K’sストーリー第三章 二人の周りで(1)
 6月に入ってすぐのとある土曜日。今日は高校は休みだ。俺、東健吾は彼女である片瀬
克美さんとデートをしていた。その途中で、俺たちは行きつけのラーメン屋の“鬼賀屋”
で少し早めの夕食を食べていた。昼は料理が趣味で大得意な克美さんの手作り弁当だった
んだけど、夕食はそのお礼ってことで、俺のおごりでこの店で食べることにしたんだ。
「んー、やっぱりこのお店のラーメン、おいしーなあ。ボク大好き」
 克美さんが、麺をすすりながら嬉しそうに言う。背が低くて体重も軽いのにものすごい
食べっぷりだが、もう慣れた。
「ええ、おいしいですよね。もちろん克美さんの手料理もおいしいですけど、それとはま
た違った意味でのおいしさと言うか何と言うか…とにかくうまいです」
「そうだよね。それで健吾くん、これだけじゃ足りなさそうだし、おかわりしていい?」
「ええ、いいですよ。今日はお金もありますから。それに、最終手段として、ツケにして
もらうって手も…」
「できれば、その最終手段はなるべく使わないでもらいたいんだけどね」
 そう言って俺たちの会話に割り込んできた一人の女の子。この店の店長の一人娘で看板
娘一号の喜久だ。それで俺は彼女に言った。
「大丈夫だって、それは本当の最後の手だから。少なくとも今日はちゃんと払うし」
「それならいいんだけど。それで克美さん、何か追加注文するの?」
「うん。それじゃあ、味噌ラーメンとギョウザお願い」
「かしこまりました。健くんはどうする?」
「俺は…とりあえずいいや」
「そう、わかったわ。それじゃ克美さん、少し待っててくださいね」
「うん」
 そうして喜久は俺たちのいるテーブルから離れた。それから俺も自分のラーメンに手を
伸ばした。食べている途中で水が欲しくなったが、俺のコップはすでに空だった。
「あれ、もうないのか…。おーい香菜ちゃん、水もらえる?」
 俺は店員の一人−と言ってもこの店には喜久とその家族以外の店員は一人しかいないの
だが−に向かって言った。この香菜ちゃんは、今年度になってからここでバイトを始めた
のだが、今じゃすっかりこの店の二枚看板(娘)の一人になっている。
「お水ですか東センパイ?はい、どうぞ」
 香菜ちゃんが俺のコップに水を注いでくれた。それとほぼ同時に、この店にいたお客さ
んが金を払い外に出ていった。
「ありがとうございましたー」
 喜久がその人に向かって言った。そしてこれで今店内にいる人間は、店員を除けば俺と
克美さんの二人だけになった。
「さて、あれを片付ければ、とりあえず一段落ね」
 喜久がさっきまで人のいたテーブルを片付ける。香菜ちゃんもそれを手伝った。
「そういえば…」
 片付けをしながら、喜久が口を開いた。
「健くんたちの学校、この間体育祭あったのよね?どうだったの?」
「ああ、クラスごとに赤組とか青組とかに別れて、他の二つの学年の同じ色の組とチーム
組んで色別の対抗戦したんだけど、2年の俺のクラス、3年の克美さんのクラス、おまけ
に1年の香菜ちゃんのクラスが同じ色のチームだったんだよ」
「それで、みんなで力を合わせて、ボクらのチームが優勝したんだ!高校最後の体育祭だ
から、すっごく嬉しかったなあ」
「わたしも嬉しかったです。でも、『男女ペア障害物競走』で一緒に出た東センパイと克
美さん、すごく速かったですね」
「あはは、やっぱり俺たちって、息が合うんだろうね」
「そうなの。でもいいわね、みんな同じ高校で、一緒に学校行事ができて」
「そうだよな、喜久は違う女子高だもんな」
「ねー、どうして喜久さんはボクや健吾くんとは違う学校に行くことにしたの?」
 この克美さんの質問に、喜久は少し考えてからこう言った。
「うーん、特に理由はないけど、強いて言えば、周りに女の子しかいない気楽な高校生活
がしてみたかったから…かしら。この店の手伝いしてると、自然と男の人と接することが
多くなるのよ」
「そうですね、喜久さん目当てでここに来るお客さんも結構いるみたいですし…」
「だから、学校にいる時ぐらいは、って思ったの。本当に気が楽よ、女子高は」
「なるほどね。ところで、喜久目当てでここに来る筆頭は、今日は来ないのかな?」
「ああ、彼ね。そういえば今日は来てないわね」
 喜久がそう言ったその時、店の戸の向こうから何か音が聞こえた。
「ぶえっくしょい!」
