h誰が好き?(5)
K’sストーリー第一章 誰が好き?(5)
 翌日。結局、俺は昨夜もあまり眠れなかった。またいろいろと考えてしまったからだ。
三人の女の子はいったいどんな気持ちで俺のことを見ているんだろう。昔の喜久は俺のこ
とを好きだったけど、今の彼女は…。香菜ちゃんは、今の関係のままでいいからもう少し
側にいてと言う。そんなことを考えながら、俺はあることに気がついた。よくよく考えて
みると、喜久や香菜ちゃんと違って片瀬さんは俺にそういったことは言っていない(デー
トには誘われたけど)。そうなると、何も言われてもいないのに気になるなんて、俺が一
番好きなのは彼女なんだろうか。そう思って片瀬さんのことを考えると、今度は他の二人
の顔が浮かんでくる。今もって俺は、誰が一番好きなのかわからない。
「はーあっ…」
 俺は大きくため息をついた。とその時、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい。…あっ、香菜ちゃん…」
 玄関にいる彼女の姿を見て、俺はなんだか気まずい思いになった。香菜ちゃんが言う。
「あの…昨夜はごめんなさい…」
「あっ…えっと…いや…ああっ…うん…」
 もう言葉にすらなっていない。
「それで…今日は何の用?」
 ようやく理解できる言葉を言えた。
「あの…今日、東センパイの誕生日でしたよね?だから、これ…」
 そう言って香菜ちゃんは、きれいな包みを俺に差し出した。
「あ、ありがとう。知ってたんだ…。でもだったら、昨日俺が君の家に行った時に渡して
くれてもよかったんじゃない?」
「実はあの時にはまだできあがってなくて…センパイが帰ってから完成させたんです。そ
れに、こういうのってやっぱり当日にあげた方がいいんじゃないかって、そう思って…」
「そう…って、完成させた?何なのこれ?」
「実は手製の服なんです。だけど、あまり上手にできなかったから、部屋着にでもしても
らえればと…」
「そ、そんな物もらっちゃっていいの?香菜ちゃんの手作りの服なんて…」
「そんなたいした物じゃありませんから。…やっぱり、ご迷惑でしたか?」
「い、いや、そんなことはないよ。嬉しいよ、ありがとう」
 俺は香菜ちゃんから包みを受け取った。
「こちらこそ、受け取ってくれてありがとうございます。それと、昨日のことは本当にご
めんなさい。だけど、あの言葉がわたしの気持ちですから。それじゃ!」
 そう言うと香菜ちゃんは玄関を閉めて行ってしまった。
「‥‥‥‥」
 俺は香菜ちゃんからのプレゼントをテーブルに置いてじっと見てみた。見ていると、今
度は電話が鳴った。喜久からだった。また俺の頭の中にいろいろと浮かんできたが、とり
あえず電話に出ることにした。
「はい、もしもし…」
「あっ、健くん?喜久だけど」
「えっと…何の用かな?」
「健くん、今忙しい?」
「いや、特に。今のところ、今日は出かける予定もないし…」
「それじゃあ、ちょっとそっちに行ってもいいかしら?用事があるんだけど…」
「用事?ああ、いいよ。待ってる」
「それじゃあ、すぐに行くから」
 そして電話は切れた。
「えーっと…こいつはどこかに隠しておいた方がいいのかな?」
 もし香菜ちゃんからのプレゼントが喜久に見つかったらなんだか面倒なことになりそう
な気がしたので俺はそれを押し入れに入れた。そしてその約十分後、喜久がやってきた。
「いらっしゃい。それで、用事って?」
「たいしたことじゃないんだけど…誕生日おめでとう。これ、プレゼントなんだけど、ま
さか受け取ってくれるわよね?」
「何だいその脅迫じみた渡し方は。けど、本当にいいの?」
「もう15年以上も前からの付き合いなのに、何を今さら水臭いこと言ってるのよ。…ま
さか、もらってくれない気?」
「そんなことは言ってないけどさ…あんなこと言われた相手からプレゼントなんかもらっ
