K’sストーリー第四章 Kたちの夏(3)
 夏旅行一日目もまだ半分しか終わっていない。薫が捕まえた魚を十分に味わった俺たち
は、いよいよ海の方で遊ぶことにした。観光地として成り立っている海なので、当然更衣
室なんかはちゃんとある。薫に案内してもらい男女別に別れた俺たちはそれぞれ着替えて
待ち合わせをすることにした。もちろん、男の俺と仁の方が先に終わったので外で待って
いた。それにしても、仁のこの嬉しそうな顔と言ったらしょうがない。
「いやー、旅行が決まった時から待ちわびた瞬間が間もなく訪れるぜ。喜久さんは俺たち
と学校が違うからなあ、こういう時でもないと水着姿見れないし」
「プールにでも誘えばいいじゃねえかよ。…と言いつつ、俺も克美さんの水着見たことな
いんだけどな。海に来るまでお預け、なんて言われてさ」
「それじゃ俺もおまえも今年初めて彼女たちの水着を見るわけなんだな」
「そうなるな。でも、だからと言ってみんなにあまり失礼な視線を送るんじゃないぞ。も
ちろん、俺もそんないやらしい目で見ないから」
「わかってるって。それにしても、薫様はご一緒できないとは、ちょっと残念」
「あいつは他にやることがあるって言ってたな。ところで、おまえ結局あいつのことを薫
様って呼ぶことにしたのな」
「ああ。…だけど正直、女の子に対して恐怖を感じたのは生まれて初めてだよ。マジ殺さ
れるかと思った」
「そんなに怖いんだったら、彼女にちょっかいは出さないことだな」
「それとこれとは話は別だ。恐怖を乗り越えてこそ、人間は一回りも二回りも大きくなれ
るんだからな」
「人間が大きくなるってのはともかく、その方法が本命の喜久以外の女の子に手を出すこ
とってのは感心できないな」
「固いこと言うな。夏は誰しも開放的になる季節なんだ」
 おまえは年がら年中開放しっぱなしだろうがと俺は思った。それはともかく、俺たちは
三人の女の子を待った。そして最初の娘が出てきた。
「わーお、喜久さーん!」
 彼女の姿を見た仁が思わずそんな声を上げた。喜久がどんな水着だったかと言うと…ズ
バリ、ビキニだった。色はオレンジでかなりきわどい。俗に言う、出るとこ出てて、引っ
込むとこ引っ込んだ彼女の体にマッチした水着だった。そしてそんな物を見せ付けられた
仁は一人で盛り上がっている。
「喜久さん、君もう最高!そんな水着が似合う娘は言わば神に選ばれた女の子だよ!そー
ゆーのがここまでベストフィットする娘はそうそういないって!」
「ほめすぎよ仁くん。そりゃ、からかって言ってるわけじゃないってのはわかってるし、
そんな風に言われて悪い気はしないけど」
「でも喜久って泳げなかったよね?泳がないのに、そんな水着?」
「違うだろ健吾!泳がないからこそこんな大胆水着を着てるんだ!」
 まだ仁は興奮しているようだ。とそこへ、次の女の子が出てきた。
「健吾くん、お待たせー!」
 その声と共に出てきたのは克美さんだったが、彼女が着ていたのは…学校の水泳の授業
で着る、紺色のいわゆるスクール水着(しかも名札つき)だったんだ。そしてこれを見た
仁は、親指を立てながらこんなことを言った。
「ま、まさかそう来るとは…克美さん、グッジョブ!」
「何がグッジョブだ。でも確かに意表を突かれたな…。なんでそれなんですか?」
 俺は克美さんにたずねた。
「んーとねー、喜久さんに相談したら、これがいいって言われたの。健吾くんがこーゆー
の好きだって言って…」
 事実無根だ。それで俺は−。
「き〜く〜!」
 そんな震えた声で言いつつ、仁の後ろに隠れた彼女をにらんだ。
「あははっ、ごめんね健くん。克美さんにはほんの冗談で言ったつもりだったんだけど…
まさか本当にこれを着るなんて…」
「まったく…」
