K’sストーリー第四章 Kたちの夏(1)
 俺、東健吾が高ニになって、三ヶ月が過ぎた。七月も半ばに入り、世間では毎日猛暑の
話がされている。そして今日、一学期末のテストの結果が返ってきた。その日の帰り−。
「ねー健吾くん、試験の結果どうだった?」
 そう俺に話しかけてきたのは、俺の彼女の克美さんだ。同じ高校の一年先輩だが、帰り
道で一緒になったので二人で帰っている。
「まあまあ、ってところですね。見ます?」
「うん、見せて見せて。…順位的には中の上、ってところか。それと、ボクのお父さんが
出した『全教科60点以上』はちゃんとクリアできてるね」
「ええ、ちょっとギリギリなのはありましたけど…。ともかくこれで、二学期の中間試験
までは片瀬先生の漫画のアシスタントができます」
「よかったね健吾くん」
「はい。…ところで、克美さんはどうだったんです、試験?克美さん、大学受験するんで
したっけ?」
「うん、そうだよ」
「それじゃあ、これまで以上にがんばらないといけませんよね」
「そうだね。でも、実を言うと、前の試験より少し順位が落っこっちゃったんだ…」
「あらら…他の人ががんばり始めたから、相対的に下がっちゃったのかもしれませんね。
でも、それじゃ大学入試まずいんじゃないですか?」
「うーん、まだ大丈夫だとは思うんだけど…」
「甘いですよ。他の人たちはすっごい努力をしてるはずです。いくら家にお母さんがいな
くて家事が忙しいって言っても…あっ、ごめんなさい、禁句でしたね」
「別にいいけど。小さいころからそうだから、そう言われるのももう慣れっこだし」
「そ、そうですか…。で、順位が下がったって、具体的にはどのくらい落ちたんです?」
「えーっと、これ見た方が早いね。はい」
 克美さんが、試験の結果の書かれた紙を俺の前に出してきた。
「それじゃすみません、見させてもらいます…って、はあっ!?」
 その総合結果を見て、俺は思わず大きな声を出した。
「あの…総合が学年で5番って…?」
「うん、中間テストは3番だったから少し下がってるでしょ?」
「そりゃ確かにそうですが…克美さんって、すっごい頭がよかったんですね…」
「んー、言われてみればそうだね」
 『言われてみれば』じゃないだろ。俺は心の中でそうツッコんだ。背が低くて、ぱっと
見中学生(下手すると小学生)にも見える克美さんが、実はこんな天才だとは思わなかっ
た。家事の合間を縫って猛勉強…してるのか?いや、この人の場合、ちょっと勉強しただ
けですらすら頭に入ってしまう、って感じがする。だとしたら、かなりうらやましい。
「そんでねそんでね、健吾くん」
 克美さんが俺に言ってきた。
「もうすぐ夏休みだよね?もちろん勉強もするけどさ、二人でどこか遊びに行こうよ」
「遊びに?ええ、そうですね。受験生でも、ちょっとぐらいならいいですよね。あっ、そ
うだ。なんだったら、勉強も一緒にやりません?図書館とかで」
「あっ、それいいね。じゃあ、夏休み中はほとんど毎日会えるってことだね。嬉しいな」
「はい、俺も楽しみです」
 そうして俺たちは、夏休みの計画を話しながら帰っていった。

 そして、いよいよ夏休みに突入した。最初の数日間は、高校3年生の克美さんが課外授
業を受けている間、俺は彼女のお父さんである漫画家の片瀬先生のアシスタントをした。
通常なら金曜の夜から土曜日にかけてやらせてもらっているこの仕事だが、夏休みなので
ほとんど一日中やった。先生が作品を連載をしている週刊誌のお盆進行、そして先生自身
の夏休みのため、いつもよりも原稿を描き溜めておく必要があり、それで仕事量が普段よ
りも多くなっていたのだ。そんな修羅場も無事潜り抜け、克美さんの課外授業も終わり、
ついに本格的な夏休みになった。
 その日、7月26日は、二人で買い物に出かけた。
「健吾くん、香菜ちゃんの誕生日プレゼント、何がいいのかなあ?」
「俺の方は目をつけてる物があるんで…それ買いに、先に本屋行っていいですか?」
「本屋?うんいいよ。行こ行こ」
 今日俺たちは、共通の知り合いである女の子、香菜ちゃんの誕生日プレゼントを買うた
めに外に出てきている。本屋で、克美さんが俺に聞いてきた。
「健吾くん、健吾くんが目をつけてる物って何?」
「香菜ちゃんから、好きな漫画家の画集が出たけどちょっと高くて買えないって話聞いた
んですよ。で、それをあげようかなって思って…」
「そっか、健吾くんと香菜ちゃん、漫画がきっかけで知り合ったんだもんね」
「ええ。…っと、これだな。わっ、結構高い…!」
「本当だ。5000円以上するんだ…」
