K’sストーリー第一章 誰が好き?(3)
 3月31日、天気晴れ。春休みもちょうど半分が過ぎたが、その日俺は外にも出かけな
いで、部屋で漫画を描いていた。朝からずっと時間が経つのも忘れてひたすら描いていた
が、携帯電話の着信で手を止めた。
「げっ、もう昼じゃないかよ。で、誰からだ?…喜久?」
 それで俺は彼女からの電話に出てみた。
「はいもしもし。どしたの喜久?」
「こんにちは健くん。今どこにいるの?お昼ご飯食べた?今日これから暇?」
「お、おいおい、そう一気にまくし立てられても答えられないって…」
「じゃあ、一つずつ答えて」
「わかったよ。えーと、今は自分のアパート。昼メシはまだ。これからの予定特になし」
「そう。それじゃちょうどよかったわ。今日これからちょっと付き合ってくれない?お礼
にわたしのおごりでラーメン食べさせてあげるから」
「今から?んー、そうだなあ…。わかった、いいよ」
「ありがとう。それじゃ、お店の方来てね」
「OK、今すぐ行くよ」
 それで喜久との電話は終わった。その後俺はすぐに出かける準備をして、“鬼賀屋”へ
行った。
「こんちゃー」
「あっ、いらっしゃい健くん」
 店で喜久が出迎えてくれた…のだが、なぜかそこには仁もいた。
「あれ?仁、なんでおまえまでいるんだ?おまえも喜久に呼び出されたのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺は自分の意志でここに来た。それに、喜久さんにおまえを呼び出
すように言ったのは俺だし」
「どういうことだ?」
「あー、それはだなあ、さっきこんなことがあって…」
 そして仁は現在の状況に至るまでの経緯を話し始めた。

「喜久さーん、お昼の混雑が終わったらデートしようよー」
「ごめんね、今日はこれから、女の子三人でデパートに服を買いに行くの」
「女の子だけで?そんなの寂しいよー。俺も一緒に連れてってよー。荷物持ちでも何でも
するからさー」
「いいの?女の子三人の買い物って言ったら、一人じゃ持てないような量になるかもしれ
ないわよ?」
「あー、そんなに買うんだ…。そうだ、それじゃ健吾も誘おう!喜久さんの誘いなら、あ
いつ、喜んで来るよ」
「そうねえ、喜んで来るかどうかはわからないけど、電話で呼び出してみるわ」

「…てなことがあったわけなんだよこれが」
「なるほどね。ま、俺としちゃ喜久と出かけるのは嫌じゃないし、全然OKだけどね。お
まけに一食浮くし。ところで、女の子三人ってことはあと二人来るんだよね?それっても
しかして…」
「そうね、きっと合ってるわ。それじゃ健くん、これ食べててね。もちろん今日はわたし
のおごりよ」
 そう言って喜久ができ立てのラーメンを出してきた。このタイミングで出てくるってこ
とは、俺が来る前に親父さんに頼んでおいたんだろう。その時、店の戸が開いた。
「あっ、香菜ちゃんに片瀬さん…」
 その二人の顔を見た時、俺はやっぱりねと思った。やっぱり喜久と一緒に出かけるのは
この二人だったか。
「えっ、東センパイと間さん…?こ、こんにちは…」
「あー、こんにちは二人とも。今日は二人でお昼食べに来たの?」
「いや、実はかくかくしかじかで…」
 そして俺たちが彼女たちの買い物に付き合うことになった話をした。
「ふーん、そうだったんだ。それじゃ今日はよろしくね二人とも」
「よ、よろしくお願いします」
「わたし、出かける用意してくるから少し待っててね。健くんはその間にそれ食べてて」
 そう言うと喜久は店の奥に消えた。それを見た俺は、ラーメンに箸を伸ばしながらこん
なことをつぶやいてみた。
「それにしても、喜久って働き者だよなあ…ズルズル」
 すると、この言葉を聞いた彼女の親父さんが言う。
「確かにな。だけど、俺としてはそんなに熱心にこの店の手伝いをしてくれなくてもいい
と思ってるんだが…」
「それってどういう意味スか?」
 仁が話に加わってきた。
「知っての通り俺たち夫婦は高校時代にあいつを作っちまってそろって学校を中退した。
