K’sストーリー第ニ章 ボクを呼んでよ(1)
「あーあー、雨だよ…」
 4月最後の日曜日、目を覚ました俺、東健吾は、一人住んでいるアパートの窓から外を
見てため息をついた。
「今日は片瀬さんとのデートだってのになあ…。やめよ早く」
 俺もムチャなことを言う。その後で俺は部屋にあるカレンダーに目をやり、言った。
「そういえば、俺たちが彼氏彼女の関係になってまだ一ヶ月もたってないんだよなあ。毎
週日曜にはデートしてるから、それなりにお互いをわかり始めてきてるとは思うけど…」
 その時、携帯電話が鳴った。画面表示を見るとその片瀬さんからの着信だった。俺は通
話ボタンを押して電話に出る。
「もしもし、東ですけど…」
「あっ、東くん?ボクだよ、片瀬克美!」
 受話器から元気な声がする。彼女からの電話は別に予想していなかったことではなかっ
たので、それほど驚いてはいない。ただ、起き抜けにこの声は結構響く。
「片瀬さん、おはようございます。降ってますね、雨…」
「そうだね…。ねえ東くん、今日のデートどうしよっか?」
「うーん、そうですね…」
「うおおおおおおおっ!」
 突如、俺の言葉をさえぎるように、電話の向こうから叫び声が聞こえた。
「な、何です今の…?」
「ごめん東くん、ボクのお父さん…漫画のアイデアが出なくて煮詰まってるの…」
「ははっ、片瀬先生も…プロの漫画家も大変ですね…」
「うん…。でも、東くんも漫画家になりたいんだよね?」
「ええ、まあ…。ところで今日のデートですけど、もう少し待ってやまないようなら残念
ですけど中止にするしかないですね…」
 ところが、俺がそう言うのとほぼ同時に外の雨が強くなった。片瀬さんが言う。
「ぶーっ!いったい何なんだよー!急に雨が強くなっちゃったよー!もうやだー!」
「か、片瀬さん、気持ちはわかりますけど、わがまま言うのはやめてくださいよ。もう高
校3年生なんですから…」
「ぶー、わかったよぉ…」
 その口調から、電話の向こうで唇を尖らせている片瀬さんの様子が目に浮かぶ。もちろ
ん俺も実を言えば同じような気持ちだ。だが俺まで一緒になってぶー垂れてしまっては収
拾がつかなくなるので、片瀬さんをなだめるように言った。
「片瀬さん、今日のデートはちょっと無理ですけれど、これから連休ありますよ。まさか
連休中ずっと雨ってこともないでしょうし…」
「うーん…でも、先週の日曜日にデートして以来しばらく会えなかったから、今日会いた
かったのになあ…」
「それは俺も同じ気持ちですよ。そうだ、じゃあ明日、学校で会いましょう。同じ高校な
んだから、学年違くても会うのに苦労はないですよ」
「そっか、そうだよね。それじゃあ明日のお昼休みに一緒にご飯食べよう!ボク、お弁当
作ってニ年生の校舎に行くから!」
「はい、わかりました。それじゃ、楽しみにしてます」
「うん、期待してていいよ。じゃあね!」
 そして片瀬さんの電話は切れた。途中の不機嫌な片瀬さんはどこへやら、最後に明日の
約束をした時にはもうすっかり元気になっていた。早い話、彼女は結構な気分屋なんだ。
「楽しみだな、片瀬さんの弁当。本当にプロ級なんだもん。でも、それはそれとして…」
 俺は窓を開けて雨空に向かって叫んだ。
「雨のバカ野郎ーっ!」
 片瀬先生に負けないぐらいのそんな大きな声も、雨音にかき消されてしまった。その後
俺は、ふて寝でもするように再度ベッドの中に潜り込んだ。

 そんな日曜日から数日たったある日。その日は連休の谷間で普通に学校があった。放課
後、俺は友人の仁と一緒にラーメンの“鬼賀屋”に来ていた。
「で、今日もおまえと片瀬さんは一緒にお昼を食べたってわけか。うらやましいこって」
 そう仁が言った。それで俺はこの男に言い返す。
「そうか?おまえだってその気になりゃ女の子と一緒に昼メシ食うぐらいいつだってでき
るだろう?」
「へーえ、いつでもねえ」
 そう言って話に加わってきたのは、この店の店長の一人娘で俺の幼なじみの喜久。そし
て彼女は続けて言った。
「付き合ってるわけじゃないから別にいいんだけど、間くん、学校が違うからってわたし
の知らない所でそんなことしてるわけ?」
「全然してない…って言ったら嘘になっちゃうけど…」
「ふーん、やっぱりそうなの。それじゃ今度の三連休のあなたとの連続デート、中止にし