「ちょっと予算オーバーだな…でもすごく欲しがってたみたいだからぜひあげたいし…」
 俺がそんな風に考えていると、その画集の表紙を見ていた克美さんが言ってきた。
「ねー健吾くん、ボクが半分出すから、二人からのプレゼントってことにしない?」
「えっ?」
「そうすれば予算内で収まるでしょ?ボクの方は、正直、香菜ちゃんに何あげるか決まっ
てなかったし、そんなに欲しがってたんならこれにすべきだよ」
「そ、そうですね。それじゃ、そうしましょうか」
「うん!香菜ちゃん喜んでくれるよ、きっと」
 そうして俺たちはその本を買い、本屋を出た。
「それじゃさっそくこれ渡しに行こ、健吾くん」
「そうしましょう。今日は“鬼賀屋”でバイトしてるって話でしたけど…」
「じゃあ、あの店行こう。もうお昼の混雑は終わってる時間だよね。そんで、ちょっと遅
くなったけどボクたちもそこでお昼食べよ」
「ええ、そうしますか」
 というわけで俺と克美さんは香菜ちゃんがアルバイトをしているラーメン屋“鬼賀屋”
に行った。俺たちの行き付けでもある店なので、気兼ねなく入ることができる。
「こんにちはー」
「ちゃーす」
 店の戸を開けて俺たちは言う。思った通り、昼時から少し時間がずれていたので、店内
にそれほど客はいなかった。
「いらっしゃいませー。…あら、健くんと克美さん、こんにちは」
 そう言って俺たちを出迎えてくれたのは、この店の一人娘の喜久だった。
「こんにちはー喜久さん。ボク、Kスペお願い」
「俺はラーメン大盛りで。ところで喜久、香菜ちゃんいる?」
「香菜ちゃん?奥の方にいるわよ。あっ、さてはあなたたちも彼女の誕生日プレゼントを
持ってきた口?」
「そうだけど…『あなたたちも』ってことは、他にも誰か来たの?」
「彼よ、彼」
 そう言って喜久が店の奥の方のテーブルを指した。そこには話題の中心である香菜ちゃ
んと、一人の男がいた。そいつは、俺の友人だった。
「仁か…。なるほど、あいつね…」
「仁くんも今さっき来たところだからまだ食べてないの。一緒に座ったら?」
「そうしよ健吾くん」
「それじゃ、そうするか」
 それで俺と克美さんはそのテーブルに行った。
「こんちは香菜ちゃん。ついでに仁も」
「こんにちはー」
「あっ、東センパイ…それに克美さんも…こんにちは」
「健吾か。うっす。克美さんもこんちは。それにしてもついでか俺は」
「今日のメインじゃないからなおまえは。それで香菜ちゃん、俺と克美さんからあげたい
物があるんだ。はい、誕生日おめでとう!」
「おめでとう香菜ちゃん」
「えっ、覚えてていただけたんですか?ありがとうございます」
「いいっていいって。で、それ、中は例の漫画家の…」
「あ、あの新しい画集ですか!?まさかそんな物がもらえるなんて…本当にありがとうご
ざいます、東センパイ」
「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ。それ、半分は克美さんが出したから、克美さんにもお
礼言ってあげてよ」
「そうなんですか?ありがとうございます、克美さん」
「香菜ちゃんはボクの友達なんだから、プレゼントするのも当たり前だよ。と言っても、
健吾くんの案に便乗しただけなんだけどね」
「それにしても、そんな物をプレゼントすることを思い付くなんて、さすがは健吾、漫画
部の先輩だな」
 仁がそんなことを言ってきた。
「まあな。ところで仁、おまえは香菜ちゃんに何をあげたんだ?」
「俺?俺はちょっとしたアクセサリーだけど…」
「それほど派手過ぎない素敵な物でした。間さんも、ありがとうございました」
 香菜ちゃんは仁にそう礼を言ったが、俺はその仁を見てこんなことを言った。
「それにしてもこの男、これまでにいったい何人の女の子にどれだけのプレゼントをあげ
てきたんだか…」
「それじゃあ聞くけど健吾、おまえは今までにこの店でラーメンを食った回数を覚えてい
るのか?」
「おまえそのセリフは片瀬先生の漫画が元ネタだな?それはともかく、おまえの本命は喜
久なんだろ?」
「いくら喜久さんが本命だからって、知り合いの女の子の誕生日にプレゼントの一つもあ
げられないようなヤツは男失格だろ」
 その仁の言葉に、俺は納得した。
「まあ…それもそうだな。俺だって克美さんと付き合ってて、香菜ちゃんにプレゼントし
てるんだしな」
「そういうこと」
「それにしても…」
 香菜ちゃんが口を開いた。
「こんなにたくさんのプレゼントをもらえるとは思ってませんでした。この他に喜久さん
からももらったし…帰り、大変そう…」
「喜久もあげたのか…。あっ、それじゃ俺が持って帰って俺の部屋で預かっておこうか?