いわゆる青春時代と呼ばれる年齢のころ、俺たちはひたすら働いてた。だから喜久には好
きなだけ青春を謳歌させてやろうと思ってたんだが…」
「彼女はこの店を手伝ってる、と…もぐもぐ」
「そうだ。強制してるわけでもないのにな。だから今日みたいに遊びに出かけたいなんて
言うのもまれだし、たまにだからどうしてもダメだなんて言えないんだよなあ…」
「いい娘じゃないの。でも、そういうことならバイトでも雇ったらどう?」
「それも考えてはいるさ。だから、店内にああいう張り紙を張ってる」
 そう言って親父さんは店の壁に張ってある紙に視線をやった。太いマジックで「バイト
募集中」と書かれている。
「けど来ないんだよなあ。そんなに条件が厳しいわけでもないのに。なあ仁、おまえやっ
てみないか?」
「そうだよ仁、ここで喜久と一緒に働けば好感度アップだぞ。いい話じゃないか」
「それはそうなんだけど…俺、もう別のバイトやってるし」
「えっ、初耳だぞ。健吾、おまえ知ってたか?」
「いや…。仁、いったい何のバイトやってるんだ?」
「具体的には言えないけど、まあ、ちょっとした肉体労働をな…」
「なーんか怪しいな。それはともかく、それでこの店では働けないってことか」
「悪いね、どうも」
「そうか…。それじゃ健吾、おまえは?産まれた時からの知り合いのよしみでさあ」
「うーん…確かに親父さんには昔から世話になってるけど…」
「あの…」
 ここで、少し離れた所で俺たちの話を聞いていた香菜ちゃんが不意に口を開いた。
「わたしじゃダメでしょうか?」
 これを聞いた俺は、彼女にこう聞き返す。
「えっ?香菜ちゃんが?だって君、高校入ったら部活やるんでしょ?」
「ええ、でも…」
 香菜ちゃんが答える。
「東センパイの話だと、結構自由な日と時間に活動できる部なんですよね?だったら上手
に調整すれば両立できると思うんです」
「そうだな。俺も毎日働いてくれなんてことは言わないし。それに、香菜ちゃんの真面目
さは喜久から聞いてるから安心だしな。それじゃ、決定でいいの?」
「いえ、すみませんがもうちょっと待ってください。今すぐには結論が出せないので…」
「そうか。まあ、じっくり考えてよ。いい返事を期待してるから」
 親父さんがそう言った時、店の奥から出かける準備を終えた喜久が戻ってきた。
「お待たせ。あら?何の話してたの?」
「香菜ちゃんがこの店でバイトすることになるかもしれないって話」
「本当に?もしそうなったら、わたしも楽になるわね」
「ねーねー、香菜ちゃんのお仕事の話もいいけど、もうそろそろ出ようよー。服見る時間
がなくなっちゃうよー」
 片瀬さんがそんなことを言った。
「そうですね。それじゃあ行きましょうか」
「よーし、レッツゴー!」
 こうして俺は仁と一緒に、女の子三人の買い物に付き合わされることになった。

 そして、デパート。俺たちは服売り場のあるフロアにいた。
「さて、これからどうしようかしら。わたしたちが買い物してる間、健くんと間くんは休
憩所ででも待ってる?」
 喜久が聞いてきた。これに対し、仁がこんなことを言った。
「俺はできれば一緒についていって、君たちの買う服の見立てとかしたいね」
「一緒に…ですか?」
「そう。男の俺の意見を取り入れると、いい買い物ができるかもよ」
 なんだか、自信たっぷりの仁の口調だ。
「それはいい考えかもしれないけど…わたしたち、三人ばらばらで買い物するつもりだっ
たのよね。買いたい服とかが違うから。だから、間くんと健くんが一人ずつについたら、
女の子が一人余っちゃうわ」
「あの…わたし、喜久さんと同じお店に行っていいですか?喜久さんが着るような服がわ
たしが着れないのはわかってますけど、一緒に…」
「あっ、そう。それじゃ喜久さんと香菜ちゃんはセット、と。で、片瀬さんは?」
「んー、ボクは絶対にこの二人とは違うお店での買い物になると思う」
「よし、それじゃ決定だ。俺が喜久さんと香菜ちゃん、健吾が片瀬さんについてく、と」
