K’sストーリー第四章 Kたちの夏(5)
 夏旅行もいよいよ三日目、最終日である。朝、二日目の深夜に俺と克美さんの間に起き
た出来事の説明を喜久たちにしているうちに、薫の仕事の手伝いをさせられていた仁が解
放された。それで俺たちは五人で朝食を食べたのだが、食べ終わった後に、仁がこんなこ
とを言ってきた。
「みんな、今日帰る前に、もう一つ思い出作っていかないか?」
「思い出?何だそりゃ仁?」
「ふふふ、これだこれ」
 そう言って仁は一枚の紙を俺たちに見せた。
「ええっと…『水着美女コンテスト』?しかも開催日は今日じゃないか。参加受付も今日
で、参加資格は水着を着た15歳以上の女性なら誰でもOK…まさかおまえ、女の子たち
をこのコンテストに出場させようって言うんじゃないだろうな?」
「ああ、そのつもりだけど。どうだいみんな?」
 それで女の子たちはそのチラシの中身を見たのだが、喜久が最初に口を開いた。
「…わたし、出てみようかしら」
「おおーっ、さすがは喜久さん!」
「…喜久、君もしかして、この『優勝賞金十万円』ってのにひかれてない?」
「あらやだ、わかっちゃった?もちろん、優勝できるなんて思ってないけど」
「いやいや、喜久さんほどの女の子なら絶対いい線行くって。それじゃ喜久さんは出場決
定ね。他の二人はどうする?」
「わ、わたしは遠慮します。そんなコンテストなんかに出ても、どうせダメですから…」
「そっかあ、本人がやらないって言ってるのを、無理強いさせるわけにはいかないよな。
香菜ちゃんみたいな恥ずかしがり屋さんには、やっぱ荷が重いよ」
「すみません間さん、せっかく誘っていただいたのに…」
「こいつが勝手に言い出したことなんだから、香菜ちゃんが謝る必要は全然ないってば。
ま、どちらにしろ香菜ちゃんは出ないってことで。そうなるとあとは…」
 俺はまだチラシを見ている克美さんのことを見てみた。その俺の視線に気づいて、克美
さんが言う。
「あははっ、ボクはやめとくよ」
 正解だ。スクール水着しか持ってきていない克美さんがそれを着て出たところで、一部
の特殊な人たちにしか受けないだろう。…すると何か?その克美さんと付き合ってる俺は
その特殊な人間の代表か?そんなどうでもいいことを考えていると、克美さんが続けてこ
んなことを言い出した。
「でもねでもね、水着コンテストの前にあるこっちの大会には出てみたいなーって…」
「その前にある大会?克美さん、ちょっとそれ見せてもらえます?」
「いいよ」
 それで俺は克美さんからチラシを受け取ったのだが、そこに、さっきは見落としていた
部分があった。
「お、大食い大会…水着コンテストとは対極にある物かもしれない…」
「でも、克美さんには合ってるよな。何を食べるんだ?」
「えーっと…冷たいわんこそば」
 俺が言うと、克美さん以外の三人がそろってがくっとなった。
「な、なんで茨城の海辺でわんこそばなんだよ!?」
「俺に聞くなよ。とにかく、克美さんがこれに出るのは、別にいいんじゃないのか?」
「そ、そうね。麺類なら、わたしの家でたくさん食べてるし」
「わたしもそう思います」
「じゃあ、OKだね!よーし、がんばるぞー!」
 そう言って克美さんが気合いを入れる。それにしても、今しがた朝食を食べ終わったば
かりだというのに、よく大食い大会に出る気になったもんだなと、俺は思った。

 その後、俺たちはイベントの会場に行った。そこで克美さんと喜久がそれぞれ参加する
大会にエントリーした。そしてそれから数時間後、時間はちょうどお昼にいよいよイベン
トが始まった。まずは克美さんが出場するわんこそば大食い大会(結局、なぜこの場所で
これなのかは不明だ…)からだ。出場者は全部で15人ほどいたが、やはりと言うか何と
言うか、克美さん以外は体格のいい男ばかりだった。だからただでさえ小さい彼女が、さ
らに小さく見える。