たら、深読みとかしちゃうよ…」
「あんなこと?ああ、一昨日の?」
 意外な喜久の言葉だった。彼女は続ける。
「あれ、昔の思い出話の一つとして話したつもりだったんだけど、もしかして、それで何
か悩んじゃった?迷っちゃった?」
「昔って…思い出にするには、一年は短過ぎるだろ。それに、週に何度も会ってるのに」
「あはっ、そうかもね。でも、わたしとしてはそれほど重大なことだとは思わないであの
話したつもりなの。だから、健くんもそんな大げさに考えないで」
 喜久はそう言ったが、俺はそんな軽く考えることはできない。香菜ちゃんや片瀬さんの
ことが絡んでるからなおさらだ。だけど、とりあえず俺は喜久にこう言った。
「…わかった、もうあの話は忘れるよ。もう考えるのやめにする」
「そう。それならいいわ。それで、プレゼントの方だけど…」
「もらうよ。ありがとう、喜久」
「どういたしまして。それじゃ、用はこれだけだから。またね」
 そして喜久は帰っていった。
「‥‥‥‥」
 香菜ちゃんからのプレゼントを受け取った時と同じように、俺は喜久のプレゼントを見
つめてみた。だけど、さっきよりも複雑な思いが俺の中にはあった。押し入れから、香菜
ちゃんからもらった物を出してきて喜久からのプレゼントと一緒にテーブルに並べた。そ
して、昨日片瀬さんにもらったストラップ&キーホルダーも一緒に置いてみた。それらを
見ながらまたいろいろと考える。しばらくして−。
「おーい健吾、いないのかー?」
 そんな声で俺は我に返った。どんどんとドアをノックする音がする。ドアを開けると、
仁がいた。
「いたのか。いるならさっさと出てこいよ」
「仁…。何の用だ?」
「暇だから遊びに来たんだ。女の子も全然捕まらなくてさあ。これから出かけんの?」
「いや、別に…」
「そーか、それじゃ上がらせてもらうぜ」
「おいおい、勝手に入んな」
「固いこと言うなよ。誕生日のケーキも買ってきてやったんだしさ」
「おまえ、覚えてたんか…」
「まあな。…ん?」
 仁がテーブルの上に置いてある物を見つけてた。しまった、三人の女の子からもらった
物が出しっ放しだ。
「何だこりゃ?ほうほう、こいつは誕生日プレゼントか。しかも女の子からのだな。ずば
り、喜久さんと香菜ちゃんからだろ」
「うっ、す、鋭い…」
 さすがは仁、こういうことに関しての洞察力には目を見張るものがある。そしてさらに
仁はこんなことを言った。
「…って、その横にあるのもプレゼントか?安っぽいキャラクターグッズなんて、なんだ
か誕生日プレゼントにしちゃしけてんなあ」
「失礼なこと言うな。そいつは非売品の上にプライズゲームの景品にもなってない、もの
すごいプレミア物なんだぞ。片瀬さんはそんな物をぽんとくれたんだから…」
「片瀬さん?彼女からももらったんかよ!あ、片瀬さんって言えば、この前家に送ってっ
た時におまえの携帯の番号聞かれたな」
「ああ、その日のうちにかかってきたよ」
「その日のうちに?意外と積極的なんだな。で、どんな電話だったんだ?」
「デートのお誘い。それで昨日二人で木本公園に行って、その時それもらった」
「うわっは!意外どころか思いっきり積極的じゃねえか。それで、その誘いを受けてデー
トしたってことは、おまえ、片瀬さんのことを…」
「あーっ、そのことなんだけどな仁、ちょっと聞いてくれるか?」
 それで俺は仁に三人の女の子のことを話した。そして、話が終わった後に仁は一言−。
「…優柔不断」
 そんなことを言いやがった。
「仁、それはないだろう!こっちは真剣に悩んでだなあ…」
「だってそうだろう。自分がいったい誰のことが好きかわからないなんてさあ」
 返す言葉がなかった。それで俺は仁にたずねてみた。
「…どうしたらいいかな?」
「知るか。何なら、三つまたでもかけるか?」