君の家と同じ敷地内にあるアパートだし。で、帰りに寄ってもらえれば…」
「いいんですかセンパイ?」
「いいっていいって。それも、誕生日のお祝いのうちだよ」
「ありがとうございますセンパイ」
「香菜ちゃーん、3番テーブル片付けてもらえる?」
 喜久の声が聞こえた。
「わかりました。それじゃみなさん、わたしは仕事に戻りますので…ごゆっくりどうぞ」
 そうして香菜ちゃんは仕事に戻った。その彼女と入れ替わるように、今度は喜久が俺た
ちのテーブルの方に来た。ラーメンの乗ったおぼんを持っている。
「仁くん、お待ちどおさま。それと、健くんと克美さんのお水ねこれ。料理の方は、もう
少し待ってね」
「サンキュ喜久。ところで、君も香菜ちゃんに誕生日プレゼントしたんだって?何をあげ
たの?」
「わたし?香菜ちゃん、服作るのが好きだって言うから、布地あげたの。それほど高級な
布じゃないけどね」
「ふーん、そうなんだ」
「うん。それじゃみんな、ごゆっくり」
 香菜ちゃんと同じようなセリフを言って、喜久も仕事に戻った。そしてそれから俺たち
の頼んだ料理が来るまでの間、俺たち三人はおしゃべりをしていた。そんな中で、克美さ
んがこんなことを言ってきた。
「香菜ちゃんってさ、漫画描きと服作りが趣味なんだよね。…絶対コスプレやってるよ」
「かもしれませんね。今度の8月中旬のイベントで何かやるとかは聞いてませんけど…」
「だったら、この店でチャイナドレスとかメイド服とかを着てもらいたいな俺は」
 もしかしたら、近い将来そんなことがありえるかもしれない。そんな予感を感じさせる
仁の言葉だった。

 そんな話をしているうちに俺たちの料理も来たので食べ始めた。仁も含めた三人全員が
食べ終わるころには、店の中に客は俺たちだけになっていた。それで他のテーブルの片付
けを終えた喜久と香菜ちゃんも、俺たちのテーブルに来て話をしていた。そんな中、急に
仁がこんなことを言い出した。
「みんな、夏休みだ。俺たち五人で、どこかに遊びに行かないか?」
「五人…ということは、わたしも誘ってもらえるんですか?」
「当たり前じゃないか香菜ちゃん。健吾も喜久さんも克美さんも、いいよな?」
「ああ」
「もちろんだよ」
「そうね、香菜ちゃんはわたしたちみんなの友達だし」
「あ、ありがとうございますみなさん。それじゃあ、ご一緒させていただきます。でも、
具体的にはどこに行きますか?」
「やっぱり、夏と言えば山でキャンプか海で海水浴だよね」
「そりゃ海!絶対海!夏に海で水着見なくてどうするんだ!」
 何か、仁が熱弁している。
「わかったわかった、落ち着け仁。でも海か…。確か喜久、泳げなかったよね?」
「う、うん…。でも、泳げないってだけで、別に水が怖いとかそういうんじゃないから、
海でも全然構わないわよわたし」
「おーし、海に決定!どうせだったら泊まり掛けで行こうぜ泊まり掛けで!」
 仁がどんどん新たな提案をする。
「俺は構わないけど…女の子も一緒でそれはまずくないか?」
「大丈夫大丈夫!それでいい娘、手を上げて!」
 仁が言うと、女の子三人は少し考え、そうして全員が手を上げた。
「ほらほらほらー!はい決定!」
「まあ、全員OKなら問題はないけど…って、喜久も香菜ちゃんもいなくなって、この店
大丈夫なのか?」
「それもそうね。ちょっと待ってて、お父さんに聞いてみる」
 そう言うと喜久は席を立って、店の厨房の方に行った。中にいる彼女の親父さんに話を
しに行ったのだろう。そして少しして、ニコニコしながら戻ってきた。