「おいおい、あんなでかい男たちに混じって、克美さん大丈夫なのかよ?いくらあの人が
大食漢だからって言っても…」」
 仁が心配そうに言った。
「まあ、おまえは克美さんの真の胃袋を知らないからな。“鬼賀屋”で食べる量は、あれ
でもセーブしてるんだ。さすがにお金の問題があるからな。デートで食べ放題の店とか、
制限時間内に食べたらタダ、とかいう店によく行くんだけど、そういう所での食べっぷり
はそりゃすげえんだから」
「本当かよ。ま、彼氏のおまえがそう言ってるんだ、信じてお手並み拝見と行きますか」
 そんなことを話しているうちに、ステージ上では出場者の紹介が進んでいた。そして克
美さんの番になると、どよめきにも似た声が客席から上がった。そのどよめきをかき消す
ように、俺は彼女に声援を送る。
「克美さーん、がんばれーっ!」
 その声に気づいた克美さんが、俺に手を振ってくれた。その様子を見たイベントの司会
者がたずねる。
「えーっと、お知り合いのようですね。お兄さんですか?」
「いいえ、彼氏です」
 克美さんがそう言うと、会場からヒューヒューという多くの口笛が俺めがけて鳴った。
そこまで言うことないのにと俺は思った。ともかくその後も残りの出場者の紹介が続き、
全員の紹介が終わった後、いよいよ大食い大会本編の開始だ。
「十分間で何杯食べられるか競います。それではレディ…ゴーッ!」
 というわけで競争がスタートしたのだが、やはり思った通り克美さんのリミッターが外
れている。さすがにぶっちぎりとまでは行かないが、序盤からトップをひた走っている。
美少女の予想外の大健闘に会場は沸き、いつの間にやら克美コールが起き初めていた。
「克美さんは俺の彼女なのに〜!…とか思ってない、健くん?」
「…ちょっとはな。でもそれどころじゃない、追い付かれそうだ!」
 喜久の言葉も流し、ステージを見続ける俺。克美さんのペースはそれほど落ちていない
が、他の選手がスピードアップしたために差が縮まりだした。
「あ〜、やばいやばい、やばいかもこいつは〜!」
「うるさい仁!時間はあと15秒…がんばれーっ!」
 最後の声援を送る俺。そしてついにタイムアップとなった。ここから見た感じでは、誰
が優勝でもおかしくないくらい、僅差だった。係員が正確な集計をする。そして−。
「優勝者が決まりました!エントリーナンバー9番、片瀬克美さん!」
「やった!勝った!」
 司会者の声を聞いた瞬間、本人よりも先に俺が言ってしまった。もちろんステージ上で
は克美さんも喜んでいる。
「わーい、わーい!嬉しいなあ嬉しいなあ!」
 その無邪気な笑顔に再び沸き起こる克美コール。ステージでは他の選手と克美さんが握
手をしていた。この短時間で彼女のファンになってしまった人が、観客、選手問わず多く
出たようだ。その時、克美さんが俺に向かってこう叫んできた。
「健吾くん、勝ったよー!」
 その一言に会場の全ての人間の視線が俺に集まる。そしてその直後、俺の目の前に道が
できた。前にいた人が、みんなどいてくれたんだ。ある意味ありがた迷惑ではあったが、
この状況でここにいるのも気がひける。割れた人波を通って、ステージに上がった。司会
の人もそれを拒まなかった。そして段上に上がった俺に、改めて克美さんが言う。
「えへへ、勝っちゃった」
「すごかったです克美さん。さすがは俺の好きになった…」
「さあさあ、喜びを分かち合うのは後にして、表彰式をやってしまいましょう」
 司会者が割って入ってきた。その後、表彰式が行われ、克美さんは優勝賞金十万円と、
大きなトロフィー(結構大きかったので、俺が持った)、それと副賞の海の幸たくさんを
手に入れたのだった(賞金以外は宅配で克美さんの家に送られることになった)。
「あー、おいしかった。それにおもしろかったし、いろいろもらえて得しちゃった」
 ステージを降りた克美さんの第一声がそれだった。あれだけのことがあって一番最初に
