K’sストーリー第一章 誰が好き?(4)
 そして、翌日の4月1日。時間より少し早めに片瀬さんとの待ち合わせ場所である木本
公園に俺はついた。街で一番大きいこの公園は、桜がたくさん咲いているということで、
家族連れや何かが多くいた。そして目印の公園大橋近くのベンチに座ると、俺はついうと
うとし始めてしまった。実は、喜久のことを考えていたもんだから、昨夜あまり寝ていな
かったんだ。そして、そのうち−。
「東くん、おっはよーっ!」
 そんな大声で俺の目は一気に覚めた。もちろん声の主は片瀬さんだ。
「あっ、おはようございます…って、もうすぐ昼ですよ」
「別にいいじゃない。それよりも東くん、来てくれてありがとう。昨日あんな風に一方的
に言っただけだから、来てくれないんじゃないかって心配してたんだ」
「まあ、約束は約束ですから」
「そっか、東くんってそういう人なんだ。ところで東くん、なんだか眠そうだけど…」
「実は、あんまり寝てないもんで…。それにしても、でかいリュックですね…」
 そう、片瀬さんはとても大きなリュックを背負っていたんだ。それこそ、あんたこれか
ら山登りにでも行くんかというツッコミが入りそうなほどの。あまりの大きさに片瀬さん
がつぶれそうで、俺は心配になった。
「この中、全部お弁当なんだ。ところでさ、今日のこの服、どう?」
「服?ええ、かわいいですよそのオーバーオール。もしかして昨日買ったヤツですか?」
「うん、そうだよ」
「すごく明るくて元気っぽくて、片瀬さんにぴったりの服ですね」
「あはは、ほめてくれてありがとう。ボク、とっても嬉しいな」
 片瀬さんは本当に嬉しそうだ。それによく見ると、微妙に顔が赤くなっているようにも
見える。ほめられて照れたのかな?
「東くんにそう言ってもらえると、今日この服にしたかいがあったよ。それじゃあ、まず
はお散歩しよ、ね?」
「い、いいですけど…そんなに腕を引っ張らないでくださいよ。急がなくても桜の木は逃
げないんだから…」
「そうだけど、ボクはとにかく早く行きたいの!ほら、行こうよ!」
 昨日の電話と言い、時々片瀬さんは強引になる。そんな彼女に促され、俺たちは公園の
中を散歩した。
「うんわーっ、やっぱりすっごいきれいだあ!」
 桜を見て、片瀬さんが声を上げる。
「ええ、本当にきれいですね」
 そう言った俺だけど、その後で考えた。もしも仁がこの場にいたら、「片瀬さんの方が
きれい」とかほざくんだろうか。まあ、本当にそんなことを言ったらあの男をはっ倒すま
でだが。そんなことを考えて片瀬さんのことを見てみた。歩きながら、揺れる桜の枝、散
る花びらを眺めている。その顔が本当に楽しそうなもんだから、見てるこっちまで楽しく
なってくる気がする。そしてさらに思った。いくら仁でも、この片瀬さんに「きれい」と
は言わないなと。言うとすれば絶対に「かわいい」だなと。
「あーあ、もう一周終わっちゃった」
 俺がどうでもいいことを考えているうちに、公園の散歩コースを歩き終えた俺たちは、
公園大橋まで戻ってきた。
「それじゃあ、桜も見たし、お弁当にしようか?あそこのベンチに座って食べよ!」
「ええ、そうしますか」
 俺たちはベンチに座る。片瀬さんが弁当を広げ出した。そんな彼女に俺は言った。
「そういえばこの前、俺にカツ丼を作ってくれるとか言ってましたけど、まさか、今日の
お弁当は…」
「きゃははは、そんなわけないよ。よーし、準備完了!さっ、召し上がれ!」
 俺と片瀬さんの間には、それはそれはたくさんの料理が並んでいる。なるほど、こんな
にたくさんあったら、あんな大きなリュックでないと入れられないはずだ。それにしても
よく背負えたな…。片瀬さんって、意外に力持ちなんだろうか?それはともかく、俺はそ
