の子のうちの一人、
この店の親父さんの一人娘の鬼賀喜久だ。歳が俺と同じで、家も隣同士だった(過去形)
もんだから小さいころから仲よくしている。そしてその彼女に話しかけてるのは…そいつ
も俺の知り合いだった。
「仁…」
 それは中学校入学時に同じクラスになって以来、高校まで一緒の俺の友人の、間仁とい
う男だった。二人は俺たちが入ってきたことに気づかないくらいに何かを話していた。
「仁のヤツ、何話してるんだ…?」
「近くに行きゃわかる」
 親父さんは、なぜか憮然とした表情でぶっきらぼうにそう言った。それで俺は、二人の
いるテーブルに忍び寄ってみた。俺の後ろに片瀬さんも続いた。仁たちはそれでも俺たち
に気がつかない。そこで俺は二人の話に耳を傾けることにした。
「だからさ喜久さん、これから二人でどこかに遊びに行こうよ。どうせもうそろそろ暇に
なるんだろう?だからさあ…」
「確かにお昼のピークが終わったら、わたしもこの店も暇になるわ。だけど、どうしよう
かしら。無駄なお金は使いたくないのよねえ、わたし」
「決して無駄なんかじゃないさ。愛を育むのに使われる、有効なお金さ」
「あら、誰と誰の間に愛があるのかしら?まあそれはそれとして、間くんが全部おごって
くれるんだったら、付き合ってあげてもいいわよ?」
 どうやら、仁のヤツが喜久をデートに誘い出そうとしているらしい。この二人、別に付
き合ってるわけじゃない。仁が現在フリーの喜久にモーションをかけていると言った感じ
だ。それにしても、これで親父さんが憮然とした顔になったのかその理由がわかった。自
分の目の前で一人娘が男に口説かれていたら、父親がいい顔をしないのも当たり前だ。し
かも実は仁は大変な女好きで、たくさんの女の子と付き合っている。親父さんはそのこと
も知っているからなおさらだ。
「えっ、本当?ラッキー!」
 喜久の言った言葉に仁が喜んでいるようだ。そして続けて言う。
「そういうことなら、俺、いくらでもおごっちゃうよ!お茶代も出すし、何か欲しい物が
あったら買ってあげるよ。それに…」
 ここで俺は仁の肩をつんつんと叩いてみた。それに仁が反応し、俺の方を向いた。
「おわーっ!?健吾、おまえ、いつの間に!?」
「さっきの間だよ」
「あっ…健くん、いらっしゃい…」
 喜久も驚いた顔をしている。
「こんちは喜久。ずいぶん話に夢中になってたね。俺たちにまるで気づかないなんてさ」
「ごめんなさい…えっ?俺『たち』?」
「そう、今日も俺一人じゃないんだ」
「喜久さん、こんにちはー!」
 俺の後ろから片瀬さんが顔を出した。
「あらっ、克美さん…?健くんと克美さん、先週の日曜日も一緒にこのお店来なかった?
