K’sストーリー第三章 二人の周りで(3)
 そして、翌日。ちょうど午前の授業が終わり、昼休みに入ったところだ。
「ん?健吾、どこ行くんだ?今日も屋上か?」
 教室を出ようとした俺に気づいた仁が聞いてきた。
「ああ、そうだけど…」
「じゃあ、俺も行くぜ」
「今日はおまえは来ない方がいいと思うけどな…。それより、女の子でも誘って一緒に食
べてた方が…」
「何だよそれ?確かにモテモテの俺なら女の子の一人や二人は簡単に誘えるけど、そう言
われると余計に気になる。だから今日もおまえと昼メシを食う」
「…そこまで言うなら勝手についてくればって感じだけど、後悔しても知らねえぞ。それ
じゃ、急ぐから」
「あっ、待てよ健吾」
 そうして俺は屋上に向かった。その後を仁がついてくるが、気にせずに急いだ。屋上へ
のドアを開けると、その向こうに克美さんの姿が見えた。もうすでに食事ができる準備を
しているようだ。そして彼女が俺に気がつく。
「あーっ、来た来た。健吾くん、やっほー!」
「こんにちは克美さん。待たせちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫だよ。その間に用意してたし」
「はあ、はあ…そうか、そういうことかおまえら…」
 俺に遅れること数十秒、息を切らせて仁が現れた。
「克美さんとメシ食う約束してたわけね…はあ、はあ…」
「そういうこと」
「それならそう言えよ。そうと知ってりゃもう、他の女の子と昼をご一緒してたのに…」
「だからそうしろって最初から言ってたじゃねえかよ。今から戻って誘ったらどうだ?」
「もうこんな時間じゃ誘えねえよ!」
「まーまー二人とも。三人で一緒に食べようよ、ね?」
「俺的にはいいんですけど、仁が俺たちのフィールドに耐えられるかどうか…」
「耐えてやるよ、こうなったら。一人で食うのもかえって空しいしな」
「よーし、決まり決まり。それじゃもう少しで用意終わるから」
 こうして俺たちは三人で昼メシを食べた…のだが、予想通り、途中で仁がすね始めた。
と言ってもその原因は、この男の目も気にせず甘えたり甘えられたりする俺と克美さんの
せいなのだが。
「健吾くん、これ食べてよ。はい、口開けて」
「はい。…パクッ。うーん、うまいです。それじゃお返しにこれを…」
「はーあ、まったくもって仲のいいこって」
 …と、こんな感じだ。そして俺たちを見ていた仁が不意につぶやいた。
「とりあえず好きな人がすぐ近くにいないって時点で俺は悲しいな…」
 こいつの言う好きな人、というのは喜久のことだろう。それで俺は昨日のことを思い出
し、仁に聞いてみた。
「そういや仁、おまえ昨日“鬼賀屋”に言ったんだろ?喜久に例の件は聞けたのか?」
「恋人がいるかって?ああ、率直に聞いてみた。そしたらいないってさ」
「そうか、そいつはよかったな」
「でも、それって仁くんのことも恋人として見てないってことだよね?」
 この何気ない克美さんの言葉に、仁はぐさりと来たようだ。
「た、確かに…。でも、その後彼女の口から聞いたんだ。あえて言うなら、俺が一番恋人
に近い存在にはなるんじゃないかって」
「あえて言うならって所がなんだか引っかかるけど…とにかくまあ、チャンスは存分にあ
るわけだし、よかったじゃん、仁」
「ああ。でも、いずれにせよ彼女はここにいない…」
 そしてまた仁の気持ちは沈んでしまったようだ。だが少ししてこの男は立ち上がり、と
ある方向を向いてこう言った。
「確か喜久さんの学校って、こっちの方角だったよな…。ここから大声で叫んだら、届く
かな…」
「届くわけねえだろ」
「でも、声は届かなくても心は届くかもしれないだろ。それに、届かなくたって、俺の中
での彼女がいったいどんな存在なのかを再確認することはできる。俺がどんなに、喜久さ
んのことを好きなのかを…」
「わっ、それって何かカッコいい!」
 克美さんは仁の言葉に感銘を受けているようだ。それを見た俺は言った。
「お、俺だってそれと同じくらいに克美さんを好きですよ」
「わあ、嬉しいなあ。だけど、同じくらいじゃやだ。仁くんが喜久さんのことを想うより
も、ボクのこと想ってくれなきゃやだ」
「わ、わかりました。それじゃあ…」
「だから今の俺の前でそーゆーのはやめろよなー!」
 仁のストップがかかった。自分では気がつかなかったが、どうやらそれほどまでの俺た
ちのいちゃつきぶりだったようだ。俺も変わったなと、自分で思った。

 そんな昼休み、そして午後の授業が終わり、あっと言う間に放課後になった。俺と仁は
教室を出て下駄箱まで来たが、そこである二人の人物に会った。
「あーっ、健吾くんたちだ。二人も今帰り?」