の料理の中からサンドイッチを手に取ってみた。
「それじゃあ、いただきます…もぐもぐ…」
 そして片瀬さんの作った料理を食べた瞬間、俺の体に電流が走った(ちと誇大表現)。
「う…うまい…」
 俺が言うと、心配そうに俺を見ていた片瀬さんが笑顔になった。
「おいしいの?よかったー!」
「ええ、すっごくうまいです。どれこっちのは…これは…」
 そうしていろいろと手をつけてみたが、どれもこれも本当にうまかった。
「いやあ、うまいだろうとは思ってましたけど、ここまでとは…」
「喜んでもらえて嬉しいな。さっ、もっともっと食べてね」
「はい、いただきます」
 そして俺は目の前にある料理をどんどん食べた。もちろん片瀬さんも食べた。もしかす
ると、俺よりも片瀬さんの方がたくさん食べていたかもしれない。
「ごちそうさまでした。片瀬さん、本当にとてもおいしかったですよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて、ボク、すごく嬉しい!」
「それで、ちょっと聞きたいんですけど…」
 俺は水筒の飲み物を飲んでいる片瀬さんに聞いてみた。
「今日は、どうして俺を誘ったんですか?」
「理由?んーと…ボクがお花見したかったからかな?一人で行くのもなんだから、誰かと
一緒に行こうって思って」
「それだったら、別に俺じゃなくて喜久とかでもよかったんじゃないですか?それに、昨
日は帰りまでずっと仁と一緒だったんだからあいつを誘っても…」
「それは…そう…なんだけど…さあ…」
 そう言ったきり、なぜか片瀬さんはうつむいてしまった。そしてしばらくの沈黙の後、
彼女は笑った。
「きゃはははは、なんだか変な感じだね」
 言われなくてもわかっている。まったくもってその通りだ。でもその変な雰囲気を作り
出したのは片瀬さん本人だ。彼女もそれに気づいているのか、ごまかすように言った。
「あははっ、それじゃもう、お弁当箱片付けるね。リュックにしまう前に、あそこの水道
で洗ってくるから」
 そして片瀬さんは空になった弁当箱を持って立ち上がった。そのまま彼女は水道の方に
歩き出したんだけど−。
「えっ?あっ、きゃあ!」
 悲鳴と共に、片瀬さんは転んだ。まさかとは思ったけど、本当に転ぶとは…。とりあえ
ず俺は転んだ片瀬さんを起こすことにした。
「片瀬さん大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと痛いだけ…ありがとう」
「ほらほら、財布落ちちゃってますよ。中身もぶちまけちゃって…ん?」
 地面に広がった片瀬さんの財布の中身のうち、俺の目に止まる物があった。何かの会員
証のようだったが、「誕生日:4/1」という文字が見えたんだ。
「あの…片瀬さんって今日が誕生日なんですか?」
「うん、そうだけどどうして知って…あっ、このカード見たの?」
「すみません、たまたま目に入っちゃって…でも、とにかくおめでとうございます」
「ありがとう。ボク、同じ学年の中で一番誕生日が遅いんだよね。これでやっとみんなと
同じ歳になれたんだ。ところで、東くんの誕生日っていつ?」
「…明日です」
「へっ…?」
 片瀬さんがぽかんとした表情になった。
「ですから、俺の誕生日は明日なんです」
 改めて俺が言うと、ぽかんとしていた片瀬さんがリアクションを取った。
「えーっ、東くんの誕生日、明日なのー!?じゃあ、ボクと一日違いじゃない!」
「そうです。だから驚いてるんですよ。俺がもうちょっと早く産まれてれば、片瀬さんの
学年だったし…」
「逆に、ボクがもう少し遅く産まれてれば、東くんの学年だったんだ…。先輩と後輩が逆
になってたかもしれないんだね。なんか変な感じ!」
「そうですね。あっ、それより、早いところお弁当片付けません?」