まさか、付き合ってるの?」
 喜久が聞いてきた。
「やっぱり親子だな、親父さんと同じこと言ってら。残念ながらはずれ。たまたま会って
たまたま二人とも初めからこの店に来るつもりだったから、一緒に来たんだよ」
「ふーん、そうなの。それで二人とも、注文は?」
「おじさんに言ったよ、ボクも東くんも」
「あっ、そうなの。それじゃテーブルについて待っててね」
「うん。あっ、ねーねー喜久さん、あっちのテーブルに座ってもいいかなあ?ここって一
番奥だし、ボク、少し息苦しいんだ」
「空いてるからいいですよ」
「わーい、よかったあ」
 そう言って片瀬さんは、入り口に近い席に座った。それから、喜久が仁にこんなことを
言ったんだ。
「ところで間くん、いいかげんあなたにも何か注文してもらいたいんだけど」
「やっぱり?それじゃあ、ミソラーメンでも頼むよ」
「仁、おまえ食べたんじゃないのか?…まさか、飲食店に来て何も食べずに喜久のことを
口説いてたのか?そうだとしたら、とんでもないヤツだな…」
「ははっ、固いこと言うなよ」
「そうそう、間くんに常識を期待しちゃいけないのよ」
「そ、そりゃないよ喜久さん!」
 そんな仁の言葉に、「冗談よ」と言わんばかりの微笑を浮かべて、喜久はその場を離れ
た。仁もその微笑の意味を理解したようで、とりあえずほっとした表情になった。小さく
安堵のため息をついたが、その後で俺にこんなことを言ってきた。
「それにしてもまたもや健吾と片瀬さんが一緒に来るとは驚いたぜ。どうやら恋人とかそ
ういうんじゃないみたいだけど、もう付き合っちまったら?」
「よせよ仁。今の俺に、あの人に対してそういう感情はないよ」
「なんで?結構…いや、かなりかわいいじゃん、片瀬さん」
「そりゃ片瀬さんがかわいいことを否定はしないけどさ、まだ出会ってそんな日が経って
ないんだ、今後どうなるかはわからないけど、少なくとも今の俺にあの人に対する恋愛感
情はないよ。つーか、なんでそんなに俺と片瀬さんをくっつけようとする?」
「いや、おまえが喜久さん以外の女の子と付き合えば、俺が彼女を落とすのに好都合かな
あって。なんつっても、俺にとってはおまえが最大の障害だからな」
「…さっきの片瀬さんに対して恋愛感情はないって言ったのを少し訂正する。俺は片瀬さ
んだけじゃなく、喜久に対してもそういう感情は持ってない」
「本当かよ。ま、それならそれで俺にとっては都合がいいけどな」
 仁がそう言った時、店の入り口近くからこんな声がした。
「東くんと間くーん、一緒にこの席で食べようよー」
 片瀬さんが俺たちを呼んでいる。
「おーっと、女の子からのお誘いじゃ断るわけにはいかねえ。行こうぜ健吾」
「あ、ああ、そうだな」
 そうして俺と仁は片瀬さんの座っているテーブルについた。
「二人ともようこそー。来てくれてボク嬉しいなあ」
「片瀬さんみたいなかわいい女の子に誘われたら、男だったら誰でも来ますって」
「あはっ、ありがとう間くん。かわいいって言ってもらえてますます嬉しいよボク」
 なんだか仁と片瀬さんの話が盛り上がってる。ひょっとして仁は口説きモードに入って
いるのだろうか。まったく、さっきは喜久のことをデートに誘っておいて…。そんなこと
を思いながら店内を見回していると、その喜久の姿が目に入った。相変わらずよく働いて
いる。彼女とははっきり言って産まれた時からの知り合いで、片方の親が忙しい時にはも
う片方に面倒を見てもらうということも昔はあった。おまけに喜久とは幼稚園から中学校
までずっと同じで、中学卒業までに何回も同じ組になった。だからもう、はっきり言って
あまり女の子としては見ていなかった。だけど、高校生になって一年が過ぎようとしてい
る今の喜久のことを改めて見てみると、かなりの“いい女”になった彼女に気づいた。今
喜久は、俺や仁、それに片瀬さんが通う木本高校ではなく、別の私立の女子高に行ってい
る。その女子高、美人やかわいい娘が多いと近辺でも評判で、俺も喜久にクラスメイトの
写真を見せてもらったが確かにその通りだった。そしてその中においても喜久はまるで浮
いていなかった。今は店の手伝いをしているので三角巾の中に入っているが、いつもはス