 その仁の言葉に俺は絶句してしまった。そして次に大きな声で言った。
「そんなことできるわけないだろう!」
「そりゃそうだ。おまえの性格がそれを許すはずがないよな。それに、あの三人の距離は
かなり近いから、すぐにばれちまうよ」
「ばれるとかばれないとか、そういう問題じゃなくてな…」
 その俺の言葉を無視して仁はこう続けた。
「健吾、一つ確認しておきたい。もしおまえが三人のうちの誰かに告白して、それをOK
してもらえるって確証はあるのか?」
「えっ?」
「まあ、今のおまえの話からすりゃ、みんなおまえに対して普通以上の好意を持ってるわ
けだから、断られる確率はそう高くないだろうな。だがなあ…」
 仁の声のトーンが少し下がった。
「おまえ、例えば喜久さんに告白してダメだったら次は片瀬さんに、とか思ってはいない
だろうな?」
「思ってない思ってない!俺は、一番好きな女の子にしか告白しない!それがダメだった
ら、おまえじゃないけど、その娘にひたすらアタックし続けてやる!同時に、OKもらえ
るように、自分を磨く!」
「よーしよく言ったあ!それでこそ俺の親友だあ!」
「けど…その一番好きな娘が誰なのかわからないんだ…」
「そこに話戻るんか…。まあ、三人が三人みんないい娘で、それぞれ魅力があるしな。そ
れじゃあ、こんなのはどうだ?」
「どんなのだ?」
「目をつぶってみるんだ。何も考えないで目をつぶって、一番最初に出てきた娘が、おま
えの一番好きな娘ってことで。その後に他の二人が出てきたって気にするな」
「なるほど、それはいい手かもしれないな…」
 そう言った後で、俺は仁に聞いてみた。
「なあ仁、もしだけどさ、俺が好きなのは喜久だって結論が出たら、おまえどうする?」
「その時はおまえに譲るよ。長年の付き合いのおまえの方に、その権利がある。あっ、勘
違いするなよ。俺の喜久さんに対する気持ちがその程度の物だってことじゃない。俺はか
なり喜久さん本気だけど、彼女を巡っておまえとケンカしたりするの嫌だから」
「仁…」
「もっとも、彼女がおまえの告白を断って、その理由が『間くんの方が好きだから』だっ
た時にはこの限りじゃないけどな。じゃあ俺、邪魔になりそうだから帰るわ」
「…仁、サンキュな」
「別にいいさ。それじゃ、がんばれよ。誰かに告白したら、俺にもその結果教えろよな」
 そう言って仁は帰ってしまった。俺はまたしばらく考えた。だけど、結局は今までと同
じだった。
「こうなったら…」
 そうつぶやくと、俺は深呼吸をして、心を無にして目をつぶった。仁の言ったことを実
行しようと思ったんだ。
「‥‥‥‥」
 しばらくは誰も出てこなかった。長い長い闇…。そして−。
「あっ…」
 ある女の子が闇の中に現れた時、俺はそんな声を上げて目を開けた。なんだか胸がドキ
ドキしている。その娘のことを思うと、嬉しい気持ちになってくる。間違いない、俺は彼
女のことが一番好きなんだ。
「よし…」
 結論の出た、そしてそれと同時に決心のついた俺はテーブルに置いておいた携帯電話を
手に取った。その女の子に電話をかける。つながった。
「あの…東健吾です…」

 俺は木本公園に来た。ここへ女の子を呼び出したんだ。待ち合わせ場所の公園大橋へ来
たが、彼女はまだ来ていなかった。と言うか、他に人もいなかった。これは告白に絶好の
チャンスだ。俺は近くのベンチに座った。なんだか緊張しているみたいだというのが自分
で感じられた。そして俺は目をつぶってみる。少しして−。
「お待たせ」
 女の子の声がした。目を開くと、そこにいたのは−片瀬さんだった。そう、俺が呼び出
したのは彼女だったんだ。仁の言う通り目をつぶってみて、一番最初に出て気たのが片瀬
さんだったんだ。それで俺は、彼女のことが一番好きなんだって確信したんだ。