「もしかして健吾くん、こういうのあまり好きじゃなかった…?」
 なんだか克美さんの顔が曇ってしまったので、俺はこう言った。
「ち、違います。正直それほど好きでも嫌いでもないですけど、少なくとも克美さんにそ
の水着はすっごく似合ってます。もう、かわい過ぎですよ」
「あはっ、健吾くんにほめてもらえて、嬉しいなあボク」
 そう言って克美さんは喜んでいるが、ここまで似合っているのは彼女が幼児体型だから
に他ならない。でももしかしたら本人はそのことを気にしてるかもしれないので、そのこ
とは絶対に黙っておこうと思った。その時、最後の一人が更衣室から出てきた。
「あれ?香菜ちゃん…だよね?」
 仁が、確認するようにそんなことを聞いた。と言うのも、彼女がいつもかけているメガ
ネを外していたからだ。そりゃ海に入る時はメガネを外すものだが、仁は香菜ちゃんの素
顔を見たことがなかったらしい。ちなみに俺は“鬼賀屋”で一緒にラーメンを食べた時、
湯気で曇ったメガネを拭く際に外したのを見たことがある。
「メガネを取った香菜ちゃんって初めて見たけど…やっぱりかわいいんだね。もちろん、
かけてる時もかわいいけどさ」
「か、からかわないでください間さん…」
 仁の言葉に香菜ちゃんは顔を赤くした。
「別にからかってないって。本当にそう思ってるんだから。健吾もそう思うよな?」
 仁が俺に同意を求めてきた。
「ああ、俺もそう思うよ」
「ボクも」
「わたしもよ」
「あ、ありがとうございますみなさん」
 香菜ちゃんがそう礼を言って頭を下げたのだが、なんだか少しずれた所に向かっておじ
ぎをしている。それで俺は彼女に聞いてみた。
「あのさ香菜ちゃん、俺たちこっちにいるんだけど…もしかして君、見えてない…?」
「あっ、東センパイそちらでしたか。確かにちょっと見えにくいですけど…」
 今のはちょっとのレベルなのか?そう思った俺はこんな提案をした。
「なあみんな、香菜ちゃんを一人にするとなんだか危なさそうだから、せめて誰かは一緒
にいてあげようぜ」
「そうだな。ま、もともとこんな海辺で女の子を一人きりにするつもりはなかったけど」
「そうね、視力の問題もあるし、それに、こんなかわいい娘が一人でいたら仁くんみたい
な男の人に声かけられちゃうわきっと」
「それじゃあ、みんなで遊ぼうよ」
「す、すいませんみなさん。ありがとうございます」
「だから俺たちのいる方に頭下げてよ…」
 さっきのリピートになったので、俺は思わずそうツッコんだ。
「ところで忘れていたが!」
 急に仁が言った。
「香菜ちゃんの水着チェックがまだだった。よく見せてよ香菜ちゃん」
「えっ、そんな、恥ずかしいからそんなに見ないでください…」
 香菜ちゃんはそんな風に恥ずかしがっている。
「おい仁、香菜ちゃんは恥ずかしがり屋なんだ。そんなに見るな」
「と言いつつ、おまえだって見てるだろ」
「うっ…」
 確かに、いつの間にか俺の視線も香菜ちゃんに向けられていた。これが男の性という物
か…。この娘は喜久ほどスタイルいいわけではなく、どちらかと言えばぽっちゃりとして
いる。そんな香菜ちゃんの着ている水着は、マリンブルーでおなかも出ていなく、ライン
もそれほど急でないので、喜久と比べるとかなり露出度は低めだ。でもまあ、おとなしい
性格のこの娘にはこれぐらいがちょうどいいだろう。似合うという点では、克美さんや喜
久に引けを取らないとも言える。
「あ、あの、お二人とも、もういいですよね?」
 その香菜ちゃんの声で俺は我に返った。見ると香菜ちゃんの顔はさっきよりも赤くなっ
ていた。そして仁が言う。
「そうだな、もう十分堪能したし。それじゃみんな、海に入ろうぜー」
「だからおまえが仕切るなよ…」