トレートにしている黒のロングヘアがよく似合っている。身長もそれなりにあり、足もす
らりと長い。トレーナーの上にエプロン、下はジーンズという店の手伝い用のファッショ
ンでもスタイルのよさがわかるほどだ(ちなみに正確なスリーサイズは知らない)。おま
けに性格もいい(多少、守銭奴なところもあるけど)と来れば、一度はデートに誘ってみ
たい、あわよくばお付き合いしたいってのが男の本音ってもんだろう。それを考えると、
仁の気持ちもよくわかる。
「…って、おまえもそう思うだろ健吾?…おい健吾、聞いてるか?おーい!」
 仁の大きな声で俺は我に返った。
「な…何だ仁?」
「何だじゃねえよ。どうしたんだよ、ぼーっとして?」
「いや、何でもない、何でも…」
 俺はそう言ってごまかしたが、そんな俺を見て片瀬さんが口を開く。
「ねーねー間くん、東くんっていっつもこうなの?」
「いつもじゃないけど、たま〜にこうなる時がありますねえ。で、だいたいそんな時は変
な妄想してるんですよ」
「こら仁、でたらめ言うんじゃねえよ!片瀬さん、こいつの言うことは話半分ぐらいで聞
いてた方がいいですよ。これまでに口先だけで何人もの女の子を泣かせてますから」
「おいおい、俺がいつ女の子を泣かせたよ?」
「あら、ずいぶんと話に花が咲いてるのね」
 喜久が、俺たちが頼んだ物を持ってきたようだ。
「えっと、これが健くんので、こっちが間くんの分。それと…」
 そう言うと喜久は一度カウンターに戻って、さらにもう一つのメニューを持ってきた。
「これが克美さんのKスペシャルね」
「うーん、相変わらずこの量には驚かされるなあ…」
 片瀬さん用の料理を見た俺はそう言った。大盛りのチャーシューメンにギョウザ、それ
にシュウマイ。しかも両方とも普通より個数が多い。
「先週見た時はこんなの食えるのかこの人って思ったけど…」
「しっかりと食っちゃうんだもんなあ…」
 そんなことを言う俺たちになど見向きもせず、片瀬さんは割り箸を割った。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
 その声を合図に、片瀬さんは食べ始めた。ものすごい勢いだ。喜久が言う。
「相変わらずよく食べるわ、克美さんは。このメニューをここまで豪快に食べる人はそう
そういないわ」
「さすがはこのメニューの名前の元になった人だけのことはあるってこと?」
「そうね。KスペシャルのKは克美のK。あれ、片瀬のKだったかしら?」
 俺と喜久が話をしている間にも、片瀬さんは食べ続ける。
「んー、やっぱりこのお店のラーメンおいしー!あれ?東くんも間くんもどうしたの?早
く食べないと、ラーメンが伸びちゃうよ!」
「えっ、ああ、そうですね…。それじゃあ…」
「いただきます…」
 そうして俺も仁も自分が頼んだ物を食べ始めた。食べ終わるのに15分ほどかかった。
「あれぇ?喜久さんがいなーい!」
 ラーメンを完食した俺たちが一息ついていると、急に片瀬さんがそんなことを言って、
辺りをキョロキョロと見回した。確かに喜久の姿がない。それに、気がつくと、店の中の
客は俺たち三人だけになっていた。
「どこに行ったんだろう…」
 俺がつぶやくように言ったその時、店の奥から喜久が出てきた。さっきまで着ていた手
伝い用のエプロン&ジーンズではなく、今はよそ行きの服を着ている。まとめられていた
髪の毛も下ろされていた。
「あれ、喜久さん、そのカッコは…」
 仁がたずねると、喜久は−。
「言ったでしょ?間くんがおごってくれるんだったら、デートしてあげてもいいって。も
うお店も暇になったし、付き合ってあげるわ」
 そう言って仁にウインクをしたんだ。すると仁は喜んだように指を鳴らす。
「しゃあー!そうと決まればさっそく行こうよ!どこにでもエスコートしてあげるよ!」
「それにしても、喜久さんの親父さんのいる所でこんな話していいのかなあ…」
 俺がつぶやくように言うと、喜久はこんな言葉を返してきた。
「大丈夫よ。だって、わたしが産まれたのはお父さんが18歳、お母さんが17歳の時だ
もん。そんな両親に娘の恋愛についてあれこれ言う資格はないわ。ねっ、お父さん?」