「今日はどうしたの?こんな所に呼び出したりなんかして…。ボクもお掃除とかお洗濯が
終わって特にすることなかったからいいけど、何の用?」
 片瀬さんが俺に聞いてきた。
「えっと、実はですね…」
 俺はそんな風に話を切り出そうとしたのだが、その言葉は片瀬さんにさえぎられた。
「そうだ、東くんって今日誕生日だったんだよね?改めて、おめでとう」
「あ、ありがとうございます…。それで、まずは渡したい物があるんです」
「渡したい物?あ、もしかしてそのうちくれるって言ったボクへの誕生日プレゼント?」
「はい、そうなんです。これなんですけど…」
 そう言って俺は小さな包みを出した。ここに来る前に買ってきたんだ。
「わーっ、ありがとう。中は何なのかなあ?」
「えーっと…リボンです。髪縛る。片瀬さんっていつもポニーテールにしてるから、それ
に合うと思ったヤツを俺なりに選んで…」
「東くんが選んでくれたの?嬉しいなあ。ありがとう。後でつけてみるね。それで、今日
はこのためにボクのこと呼び出したの?」
「いえ…実はこの後に本題が…」
「これが本題じゃなかったんだ。で、何?」
「あの…実は…」
 俺が意を決して口を開いた時、奇妙な音がした。
(グウウウウウウウウッ…)
「い…今のは…」
「ボクのおなかの音だね…。おなか空いてるんだ、ボク…」
 俺は前にもこんなことがあったような気がした。いや、実際にこれと同じようなことが
あったんだ。俺と片瀬さんが、二度目に会った時…。
「ごめん、話の前に何か食べていい?あそこの屋台で何か買ってくるから」
「そうしてください。俺はここで待ってますから」
「それじゃ行ってくる。東くんも何かいる?」
「俺は…いいです…」
 俺は、胸がいっぱいで何か食べる気にはとてもならなかった。
「そう。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
 そして片瀬さんは走っていってしまった。
「あの人が戻ってくるまでが、タイムリミットか…」
 片瀬さんがいなくなった後に俺はつぶやいてみた。そして俺は、深呼吸なんかをして自
分の気持ちを落ち着けようとした。そのうち、片瀬さんが帰ってきた。手に持っているの
は、たこ焼き、フランクフルト、それに焼きそばという屋台の定番だった。
「お待たせ。話は食べながらでもいい?」
「いえ、そういうわけにも行きませんよ。話は食べ終わってからにします」
「そう?じゃあ、急いで食べるよ。あっ、立ったままじゃお行儀悪いな」
 そう言うと片瀬さんはベンチに座った。俺もその隣に座る。片瀬さんは相変わらずのす
ごい食べ方で三点セットをペロリと平らげた。
「ふー、おいしかった。じゃあ、東くん、話してよ」
 おなかがいっぱいになって満足そうな片瀬さんが言ってきた。それで俺は、今度こそ片
瀬さんに話の腰を折られないことを祈りつつ、口を開いた。
「あの…失礼なことを聞くようですけれど、片瀬さんには、付き合ってる男の人とかはい
ますか?」
「えーっ、いないよそんな人。ボクなんかを彼女にする物好きな人なんて」
「そ、そんなことは…あっ、いえ…。それじゃあ、好きな人はいますか?」
 すると片瀬さんは黙ってしまった。そして少ししてこう答えたんだ。
「…いるよ」
「えっ?」
「好きな人なら…いる」
 結構ショックだった。だけど、それが俺だってこともありうる。だから俺は続けてこう
聞いてみた。
「もし、これから言うことが全然違ってたら、自意識過剰の大バカ野郎って思ってもらっ
ても構いません。…その好きな人って、まさか俺だったりしますか?」
「えっ!?」
 片瀬さんが大きな声を出した。このリアクションだとどっちだかわからない。この後に
続く言葉があるのだろうか?俺は、それを待ってみた。
「…なんでわかったの?」
 この言葉を聞いた瞬間、俺は心の中で「よっしゃー!」と叫んだ。実際に声にも出した