「おい仁、勝手に決めんなよ。本当にそれでいいか、三人に確認しないと…」
「これでいいと思うけどな。で、どう?」
 仁が女の子たちに聞くと、最初に喜久がこう言った。
「そうねえ、わたしは間くんよりも健くんの方がいいかしら」
「げっ、何それ。…香菜ちゃんは?」
「ごめんなさい間さん、わたしも東センパイと一緒の方が…」
「うー、そんなあ…」
 仁は結構なショックを受けているようだ。
「ボクは間くんでいいよ。だからそんなに落ち込まないで、ボクと一緒に行こうよ」
 片瀬さんが慰めるように言うと、あっという間に仁は立ち直った。
「おおっ、嬉しいです片瀬さん!それじゃ、行きましょう!」
「うん、行こ行こ。それじゃ三人とも、またねー」
 そうして仁と片瀬さんは行ってしまったのだが、その際、二人はあることをしていた。
「あっ、あの二人、手なんかつないでる!」
 目ざとくそのことに気づいて俺が言うと、喜久がこんなことを言ってきた。
「何、うらやましいの健くん?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ…」
「うらやましいんだったら、わたしの手を握ってもいいわよ。はい」
 そう言って喜久が手を出してきた。
「えっ、はいって…。いきなりそんなこと言われても…香菜ちゃんもいるし…」
「わたしは別に、いいですけど…」
「ほらほら健くん、いつまで女の子の手を遊ばせておく気?」
 喜久がせかす。このままでいたら握るまで彼女はその手を引っ込めないだろう。それで
俺は意を決して(?)差し出された喜久の手を握った。
「そう、それでいいのよ」
 喜久はなんだか嬉しそうだ。それにしても、ずいぶんと久しぶりに喜久の手に触れた気
がするけど、この娘の手ってこんなにすべすべだったっけ。それに、思ってたより細い。
「いいのこれで?」
「うん。でも、わたしの手だけ握って香菜ちゃんに悪いなーとか思ってない?」
「…少し思ってる」
「だったら、ほら」
 そう言うと喜久は空いている方の手で香菜ちゃんの手をつかみ、俺の前に持ってきた。
それで俺は喜久が俺に何を求めているのか理解したので、空いている手で香菜ちゃんの手
を握った。その指は、喜久よりはちょっと太めだったが、柔らかかった。
「セ、センパイ、そ、その…」
「香菜ちゃん、これぐらいのことで照れてちゃダメよ。反対に握り返してあげるぐらいの
ことしなきゃ」
「で、でも…」
「ははっ、まあいいさ。それじゃ行こうか」
 そして俺は、二人の女の子と手をつないだ状態で彼女たちの買い物に付き合った。

 喜久と香菜ちゃんの、一通りの買い物が終わった。
「二人とも、こんなもんでいいの?」
「そうね、今日のところはこれぐらいね」
「センパイ、荷物を持っていただいてありがとうございます」
「礼なんていいよ。もともとこのために一緒に来たんだから。それにしても香菜ちゃん、
思ってたより服買わなかったね。その代わり、布とか買ってたけど」
「はい。実はわたし、自分で服を作ることの方が多いんです。このスタイルだから、いい
なと思った服があっても既製品が着れないので、それを参考に自分で…」
「へえ、すごいわね香菜ちゃん。それ聞いたらわたしもやってみたくなっちゃったわ。今
度作り方とか教えてくれる?」
「そんな、人に教えられるほどの物じゃないですし…でも、そんなのでよければ…」
「全然平気よそんなの。それじゃ、約束ね」
「は、はい…」
「それにしても、香菜ちゃんにそんな趣味があったなんてねえ…。どおりでファッション
センスがいいはずだよ。俺なんか、服のことなんかほとんど無頓着だもんなあ」
「そうなんですか?わたしはセンパイのセンスはいい方だと思います。着てる服も、いつ
も決まってると言うか…」
「健くんはカッコいいから、何着ても似合うのよ」
「なるほど…」
「…って、納得しないでよ香菜ちゃん。喜久も変なこと言うなよ」
「そんなに変なことかしら?とにかくありがとう健くん」