 喜久がカウンターの奥に向かってそう言ったので、俺もそちらを見てみた。親父さんは
何も言わず、「それを言うな」という感じの顔をしていた。
「喜久さん、そろそろ行こうよ。あっ、これお金。カウンターに置いとくね」
 仁が金を払った。
「はい、毎度ありがとうございます。それじゃあ、行きましょうか」
「行きましょうお嬢様。じゃあ健吾、また明日、学校でな」
 そして喜久と仁は店を出ていこうとした。
「それじゃあボクらもお店出ようか?東くん、おごってくれる?」
「な、なんで俺が…」
「だって、ここに来る前に東くん見たでしょ、ボクのパ…」
「わーわーわー!わかりました!おごります!いくらでも出します!」
 俺は必死に片瀬さんの言葉を止めた。
「えっ、本当にいいの?冗談のつもりだったんだけど…」
「あんな脅迫まがいのこと言っといて冗談はないでしょう。それにしても、この店の常連
になるとお金にシビアになるのかなあ…」
「あら、どういう意味よそれ?」
「深く考えないでいいよ喜久。それじゃ、これ、二人分ね」
「はい、毎度ありがとうございます」
「ありがとう東くん。それじゃ行こうか」
「そうしましょう」
 そして俺と片瀬さん、それに仁や喜久も一緒に四人で店を出た…のだが、その五分後、
あるアクシデントが起こったため、俺たちは“鬼賀屋”に戻ってくることになってしまっ
たんだ。
「克美さん、大丈夫ですか!?」
「えーん、痛いよー!足が痛いよー!」
「まったく、どうしてあんな何もない平らな所であそこまで見事に転ぶんだ!?」
 そう、片瀬さんは−転んだんだ。
「とりあえず、俺が見てみるよ」
「間くん、大丈夫なの?」
「まあ、任せときなって。喜久さん、ちょっと救急箱持ってきて」
 そして仁は片瀬さんのケガの具合を見たんだけど−。
「仁、どうなんだ?」
「ちょっと足首をひねった程度だ。軽い捻挫。湿布張っておとなしくしてれば、明日の朝
にはもう治ってるよ、きっと」
 そう言って仁は片瀬さんの足首に湿布を張って、包帯をぐるぐる巻いた。なかなか慣れ
た手つきだ。
「仁、おまえ包帯巻くの、ずいぶんうまいんじゃないか?」
「俺ん家が何やってるか忘れたか?医者だぞ医者。これくらいなら、見よう見まねで覚え
られる。ほい、これで完了っと」
 そして巻き終えた後、仁はこう付け加えた。
「さっきたいしたことないとは言ったけど、今日一日は無理をしない方がいいな。できる
なら、歩くのもなるべく控えた方がいい」
「それじゃあ家の人に迎えに来てもらった方がいいんじゃないんですか、克美さん?」
「うん、そうだね。そうしてもらうよ。喜久さん、電話かけさせてもらうね」
 そう言うと片瀬さんはポケットから携帯電話を取り出した。携帯なんて持ってたんだこ
の人とか俺は思ってしまったが、それはともかく彼女は電話をかけた。無論かけた先は片
瀬さんの家だろう。少ししてつながったようで、片瀬さんが電話に向かって話した。
「あっ、お父さん?ボクだけど…うん、それが転んで足ケガしちゃって…うん、また…今
は“鬼賀屋”にいる…えっ?忙しいの?うーん、それじゃしょうがないね…。わかった、
ここに人もいるし、そうするよ」
 片瀬さんは電話を切った。
「克美さん、どうだったんですか?」
「それがね、お父さん、仕事が忙しくて家から出られないんだって。だから誰かに送って
きてもらえって言われたの」
「誰か…ですか…」
 俺が言うと、仁がこんなことを言ってきた。
「それじゃ健吾、それはおまえの役目だな」
「なんでいきなりそうなるんだよ?」
「だって、俺と喜久さんはこれからデートだもーん!」
「この男は…。まあ、俺の方はこの後予定ないし、本人さえよければ俺は構わないけど」
 そう言って俺は片瀬さんのことをチラリと見た。すると片瀬さんはこう言ったんだ。
「それじゃあ東くん、お願いしてもいいかな?」
「ええ、いいですよ」
「でも、送るってどうやるつもり?健くんと克美さん、すっごい身長差あるじゃない」
 喜久がそんなことを言って、続けて俺に聞いた。
「健くんの身長、何センチだっけ?」
「俺?186」
「克美さんは?」
「145センチ…」
「その差は41センチか。肩組むのはどうやったって無理だろ」