い気分だったが、とりあえず普通に言葉を言った。
「…はっきり言って、半分は希望だったんです。俺が片瀬さんのことを好きだから、片瀬
さんも俺のこと好きだったらいいなって…」
「東くんが!?」
 またもの片瀬さんの大きな声だった。
「そうだったんだ…。嬉しい…嬉しいよ!」
 そう言って片瀬さんは笑った。言いようもなくかわいい笑顔…。俺はこの笑顔を好きに
なったのかもしれない。もちろんそれだけじゃない。明るさ、元気さ…とにかく一緒にい
てこっちまで楽しくなる人だから好きになったんだと思う。そして俺は片瀬さんにたずね
てみた。
「片瀬さん、片瀬さんは、俺のどこを好きになったんですか?」
「んーと…いろいろあるけど、やっぱり決め手は優しい所かな。ボクのことを家までおん
ぶで送ってくれるし、いきなりお花見しようって誘っても来てくれるし」
「よかった、外見じゃなかったんですね」
「うん、確かに東くんってカッコいいけど、それだけじゃないよ」
 俺はこの言葉を聞いてほっとした。そして、一つ息を吐いてからこう言った。
「それじゃあ、改めて言います。俺は片瀬さんのことが好きです。片瀬さんさえよかった
ら、俺の…俺の彼女になってください。お願いします!」
 しばらくの沈黙…。そして、片瀬さんがゆっくりと口を開いた。
「うん…こんなボクでよかったら…」
 その言葉を聞いた俺は、心の中でガッツポーズを取った。ものすごく嬉しい気分になっ
た。見ると、片瀬さんの目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「片瀬さん、涙が…」
「すごく嬉しいの!東くんも嬉しいだろうけど、ボクも同じくらい嬉しいんだよ!」
 そして、その次の瞬間−。
「よーし、よーい、どーん!」
 そんな掛け声と共に、片瀬さんは立ちあがり、急に走り出したんだ。
「えっ?あっ、ちょっと、片瀬さん!?」
 俺がそう言った時、彼女はもうかなり小さくなっていた。
「…待とう」
 どうして片瀬さんが走っていったのかはわからない。だけど、なぜか俺は彼女を追いか
ける気にはならなかった。ここにいれば、彼女は絶対に戻ってきてくれる。そんな確信が
あったからだ。そしてその確信通り、少しして片瀬さんが帰ってきた。
「東くーん!」
 片瀬さんは手を振りながら戻ってきた。俺は彼女にたずねる。
「あの…どうして走っていったんですか?」
「走りたかったから!嬉しくなったから、走りたくなったの。だから走ったんだ!」
「ああ、そうですか…」
 相変わらずこの人にはわけのわからない所がある。だけど、そんな所も含めて俺は片瀬
さんを好きになったんだろう。
「すー、はー、すー、はー」
 片瀬さんは走ったおかげで乱れた息を整えている。そしてその後俺に言ったんだ。
「ねーねー、東くんにプレゼントあげる!」
「えっ?だって片瀬さん、昨日ストラップとかくれたじゃないですか?」
「あれは誕生日プレゼント。これからあげるのは、ボクが東くんの彼女になった記念のプ
レゼントだよ」
「そ、そうですか…。なら、もらっちゃいましょうか。で、何をくれるんですか?」
「うーんとねー…」
 片瀬さんが辺りを見回す。そして周囲に誰もいないことを確認すると−。
「これー!!」
 そう言って片瀬さんは−俺にキスをしたんだ。しかも唇へ…。俺の心に、驚きと嬉しさ
が同時に沸き上がってきた。その後、一瞬で片瀬さんは唇を遠ざけた。そして小悪魔のよ
うな笑みでこう言ったんだ。
「えへへ、びっくりした?」
「そ、そ、そりゃ…まあ…まさかいきなりキスしてくるなんて…」
「ボクたち二人ともお互いが好きなんだからいいじゃない」
 片瀬さんは悪いことをしたとは思っていないみたいだ。もっとも、全然悪いことなんか
じゃないんだけど…。