「わたしたちがいない間はこのお店もお休みにするから、二泊三日ぐらいだったら大丈夫
だって」
「よーしOK!それじゃ次は宿の問題だな。この中で心当たりのある人間はいないか?」
 相変わらず仕切る仁。そんな中、喜久が俺に言ってきた。
「ねえ健くん、健くんの親戚って、茨城の海辺の街で民宿やってたわよね?」
「そういやそうだったな。母さんの実家が…って、なんで喜久が知ってるんだ?」
「何言ってるのよ、小さいころ、健くんの家族と一緒に連れて行ってもらったことあった
でしょう?」
「あっ、そうだったっけ。すっかり忘れてたよ。でも、あの家には中3の冬休み以降行っ
てないしなあ…。とりあえず電話してみるよ。今から取れるとは思えないけどな」
 それで俺は自分の携帯からその親戚の家に電話をかけることにした。数回のコールの後
に、誰かが出た。
「はい、加賀ですけど」
「えっと…東京の健吾ですけど…覚えてますか?」
「健吾?ああ、健吾か!オレだオレ、薫だ!」
「あっ、薫か!久しぶりだな!」
「薫って誰だ?」
「薫くんは健くんのいとこよ。わたしたちと同い年」
 仁の質問に、電話に出ている俺に代わって喜久が説明をしてくれた。電話の向こうから
薫が聞いてくる。
「で、健吾、いきなり電話してきていったい何の用だ?」
「実は、泊まりで海に遊びに行きたいんだけど宿取れないかなって。今からじゃ無理かも
しれないけど…。おじさんかおばさんいるか?いたら代わってもらいたいんだけど…」
「いるけど、そういう話だったらオレでも大丈夫だぜ。海で泳ぎてえんだよな?何人で何
日ぐらいだ?」
「えーっと、男2に女3の全部で五人、予定は二泊三日だな」
「五人で二泊三日ねえ…おっ、8月の9日から11日が空いてるな」
「空いてるの!?マジで!?」
「ああ。うまい具合にぽっかりとな。隣り合わせの六畳間が二つで、区切りはふすまだか
らそいつ取っ払えばつながるぞ」
「なるほど。ちょっと待ってくれ。ここに全員そろってるから話してみる」
 というわけで俺は他の四人に今薫から言われたことを話してみた。
「おお、いいじゃないの。俺は全然OKだぜ」
「ボクもそれで構わないよ」
「一応別々の部屋になるわけだから、仁くんがいても大丈夫よね」
「わたしも、みなさんがそれでいいと言うのでしたら…」
「じゃあ、全員OKってことだね。…薫、今言ったので頼む」
「わかった。そういうことで親父たちに話しておくわ。料金の方も、親戚待遇ってことで
特別に安くできるんじゃねーかな。そんで、オレか親父から折り返しの連絡するから、電
話番号教えてくれ」
「ああ。えーっと…」
 そして俺は薫にこの電話の番号を教えた。
「ふんふん…。おしっ、わかった。んじゃ、今日はこれでな」
「ああ。それじゃあ薫、おじさんたちによろしく言っておいてくれ」
「わかった。オレも久しぶりにおめーに会えるのを楽しみにしてるからな」
「俺も楽しみにしてるぜ。それじゃな」
 こう言った後、俺は電話を切った。そしてここにいるみんなに言う。
「…ということで、あっさり決まったな…」
「こうも簡単に決まるなんて、俺たちの日ごろの行いがいいせいかな。よーし、それじゃ
あ8月9日に出発だあ!それまでにちゃんと準備をしておくこと。特に女の子は、水着の
用意を忘れないこと!」
「そんな欲望丸出しのこと…言わないの!」
(ガスッ!)
 喜久が、仁のことをチョップで叩いた。これに俺たちは笑った。叩かれて痛がっている
仁を除いて−。

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