「仁の言う通りだな。そうなるとどうしようか…」
「俺が思うに、おんぶか、あるいはこーゆー風に…」
「きゃあっ!?」
 喜久が悲鳴にも似た声を上げた。
「いわゆるお姫様だっこかだな」
「い、いきなり何するのよ間くん!」
 仁に抱きかかえられた喜久が大きな声を上げる。
「ああ、ごめんごめん。実際にやってみせた方が健吾もわかりやすいかなと思って」
「おい仁!」
 カウンターの中から、喜久の親父さんが呼びかけてきた。
「確かに俺はさっき喜久が言ったように、娘の恋愛をどうこう言える親じゃない。だが、
それ以上そのままの状態だったら、ここから飛び出して、おまえのことぶん殴るぞ!」
 そう言って親父さんは握り拳を作って息をかけた。やばい、目がマジだ。さすがにまず
いぞこのままじゃ。仁もそう思ったようで、すぐさま喜久のことを降ろした。
「そうだ、それでいいんだよ」
 これでようやく親父さんは落ち着いたようだ。
「ところで、ボクの話はどうなったのかな?」
 片瀬さんが言う。しまった、ちょっと忘れてた。
「そ、そうですね…さっき仁がやったみたいな形で家まで送ってくのはさすがにアレです
から、やっぱりおんぶにしましょうか」
 俺が言うと、片瀬さんは−。
「おんぶかあ。久しぶりだから嬉しいなあ」
 そんなことを言って喜んだんだ。あんた本当に高校2年生か。そんな言葉が俺の口から
出そうになったけど、どうにかこらえた。

 結局、俺は片瀬さんをおぶって、彼女を家まで送っていくことになった。
「東くん、ごめんね。重くない?」
 片瀬さんがそんなことを言ってきた。
「そんなことないですよ。片瀬さん、ずいぶん軽いですからね」
「そう?ボクの体重、37キロなんだけど…」
「37!俺が74キロだから、ちょうど半分か…。あんな大食いで…あ、すいません…」
「別にいいけど。ボクが太らないのは、体質かなあ。それにしても、東くんの背中、広く
て大きいなあ…」
 そう言って、片瀬さんが俺の背中にしがみついてきたんだ。
「ちょ、ちょっと片瀬さん…。あっ、ここはどっちですか?」
「んーと、ここは右だね」
 そんな風に俺は片瀬さんの指示通りに歩き、そして彼女の家についた。
「片瀬さん、ここですね?」
「うん、そうだよ。お父さんがいるはずだから、インターホンでしゃべれば出てくるよ」
「そうですか。でもこんな状況じゃ…片瀬さん、お願いします」
「うん、わかった」
 そう言って片瀬さんがドアのチャイムを鳴らす。
「お父さーん、ボクだよー」
 片瀬さんがこう言うと、その後に男の人の声がした。
「克美か?ちょっと待ってろ」
 俺はなぜかその声に聞き覚えがあった。でも誰だかはっきりとはわからない。そのうち
ドアが開いた。片瀬さんのお父さんが開けたんだ。でもその人の顔を見た時、俺は驚きで
心臓が止まりそうになってしまった。
「か、片瀬先生!?片瀬光太先生ですか!?」
「いかにも私は片瀬光太だが…」
 その人は、少年漫画界にその人ありとまで言われる鬼才、片瀬光太先生だったんだ。も
ちろん、漫画家を目指している俺にとっても憧れの人で、目標だ。まさかこの人が片瀬さ
んのお父さんだったなんて!と言うか、こんな近所に片瀬先生が住んでたなんて!そうい
えばこの人、私生活はほとんど謎に包まれてたんだっけ。で、驚いている俺のことは無視
して、片瀬さんと先生は話をする。
「しかしおまえも懲りないなあ。いったい何度転べば気が済むんだよ?」
「ボクだって転びたくて転んでるんじゃないもん。それよりさ、こちらがボクを送ってき
てくれた東健吾くん。ボクと同じ高校の一年後輩なんだ」
「そうなのか。わざわざすまなかったね。たいしたお礼はできないけど、家に上がってお
茶でも飲んでくかい?」
「は、はいっ!!」
 その先生の言葉に、俺は大きな声で返事をした。俺の声に、背中の片瀬さんがびびって
いた。そして客間に通された俺は、そこのソファに片瀬さんを降ろした。
「では、お茶を入れてくるからそこで待っていなさい」
 そう言って先生は台所に消えた。はっきり言って俺は緊張していた。憧れの漫画家であ
る片瀬光太先生の家に上がらせてもらって、しかもその先生がお茶を入れてくれている。
片瀬さんが、そんな俺の緊張に気がついたようだ。