おいしかったが来る辺り、さすが克美さんだと思った。そして彼女は続ける。
「さ、次は喜久さんの応援がんばろ!」
「そうですね。彼女、もう出場者控え室行ってるみたいです」
 こうして今度は、今日のメインイベントであろう『水着美女コンテスト』に出場する喜
久の応援のため、再度客席に戻った。もちろん、戻ったところで仁にあれこれ冷やかされ
たのは言うまでもない。

 喜久の出場する『水着美女コンテスト』が始まるのを客席で待っていた俺たち四人だっ
たが、その時後ろから誰かに肩を叩かれた。振り返ると、それは薫だった。
「おめーら、こんな所にいたんだな」
「よう薫、おまえもコンテスト見に来たのか?」
「まあな。何つってもあーんなおねーさんやこーんな女の子の悩殺水着姿が大量に見れる
んだ、見逃す手はねーぜ」
「それって女の子の言うセリフじゃないですよ…。それにどちらかと言えば、薫様は出る
方に回るべきじゃ…」
「出ねーよオレは。…と言いつつ、危うく無理矢理出場させられるとこだったんだがな。
あいつら、オレの名前で勝手に申し込みしようとしやがって…」
「あいつらって…“マッドシャーク”か?」
「ああ。ま、罰として何発か蹴り入れてやったけどな。…ん?」
 ここで薫は、あることに気がついたようだ。
「喜久がいねーじゃねーか。まさか…」
「そのまさかだよ薫。喜久、このコンテストに出る」
「ほーお、そいつは見物だな。あいつならひょっとしたら優勝しちまうかも」
「でしょでしょ?俺もそう思ってるんですよ〜」
「ほう、気が合うじゃねえか仁」
「でも、これで喜久さんが優勝したら、さっきの克美さんに続いてわたしたちのグループ
で二人目になりますよね」
「さっきの?…そうか、大食い大会でちっちゃな女の子が優勝したって浜辺で噂になって
たが、克美のことだったのか」
「うん、そうだよ」
「はっ、そこまで底なしだったとはな。オレん家の米もなくなるはずだ」
「いくらなんでもそこまでは食べてないだろ克美さんも。それより、そろそろ始まるぞ」
 俺の言葉で、全員がステージに注目した。さっきの大食い大会の司会者が、このコンテ
ストの司会もやるようだ。マイクを通して開会を宣言する。
「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、『水着美女コンテスト』
を開会いたします!」
 その声に、客席からは大きな歓声が上がった。もちろん、俺の隣にいる仁も歓声をあげ
た。さらに言うと、薫まで同じように声を上げた。
「今回エントリーした水着美女は全部で18名です。それでは、出場者、入〜場〜!」
 その司会者の言葉の後、音楽と共に出場者が一人ずつステージに登場してきた。年齢の
幅はかなり広かったが、こんなコンテストに出てくるだけあって、美人、もしくはかわい
い女性ばかりだった。そんな“いい女”が登場するたびに、仁や薫、その他の男性客がう
るさく吠える。そして−。
「続きまして、エントリーナンバー15番、鬼賀喜久さん!」
 来た。ついに喜久の出番だ。ステージに出てきた彼女は、緊張した面持ちなどまるで見
せず、客席に向かって笑顔を振りまいている。それによく見るとあの歩き方は、いわゆる
モデル歩きと言われる物じゃないのか?いつの間にあんなテクニックをマスターしたんだ
ろう。別に、モデル志望とかじゃなかったはずだが…。
「せーの…喜久ーっ!」
 仁と薫が声をそろえて彼女に声援を送ったのを聞いて、俺は思わずビクッとなった。何
だこいつらのこの、息の合ったコンビネーションは。その後も数人の出場者がステージに
登場して、全員がそろった。幼なじみのひいき目かもしれないが、俺には18人の中で喜
久が一番輝いて見えた。その後、審査員の紹介があり、それが終わると一人ずつステージ
中央でのインタビューおよびアピールタイムになった。そして、いよいよ喜久の番だ。