 俺は思わず言ったが、ともかくこんな風に俺たちの海水浴は始まった。

 俺たち五人は波打ち際で遊んでいた。俺や仁はともかく女の子たちは日焼けを気にする
んじゃないかなと思ったが、三人ともガンガン焼いていた。
「あれぇ、なんだかおなか空いてきちゃったみたい…」
 遊んでいる中、急に克美さんがそんなことを言い出した。それで俺は言う。
「じゃあ、俺が何か買ってきましょうか?」
「買ってきてくれるの?それじゃお願いしちゃおうかな。何を買うかは、健吾くんにお任
せしちゃっていい?」
「わかりました。で、みんなはどうする?」
「わたしの分は…大丈夫ですセンパイ。あまり食べると太っちゃうし…」
「わたしは健くんと一緒に行ってもいいかしら?」
「構わないよ別に」
「えーっ、喜久さん行っちゃうのー?それじゃ俺も一緒に行く!」
「ダメだ。おまえまで来たら克美さんと香菜ちゃんだけになっちゃう。こんな所に女の子
二人きりなんて危険だろ」
「それじゃあ、俺が買い物に行くから健吾が残れ!」
「それもダメだ。おまえじゃ克美さんの食いたい物がわからない」
「何でもいいから大量に買ってくればいいんじゃないのか?でもまあ、おまえがそう言う
なら俺はここに残るよ。その代わり俺分も買ってきてくれよな。金は後で払うから」
「わかった。それじゃ、克美さんたちのこと頼んだぞ。行こう、喜久」
「ええ」
 こうして俺たちは食べ物を売っている店に向かったのだが、その途中で喜久がこんなこ
とを言った。
「うーん、なんだか刺すような視線をいくつも感じるわ…」
 それを聞いた俺はこう言う。
「そりゃ、喜久みたいに美人で、背が高くて、プロポーションがいい女の子がそんな大胆
な水着で歩いてるんだもん、注目されない方がおかしいだろ」
「それってほめてくれてるのよね?ありがとう健くん。だけど、せっかく仁くんから逃げ
てきたのに同じだわこれじゃ」
「逃げる?」
「彼の視線、なんだか粘っこいんだもん。だから少し離れたかったの。本当は、特に何も
買うつもりはないわ」
「そうだったのか。でも仁のヤツ、あれほど喜久たちをいやらしい目で見るなって言って
おいたのに…。…もしかして、俺もなってる?」
「健くんはそんな目でわたしたちのこと見てないと思うけど」
「ほっ、よかった」
 そんな話をしているうちに食べ物の屋台についたのだが、意外にも店は混んでいた。
「結構混んでるな…。俺は並ぶけど、買う物がないんだったら君は列から外れてたら?」
「そうね、そうするわ」
 というわけで俺は列に並び、喜久はその列から少し離れた所に行った。そして克美さん
に食べてもらうたくさんの食べ物を買った俺だったが、それが終わった時、いるはずの喜
久の姿が見当たらないことに気がついた。
「あれ?喜久のヤツ、いったいどこに…いた!」
 俺は彼女を見つけた。喜久は二人組の男に声を掛けられていた。そいつらは俺たちと同
い年ぐらいのようだったが、一目でいわゆる「ヤンキー」だということがわかった。と言
うのも、その二人ともヤンキー天国茨城でしか見られないような風貌をしていたからだ。
本だか何だかでそういった連中が存在するという情報は入手していたのだが、まさか本当
に遭遇するとは…。ともかくナンパされている喜久を放っておくわけにはいかないので、
俺は彼女とそいつらの間に割って入った。
「おいあんたら、その娘は俺の連れだ。ちょっかい出さないでもらおうか」
「んだおめー?手に食いもんだぐさん持ってよー」
「関係ないだろそんなの!話するだけ無駄だな。行こうぜ、喜久」
「待でごら!おめーら、おんらが誰か知ってんのけおい?」
「知らないよ。知るわけないじゃないか」
「だっだら教えてやらあ。おんらは泣く子も黙る“マッドシャーク”の…」
(ゴッ!)