 それは誰かのくしゃみのようだった。そしてその後、店の戸が開いて、新たな客が入っ
てきた。
「いらっしゃいませー。…あら仁くん」
「こんばんは、間さん…」
 二人の女の子に挨拶をされたその男は、今まさに話題になっていた「筆頭」である俺の
親友だった。
「こんばんは喜久さん。いやー、何か知らないけど急にくしゃみが出ちゃってさあ。もし
かして、誰かがこのカッコいい俺の噂でもしてたんかな?」
「ああ、してたぜ。もっとも、カッコいいおまえの話かどうかは知らないけどな」
「何だ、健吾に克美さんじゃねーか。おまえらも来てたんか」
「まあな。…ん?」
 俺は仁の後ろに、小学校高学年ぐらいの女の子がいることに気がついた。
「あれ、けーちゃんじゃないの。こんばんは」
 知っている娘だったので、俺は挨拶をした。
「あーっ、東さんだ。こんばんは」
「えーっと…誰?」
 克美さんがたずねる。
「間さん、妹さんがいたんですか?」
 克美さんに続くように香菜ちゃんもたずねた。その質問に仁が答える。
「いや、この娘は俺の妹じゃないよ」
 仁が言うと、喜久が少し後ずさった。
「それじゃもしかして、付き合ってる女の子の一人?いくらあなたが女の子好きだからっ
て、まさか小学生にまで手を出してるとは思わなかったわ!」
「違う違う!そーいうんじゃない!それに、それを言ったら、健吾だって似たようなもん
じゃないか」
「ボクは高校3年生だよ!そりゃあ、スタイルが小中学生並みだって言われることはよく
あるけどさ…」
「克美さん、こんな男の言うこと気にしなくていいですよ。それはそうと、俺以外はその
娘が誰か知らないみたいだし、紹介した方がいいんじゃないのか?」
「そうだな。この娘は俺の姉貴の子供…要するに俺の姪だ。ほら、自己紹介しな」
 仁に促され、その女の子は挨拶を始めた。
「はじめまして、毛塚恵、小学5年生です。みんなには、けーって呼ばれてます」
「なかなか礼儀正しい子だね。よろしくけーちゃん。だけど、仁くんにこんな大きな姪御
さんがいるなんて知らなかったなボク。仁くんのお姉さんっていくつなの?」
「えーっと、俺の19歳年上だから…」
「ちょっと待って仁くん。あなた、そんな歳の離れたお姉さんがいたの?」
 喜久が驚いたように言う。
「ああ。ついでに言うと、さらにその上にもう一歳年上の兄貴もいるけど…それが?」
「わたし、お父さんが18歳、お母さんが17歳の時に産まれたのよ。つまり…」
「間さんのお兄さんやお姉さんの方が、喜久さんのご両親よりも年上…」
 香菜ちゃんの言葉に俺たちはしーんとなってしまった。なんだかものすごい事実を知っ
てしまったような気分だ。
「…俺、もう喜久さんのお父さんを『親父さん』って呼べないかもな…」
「…好きに呼べばいいわ。それより、仁くんたちの注文がまだだったわね。何にする?」
「それじゃあ俺はラーメンで。けーちゃんもそれでいい?」
「いいよ」
「じゃあ、ラーメン二つね。克美さんの注文したのは、もう少しでできると思うから」
「うん」
 そして喜久はその場を離れた。香菜ちゃんも仕事に戻った。その後、仁たちは俺のテー
ブルの隣に座った。
「ねえ、仁お兄ちゃん」
 けーちゃんが口を開いた。それで俺は二人の話を聞いてみることにした。
「さっきの人が、いつもお兄ちゃんが言ってる喜久さん?素敵な人ね」
「だろう?でも、けーちゃんだって大きくなったら素敵になるよきっと」
「そうかな?ありがとうお兄ちゃん。あー、だけど明日のデート、楽しみだけどすごい不
安だなあ。何て言っても生まれて初めて男の子とデートするんだもん」
「大丈夫だって、俺が一緒についていってやるんだから。大船に乗ったつもりでいなよ」
「うん、頼りにしてるからね、お兄ちゃん」
「お待たせしましたー」
 そう言いながら香菜ちゃんが俺たちの近くにやってきた。手には丼とギョウザの乗った
おぼんを持っている。
「さっきの克美さんの追加注文です。熱いから気をつけてくださいね」
「うん。それじゃ、いただきまーす」
 テーブルに丼が置かれるや否や、克美さんは味噌ラーメンを食べ始めた。その彼女を横
目で見ながら、俺は仁に聞いてみた。
「ところで、けーちゃんのデートって?」
「ああ、明日この娘、同じクラスの男の子とデートするんだ。で、男の子とのデートなん
てしたことなくて一人じゃ不安だっていうから、俺も保護者ってことで一緒に行くことに