「東京から来た、鬼賀喜久です。16歳、高校2年生です」
 この一言の自己紹介だけで、会場がどよめき出した。それほど喜久のレベルが高いとい
うことだろう。その後で司会者がいろいろと質問をしてきた。
「鬼賀さん、趣味は何ですか?」
「家がラーメン屋をやっているので、そのお手伝いをすることです。みなさん、東京の木
本市に来たら、“鬼賀屋”ってお店を探してみてくださいね」
 さらにその他にもいくつかの質問をされたが、喜久は落ち着いて堂々と答えていた。そ
の様子を見た俺はつぶやく。
「すげえなあ、喜久のヤツ。まるで答えを用意してあるみたいだ」
「用意してあるんだよ、実際」
 仁が言った。
「だいたい、こういうコンテストで聞かれることってのはパターン化されてるんだ。だか
ら俺と、これ聞かれたらこう答えるって事前に打ち合わせてたんだ」
「でも、いくら答えが用意してあっても、あんな風にはきはき答えるなんてわたしにはで
きません。やっぱり喜久さんみたいな人って、わたし、憧れます」
「ボクも。いくらボクでもあそこに出たらあんなに堂々としてられないよきっと」
「たいした役者だなあいつも。健吾もそう思うだろ?」
「まあな。どちらにしろ、これでかなりポイント稼いだな、喜久」
 俺たちがそんな話をしているうちに、喜久へのインタビューが終わった。次はアピール
タイムだが、なぜか仁が不適に笑っている。
「ふっふっふ、俺が伝授した必殺技で、一気に会場中を悩殺だぁ」
「必殺技?仁、おまえ喜久に何するように言ったんだ?」
「まあ見てろ。すげえから」
 それで俺たちはステージに注目したのだが、喜久は一度そこから退場してしまった。ど
うしたのかと思って見ていると、すぐさま戻ってきた。しかも手に何か持って。何か、た
たんだ衣類のようだ。そして再度ステージの中央に立つと、手に持ったそれを広げて客席
に見せた。
「あれ、オレのお袋のエプロンじゃねえか!」
 薫が言った。で、その後喜久が何をしたかと言うと…なんと、水着の上からそのエプロ
ンをつけたんだ。それは、何ともエロティックな姿だった。仁が手を叩きながら言う。
「わははははは、やっちったー!どーだ、まるで裸エプロンみたいだろう!」
「喜久に何やらせてんだおまえは…。つーか、喜久もやるなよあんなこと…」
「今日の喜久さんはノリノリだぜ!それに、これで観客は一気にヒートアップだあ!最高
にハイってヤツだぜ!」
 確かに仁の言う通り、客席はかなり盛り上がった。ちなみに喜久は水着エプロンをした
だけでなく、その姿でステージ上を練り歩き、回転までして全ての面を観客に見せるとい
うアピールまでした。その上、ウインクや投げキッスまで…。そして、まさかあそこまで
やるとはと俺が心の中で思っているうちに、アピールタイムは終了した。
 18人中15番目の喜久の後、残り三人のインタビューなどが終わった。後は審査結果
を待つだけだ。そしていよいよ審査結果が出た。司会者がマイクを握って話す。
「お待たせいたしました、結果発表です!まずは第三位から!」
 鳴り響くドラムロール。そこで司会者の口から出た名前は、喜久ではなかった。
「ふーう、喜久、三位じゃなかったか…」
「当たり前だ健吾。俺の喜久さんが三位程度で終わるか」
「オレも同感だ。それに、あれだけ盛り上がったんだ、それより下ってこともねえだろ」
「それじゃあ、優勝か準優勝…ということですよね?」
「あー、どっちだろう。健吾くんはどっちだと思う?」
「すぐわかりますってば。もちろん俺も、優勝してもらいたいですけど」
 俺たちがそんな話をしているうちに、三位入賞者へのインタビューは終わっていた。次
は準優勝者の発表だ。
「続きまして、準優勝者の発表です。準優勝者は…」
 またも鳴り響くドラムロール。そして司会者が名前を言った。
「エントリーナンバー15番、鬼賀喜久さん!」