 喜久がそう言った時、このフロアにある店の一つから仁と片瀬さんが出てくるのが見え
た。二人が俺たちに気づき、近づいてきた。仁が口を開く。
「よー、そっちはどうだ?」
「終了。そっちは?」
「ボクたちの方も終わったよ」
 片瀬さんがそう言ったのだが、ここで俺はあることに気がついた。
「仁が持ってる片瀬さんの買い物、子供服の店の袋に入ってるみたいだけど…」
「そうなんだよ。片瀬さん、小学校高学年の女の子が着るような服ばっかり買ってんの」
「だって、ボクのサイズにぴったりなんだもん。それに、かわいい服も多いし」
「そ、そうですか…」
「ねえ二人とも、ちょっとこっち来て」
 不意に、喜久が香菜ちゃんと片瀬さんにそんなことを言った。そしてさらにその後に、
俺たちにこんなことを言った。
「で、悪いんだけど、健くんと間くんはちょっと離れた所に行ってて」
「えーっ?なんでよ喜久さん、俺たちのけ者ー?」
「黙れ仁。いいからこっち来る」
 俺は仁のえり首を引っ張ってこの男を女の子たちから隔離した。で、俺たちから少し距
離を置いた所で、彼女たちは何やらひそひそ話をしている。少しして、喜久がこちらを向
いて、言った。
「ごめん二人とも、わたしたち三人で見たい物があるから、ちょっと休憩所で待っててく
れない?」
「えっ?だったら俺たちもついてくよ。そのための荷物持ちなんだからさ」
「う、ううん、いいの。今日は見るだけだから」
「そうです。お二人には、ちょっと行きにくい場所なので…」
「うん、そうだね。男の子には…」
 なんだか女の子たちが変だが、仁はその様子を見て何かを察したようだ。
「わかった、行ってきなよ。待ってるから」
「ありがとう間くん。それじゃ二人とも、行きましょう」
「ごめんね間くん、東くん」
「なるべく早く戻ります」
 そうして三人は行ってしまった。
「よしそれじゃあ、これ持って休憩所行こうぜ」
 仁が歩き出した。俺もその後をついていく。少し歩いて休憩所についた後、俺は仁に聞
いてみた。
「なあ仁、彼女たちが行ったのってどこなんだ?」
「あれ、おまえわかんないの?男の俺たちと一緒に行けないような場所って行ったらおま
え、下着売り場だろう」
「下…!そ、そうか、そういうことか…。で、おまえはわかってたの?」
「もちろん。三人で話してる時からそんな気はしてたよ」
「さすがと言うか何と言うか…。でも意外だな。おまえのことだからそれがわかってたん
だったら強引にでもついてくかと思ったけど」
「バカ野郎、そんな好感度が下がるようなことするか。そりゃ確かに、あの娘たちがどん
な下着をつけてるのか気にはなるけどな。うーん、いったいどんなのだろう…」
 そう言ったきり、仁は目をつぶって何かを考え初めた。この男、妄想してやがる!喜久
たちの下着姿を想像して悦に入ってやがる!
「こら仁!彼女たちで卑猥な妄想するんじゃねえ!」
 俺がそう言っても仁は相手にせず、にやついている。
「この野郎、ぶん殴ってやろうか?」
 そう言って俺が拳を握ったその時、仁が目を開け、そして聞いてきた。
「なあ健吾、片瀬さんって、上はどうなってるんだろうな?」
「上?」
「わかりやすく言えば、ブラつけてるのかなってことだ」
「知るかそんなの!」
「大きさが71じゃなあ…。でも、いくら何でも今度高3になる人だし…」
「ちょっと待て。おまえ、なんで片瀬さんの胸の大きさなんか知ってるんだ?」
「ん?さっき服買う時、店員がサイズ測ってたのが聞こえてな。ちなみに残りは、59に
73だったな」
「聞いてないっつーの。それにしても、71か…。どうりで背中に当たってもほとんど何
も感じないはずだ」
「そうか、おまえ、彼女のことをおんぶしたことがあったんだっけな。…そんなに感じな
かったのか?」
「ぶっちゃけ、ぺったんこだったよ」
「なるほど…。それじゃあひょっとしたらしてない可能性もあるな。ところでさ、おまえ
は喜久さんや香菜ちゃんが測ってたのを聞いたりなんかしたか?」
「聞いてねえよ。でも、香菜ちゃんのスリーサイズは前に本人から聞いた…あっ」