したんだよ。今日もこれまで、デートコースの下見してきたんだ」
「優しいんですね、間さん」
 香菜ちゃんが言った。それに、仁本人でなくけーちゃんが答えた。
「うん、すごい優しいお兄ちゃんなんですよ。あー、それにしても今からもうすっごいド
キドキしてる。明日、どうしたら綾介くん喜んでくれるかなあ」
「綾介…くん?」
 その名前を聞いた香菜ちゃんが、なぜか固まってしまった。そして彼女はたずねる。
「ねえけーちゃん、その男の子のフルネーム何ていうか、教えてくれない?」
「えっ?桂綾介くんですけど…」
 こう言われた香菜ちゃんがさらに硬直した。心配になった俺は聞いてみた。
「ど、どうしたの香菜ちゃん?大丈夫?」
「弟…です…」
「えっ?」
「けーちゃんのデートの相手、わたしの弟…です」
「えーっ!?」
 けーちゃんが大きな声を上げた。そして続けて、香菜ちゃんに言った。
「お姉さんだったんですね。ふつつかものですがよろしくお願いします」
「気が早い気が早い」
 仁が適切なツッコミをした。その後で、香菜ちゃんが言った。
「こういう偶然ってあるんですね…。でも、なんだか不安になってきました…」
「まあ、なんとなく気持ちはわかるな。この娘、仁の血縁だし…」
「こらこら健吾、そりゃどういう意味だ。俺はともかくけーちゃんに失礼じゃないか」
「わ、悪い、つい…。ごめんねけーちゃん」
「今、何か謝らなきゃいけないこと言ったんですか?でも、そんなに心配ならお姉さんも
一緒に来たらどうですか?」
「えっ?」
 けーちゃんの提案に香菜ちゃんが困惑した。一方、彼女と対照的に仁は−。
「あっ、そりゃいいや。そうすれば男女二人ずつだし」
「うーん…わかりました、明日はここのお仕事休みですし、帰ったら弟に話してみます」
 香菜ちゃんがそう言うのを聞いて、けーちゃんが口元を押さえて笑ったのを俺は見逃さ
なかった。他のみんなは気がついてないみたいだけど…。それで俺は彼女に聞いた。
(ねえけーちゃん、今笑ったのって、なんで?)
(お財布が一個増えるからです。もともと仁お兄ちゃんにも、お財布代わりになってもら
うつもりだったし…。明日は最初の予定より、リッチに行けそう)
(‥‥‥‥)
 あなどれんと思った。末恐ろしい娘だと思った。やっぱり仁の血縁だからという俺や香
菜ちゃんの不安は当たっているのかもしれない…。そう考えた後で、俺は自分たちのテー
ブルに目をやった。克美さんがラーメンを食べているが、ギョウザは何個か残っていた。
それで俺はそれが食べたくなった。
「克美さん、それ、いいですか?」
「あっ、健吾くん、これ食べるの?それじゃ取ってあげるよ。はい、あーん」
「えっ?そ、それじゃあいただきます。あーん…パクッ…」
「おーおー、見せ付けてくれるじゃねーかよ、お二人さんよお」
 仁の、少しやさぐれたような言葉だった。もっとも、からかい半分だと言うのはすぐに
わかった。それで俺もからかうように言ってみた。
「うっせえぞ仁。さてはおまえ、俺たちがうらやましいな?だったらおまえも喜久にやっ
てもらえばいいじゃないか。恋人じゃないとは言え、金払えばやってくれるかもよ」
「やかましい。彼女は俺にいくらかの…いや、結構な好意を持ってくれてるはずだ。だか
ら金なんか払わなくても頼めばきっとやってくれる…と思うぞ」
「何をやってくれるのかしら?」
 今度は喜久が来た。ラーメンを二つ乗せたおぼんを持っている。
「いや、喜久さんが俺に『あ〜ん』って言って物食べさせてくれないかって…」
「『あ〜ん』ねえ…。一回500円でやってあげてもいいけど?」
「やっぱり金取るんかよ!しかも高っ!」
「…冗談に決まってるでしょ。それじゃみんな、ごゆっくりどうぞ」
 そうして喜久はラーメンを仁たちのテーブルに置き、仕事に戻った。それからは各々の
料理を食べていたが、仁が俺に話しかけてきた。
「なあ健吾、これまでの話とは関係ないんだけどさ、この間の体育祭、よかったよなあ」
「えっ?ああ、体育祭ね。おまえがここに来る前にもみんなでその話してたんだ。けど、
まさかおまえがあんなに活躍するとは思わなかったぜ」
「ふっ、俺を甘く見ていたようだな。こう見えて俺はかなり肉体派なんだぜ。なんせ、工
事現場でアルバイトしてるからな」
「おまえ、そんな所で働いてたのか…初めて知ったよ」
「まあ、俺みたいなスマートな男が汗臭いバイトしてるなんて、あんまり知られたくはな