「ねーねー東くん、そわそわしてるみたいだけど、いったいどうしたの?」
「そわそわもしますよ。だってここは片瀬光太先生の家なんですよ。実は俺、漫画家志望
なんですけど、まさかこんな形で先生に会えるなんて思ってもなかったものですから…。
それもこれも片瀬さんのおかげです。どうもありがとうございました」
「あははっ、それじゃボクが転んだことがよかったんだ。ボクのドジもたまには役に立つ
ことがあるんだね」
 ソファに座った片瀬さんは足をブラブラさせながら言った。そのうち、台所から先生が
戻ってきて、俺たちにコーヒーをくれた。
「ど、ど、ど、どうもありがとうございます…」
「いやいや、気にしないでくれ。ところで、東くんとかいったか」
「はい、東健吾です!」
「君と克美は、どういう関係なんだ?」
 いきなり先生がそんなことを聞いてきた。
「ど、どうと言われても…」
「彼氏…ではないよな?克美にそんなたいそうな物ができるはずはないし」
「あーっ、お父さん、ひっどーい!」
 そう言って片瀬さんが口を尖らす。この片瀬さんの言葉に、一瞬先生の目つきが変わっ
た。そしてこうたずねてくる。
「では…そうなのか?」
「違います、違いますよ。だって俺たちは先週知り合ったばかりで、会ったのも、今日が
2回目だし…。それより俺、片瀬先生のファンで、目標なんです!」
「目標…と言うと?」
「俺、漫画家を目指してるんです。よく描くジャンルも、先生と同じアクション物が多く
て…もっとも、話も絵も、先生には遠く及びませんが…」
「ふーむ、そうなのか。それじゃあ、ぜひがんばってもらいたいね。持ち込みとか、雑誌
への投稿なんかはしてるのかい?」
「一応、投稿はちらほらと…。でも、まだ一度も名前が載ったことすらなくて…」
「君はまだ高1だろう?デビューが早いに越したことははないが、焦ることはない」
「でも、先生がデビューしたのは17歳の時でしたよね?やっぱり天才は違いますよね」
「天才…天賦の才か。これは私の持論なんだがね、才能というものは、どんな人間にも産
まれつき備わっている物だと考えているんだ」
「と、言いますと?」
「全てのことに関するそれぞれの才能を、全部の人間が持っている。それを引き出せた者
が、それぞれの分野で成功するんだ。そして引き出す方法は、たゆまぬ努力であったり、
何かのふとしたきっかけであったりするんだ。若くして、他の人よりも少ない努力で自分
の才能を引き出せた人間が、いわゆる天才と呼ばれるのではないかな。確かに私は若いう
ちから成功したが、そのためにした努力は尋常ではない。だから、私は天才ではないと、
自分で思っている」
 含蓄のある先生の言葉だった。そしてさらに、先生はこんなことを言ったんだ。
「とにかく必要なのは努力だ。がんばりなさい。東健吾という名、覚えておくよ」
「は、は、は、はい!ありがとうございます!!」
 先生に激励の言葉をもらった俺は、嬉しくて心の底からお礼の言葉を言った。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ仕事をしなくてはならないな」
「そうですか。すみません、長居してしまって。それじゃあ、俺もう帰ります。ありがと
うございました」
「礼を言わなければならないのは、克美を送ってきてもらったこっちの方なんだが…」
「そんなことないです。それじゃあ、さようなら!」
 そう言って俺は立ち上がり、先生と片瀬さんに深々と頭を下げてからこの家を出た。そ
の時、片瀬さんの「東くんバイバーイ!」という声が聞こえた。

 とんでもなく嬉しい気持ちで片瀬さんの家を後にして、俺は自分のアパートに帰った。
するとその前で、一人の女の子が掃除をしていた。
「あっ、香菜ちゃん」
 この娘は桂香菜ちゃんと言ってこのアパートの大家さんの娘さんだ。同じ敷地内に家が
ある。さらには、中学で漫画部に入っていた俺の一年後輩でもある。そう、この娘が三人
の女の子の最後の一人だ。
「あ、東センパイ、こんにちは」
「こんちは。家のお手伝い?」
「はい、そうです」
「香菜ちゃんと言い喜久と言い、偉いよなあ。俺もちょっとは見習わなきゃ」