「片瀬さん、実を言うと、俺、さっきのが初めてのキスだったんですよね…」
 俺はぽつりと言った。
「実は…ボクも…」
 片瀬さんもぽつりと言った。
「今のって、時間にしたらものすごく短かったですよね。だから…」
 俺は、一言ずつ言葉をかみしめて言った。
「もう一度…キスしてくれますか?今度は、もう少し長く…」
「うん、いいよ…」
 そう言うと、さっきみたいにいきなりじゃなく、今度はゆっくりと片瀬さんが顔を近づ
けてきた。そして俺たちはもう一度キスをした。さっきよりも長い間、俺たち二人の唇は
触れ合っていた。
「ありがとう…ございました」
 俺は、片瀬さんにお礼を言った。見ると、さっき涙をにじませていた彼女が、また少し
泣いている。
「えへへっ、ボクの方こそありがとう…。それじゃあ、そろそろ帰ろう?」
 片瀬さんが言ってきた。俺は大きな声で返事をする。
「はい!」
 そして俺たちは手をつないで歩き出した。青空がとてもきれいだった。

「…というわけで、俺たち、付き合うことになったんだ」
「なったの」
 ここは“鬼賀屋”。今回の件に関わった人間みんなに報告をしようとまずはここに来た
のだが、喜久はもとより、いつものように彼女にモーションをかけに来た仁、そしてこの
店でアルバイトを始めた香菜ちゃんと、全員そろっていた。
「そうか、おまえ結局片瀬さんとくっついたのか。ま、いーんじゃないの?」
 仁が言った。続いて香菜ちゃんも言う。
「よかったですね東センパイ。両思いになれて。それに、片瀬さんも」
「ごめんね香菜ちゃん、東くんのこと取っちゃって」
「いえ、わたしは別に…。それに、その言葉はわたしよりも…」
 香菜ちゃんがチラリと喜久を見た。
「わたし?わたしも気にしてないわよ。だって、結局はただの幼なじみだし。それに、わ
たしはこれから健くんよりも素敵な男の子を見つけるから」
「やだなあ、これから見つけるなんて。もう目の前にいるじゃないか」
「もう、相変わらずね間くん」
 喜久が軽く笑った。そんな喜久と仁を、そしてその後俺と片瀬さんを見て香菜ちゃんが
言った。
「でも、みなさんがちょっとうらやましいです。結局わたしには恋人どころか、その一歩
手前になりそうな男の人もいないんですから…」
「それじゃあ、俺と付き合ってみる?」
 いつもの調子で軽く仁が言ったのだが、この言葉を聞いた瞬間、喜久がむっとした表情
になったのが俺にはわかった。そして彼女は右手を手刀の形にすると、仁のことをぶっ叩
いた。いい音がした。
「痛っ!な、何するんだよ喜久さん!?」
「人の目の前で他の女の子を口説いたりなんかするからよ!それも、さっきあんなことを
言ったその直後に!わからないならもう一発!」
「ご、ごめんよ喜久さん!け、健吾、おまえからもやめるように言ってくれよ!」
「ははっ、よかったじゃないか仁。チョップされるってことは、喜久からおまえへの親し
さレベルがアップしたってことだぞ」
「そうか、そうだよな…って、今はそんなこと言ってる場合じゃなーい!助けてー!」
 そんなことを言いながら喜久から逃げる仁を見て、俺たち三人は笑った。そしてそんな
中、香菜ちゃんには聞こえないような声で片瀬さんが俺に言ってきた。
(東くん、まだボクたちは知り合ったばかりだから、すぐにはあの二人みたいにはなれな
いかもしれないけれど、これから、もっともっと仲よくなっていこうね!)
(もちろんですよ)
(それで、ずっとずーっと、一緒にね!)
(はい!)
 そう、これが俺たちの始まり。これから俺たち二人にどんなことが起きるかはわからな
い。でも、何があってもきっと平気だ。だって俺は片瀬さんが好きだし、片瀬さんも俺の
ことが好きなんだから!

<第一章了 第二章に続く>
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