いからな。とにかくその活躍のおかげで、学校中の女の子に俺の名が知れ渡ったぜ」
「そうしてみんな、お兄ちゃんにだまされるのね」
 不意にけーちゃんが言った。
「おいおいけーちゃん、そりゃないよ…」
 その仁の言葉に、みんなが笑った。

 それから、食事の終わった俺と克美さんは店を出た。来るのが遅かった仁たちは、まだ
中にいる。
「健吾くん、今日のデートはもう終わりだね」
「ええ。最後に克美さんを家まで送っていって、終了ってことで」
「それじゃ、ボクの家まで行こう」
 そうして俺たち二人は歩き出したんだけど、話をしながら歩いている途中で、俺の携帯
電話が鳴った。
「あっ、電話だ…って、片瀬先生から?」
「えっ、ボクのお父さん?健吾くんに何の用だろう?」
「まあ、あの人がプロの漫画家で俺が漫画家志望…俺たちをつないでるのが漫画である以
上、それ関係の電話でしょうね。すいません、ちょっと出ます」
 それで俺は電話の通話ボタンを押した。
「もしもし、東健吾ですけど…」
「ああ、片瀬光太だが…こんばんは。今、電話大丈夫かな?」
「まあ大丈夫ですけど…実は今、克美さんと一緒にいるんです。それでこれから克美さん
を送りにそちらへ行く所だったんです」
「そうか。それじゃ、電話より直接話した方がいいな。どのくらいでこちらに来れる?」
「そうですね、十分かからないですね」
「なるほど。それでは待っているよ」
「はい、すぐ行きます」
 そう言って俺は電話を切った。その俺に克美さんが聞いてくる。
「お父さん、何だって?」
「今からそっちに行くって言ったら、詳しい話はそこでってことになりました」
「そっか。それじゃ、早く行った方がいいね。急ご、健吾くん」
「あっ、はい」
 こうして俺たちは、当初予定したよりも速いペースで克美さんの家に向かった。家につ
き、克美さんが玄関を開けたので二人で中に入ると、家の奥から片瀬先生が出てきた。
「おう克美、お帰り。それに東くん、こんばんは」
「ただいまお父さん」
「こ、こんばんは片瀬先生」
 もう何度も会ってはいるが、俺の目標とする漫画家の筆頭である片瀬さんに挨拶をする
のはやっぱり緊張する。そんな俺をよそに、克美さんが先生に聞いた。
「ねーお父さん、ご飯は?」
「まあ、適当に食べたよ。それよりも東くんへの話なんだが…立ち話も何だし、上がって
くれたまえ。克美、悪いがお茶を入れてくれないか?」
「はーい」
「そ、それじゃあ、お邪魔します」
 そして俺は客間に通された。片瀬先生と俺は向かい合わせにソファに座った。そこで先
生が口を開く。
「本題に入る前に、ちょっと聞きたいことがあるんだ。…東くん、家の克美との交際はど
んな感じになってるんだい?」
「えっ?えっと…まあ、健全なお付き合いをさせてもらってます…ってとこでしょうか」
「そうか。正直克美は、母親のいないこの家で家事に時間を取られてばかりいたみたいで
ね、おそらく君が初めての彼氏なんじゃないかと思うんだ」
「俺としては、それ以外に、俺に会うまでの克美さんはそういうのにあまり興味がなかっ
たんじゃないか、って感じもするんですけどね」
「確かにそれもあるかもしれないな。まあとにかく、いろいろと大変なこともあるかもし
れないが、よろしく頼むよ」
「実を言うと、俺も克美さんが初めての彼女なんですけどね。とにかく、俺にできること
はしてあげるつもりですし、泣かせるようなことは、きっとしません」
「なぜだろうね、君にそう言われるとなんだか安心できるよ。人柄…というヤツかな?君
のことをそれほどよくは知らないのにこんなことを言うのもアレかもしれないがね」
 そう言って片瀬先生は小さく笑った。そこへ−。
「二人ともお待たせー」
 台所から、克美さんがやってきた。
「緑茶入れたんだけど、これでいいよね?」
「ああ、ありがとう克美」
「それでお父さん、お父さんと健吾くんの話、ボクが聞いてちゃまずいかな?健吾くんに
関係する話だったら、ボクも知っときたいし…」
「別に構わないよ。どうせ隠すようなことでもないし。いやむしろ、おまえにも協力して
もらうことになるな」
 克美さんに向かってそう言った先生が、今度は俺の方を見た。そして話を始める。
「と言うわけで本題だ。東くん、一月ほど前に、君から原稿を借りたよね」
「ええ。アシスタントがどうとかっていう話で、克美さんに渡して…って、それの話をす