「そ、そんなことありません。わたしなんて、喜久さんに比べたら全然…」
「そうでもないって。十分立派だよ」
「あ、ありがとうございます…」
「ところでさあ、今の君の言葉で気がついたんだけど、香菜ちゃんってもしかして、喜久
のことを意識してる?髪型も、同じだよね」
「えっと…確かに、憧れみたいな物はあります。喜久さん、素敵な人だから、少しでもあ
の人に近づけたらいいなって…。でもわたし、スタイルのいい喜久さんと違って太ってる
し、メガネかけてて野暮ったいし、本当にただの憧れなんですけど…」
「ダメだよ、自分でそんなこと言っちゃ。喜久が素敵っていうのは確かにそうかもしれな
いけど、香菜ちゃんだって今のままで十分かわいいよ」
「えっ、えっ、えっ?そ、そんな…ことは…」
 俺が何気なく言った言葉に、香菜ちゃんは顔を赤くした。ものすごく赤くてなんだか気
の毒になったから、俺は話題を変えることにした。
「あっ、そういえばさ、中学校卒業したんだよね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「受験の結果は聞いてなかったんだけど、当然受かってるよね?」
「はい、センパイと同じ木本高校…」
 香菜ちゃんがそう言いかけた時、俺の携帯が鳴った。画面には仁の名前が出ていた。
「あっ、香菜ちゃん、ちょっとごめん」
 俺はそう言ってから電話に出た。
「はい健吾です。どうした仁?」
「あっ、出た。いやなあに、片瀬さんを無事に家に送り届けたかどうか気になってな、確
認の電話してみたんだよ」
「そんなことかよ。ちゃんと送ったよ」
「ならいいんだ。変なことはしてないよな?」
「おまえじゃないんだ、んなことしねーよ」
「どういう意味だそりゃ。ま、とにかく彼女が無事ならいいんだ。隣にいる喜久さんにも
言っとくよ」
「そうか、デート中だったんだっけな。…おまえこそ喜久に変なことするなよな」
「やかましい。んじゃな」
 そして電話は切れた。
「ごめんね香菜ちゃん」
「いえ…。それより、間さんですか、今の?」
「そう。…そういえば、香菜ちゃんって仁に口説かれたことある?」
「えっと…何度かデートに誘われたことはあるんですけど…全部お断りしてます」
「やっぱり香菜ちゃんにも粉かけてたか…。でも、どうして断ってるの?そんなにあいつ
のこと嫌い?」
「それほど嫌いというわけじゃありません。いい人だということはわかってますし。です
けど、わたしみたいな女の子と一緒にいても楽しくないだろうって自分で思って…」
「そっか…。でもさ香菜ちゃん、一緒にいても楽しくないだろうってのは、きっとちょっ
と違うと思うな」
「えっ?」
「仁から聞いたんだけどさ、あいつは女の子とデートする時、自分が楽しむんじゃなくて
相手の娘を楽しませることに重点を置いてるんだって。で、相手が楽しければ自分も楽し
くなるって言ってたよ。だからさ、自分がつまらない女の子だとか、そういうこと考えな
いでみたらどう?」
「はあ…」
「あはは、これじゃなんだか、仁とデートしてみればって言ってるみたいだね」
 そう自分で笑った後、俺は話題を巻き戻すことにした。
「ところで話戻すんだけどさ、香菜ちゃん、高校はどうなったんだっけ?」
「センパイや間さんと同じ、木本高校に行くことにしました」
「そうだったんだ。おめでとう。でも、喜久に憧れてるんだったら、彼女と同じ学校に行
こうとかは思ったりしなかったの?」
「さすがにそれは…。一応受験はして合格もしたんですけど、同じ学校で受けた人がわた
ししかいなくて、もし行ったとして喜久さんしか知り合いがいなかったらものすごく不安
ですし…」
「そうだったんだ。ともかく、4月からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
 そんな挨拶をして俺は自分の部屋に戻った。部屋でベッドに寝転んだ俺は、こんなこと
をつぶやく。
「なんだか、今日はいろんな女の子に縁がある日だったような気がする…」
 そして俺はいつの間にか眠ってしまった。

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