ちゃってもいいかしら?」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってよ!その女の子たちってのはあくまでもただの
友達なんだからさあ!恋人にしたい喜久さんとは違うんだよ!」
「あら、そうなの?だったらそれなりの誠意を見せてもらわないとね」
「そ、それなりの誠意、って?」
「例えば、デートの費用全部間くん持ちとか」
「おいおい喜久、それはいくら何でも…」
「ま、それはちょっと行き過ぎだとしても、何らかの対応はしてもらわないとね」
「よーしわかった」
 何かを決意したように仁が言った。
「そこまで言うなら、その通りにしてあげるよ。三日間全部、全額俺が払う!」
「おい仁、マジか?」
「ごめん間くん、さっきのは冗談だから、そんな無理しないでも…」
「いや、俺も男だ。そこまで言われたらやらないわけにはいかない。それに、それで俺が
喜久さんに本気だってことが証明できるなら安いもんだ」
 こいつはナンパ野郎のくせに、時々男気のある所を見せる。だから軽薄な男だけど俺は
こいつが好きなんだ。が、その直後の仁のセリフでその思いが少し揺らいだ。
「それに、いくらかは健吾から金もらうから」
「ちょっと待て。なんで俺が?」
「だってもともとおまえが俺にはたくさんの女の子がなんて言い出したせいだろ。だから
ちょっとは責任持て」
「持てねーよ!だいたい俺だって連休中は片瀬さんとデートするんだし…」
「あら、健くんと克美さんもデートするの?やっぱり休みだもんね」
「そーいや健吾、その片瀬さん、今日はこの店来ないのか?」
「ああ。何か、進路の話がどうとかで、学校の先生に相談があるんだってさ」
「進路か…。そういえば、あの人って俺たちの先輩なんだよな。中学生みたいにチビっこ
いのに」
「チビっこいって言うな。ちっちゃくてかわいいって言え」
「はいはい、わかったわよ健くん」
 なんだかその喜久のセリフにはある種のあきれが感じられた。
「ところで…」
 仁が言った。
「この店にいないって言えば、香菜ちゃんは今日はバイト休み?」
「ううん、来るわよ。少し部活した後に来るからちょっと遅れるって電話あったわ」
「香菜ちゃんの部って、健吾と同じ漫画部だろう?後輩がちゃんとやってるのに、おまえ
は出なくていいのかよ?」
「いいんだよ、適当な日に出ればいい部なんだから。それに、これでも去年の今ごろより
はたくさん出るようになってるんだぜ」
「去年の今ごろって言ったらおまえ、入部して間もないころじゃないか。そのころからも
う出なくなってたのかよ」
「だから、そういう部活なんだっての」
 俺がそう言った時、店の戸が開いた。そして一人の女の子が入ってくる。今話に出てい
た香菜ちゃんだった。
「こんにちは。すみません喜久さん、遅くなっちゃって…。あっ、東センパイと間さん、
来てたんですか。こんにちは」
「はいこんにちは」
「こんちは」
「こんにちは香菜ちゃん。大丈夫よ、まだそれほど忙しくないから。健くんや間くんとも
お話できるぐらいにね」
「そうですか。よかった…。それじゃわたし、奥で着替えてきますね」
 そう言って香菜ちゃんは店の奥に消えた。
「えーっ、香菜ちゃん着替えちゃうのかあ…。セーラー服の上にエプロンってのも結構萌
えるんだけどなあ…」
(ガスッ!)
 突如、何かいい音がした。それは、喜久が仁のことをチョップした音。その後、彼女は
仁に言った。
「間くん、ここはそーゆーお店じゃないから」
「痛てて…。でも、せっかくかわいい看板娘が二人もいるんだから、何か考えてみてもよ
くない?例えば、ラーメン屋だけにチャイナドレスとか…」
「…間くん、もう一発叩いていい?」
 喜久が手刀を振り上げた。そこへ仕事ができる服に着替えた香菜ちゃんが戻ってきた。
彼女はこの状況を把握しようとしている。
「えーっと…いったいどういう状況なんでしょう、これ…?」
「あー、そんな気にしなくていいから。そんじゃ俺、今日は帰るわ。喜久さん、連休デー
ト忘れないでね。じゃーねー」
 そう言って仁は、テーブルにラーメン代を置いて店を出ていった。
「逃げたな…」
 俺はそんなことを言ってみた。喜久は「やれやれ」という顔をし、状況の理解できない
香菜ちゃんは呆然としていた。

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