 思わずポロリと言ってしまった言葉に俺はしまったと思った。
「ほっほー、おまえだって俺のこと言えないじゃねえかよ」
「いや、それはな、自分のプロポーションがよくないんじゃないかと思った彼女が俺に判
断してくれってことで教えてくれて…」
「どんな理由にせよ、聞いたのは事実だろ?俺にも教えてくれよ。教えてくれたら、これ
以上何も言わないからよ」
「わ、わかったよ…。えーと確か…上から81・60・82…だったな」
「なるほどねえ。よーし、インプット完了と。ちょっとウエスト太いけど、これぐらいの
ぽっちゃり具合なら全然OKだな。それじゃあお返しに俺は喜久さんのサイズを…って、
俺に聞くまでもなく知ってんのかおまえは」
「知らねえっつーの。って言うか、なんでおまえが知ってるんだよ!聞いたのか?」
「本人から聞いたわけじゃないさ。前に、“鬼賀屋”が混んでてたまたま体が密着した時
の感触、あと、この間彼女を抱き上げた時の感触、それと俺の目測からこれくらいかなっ
て判断したんだよ」
「そんなので測れるって…おまえいったい何者だよ?」
「ま、ちょっとした特技だ。で、その計測だと85・58・84ってところだな。ちなみ
に俺の計測能力は、かなり精度高いぜ」
「何の精度が高いのー?」
「うわあっ!」
 突然俺たちの会話に入ってきた声に俺も仁も驚いた。いつの間にか、片瀬さんが戻って
きていたんだ。
「か、片瀬さん、お帰りなさい…。他の二人はどうしたんです?」
「もうちょっとしたら来るよ。ボクだけ先に来たんだ」
「そ、そうですか…」
 そう言った後、俺は片瀬さんには聞こえないような声で仁に言ってみた。
(なあ仁、片瀬さんだけ先に来たのは…)
(やっぱり、上のパーツを見る必要がなかったからじゃないのか?)
 そうして二人で彼女(の胸)を見た後に、そろって大きくうなずいてみた。片瀬さん自
身は、俺たちがどんな意味でうなずいたのかわかっていないようだった。

 片瀬さんが俺たちと合流してから数分後、残る二人も戻ってきた。今日は見るだけとい
う言葉の通り、全員何も買ってきた物はなかった。仁が全員に呼び掛ける。
「さて、買い物も終わったしこれからどうする?」
「ボクおなか空いたー。何か食べたーい」
「それじゃあ、ハンバーガーでも食べに行きますか」
 そういうわけで、俺たちはデパートの中にあるハンバーガーショップに行った。
「えーっと、チーズバーガーのセットを二つと、ピザください」
 相変わらずよく食べる片瀬さん。俺たち四人は全員普通のバーガーセット(もちろん一
つずつ)にしておいた。それらを食べている間、にぎやかなおしゃべりが続く。
「で、健吾ってばその時…」
「やめろっつの。さっきからおまえ、しゃべりっぱなしじゃないか。少しは黙れ」
「いーじゃん、みんな楽しんでるんだし。楽しいよね、香菜ちゃん?」
「ええ、楽しいです。これまでそんなにお話したことなかったんですけど、間さんって本
当に話題がつきませんよね」
「女の子を引きつけるには、巧みな話術が必要だからね。…ん?おっとごめん、電話だ」
 そう言って仁が席を立った。店の外に出て電話で話をしている。
「あーあー、顔が緩んでるよ。どーせまた女の子だろう…」
 俺はそんなことをつぶやいてみた。その俺に香菜ちゃんが聞く。
「間さんの電話、長くなるんでしょうか?」
「ああ、あの調子じゃきっと長いよ」
「それじゃあその間にお聞きしたいんですけど、東センパイと喜久さんって、昔から仲が
よかったんですか?」
「まあ、そりゃあね。何と言っても産まれた時からずっと一緒みたいなところがあるし」
「だから簡単に手も握れる…んですか?」
「えっ、東くんと喜久さん、手なんか握ったの?」
 片瀬さんが割って入ってきた。
「何言ってるんですか、片瀬さんが仁と手をつないでるのを見つけちゃったから、俺たち
の方もつなぐはめになっちゃんったんですよ」
「そ、そうなんだ…。あれは間くんが言ってきたから、なんだけど…」