「こんにちは、センパイ、間さん」
 克美さんと、香菜ちゃんだった。二人は学年が違うので、全学年の生徒が利用するこの
場所で偶然会ったのだろう。それは俺たちにも言えることだが。
「また会いましたね克美さん。俺たちも、今から学校出るところです」
「やっぱりそうなんだあ。あのねあのね、今日はボクこれから“鬼賀屋”行くの。健吾く
んたちも行かない?」
「あー、すみません克美さん。今日は俺、本探しに行くんです。近くの本屋に入らないみ
たいだから、ちょっと足を伸ばして…」
「そうなんだ。残念だけどそれじゃ仕方ないよね。…仁くんは?」
「うーん、そうだなあ…。喜久さんに会いに行こうか、どうしようか…」
「あの…今日は喜久さん、お店の方には出ませんよ」
 香菜ちゃんが言ってきた。
「えっ、そうなの?」
「はい。今日はわたしの出る日ですから、遅くにならないと帰ってこないと思いますよ」
「そうなんだ。それじゃ、行くのやーめた」
「おまえにとって喜久のいないあの店は存在価値なしかよ…。それで、行かないで何する
んだ?俺と一緒に本屋回るか?」
「いや、今日は夜にバイト入ってるから、一度家帰って寝ることに決めたわ今。それじゃ
みんな、またなー」
 そう言って仁は帰っていった。
「それじゃあ、わたしと克美さんは“鬼賀屋”に行きますので、これで…」
「バイバイ健吾くん。次に会うのは金曜の夜…かな?」
「さよなら、二人とも」
 そんな挨拶をして克美さんたちとも別れた俺は、目的の本を探しにまずは学校から一番
近い、下校時によく寄る本屋に行ってみた。なかった。それで少しずつ足を伸ばしていっ
たのだが見つからず、ようやく見つけた七件目の本屋は、完全にいつもの自分の行動範囲
の外だった。歩き回って疲れたので、その本屋の近くにあった喫茶店に入った。オープン
カフェでアイスコーヒーを飲んでいると、どこかで見たことのある制服の女の子たちがた
くさん通りを歩いているのが目に入った。
「ああ、そっか。何か見たことあるなと思ったら、あれって喜久の高校の…」
 そう、俺はいつの間にか彼女が通っている女子高の近くに来ていたんだ。
「それにしても、本当かわいい娘が多いよなあ、この学校…」
 道行く女の子のレベルの高さに目を奪われつつ、俺はストローでコーヒーをすすった。
前に仁が冗談で、「入学条件に『容姿端麗』ってのがあるんじゃないのか?」と言ってい
たが、それが冗談に思えないほどかわいい、もしくは美人な娘が多い。と、その時−。
「け〜ん〜く〜ん!」
 いきなり声をかけられ俺はびくっとなった。俺をこう呼ぶ人間は一人しかいない。見る
とやはり喜久だった。友達だろうか、別の二人の女の子(やっぱり美人)と一緒だった。
「やあ喜久。偶然だね、こんな所で」
「それはこっちのセリフよ。どうして健くんがわたしの学校の近くにいるわけ?あっ、も
しかして…」
「な、何?」
「わたしの高校の女の子たちをナンパしに来たとか…」
「んなわけあるか。克美さんがいるのにそんなことしないよ。仁と一緒にしないでくれ」
「冗談よ冗談。だから怒らないでよ健くん」
 そう言った喜久だったが、ここで彼女は、二人の友達が何やら小声で話していることに
気づいた。
「あれ?どうしたの二人とも?」
 喜久が彼女たちにたずねる。
「喜久がそんな風に男の人と話せるなんてちょっと意外だったから…その人が、例の?」
「ううん、違うわ。例の彼とは別の人」
「あら、言い寄られてる人とは別の人と仲よくするなんて、喜久も結構悪女ねえ」
「そういうんじゃないってば。この人にはちゃんと彼女いるし…」
「きゃーっ、恋人がいる男を略奪!?やっぱり悪女だわこの娘!」
 これが女子高のノリというヤツか。はっきり言って、喜久がこれ以上どう弁解しようが
この二人は悪乗りするだけだろう。喜久自身そう思ったようで、こんなことを言った。
「もう、こうなったらそれでいいわよ。ただし他の人には言いふらさないでよね?」
「はいはーい。それじゃ邪魔になりそうだからわたしたちは消えるわ」
「二人とも、ご・ゆ・っく・り〜!」
 そうして喜久の友達二人は、喜久を置いて行ってしまった。俺は彼女に聞いてみた。
「いいの、誤解されたまま行かせちゃって?」
「大丈夫、どうせ冗談だろうってことはわかってるから。それより、ここいい?」
「えっ?ああ、いいよ」
 喜久が俺の座っているテーブルに座り、この店の店員にコーヒーを頼んだ。
「それで、本当のところはどうしてここにいるの?」
 改めて喜久が聞いてきた。
「買いたい本が俺の学校の近くの本屋になくてね、探してるうちにこんな所まで来ちゃっ
たんだよ」
「ふーん、そうなの。何の本?」
「カラオケ用の歌詞本。特別増刊号なんだ。そうだ、また今度一緒に行かないか?」
