K’sストーリー第ニ章 ボクを呼んでよ(2)
 5月3日。この日はまさに快晴だった。
「健吾くん、今日は晴れてよかったね!」
 お弁当の入った大きなリュックを背負った片瀬さんが、嬉しそうにそんなことを言う。
俺たち二人は、市内にある遊園地に来ていた。
「本当、よかったですね」
 俺はそう答える。先日、電話口でぶつくさと文句を言っていた片瀬さんはそこにはいな
い。俺の目の前にいるのは、陽気にはしゃぐかわいい彼女だった。
「ところでさ、今日のこのリボン、どう?」
 そう言って片瀬さんは自分の頭を指差す。彼女はいつも髪の毛をポニーテールにしてる
んだけど、今日のリボンもよく似合っていてかわいかった。
「すごく似合ってますよ。って言うか、どんなリボンでも似合いますよ、片瀬さんは」
「やっだー、健吾くんたら!でも、そう言ってもらえて、ボク、すっごく嬉しいよ」
 片瀬さんは喜んでくれている。そんな彼女を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。
「じゃ、結構いろんな物乗ったし、そろそろお弁当にしようよ」
「そうですね、そうしましょう」
 そして片瀬さんは近くの芝生に座り、お弁当の用意をし始めた。言うまでもなく彼女の
手作りだが、一人暮しでいつもはコンビニ弁当やインスタント食品なんかの多い俺にとっ
ては究極のごちそうだ。“鬼賀屋”のラーメンもうまいけど、愛情と言う点では片瀬さん
の料理にはかなわない。
「片瀬さん、今日のお弁当は何ですか?」
「何だって言われてもたくさんあるよ。おむすびに、ハンバーグに…あれ?」
「片瀬さん、どうしました?」
「飲み物忘れてきちゃったみたい…」
「そんなことですか。それぐらい俺が買ってきますよ」
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。オレンジジュース買ってきてもらっていい?」
「わかりました、いいですよ。それじゃ、行ってきます」
 そう言って俺はその場を離れ、自動販売機のコーナーへ行った。そしてそこで−仁に出
くわした。
「あらあ、健吾じゃないの。まさかおまえもここに来てたとはねえ…。もちろん、片瀬さ
んと一緒なんだろ?」
「まあな。おまえも喜久とデート中ってわけか。調子はどうだ?」
「なかなかの好感触だぜ。この三日間で、彼女を完全に落とす!」
「ああ、そう…。まあがんばりな」
「言われなくてもがんばるさ。ところで健吾、今日のおまえらの昼メシは?」
「片瀬さんの手作り弁当だ。言わなくてもわかってるだろ」
「だよなあ、やっぱり。まったくうらやましいぜ。喜久さんは作ってきてくれなかったも
んなあ…」
「そういや俺も長いこと彼女の幼なじみやってるけど…喜久の手料理を食べた記憶がない
なあ…。料理できないのかな?」
「できなくはないと思うけど…。とにかく、ここでおまえとしゃべってても喜久さんとの
仲は進展しない。もう行くぜ俺は」
「それは俺も同じだな。じゃあ、お互いがんばろうぜ」
「おうよ」
 そして俺は仁と別れ、片瀬さんの所に戻った。
「あっ、健吾くん、お帰り」
「お待たせしました…って、すでにいくらか手をつけられてますね…」
「ごめん、健吾くんのこと待ち切れなくて、先に少し食べちゃった…」
「まあ、時間かけちゃった俺のせいでもありますけど。じゃあこれ、ジュースです」
「どうもありがとう。それじゃ、食べよ!」
「そうですね。それじゃあ、いただきます」
 そして俺と片瀬さんはお弁当を食べ始めた…んだけど、俺よりも片瀬さんの方がたくさ
ん食べている。
「片瀬さん、相変わらずよく食べますね」
「だっておなか空いてるんだもん。健吾くんも、どんどん食べてよ」
「はい、もちろん」
 そう言って俺もどんどん料理を食べる。そして片瀬さんのことを見てみた。自分で作っ
た料理を、すごく幸せそうに食べている。その顔を見てると、俺の食欲も増してくるから
不思議だ。もう一種の食欲増進剤だなこの人の顔は。それにしても、どうしてこの人はこ
んなにたくさん食べても太らないのだろう。体重は40キロもないそうだ。前に本人から
体質なんじゃないかと言われたが…かなりうらやましい体質だ。
 とか考えながら食べているうちに、料理は全てなくなった。
「片瀬さん、ごちそうさまでした。いつもながら、すごくおいしかったです」
「えへ、どうもありがとう。だけど、ボクの方がいっぱい食べてたね」
「そうですね。でも、ぱくぱくお弁当を食べてる片瀬さんってすごくかわいいですし…」
 そう言った後、俺の顔は少し赤くなった。
「もーう、健吾くんってば!そんなこといわれたらすごく嬉しくなっちゃうじゃない!」
 そう言う片瀬さんの顔も微妙に赤い。そして少しして片瀬さんは空になった弁当箱に手
をかけた。
「それじゃ、これ片付けるからちょっと待っててね。そしたら、また遊ぼ!」
「はい」
 その後、また俺たちは遊園地で遊んだ。気がつくと、もう夕方近くになっていた。
「あー、楽しかった。それじゃ健吾くん、そろそろ帰ろうか?」
 片瀬さんがそう言ってきた。
「ええ、そうですね。それじゃあもう帰りましょうか、片瀬さん」
 俺は何の気なしにそう言ったんだけど、その時、なぜか一瞬だけ、片瀬さんがむっとし
たように見えた。
「片瀬さん、その顔…」
「えっ?ボ、ボクの顔がどうかした?」
 片瀬さんがそんな風に返してきた。相変わらずの笑顔だ。ということは、さっきのは俺
の気のせいだったんだろうか。
「いえ、怒った顔に見えたんですけど…」
「ボ、ボクが健吾くんのことを怒るわけないじゃないか。そ、それよりもさ、健吾くん、
明日は暇?」
「明日ですか?特に予定はないですけど…」
「じゃあ、明日は一緒に木本公園に行こうよ!またお弁当作ってくからさ」
「ええ、いいですよ。それじゃあ、今日はもう帰りましょう」
「うん、そだね」
 そして俺と片瀬さんは遊園地を後にした。だけど、俺の心の中には、あのむっとした表
情の片瀬さんの顔が焼き付いて残っていた。
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