「それより健くん、つなぐはめ、っていうのはいったいどういう意味かしら?」
「こ、言葉のあやだよ。で、香菜ちゃん、聞きたいのはそれだけ?」
「い、いえ…。そんな昔から一緒のセンパイと喜久さんの間に、恋愛感情とかそういった
物はあるのかなあって、ちょっと気になって…」
「さあてねえ。逆に一緒にい過ぎて、考えたこともなかったってのが本音かな俺の場合。
喜久もそうじゃないのか?」
 俺は喜久に同意を求めてみた。
「う、うん、そう…ね…」
 その喜久の言い方は、どこか変だった。
「あれ、喜久、どうかした?」
「な、何でもないわ。何でもないの、うん」
「変な喜久だなあ」
「てめえ、喜久さんが変だとぉ!?」
「うわあ!」
 俺は、いつの間にか電話を終えて戻ってきていた仁に怒鳴られた。
「俺の大本命の喜久さんを悪く言うヤツは、例え幼なじみのおまえでも許さねえぞ!」
「べ、別に本気で変って思ってるわけじゃない。ただちょっとおかしいなあって…」
「喜久さんはおかしくなんかねえっ!」
「だーかーらー…」
 そんな俺たちを見て、女の子たちは笑っていた。

 それから俺たちはデパートを後にし帰路についた。もちろんその道程での荷物持ちは俺
と仁の役目だった。とりあえず俺たちは今日のスタート地点である“鬼賀屋”に戻った。
店の前で片瀬さんが言う。
「じゃあ、ボクはここで、ね」
「えっ、片瀬さん、ここでお別れ?それじゃあ、俺が片瀬さんを家まで送る!今日はもう
最後まで片瀬さんの面倒を見る!」
 仁が言った。
「わあ、嬉しいなあ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。みんな、バイバイ」
「またね二人とも。ついでに健吾も」
 そう言って二人は帰っていった。
「仁のヤツ、喜久が本命とか言いつつ…」
 俺は喜久と香菜ちゃんの荷物を持ったままそう言ってみた。そして続けてこう聞く。
「さて、喜久ももういいよな?香菜ちゃんは俺が送ってくよ」
「あらあら健くん、わたしもここで追い払っちゃうの?それで香菜ちゃんと二人きり?」
「ここが君の家なんだから当然だろ。それに、香菜ちゃんの家は俺が住んでるアパートの
すぐ近くなんだから」
 そう俺が言ったのだが、ここで香菜ちゃんが口を開いた。
「あの…わたし、家に帰る前にここへ寄っていきたいんですけど…」
「ここって、わたしの家?」
「じゃあ当然、俺も付き合うよ」
「健くんも?まあいいけど」
 そんなわけで俺たち三人は店に入った…のだが、客はいなかった。いるのは親父さんだ
けで、その親父さんが俺たちに気がついた。
「おお、帰ってきたんか。お帰り」
「お帰りはいいんだけど、どうしたのよ、この状況は?」
「たまたま客足が途切れただけだよ。十分ぐらいまではちゃんと客いたんだから」
「あの…」
 遠慮がちに香菜ちゃんが言う。
「ああ、香菜ちゃんじゃないか。ひょっとして、バイトする気になった?」
「は、はい。実はそうなんです」
「えっ、本当に?」
 喜久がそう言った。ところで香菜ちゃんの言葉を聞いた親父さんが喜ぶ。
「そーかそーか、その気になってくれたか!よし、それじゃ詳細を面接しよう。奥の方に
来てくれ。喜久、その間こっち頼む」
「頼むって…お客さんが来たら呼べばいいの?」
「そんなとこだ。それじゃあ香菜ちゃん、こっち来てくれ」
「は、はい」
 そうして二人は店の奥に消えた。
「もう、しょうがないわねお父さん…」
 そうつぶやきながら喜久は店の外に出て、すぐに戻ってきた。
「あれ、何したの?」
「表の札を『準備中』にしておいたの。お客さんが来るたびにお父さん呼ぶより、この方
がいろいろ効率的だし」
「ははっ、さすがしっかりしてるわ」
 俺はそう笑ってみた。そして喜久が続けて言う。
「それにしても、本当に香菜ちゃんがここでバイトすることになるなんてねえ…」
「まあ、昼間の時点でほぼ決まりなんじゃないかって思ってたけどね俺は。それよりも、
これから大変だぞ喜久」
「何が?」