「うん、そうだね。じゃあ、洗ってくる。今度は転ばないようにするから」
「気をつけてくださいね」
 そして今回は何事もなく水道の所まで行った片瀬さんは、何事もなく弁当箱を洗い、何
事もなく戻ってきた。無事に戻ってきたところで、俺はなんだかすごくほっとした。
「お待たせ東くん。あのね、洗い物しながら考えたんだけど…」
 そう言うと片瀬さんはポケットから携帯電話を取り出し、それにつけていたストラップ
を外した。さらにそれとは別にキーホルダーも取り出して、その二つを俺に差し出した。
「これ、もらってくれないかな?今日のお礼と誕生日プレゼントってことで」
「これって、片瀬先生の漫画のキャラの…しかも、両方とも市販されてない激レア物じゃ
ないですか。いいんですか?」
「うん。今東くんにあげられる物って言ったら、これぐらいしかないし」
「そ、それじゃあもらいます。ありがとうございます」
 そして俺は片瀬さんからグッズを受け取った。それを見ながら俺は言う。
「でもそうすると、俺の方も片瀬さんに誕生日プレゼントをあげないと…」
「ボクの方はいいよ。今日来てくれたのが、東くんからボクへのプレゼントだよ」
「いえ、そういうわけにも…今はちょっと無理なんで、近いうちに…」
「そう?そこまで言うなら、楽しみに待ってるよ」
 俺にそう言った後、片瀬さんは今度はひとりごとのようにこんなことを言った。
「あーあ、それにしても今日はなんだか疲れちゃったな。東くん眠いって言ってたけど、
朝早くに起きてお弁当を作ったボクだって眠いんだぞ。何たって、朝の五時から作り始め
たんだもん…」
 その言葉を聞いた俺は、こんなことをたずねてみた。
「そんなに気合い入れてたんですか。でも、そこまでしておいてもし俺が来なかったら、
どうするつもりだったんですか?」
 でも、片瀬さんの答えはなかった。
「片瀬さん?」
 そして俺が片瀬さんの方を見てみると、彼女は目をつぶっていた。眠ってしまったみた
いだ。かわいい寝顔で、すーすーと寝息を立てている。
「このままにしておくか…」
 俺はそうつぶやいたんだけど、いつの間にか俺も眠ってしまった。次に俺が目を覚まし
た時、時計は30分ほど進んでいた。そして隣を見ると−片瀬さんはまだ眠っていた。
「さすがにそろそろ起こすか…。片瀬さん、片瀬さん」
 俺が声をかけると片瀬さんが目を開けた。
「んにゃ…?ああそっか、東くんと出かけてて…おはよ」
「おはようはいいんですけど、よく眠ってましたね」
「そんなに?…寝てるボク、変じゃなかった?」
「実は俺も寝ちゃってたんですが…俺が見た限りでは変な所はありませんでしたよ。寝顔
もかわいかったし」
「えっ、やだそんな、照れるよ。…それじゃそろそろ帰ろうか?」
「そうですね」
 そう言ってベンチから立ち上がり歩き出した俺たちだったが、途中、片瀬さんが飲み物
の自動販売機を見つけて言った。
「あっ、東くん、ちょっと待っててもらえるかな?眠気覚ましにコーヒー買ってくる」
「そうですか。じゃあ、ここで待ってます」
「東くんもいる?いるんなら買ってきてあげるよ」
「いいんですか?それじゃお願いします。俺のはブラックで」
「わかった」
 そうして片瀬さんはコーヒーを買いに走った。少しして、二つのコップを持った片瀬さ
んが戻ってきた。
「はい、どーぞ」
「どうも」
 金と引き換えにコーヒーを受け取る俺。そして俺と片瀬さんはそれぞれの手にあるコー
ヒーを一口飲んだんだけど−。
「ぶふっ!甘っ!」
「きゃっ!苦っ!」
 俺たちはほぼ同時に言った。
「苦ぁ…。ごめん、こっちが東くんのだ。東くんには間違えてボクの渡しちゃったよ。砂
糖とミルク増量したヤツ」
「ム…ムチャクチャだだ甘でしたよこれ。こんなんで眠気覚ましになるんですか?」