「うわあ、準優勝だったあ!」
 仁が叫んだ。そしてこいつは頭を抱えながら言う。
「敗因は何だ?アピールタイムでイロモノに走ったからか!?」
「審査員に見る目がなかった、ってことにしておけ。少なくとも俺たち五人は彼女が一番
だと思ってるんだし、他にそう思った人が多かったから、準優勝になったんだ」
「そう思うぜオレも。それより、準優勝のインタビューだ。しっかり聞いとこうぜ」
 薫が言ったので、俺たちは再びステージ上に注目した。
「鬼賀さん、準優勝おめでとうございます。今のお気持ちは?」
「もちろん嬉しいですけど、優勝できなかったのはちょっと悔しいです。でもそれは、わ
たしの魅力が足りなかったということなので、次の機会があったら、もっと女を磨いて再
挑戦します」
 それが彼女の本心なのか、それとも場を盛り上げるために言ったことなのかはわからな
かったが、この発言に会場から拍手が沸き起こった。もちろん、俺たちも拍手をした。そ
の後、優勝者の発表と表彰式が行われ、イベントが終わると喜久が俺たちの所に戻ってき
た。それで、俺が最初に彼女に言った。
「喜久、お疲れ様。準優勝おめでとう…でいいのかな?」
「ありがとう健くん。優勝はできなかったけど、準優勝でも賞金五万円もらえたわ」
「いやー、本当に惜しかったぜ喜久さん。本当にあとちょっとだったみたいだし」
「仁くんも応援ありがとう。この準優勝の半分は、あなたのおかげかもしれないわね。
それに、他のみんなもありがとう」
 喜久が、克美さんたちにも礼を言った。そして続けて言う。
「さ、そろそろ宿に戻って、帰る準備しましょう。今日中に木本市に帰らなきゃならない
んだから」
 そう言って喜久が歩き出す。俺たちも、彼女について宿に向かった。その途中で、克美
さんが俺に言ってきた。
「ねえねえ健吾くん、喜久さん、すごい素敵だったよね」
「ええ、そうですね」
「もしかして、ボクよりいいなって、思ったりなんかした?」
「い、いや、それは…確かに喜久はいい女ですけど、克美さんだって、喜久とはまた違っ
た意味ですごく素敵な女の子ですし…」
「それ聞いて安心した。ボクよりも喜久さんのこと好きになったらダメだからね!」
 そう言いつつ克美さんは笑っていた。冗談混じりで言った言葉なんだろう。それを見た
俺は、これまで以上に克美さんを好きになろうと、心に思ったのだった。

 本当にいろいろなことがあったこの旅行も、もうすぐ終わりを告げる。おじさん夫婦に
心からの礼を言って、俺たちは宿を後にした。薫が駅まで送っていってくれることになっ
たが、その前に昨夜の克美さんとの約束通り、かき氷屋に行くことを忘れない俺たちだっ
た。賞金を稼いだ克美さんや喜久がお金を払おうかと言ってきたが、どんな状況でも女の
子におごってもらうなんて自分の美学に反すると仁が言い、俺もそれに同意したので、今
回も俺と仁が他の四人の分を出した。
 その後、かき氷を食べ終えた俺たちは歩き、駅についた。駅の売店でお土産を買ってい
ると電車の時間が近づいてきたので、ホームに出た。間もなく来る電車に乗れば、とうと
うこの街ともお別れになる。
「薫、今回はいろいろとありがとな。おかげで楽しかったよ」
 駅のホームで電車を待っている俺は、彼女に礼を言った。
「こっちこそ楽しかったぜ。本当のことを言っちまえば、おめーより喜久と再会できたの
が嬉しかったけどな。あんな所とかこんな所とか、いろいろ触らせてもらったし」
「言うほど触ってないでしょ!だけど、薫くんのおかげで楽しかったのは事実だわ。どう
もありがとう」
「わたしもです。ありがとうございました、薫さん」
「ボクもありがとう。お魚おいしかったよ」
 女の子たちがそんな風に礼を言う中、仁だけはちょっと違ったことを言った。
「薫様、もしまた会うようなことがあれば、次は勝ちます」
「ほーう、おもしれえこと言うじゃねえか。いいだろう、受けて立つぜ」