「もしかしたら、彼女にこの店の看板娘の座を奪われるかもしれないってこと」
「あはっ、そっか、そういう心配もしなくちゃならないのね。でも大丈夫よ。そう簡単に
譲りはしないわ」
「伊達に一人娘やってないってことか。あっ、ごめん、水もらっていいかな?」
「いいわよ」
 喜久が俺に水の入ったコップをくれた。
「サンキュ」
 俺はそう言ってコップに口をつけたんだけど、そこで喜久が何も言わないでじっと俺を
見ていることに気がついた。しかもその視線が、なんだかいつもと違う。
「喜久、どうかした?」
「あっ、ごめんなさい。こうやってよーく見てみると、やっぱり健くんってカッコいいな
あって思って」
「何だいそれ。おだてだって何も出ないぞ。それにそんな言い方じゃ、まるで俺のことを
外見だけで見てるように取られちゃうぞ」
「そうね、言い方が悪かったわ。わたしは健くんがどんないい人か知ってるし、その上に
そんな顔とスタイルだから、なおさらカッコよく見えるのね」
「だから、おだてても何も出ないって…」
「おだててるわけじゃないわよ。本当にそう思ってるんだから」
「本当かよ?とにかく、ありがとう喜久」
 その後、なぜか少しの沈黙があった。そしてその沈黙を破るように喜久が言った。
「やっぱり、ちょっともったいなかったかな」
「えっ、何が?」
「あなたのことを好きだったのを、あきらめたこと」
「へっ…?」
 俺は、何が起きたのか一瞬判断できなかった。そして喜久の言葉の意味を考えてたら、
手に持ったコップが傾き、中の水がドボドボと床にこぼれてしまった。
「もう健くん、何やってるのよ!」
 そう言って喜久が雑巾を持ってきて、こぼれた水を拭こうと床に四つん這いになった。
「ご、ごめん喜久。俺も手伝うよ」
 それで俺も四つん這いになったのだが−。
「いいから。あなたはちょっとどいてて」
 喜久は俺のことを無視して床を拭き続ける。それで俺の目の前に、それほど短くはない
がスカートの喜久のお尻が揺れる。中は見えなかったが、形がいいそれに、俺は思わず見
入ってしまった。
「これでいいわね。…って、健くん、何見てんのよ!」
 俺の視線に気づいた喜久がスカートを押さえる。ちょっと怒った感じで立ち上がりなが
ら俺に言う。
「もう、健くんって以外にエッチなのね」
「そりゃ、俺も健全な高校生男子だしぃ…あはははは…」
 俺の口から乾いた笑いがこぼれる。そしてその俺に喜久が追い打ちをかける。
「まさか健くん、これが目的でわざと水こぼしたんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないだろう!」
「じゃあ、なんで急にこぼしたのよ?なんか、突然動きが止まったみたいだったけど…」
「それは…君が急に、俺のこと好きだなんて言うから…」
「ああ、それが原因だったの?『好きだった』よ」
 喜久はさらりと言った。
「過去形かどうかは、あまり重大じゃないと思うけど…」
「結構重大よ。だって、今でも健くんのことは好きだけれど、それはもう、特別な異性と
してじゃないし」
「でも、全然気がつかなかったな、俺。さっきデパートで香菜ちゃんに聞かれて話をした
けど、あれが本当の本心だったし…」
「うん、わかってた。だからわたし、さっき嘘ついたの」
「でも、あきらめたって…いつ?」
「中学卒業の時ね。高校も違くなるから、これを機にもう健くんに対して恋愛感情を持つ
のはやめようって思ったのよ」
 俺は、彼女の話をただ黙って聞いていた。なんだか、胸が締め付けられるような奇妙な
感じを覚えた。
「俺は…」
 小さな声で俺は言葉を言い始めた。
「俺は喜久の気持ちに全然気がついてなかったよ…。ごめん…」
「謝る必要はないわよ。そんな鈍感を好きになった自分が悪かったって、今じゃそう思っ
てるから。もう全然平気よ」
「でも…」
「大丈夫よ。わたし、健くんが思うよりも強い女の子なんだから」
 喜久がそう言った時、店の奥から香菜ちゃんと親父さんが戻ってきた。まだ俺がいるこ
とに気がついた香菜ちゃんが言う。