「なると思うけど…。それよりも、取り替えっこ取り替えっこ」
「あっ、はい」
 改めてコーヒーを受け取った俺は、見た感じ何も混入されてないそれを一気に飲み干し
た。こっちはちゃんとブラックだった。そして片瀬さんを見てみると、あの思いっきり甘
いコーヒーを飲んで、ものすごい幸せそうな顔をしていた。その顔を見た時−。
「あ…あれ…?」
 俺はそんな声を出した。そして自分の胸を押さえた。何か奇妙な感じがしたんだ。昨日
喜久といた時の感じに似ていた。
「これってもしかして…」
 俺は片瀬さんに聞こえないような小さな声でつぶやいた。そして片瀬さんがそんな俺の
顔を覗き込んでくる。
「ねーねー東くん、どうしたの?」
「い、いえ、何でもないです…。そろそろ帰りましょう」
「うん、そだね」
 そうして俺と片瀬さんは公園を後にした。家まで送っていこうかと片瀬さんに言ったの
だが、今日はいいやと言われたので公園の入り口で別れた。だけど、彼女と別れた後も、
胸の奇妙な感じは消えなかった。まさか、俺は…?

 片瀬さんと別れて家路についた俺は、いろいろと考えながらアパートに向かっていた。
でも、考え過ぎて答えはまとまらなかった。そしてそのうち部屋につき、ドアを開けたの
だが、その時、間に挟まっていた紙切れが下に落ちた。
「何だこりゃ?…『荷物が届いてますので預かってます。取りに来てください。桂』…。
大家さんの書き置きか…」
 それで俺は、大家さんの家にその荷物を取りに行った。
「すいませーん、東ですけどー」
 玄関でそう呼び掛けると、誰かが奥から出てきた。それは大家さんではなく、娘の香菜
ちゃんだった。
「あっ、こ、こんにちはセンパイ」
「こんちは香菜ちゃん。大家さん…君のお母さんいる?」
「すみません、出かけていて留守なんです。今はわたし一人しかいなくて…。でも、荷物
の件なら聞いてますから、ちょっと待っててくださいね」
 そう言うと香菜ちゃんは一度奥に消えた。すぐに戻ってくるだろうと思って俺は玄関先
で待っていたのだが、来なかった。そして、奥からこんな声が聞こえた。
「センパイ…助けてください…」
 助けて?もしかして緊急事態!?
「香菜ちゃん、どうしたの!?上がるよ!」
 そう言って俺は家に上がらせてもらった。奥の部屋に行くと、香菜ちゃんが大きな荷物
を押したり引いたり持ち上げようとしたりしていた。
「…何やってるの?」
「すみません、この荷物重くて、運べないんです…」
「あのね…。消えそうな声で助けてなんて言うから、本当にもうせっぱ詰まってるのかと
思っちゃったじゃないか」
「す、すみません…」
「まあいいけど。それにしても、そんなに重いのそれ?」
「はい、わたしでは運べなくて…」
「そんな荷物、いったいどこから…親父からかよ!」
 荷札を見た俺は、思わず叫んでしまった。
「いったい何を送ってきたんだか…。とりあえず、ちょっとどいてみて。俺が持ってみる
から」
「は、はい…」
 で、香菜ちゃんに代わって俺がそいつを持ち上げようとしてみたところ−。
「何だい、確かに重いは重いけど、全然持てるじゃないか」
「も…持てるんですか、センパイ?」
「俺だったらね。でもこれがびくともしないなんて、香菜ちゃん、君非力過ぎ」
「ご、ごめんなさい…」
 香菜ちゃんに謝られてしまった。予想外だったので少し焦った。
「い、いや、別にそんな謝るようなことでも…それにまあ、女の子なんだから力あり過ぎ
ても、ねえ」
「あ、ありがとうございますセンパイ」
「…なんで礼を言われるんだ俺?」
「いえ、気を使ってもらって…」
「気にしないでって。それじゃ、これ持って帰るから俺」
「あっ、ちょっと待ってください。この後…何か用事あるんですか?」