るってことは、もしかしてもしかすると…?」
「そう、君にお願いしたいんだ。引き受けてくれるかな?」
「えっ、本当にそうなんですか!?ももも、もちろんです!」
 俺はそう返答する時に、思わず立ち上がってしまった。それほど嬉しいことであり、名
誉なことでもあると思ったからだ。そして俺の言葉を聞いた先生は言った。
「そうか、ありがとう。あっ、言っておくがね、君が克美の彼氏だからというのはあまり
関係ないから。君の作品を見て、その将来性に期待したからだ。それと、君の誠実な人間
性かな」
「あ、ありがとうございます。でも、俺の人間性ってのはどこから…」
「それは克美から聞いて…あっ、その点では、君と克美が付き合ってるというのが若干で
はあるが関係はあるかな」
「そ、そうかもしれませんね。とにかく、がんばりますのでよろしくお願いします!」
「ああ、期待してるよ。それで日程だが、東くんは高校生ということで、学校に支障が出
ないよう、休みの日に来てもらうことにしよう。克美と同じ学校ということは、基本的に
土日が休みだったね?」
「はい、そうです」
「できればその二日間をお願いしたいんだが、両方とも拘束すると克美に怒られてしまう
からな、土曜日だけにしよう。毎週の土曜日丸一日を、私にくれないか。その日に君の仕
事があるよう、私の方も調節するから」
「はい、俺はそれでいいです」
 俺がそう言った後で、先生は今度は克美さんに言った。
「というわけで克美、おまえに協力してもらいたいというのは東くんの食事などなんだ。
これまでのアシスタントのようにしてくれるか?それと、毎週末の二日ある休みの一日、
東くんを借りることを許してくれ」
「うん、わかった。あっ、ねえお父さん、ボク思ったんだけどさ…」
 何かを思い付いたように克美さんが言う。
「いっそのこと、金曜の夜から健吾くんに手伝ってもらったら?その日はこの家に泊まっ
てもらってさ。そうすれば早く仕事が終わると思うよ」
「まあ確かにそういう考えもあるが…さっきも言ったように東くんは高校生だからな、毎
週の外泊となると、親御さんが心配するだろう」
「あれっ、俺ってアパートで一人暮ししてるの、先生知りませんでしたっけ?」
「えっ、そうなのか?…ご両親はどうしたんだ?」
「父親が仕事の都合で京都に行ってて、母親もそれについていってて…。だから、例え毎
週末だろうが泊まるのは全然問題なしです」
「なるほど。では、さっき克美が言ったようにするか。よろしく頼むよ、東くん」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」
 そしてその後も、細かい話などをして時間が過ぎた。一通りの話が終わったので、俺は
この家を失礼させてもらうことにした。玄関先で克美さんが俺に言う。
「健吾くん、お父さんの仕事手伝えるようになって、よかったね」
「はい。やっぱり、いくらかは克美さんのおかげってのもあるんでしょうね。ありがとう
ございます」
「ボクは何もしてないって。お父さんが健吾くんの才能を認めてくれたんだよ。さー、こ
れから毎週末、ボクも忙しくなるぞー」
 気合いを入れるように克美さんが言ったのだが、その後で彼女は続けてこう言った。
「…だけど、これって嬉しい忙しさだよね。健吾くんのご飯作ったり、泊まってもらうた
めの準備をするわけだから。一緒にいる時間、増えるよね?」
「距離はものすごく近くなりますよね。克美さん、これからよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。だけどその前に、明日どうする?」
「すみません、明日はちょっと用事が…」
「そうなんだ。それじゃ次は週明けに、学校でだね」
「そうですね。じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。バイバイ」
 その克美さんの言葉を背に、俺はこの家を出た。そして、一人での帰り道−。
「まさか本当に俺が片瀬先生のアシスタントを…。そしてそれと同時に克美さんと一緒に
いる時間も増える…。あの人と付き合ってから…いや、出会ってから、俺の人生すっげえ
上向きだぜ!イェイ!」
 そうして、思わずガッツポーズを取ってしまう俺がそこにはいた−。

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