「センパイ、もしかしてわたしのこと待っててくれたんですか?」
「ま、まあ、そんなとこ。話終わったの?」
「はい」
「そ、そう。それじゃ帰ろうか?じゃあね、喜久、親父さん」
「おう、またな」
「健くん、今日はいろいろとありがとう。さっきの話は気にしないで、またこのお店に食
べに来てね」
「う、うん…」
「それでは、失礼します」
 そうして俺たち二人は店を出た。帰る途中で、香菜ちゃんが言ってきた。
「すみませんセンパイ、わざわざ待っててもらって…」
「君の荷物預かったまま帰るわけにも、それを店に置いて俺だけ帰っちゃうわけにもいか
ないでしょ。それに、ただ待ってただけじゃなくて、喜久と話してたし」
「そうですか。そういえば喜久さんが、『さっきの話は気にしないで』って言ってました
けど、何の話をしてたんですか?」
「えっと、いや、それは、あの…」
 そんな俺の様子を見た香菜ちゃんは−。
「ご、ごめんなさい。昔からの長い付き合いのお二人なんですから、わたしなんかには言
えない話もしますよね…」
「そ、そうじゃなくて…いや、ある意味そうなんだけど…」
 もう自分で何を言っているかわからない。
「…もうやめましょうか、この話は」
 どうやら香菜ちゃんは俺に気を使ってくれたようだ。
「ところでわたし、高校入学のお祝いに携帯電話を買ってもらったんです。センパイに、
番号教えておきますね」
「えっ、教えてくれるの?」
「はい」
 話題がそんな話になった。そして以降は香菜ちゃんの家につくまでこの話をすることに
なった。

 家に帰った俺は、いろいろと考えた。考えたのはもちろん、喜久のこと。昔の彼女の想
いにまるで気がついてなかった俺は自分が恥ずかしくなった。だけど、今はどうなんだろ
う。確かに喜久は「もう昔のこと」と言ったけど、その前に「もったいなかったかな」と
も言った。これはまだ俺に対するそういった気持ちが残ってる、あるいは本当はまだ俺の
ことを異性として好きだということかもしれない。俺は喜久のことは嫌いじゃない。むし
ろ好きな方だ。だから、もしも彼女の本心があの時のままだったなら…。
「…どうしたもんかな」
 俺がそうつぶやいた時、電話が鳴った。時計を見てみると、帰ってきてからもう一時間
も過ぎていた。画面に出ていたのはメモリー登録もされていない見知らぬ番号だった。そ
れでしばらく放っておくと、留守電になった。それで誰か知らないけど何か録音するのか
なと思って、リアルタイムで聞いてみることにした。
「えーっと、片瀬克美です」
 その名前を聞いた瞬間、俺は驚いた。なんでいきなりこの人から電話が?ともかく知っ
ている人なのに出ないのは失礼かなと思って留守電をさえぎって話すことにした。
「もしもし、東です」
「あれ?なーんだ、東くん、いたんじゃない」
「知らない番号だったんで、出るのためらったんです…。それより、片瀬さんって俺の携
帯の番号知ってましたっけ?」
「今日、間くんに聞いたの」
「そうですか…。それで、何の用ですか?今日、忘れ物でもしましたか?」
「ううん、違うよ。あのさ東くん、明日暇かな?」
「えっ?予定は入ってませんけど…」
「それじゃあさ、明日ボクと一緒に木本公園にお花見に行こうよ!」
「お、お花見?」
「うん。ボク、お弁当作ってくからさ!」
「うーん…」
「何?ボクと一緒じゃ嫌なの!?」
「そ、そんなことはないですけど…。あっ、もしも雨が降ったらどうするんですか?」
「大丈夫だよ。明日は100%晴れだって、天気予報で言ってるしさ!」
「はあ…」
「じゃあ、11時に木本公園の公園大橋でいいよね?それじゃ、約束だよ!」
「あ、あの…」
 電話は切れてしまった。
「すんげえ強引…。まあいいや、約束しちゃった以上は行くしかないか…」
 そしてわけがわからない気持ちのまま、俺は片瀬さんとのデートに臨むことになってし
まった。

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