「そうね、この間みんなで行ったのすごく楽しかったし、同じようにみんなで行くんだっ
たらいいわよ。だけど、健くんも仁くんも歌上手なのね。克美さんは、ちょっとアレだっ
たけど…」
「俺もあの人が音痴だっての、あの時まで知らなかったんだ実は。だけど、上手に歌うだ
けがカラオケじゃないし、楽しんでたみたいだからそれでいいんじゃない?」
「そうね。ところで、今日は仁くんと一緒じゃないのね。ひょっとして、今日もお店の方
に行っちゃったの?」
「いや、香菜ちゃんから今日は君がいないってこと聞いたから、家に帰って仮眠するって
さ。夜にバイトがあるんだって」
「ふーん、そう。だけど、彼が工事現場で働いてるとは思わなかったわ。わたしはてっき
り、ホストクラブとかで働いてると思ってたわ」
「ははっ、いくらあいつが女の子好きだからって高校生がそれはないだろう」
 そう言って俺は笑った。もちろん、喜久の言葉が冗談だと言うことはわかった。そして
それとは別に、仁のことについて喜久に聞きたいことがあったので聞いてみた。
「そういや君、学校の娘たちに仁のこと話してるの?」
「うん、まあ…。『ちょっと軽い男の子にしつこく言い寄られてる』って感じで」
「しつこいか…。確かにしつこいって言えばしつこいよな。昨日も店で、あれこれ聞かれ
たんだろう?」
「うん。恋人はいるか、とかね。とりあえず全部正直に答えておいたわ」
「まさか、あの質問はされてないよね?」
「あの質問って?」
「だから、君が処…」
 ここまで言って俺は言葉を止めた。もし俺がこの続きを言ったりなんかしたら、喜久は
ちょうど彼女の頼んだコーヒーを持ってきたこの店のウェイトレスからトレーをひったく
り、あるいは得意技のチョップで俺のことをぶっ叩くだろう。昨日俺に股間を蹴られた仁
と同じになってしまう。
「いや、何でもない。忘れてくれ…」
 そして俺はごまかすようにアイスコーヒーをすすった。一気に最後まですすって、ズズ
ズと音がした。その次に俺は、物事の核心となる質問をしてみた。
「でさ、実際のところ、喜久はあの男のことをどう思ってるわけ?」
 俺にこう聞かれた喜久は、少し考えてから答えた。
「そうねえ、そりゃ、好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きよ」
「だけど、一口に『好き』って言っても、幅が広いからねえ。それで、あえて言うなら恋
人に一番近い存在、って答えたんだって?それって、もうちょっとがんばれば恋人になれ
るってこと?」
「そうね、彼のがんばり次第ね。だけど、それってもしかしたら彼にとっては不可能なこ
とかもしれない…」
「ああ見えてあいつは努力家だから、君の出す条件ならクリアしちゃうかもよ。あの男に
何をがんばってもらいたいの?」
「とりあえず、今付き合ってる女の子全員と別れる…かしら?」
「あー、そりゃダメだ」
 俺は早々にあきらめ宣言をした。
「仁の言い分だと、あいつの周りにいる女の子はみんなただの女友達で、恋人として付き
合ってる娘は一人もいないんだってさ。付き合ってないんだから別れもしないって、あの
男なら言いかねないよ」
「そう、わたしもそう思ってるの。彼ならそう言うだろうなあって」
「それじゃつまり、仁がその考えを改めて君以外の女の子に見向きもしなくならない限り
は、あいつの恋人にはなれないってこと?」
「あるいは、わたしが仁くんの言い分に納得するか…ね。わたしの中の彼が今よりもっと
もっと大きくなってきたら、わたしの考えも変わるかもしれないし」
「いずれにせよ、先は長そうだね。一応、仁には今の話、伝えておくよ」
 そう言って俺はアイスコーヒーのなくなったグラスに残っていた氷を口に入れ、ガリガ
リと砕いた。一方、喜久のコーヒーを見るとこちらももうなくなっていた。どうやら、話
の間に飲んでいたらしい。
「じゃあ、そろそろ行く?」
「そうね。あっ、ねえ健くん」
「何?」
「おごってって言ったらおごってくれる?」
「とりあえずおごって、後で仁から金もらう」
「あはは、いいかもねそれ。でも、やっぱり自分で払うからいいわ」
「あっ、そ。それじゃ、途中まで一緒に帰ろうか」
「そうね」
 こうして俺たちは喫茶店を出て家に帰ることにした。帰り道でも話をしたが、今度は大
半が俺と克美さんのことについてだった。数多くののろけ話に、喜久は半分あきれている
ようにも見えた。しかしあきれられつつも、克美さんの話ができて嬉しいと思う自分自身
を、俺は感じていた−。

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