「へぶっ!?」
 突然、その男が前につんのめってきた。どうやら誰かに後頭部をぶっ叩かれたようだ。
そして、殴ったのは−。
「おめーら、オレん家の客に何してんだ、ああ?」
「か、薫姉!?」
「姉御!?」
 薫だった。手には例によってモリを持っていた。そして彼女の姿を見た二人は数歩後ず
り、言った。
「ま、まざか薫姉のお知り合いだっだどは…」
「姉御のとこのお客様だっだんですね、この方だち…」
「ああ。で、それを知った上でまだちょっかい出すんか?」
「め、滅相もございまぜん」
「おんら、もう行きまずんで…」
「だったらとっとと消えな。よそもんに手ぇ出してんじゃねえぞこのごじゃっぺ野郎が。
てめーら、早く行かねえとこいつでぷっ刺して、その後刺し身にすんぞオラ!」
 そう言って薫は持っていたモリを光らせた。
「し、失礼じまじだ〜!」
 そんな言葉と共に、男たちは逃げるように走っていった。二人がいなくなったのを確認
した後で、喜久が薫に言った。
「あ、あの、どうもありがとう薫くん」
「ああ。だいじだったか喜久?」
「サンキュー薫、助かったぜ」
「あれ、いたんか健吾」
「いたよ!そりゃ役に立たなかったけど…」
「冗談だ冗談」
「まったく…。ところで薫、おまえとあいつらって、どんな関係なんだ?」
「あいつらはオレの…言ってみりゃ舎弟か?」
「舎弟って…子分ってこと…かしら?」
「まあそんなところだ。あいつらはゾクやってるんだけど、あんまりでかいバイクの音出
すもんだからそれで魚が逃げちまってよー、文句言いに、そいつらの集会に乗り込んだん
だ。そこでリーダーとタイマン張ったら友情が芽生えちまってよ、『リーダーのダチなら
おんらのダチも同じだ』って、勝手に慕われちまってるんだ」
「そのリーダーって男…だよな?」
「ああ。でも男とか女とか関係なく、今じゃあいつはいいダチだ」
「そ、そうなんだ…」
 俺はそう言うしかなかった。昔からこいつは男勝りな性格だったが、まさか暴走族(そ
ういう連中の存在自体、東京じゃ希少だ)に殴り込みをするまでになっていたとは…。
「ところで健吾、おめーが手に持ってるそれは何なんだ?」
「克美さんに買ってく食べ物なんだけど…やばいな、少し時間取り過ぎたかも」
「ごめんね薫くん、わたしたちもう行かなきゃ」
「そうか。メシまでには帰ってこいよおめーら」
「わかった。じゃあな」
 こうして俺と喜久は薫と別れて、克美さんたちの所に戻った。だけど、克美さんは俺が
帰ってくるよりも俺の買ってくる食べ物の方を待ち焦がれていたようで、なんだか少し悲
しかった。ともかく、その後も夕方まで俺たち五人は浜辺で遊んだのだった。

 海辺の街で過ごす一日も日が暮れた。またも薫の捕ってきた魚をおかずに夕メシを食べ
た俺たちはみんな、部屋でだらーっとしていた。
「のんびりしてていーなあ、こーゆーの…」
 俺はそうつぶやいた。するとその時、この部屋の戸が開き、薫が入ってきた。
「おいおめーら、風呂行くぞ風呂」
「風呂?ああそうか、ちょっと行った所に温泉あるんだっけな。それもただの」
「温泉?混浴か!?」
 もちろんこれは仁の言葉だ。
「残念だが別々だ。とにかく用意しろおめーら。さっさと行くぞ」
 というわけで俺たち六人は近くの温泉へ。ここは露天風呂で、男湯と女湯の仕切りは板
が立てられているだけという簡素な物だった。男湯に、俺たち以外の客はいなかった。
「うーん、広いなあこの風呂。まったく気持ちいいぜ」
 湯船につかりながら仁がそう言った。そしてこいつは続ける。
「これで混浴だったら言うことなしなんだけどな。そこまで望んじゃ、罰が当たるか」
「そうそう、この広さと星空を満喫できるだけでよしとしなきゃ」
「だな。それにしても…」
 仁が、俺の体をじろじろと見出した。
「細えよなあ、おまえの体」
「大きなお世話だ。それほどガリガリなわけじゃないし、太ってるよりはいいだろ」