 二人がいったい何の話をしているのかわからない克美さんたちは不思議そうな顔をして
いたが、事情を知っている俺は、仁じゃ薫に勝てねーよと心の中で思った。そして−。
「おっ、電車が来たな。じゃあな薫、またいつか会おうぜ」
「俺たちのこと、忘れないでくださいね」
「おめーみてーなキャラクター、忘れたくても忘れられねーよ。…元気でな」
 それが最後の挨拶になるかと思われたが、さらに薫はこんなことを言ってきた。
「あっ、喜久、ちょっと待て」
「なあに?」
 呼び止められて電車に乗るのを待った喜久に、薫が歩み寄る。そして薫は喜久の顔に、
自分の顔を近づけていったんだ!このままだと、二人の唇が触れ合ってしまう。そうなる
までに、もう3秒もかからないだろう。俺のいる場所からじゃ遠くて、止めたくても止め
られない。しかし、これを止めようとする人間はもう一人いた。もちろん仁だ。その数秒
の間に、喜久と薫の間に自分の手を差し込んだ。そしてそのブロックのおかげで、二人が
キスをすることは防がれた。
「ふう、間一髪、だったな…」
 そんな安堵の言葉を言う仁とは逆に、薫は怒り出した。
「てめー仁、よくもオレと喜久のキスを邪魔しやがったな!てめえはオレを怒らせた!腕
の一本もへし折ってやらなきゃ気がすまねえ!五体満足で東京に帰れると思うなよ!!」
「やばい!喜久、仁、早く電車に乗れ!」
「う、うん!」
「それじゃあさよなら、薫様!」
 二人が電車に乗ったその時、ドアが閉まった。そして動き出す。窓の外を見ると、薫が
怒りの形相で俺たち…と言うより仁に向かって中指を立てていた。だが、少しするとその
顔も笑顔になり、見えなくなるまで俺たちに大きく手を振ってくれる薫の姿があった。
「はあ、最後の最後までドタバタしたなあ…」
 俺たちの住む東京に向かって走る電車の中で、俺はつぶやいた。そしてふと見ると、仁
がさっき喜久と薫の間に差し入れた自分の手をじっと見ていることに気がついた。
「おい仁、何見てんだ?」
「いや、こっちだと喜久さんと、こっちだと薫様と間接キスだなあって思って…」
「そーゆーのはやめなさい!」
 喜久が、その言葉と共に仁にチョップを叩き込んだ。
(ドズッ!)
「ぐはあっ!痛ぁーーい!」
 仁が声を上げた。まともに側頭部に入ったようだ。いやー、相変わらず見事なチョップ
だ。それにしても、今朝俺を問い詰めた時と言い、薫の凶暴さが伝染したように思えるの
は気のせいだろうか。
「あの、センパイ。克美さん、眠ってしまったようです」
「えっ?」
 見ると、香菜ちゃんの言う通り克美さんは目をつぶっていた。やっぱり、よっぽど疲れ
たんだろう。そして楽しい夢でも見ているのか、その寝顔は笑い顔になっていた。
「ま、乗り換えが近くなったら俺が起こすから、このままでいいよな」
「そうですね」
 俺と香菜ちゃんがそんなことを言っている間も、仁と喜久は話をしていた。
「薫様の魔の手から君の唇を守ったのは俺だよ?もうちょっと手加減してくれても…」
「まあ、確かに今のはちょっと強く叩き過ぎたわね。ごめんなさい。でも、元はと言えば
叩かれるようなことするあなたがいけないのよ?」
「うーっ…」
「もう、そんな顔しないで。わかったわ、まだ夏休みは半分あるし、その間にデートして
あげるから、ね?」
「本当に!?それじゃあ、プール行こうプール!コンテストで準優勝した、君のスーパー
ボディがまた見たーい!」
「はいはい。その代わり、休み中にはいつもよりもお店に来てよね?」
「おーう、もちろん!で、お店で水着エプロンは…」
「絶対にしません!」
 そんな会話を聞いて、俺は笑った。そう、夏休みはまだ半分が過ぎたところ。俺たちの
夏はまだ終わらない−。

<第四章了 第五章に続く>
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