「この後?特に用事といえる物はないけど…」
「それじゃあ、お時間いただけませんか?少しお聞きしたいことがあるんです」
「聞きたいこと?うーん…いいよ別に」
「ありがとうございます。それじゃあ、居間の方で…」
「うん」
 そうして俺は荷物と共に居間へ。ここで俺は、よく考えると今この家には俺と香菜ちゃ
んの二人だけだということに改めて気づいた。
「それで…話って?」
 俺の方から言ってみた。
「はい、えっと…あの…その…」
 香菜ちゃんはなんだかもじもじしている。なかなか話を切り出せなかったり、話す時に
どもり気味になってしまうというのはこの娘にはよくあることだけど、今回はそれに輪を
かけているように見える。だが少しして、彼女はようやく本題を切り出した。
「東センパイは、わたしのことをどう思っていますか?」
「えっ!?ど、どうって…嫌いじゃないよ。嫌いだったらこんな風に話したりしないし」
「だけど、嫌いじゃないと好きは違いますよね?」
「それは…そうだけど…」
 こんなことを聞いてくるなんて、もしかしてこの娘は…?
「香菜ちゃん、君、まさか俺のことを…?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。まず言えることは、わたしはセン
パイを人間的に尊敬しているってことです。わたしのセンパイに対する感情は、尊敬の念
なんじゃないかと自分で思うんです。人間的に、東センパイが好きなんだと思うんです」
 こんなことを言われて、俺はちょっと嬉しかったし、ちょっとショックだった。続けて
香菜ちゃんが言う。
「センパイ、わたしはセンパイよりも年下だし、魅力もないと思っています。だから、彼
女とかにはなれないと思います。でも、『後輩』でいいんです。それでいいから、センパ
イの近くにいさせてください…」
 なんだか、胸が痛くなってきた。喜久や片瀬さんといた時に感じたあの痛みと同じだっ
た。そして、俺はゆっくりと口を開いた。
「香菜ちゃん、君は自分で思ってるよりもずっと魅力的な女の子だよ。さっき君のこと嫌
いじゃないって言ったけど、むしろ…」
「いいんです」
 香菜ちゃんが俺の言葉をさえぎる。
「そこから先は言わないでください。それを聞くと、男の人としてセンパイを好きになっ
てしまいそうで…」
「‥‥‥‥」
 そして俺も香菜ちゃんも黙ってしまった。少しして香菜ちゃんが言った。
「…話は、それだけです」
「そう…。じゃあ俺、帰るね」
 俺は例の大荷物を持ち上げ、この家を出ようとして玄関に行った。玄関で靴を履いてい
ると、すぐ後ろに香菜ちゃんが来て、そして言った。
「センパイ、センパイを迷わせるようなことを言って、すみませんでした」
「気にしないで。迷ったとしても、きっと結論出せるから。じゃあね」
「はい、さようなら」
 そうして俺は自分の部屋に戻った。まだ胸は痛んでいた。そして痛みがなくなった後、
思いっきりテーブルを叩いた。
「俺は…俺は…!」
 胸の代わりに今度は拳が痛くなってきた。俺はこれからどうすればいいのか、自分でも
考えられなかった。正確に言えば考えたくなかった。俺は喜久か香菜ちゃんのどちらかを
特別な異性として好きなのかもしれない。それにもしかしたら俺が本当に好きなのはその
どちらでもなく、三人目の女の子、片瀬さんかもしれない。その根拠は、片瀬さんと一緒
にいた時、あの胸の痛みを感じたということだ。そして、今も…。香菜ちゃんには「結論
を出せる」と言ったが、このままでは、それも嘘になってしまう。
「俺は…誰が好きなんだ…」
 それは、自分に対する問い掛けだった。

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