「いやいや、やっぱり男は体を鍛え上げてなんぼだろ。俺もボディビルダーみたいにムキ
ムキってわけじゃないが、それなりに筋肉あるぜ」
「わかったわかった。わかったから、わざわざ力こぶ見せるな」
 俺がそう言ったその時、突然こんな声が聞こえた。
「オラオラ喜久、直に胸揉ませろー!」
「や、やめてよ薫くん!わたしたちの他に人がいないからって…」
 仕切り板の向こうからの薫と喜久の声だった。もちろん、この衝撃的な声に仁が反応し
ないはずはない。
「来た来た来た来た来た来た来た来た来た!これぞ旅行中の風呂でのお約束!しかも、こ
の向こうで何かとんでもないことが起きてるぞこれは!」
 そう言うと仁はギリギリまで仕切りに近づいた。
「あのな仁、そこまでしなくても聞こえるぞきっと」
「けど、どうせならはっきり聞きたいぜ。だから、近づく。おまえも男だったら興味ある
だろ?こっちに来い!」
「痛てててて!腕引っ張るな!」
 こうして俺もまた、仕切りの近くに来させられてしまった。
「さ〜て、板の向こうでは何がどうなってるのかな〜?」
 仁が耳をそばだてる。俺はそこまでしなかったが、それでも声は十分に聞こえる。
「いやー、やっぱいい乳してるわ喜久」
「もう、薫くんってば…」
 結局、喜久は薫に胸を揉まれたらしい。
「だけど、本当に素敵な体してますよね喜久さん。うらやましいです。わたしなんてただ
太ってて…」
 香菜ちゃんの声だ。
「ありがとう。うーん、確かにちょっと太目なのは事実かもしれないけど、まだ高1なん
だからちょっとがんばればすぐに痩せられるわよ」
「あ、ありがとうございます。喜久さんにそう言われると、少し自信が出てきます」
「ならよかったわ。がんばってね香菜ちゃん。ところで薫くんは、すごい引き締まった体
してるのね」
「オレの場合は、ほとんどが筋肉だから固えんだよ」
「ところで薫くん、ボク不思議に思ったんだけど、どうして薫くんの体、水着の跡がなく
て真っ黒なの?」
「そんなの、水着脱いでスッポンポンで焼いてるからに決まってんじゃねーか。あっ、も
ちろん、それやってんのは誰も来ねー場所でだけどな。何だったら、明日行くか?もちろ
ん健吾と仁は置いてよ」
「え、遠慮しておきます…」
「そうか、それは残念だな。さて、香菜の体、触り心地はどうかな〜?」
「えっ?や、やめてください薫さん!わたしの体なんて触っても、おもしろくも何ともあ
りませんから!」
「そんなこたねえぞ。見た目からしてぷよぷよしてて、触る価値、十分ありだ。価値がな
いのは…」
「ボクだって言うの!?そりゃ、自分が幼児体型だってのは自覚してるけど、改めて他人
に言われるとへこむよぉ…」
 それを聞いた仁が言う。
「克美さん、かわいそうに…」
「やっぱり気にしてたんだ…。昼間、スクール水着が似合うのはプロポーションがアレだ
からとか言わなくてよかった…」
 俺はつぶやいた。ところで、克美さんを慰めるような喜久たちの声が聞こえてきた。
「元気出してくださいよ克美さん。まだこれから成長しますって。ね、香菜ちゃん?」
「そうです、わたしもまだまだだと思います」
「ボクより年下なのに発育してる人に言われても慰めにならなーい!ボクもう出る!」
 その声に続き、克美さんが湯船から上がる音がした。そしてそのまま彼女は脱衣所の方
に行ったようだ。
「じゃあ、わたしたちも出ましょうか。健くんたちはもう上がってるかもしれないし」
「そうですね」
「あーっ、ちょっと待て香菜!その前に体触らせろ!」
 そうして三人も外に出ていったようだ。仕切りの向こうが静かになった。
「ふう…」
「同じく、ふう…」
 緊張していたのがほぐれたのか、俺たちはそんな風に息をついた。さて、これで向こう
側には誰もいなくなったので、俺たちにもうここにいる理由はない。が、俺も仁も湯船か
ら出ようとしなかった。仁が俺に聞いてくる。
「なあ健吾、なぜ出ない?」
「えっ、なぜって…」
「もしかして、体の一部分がのっぴきならないことになってたりするのか?」
「い、いや、それは…」
「隠さなくていい。俺も同じだ。あんな話聞かされて、興奮しない方がおかしい」
「…だよな。で、どうしようか?」
「静まるまで入っていよう」
「…そうだな」
 それで俺たちはしばらくその状態のまま、お湯の中に入っていた。危うく、湯当たりを
するところだった。

 俺たちが風呂から出るころには、女の子たちはとっくに帰る準備を済ませていた。なか
なか出てこなかった俺と仁を心配してくれていたのだが、理由が理由だけに申し訳ない気
持ちでいっぱいだった。そして、その帰り道。
「ああそっか、ここってかき氷屋があったんだっけ」
 途中にあった店の側を通りかかって俺はそれを思い出した。
「かき氷?ボク食べたーい!」
「じゃあ、みんなで寄ってくか。おい健吾、仁、おごれ」
 いきなり薫に言われた。
「わかったわかった、なんだかおまえらに心配かけちゃったみたいだし、おごるよ」
「健吾だけおごって俺が何もしないなんて悪いし、俺も出すよ」
「えっ、本当に?ありがとう健吾くん、仁くん!」
「ずいぶん気前いいじゃないの二人とも」
「本当にいいんですか?」
「もちろんだよ。さ、入ろ入ろ」
 というわけで、俺と仁が都合一人で三人分ずつ支払うことになった。予定外の出費では
あったが、女の子たちの喜ぶ顔が見られて嬉しいという仁の言葉に俺も同じ気持ちになっ
た。それに、盗み聞きをしたせめてもの罪滅ぼしだ。
「う〜ん、冷たくておいしー!」
 氷いちごを食べている克美さんは本当に幸せそうだ。もちろん他のみんなも、おいしそ
うにそれぞれが頼んだ物を食べていた。そんな中、仁が言った。
「薫様も、かき氷なんて物を食べるんですね」
「あ?オレがんなもん食っちゃいけねえってのか?」
「いえいえ、それを食べてる時の薫様、ものすごくかわいいなあって…」
(ビシィッ!)
 仁の言葉に、薫はテーブルの上にあった割り箸を仁の眼前に突き出した。寸止めをして
あったが、もう少しでそれが仁の目に突き刺さるところだった。
「もういっぺん言ってみろ。次は止めねえぞ」
「…すみませんでした、薫様」
 そう言ったきり仁は黙ってしまった。やっぱり薫、怖い…。俺がそんなことを思ってい
ると−。
「ねーえ、健吾くぅん」
 克美さんが、甘えるような声で言ってきた。
「もう一杯かき氷食べてもい〜い?」
「あの…次頼んだら三杯目ですよね?もうダメですよ。いくら克美さんでも、三杯もかき
氷食べたらおなか壊します」
「う〜…」
「うなってもダメです。俺は克美さんのおなかを心配して言ってるんですから」
「ぶー、わかったよぉ…」
 そんな俺たちのやり取りを見ていた薫が、こんなことを言ってきた。
「何つーかおめーら、恋人同士っつーよりは親子だな…」
 それは、きっと誰も反論することのできない言葉だった。

 俺たちは宿に帰ってきた。薫も入れて部屋でみんなでゲームやおしゃべりを楽しんだ。
なお、薫がゲームで負けた人間は服を脱いでいく脱衣ルールでやろうと言い出し仁もそれ
に賛成しやがったが、俺や他の女の子たちが猛反対したために却下となった。それでしば
らく遊んでいたが、朝が早かったうえに昼間あんなに遊んだもんだから、俺も含めてみん
な眠くなってきた。そんな俺たちを見て、薫が言った。
「おめーら、眠そうだな。もうそろそろ寝たらどうだ?」
「そうするか…。布団は押し入れの中だな?俺たち、自分で敷くよ」
「おう、そうか。んじゃオレも寝るわ。また明日な」
「えっと…薫様はどこで寝るのでしょう?」
「あん?自分の部屋に決まってんじゃねーか。この真上だよ」
「そ、そうですか。それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ」
 そして薫は彼女の部屋に帰っていった。ところで、なぜ仁が薫にあんなことを聞いたの
かこの時はわからなかったが、それは後でわかることになる。
「それじゃ、ボクたちも寝よう?」
「そうですね。ほら、健くんと仁くんはあっちよ。ふすま閉めるからね」
「わかったわかった。それじゃみんな、おやすみ」
「おやすみ、子猫ちゃんたち」
「子猫ちゃん…?と、とにかくおやすみなさい、センパイ、間さん」
 というわけで俺と仁は自分で布団を敷いて就寝した。…のだが、俺は真夜中に急に目が
覚めた。そしてふと見てみると、隣で寝ているはずの仁がいなくなっていた。
「あいつ、どこ行ったんだ?…あっ!まさか!」
 俺はここではっとした。寝る前、仁は薫の寝る場所を確認していた。ひょっとしてそこ
に行ったんじゃないか?そう考えた俺は、他の人間を起こさないように、薫の部屋に行っ
てみた。部屋の前まで来たのでドアをノックしようとしたのだが、中から話し声が聞こえ
てきたのでノックするのを待った。中から聞こえてきた会話は、次のような物だった。
「このオレに夜這いをかけようだなんて大した度胸だなあ、仁」
「お、おほめに預かりまして、光栄です…」
「ほめてねえよ!どうやら、さっきボディにぶち込んだパンチ一発じゃ懲りてねえみてえ
だなあ。そーゆーヤツにはこれだあ!」
「えっ、ちょっと、その布団とロープはいったい何!?」
「てめえを簀巻きにして、泣くまで殴り続けてやる!」
「えっ!?やめてください薫様!こんな夏の夜にそんな冬用の布団で簀巻きにされたら、
脱水症状で死んじゃいます!」
「じゃあ死ね!」
 ドアの前でこのやり取りを聞いていた俺は、声を殺してくっくっくと笑った。よく考え
りゃ、『あの』薫がそう簡単に仁の手に落ちるはずもない。そう確信した俺は、そのまま
薫の部屋を後にして自分の部屋に戻った。それで布団に入ろうとしたんだけど、その時、
隣の部屋の窓が開いて、誰かが庭に出る音がした。それでこの部屋のカーテンを開けて庭
を見てみると、喜久と香菜ちゃんが外にいた。二人の姿を見た俺も、せっかくだからと思
いサンダルを履いて外に出てみた。パジャマ姿がかわいい二人に、俺は声をかけてみる。
「喜久、香菜ちゃん」
「きゃっ、びっくりした!…どうしたの健くん?」
「いや、君たちが外に出たのに気づいたから、俺も出てみようかなって。俺がいて迷惑な
ら戻るけど」
「いえ、そんなことありません。わたしたち二人とも目が覚めちゃったんで、都会じゃ見
られないような夜空でも見ながらお話しようかなあって…」
「夜空か。確かにきれいだもんね。…あっ」
 俺は思わず声を上げた。
「どうしたの健くん?」
「い、いや、何でもない…」
 俺はそうごまかした。本当は、星明かりに照らされた喜久たちが、この星空と同じぐら
いにきれいだと思ったんだ。だけど、そんなことを言うのは俺のキャラじゃないし、何よ
り仁にはそういったことを軽々しく言うなと、俺は言っている。その俺が自分で言ってた
んじゃあいつに示しがつかない。だから俺は思ったことを口にはしないでおいた。
「じゃ、じゃあ俺、もう寝るよ。二人とも、あまり遅くまで起きてないようにね」
「ええわかったわ。おやすみ、健くん」
「おやすみなさいセンパイ」
 それで俺は自分の部屋に戻った。それからしばらく窓の外から話し声が聞こえてきてい
た。内容はよく聞こえなかったが、どうも俺のことについてのようだった。だがそれをよ
く聞くつもりはなかったので無視していると、俺はそのうち眠りに落ちていった。
 次の朝目を覚ますと、仁はちゃんと戻ってきていた(生きていた)。どうやら、俺が起
きる前に薫から解放されたようだった。

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