K’sストーリー第六章 健吾と古の都(1)
 9月半ばのとある日曜日、俺、東健吾は、とある女の子と話をしていた。
「それじゃ、健くんたちの学校の修学旅行も9月の最終週なの?」
「そう。その週の月曜から6日間ね。喜久の学校も同じ週とは、すごい偶然だね」
 俺とこの喜久は通っている高校が違うので、いつもならこの娘と話をするのは彼女の家
であるラーメンの“鬼賀屋”なのだが、今日はそこでない場所で話している。
「二人とも話してる途中にごめん。もうクッキーが焼ける時間だから、話ストップ」
 そう言って俺たちの間に割って入ってきたのは、俺の恋人である克美さん。今日彼女た
ちが何をしているかと言うと、料理上手な克美さんの指導の元、お菓子作りをしているん
だ。場所は克美さんの家。そして、それをやっているのはこの二人だけではない。
「もうすぐわたしの作ったクッキーが焼き上がるんですね。克美さんは、よく東センパイ
に作ってあげてるんですか?」
 俺の部活の後輩の香菜ちゃんがそう聞いた。克美さんや喜久とも仲のいい彼女も含めた
三人でのお菓子作り。で、克美さんが香菜ちゃんの質問に答える。
「んー、お菓子はたまにかな。ご飯は毎日作ってあげてるけど」
「それは、一緒の家に住んでいるわけですし…。それにしても、わたしのクッキーがどん
なできあがりになるのか、すごい不安です…」
「大丈夫だって香菜ちゃん。ボクが見た感じ、結構手際よくできてたし。それに、もし万
が一ちょっと変な味になっちゃったとしても、この二人が責任持って食べてくれるから」
 そう言って克美さんは、俺と、俺の隣にいるもう一人の男を見た。そいつが言う。
「はいはいはーい、俺、間仁が、ちゃんと食べまーす!うーん、女の子の手作りクッキー
の味見ができるなんて、俺って幸せ者だなあ!」
「まったく、調子がいい男だ。だいたい、なんでおまえがこの場にいるんだよ?克美さん
の話だと、今日は女の子だけのお菓子作り教室ってことだったはずだぜ?」
「だって、喜久さんをデートに誘おうと思って電話したらここにいるって言うんだもん、
来ない手はないよ。みんなには許可もらったし。だいたい、それ言うならおまえだってい
るじゃんかよ」
「俺は最初は、この家の自分の部屋にいるつもりだったよ。でも、おまえが来るって言う
から俺も近くにいることにした。おまえみたいな男が女の子だけの中に飛び込んだら、彼
女たちにどんな危険が降りかかるか…」
「おいおい、俺のどこが危険なんだよ?俺は、どんな女の子にだって紳士的に接するナイ
スガイだぜ?」
「自分で自分のことをナイスガイって言う時点で、すでに信用ならないよな…」
「なんだとーっ!」
 俺たち二人がそんなことを言い合っていると、オーブンレンジの『チーン』という音が
した。克美さんたちが作ったクッキーが焼き上がったんだ。彼女がオーブンを開けると、
香ばしい匂いが漂ってきた。喜久と香菜ちゃんも、側に駆け寄る。
「よーし、できたできたー!うん、ボクのも、二人のも、ちゃんと焼けてるっぽいよ」
「本当ですか?やったわね香菜ちゃん、ちゃんとできたみたいよ」
「そうですね。でも、やっぱり食べてみないと本当に上手にできたのか…」
「じゃあ、みんなで味見しよう。これがボクので、これが香菜ちゃんの。そんでもってこ
れが喜久さんの…。はい、それじゃみんなで一斉に…パクッ」
 そう言って女の子たちがクッキーを食べるのを、言い争いをやめた俺と仁はじっと見て
いた。そして、その後最初に声を上げたのは喜久だった。
「うわあ、しっかりできてる!克美さんのはもちろん、わたしのや香菜ちゃんのも…」
「そうですね。自分のがちゃんと焼き上がって、わたし、すごく嬉しいです。もちろん、
克美さんが焼いたのに比べたら劣りますけど…」
「そんなことないって。二人のだって、すごくおいしいよ」
 そんな克美さんたちを見ていた俺たちだったが、仁が軽くにやついていることに俺は気
づいた。それで、こいつに聞いてみる。
「おい仁、おまえ、なんでそんな顔をしている?」
「ああやってはしゃぐ女の子たちってかわいいなって、そう思ったら自然と顔がほころん
でさ。俺にはあの三人が、お花畑の妖精に見えるね」
「なんつー表現だそれは。それより、俺も早くあのクッキーが食いたい。あんないい匂い
を嗅がされて、腹が減った」
「…おまえ、ロマンのロの字もねーな…」
 仁にあきれられた俺だったが、ともかくその後、きれいにお皿に盛り付けられた三人の
クッキーと克美さんの入れてくれた紅茶で、俺たち五人はティータイムとしゃれ込んだ。
「うわー、どれもこれもすごいうまいや。克美さんのがうまいのはわかってたけど、喜久
や香菜ちゃんのも負けず劣らずおいしいよ」
「あ、ありがとうございます東センパイ」
「ほめてもらえたのは嬉しいんだけどね、健くん、もうちょっと落ち着いて食べてよ。あ
なたのその食べ方、『むさぼり食う』って表現がぴったり当てはまるわよ」
「そうだぞ健吾。男子たる者、常に落ち着き払ってだなあ…」
「だって、三者三様のそれぞれ違ったおいしさのクッキーがこんなにあるんだぜ、がっつ
きたくもなるよ」
「確かにボクたち三人でたくさん作ったけど…健吾くん、子供みたい」
 見た目中学生の克美さんにそんなことを言われてしまった俺は、一瞬だけ手を止めた。
が、次の瞬間また俺はクッキーに手を伸ばしていた。こんなうまいお菓子が食べられるん
なら、それくらい言われても何ともない。そんな中、喜久がこんなことを言ってきた。
「ところで健くん、さっきの話の続きなるんだけど」
「何?さっきのって、どの話?」
 そう言いながらも、俺の手は止まらない。
「修学旅行の話。わたしたちは北海道に行くんだけど、健くんたちはどこに行くの?」
「俺たちは、広島行って、京都行って、奈良に行く」
「それじゃあ、去年のボクたちと同じコースなんだね」
 克美さんが話に割り込んできた。そう、この人は俺たちの学校の一つ先輩なんだ。
「そうなんですか。やっぱ定番コースなんだなあ。でも京都や奈良なんて中学校の修学旅
行でも行ったっつーの。俺も喜久の学校みたいに、北海道とか行きてーよ。仁もそう思う
だろう?」
「確かにそう思うけど、決まっちまったもんはしょーがねーだろ。それより喜久さん、俺
に北海道土産買ってきてよ」
「お土産ねえ…北海道だし、シャケくわえた木彫りの熊でいい?」
「いや、よくないだろ」
 喜久の言葉に、俺は思わずツッコミを入れた。
「やーねー、冗談に決まってるでしょ。それで、みんな、何かリクエストとかある?」
「ボク、何か食べる物がいいな。確か、白い何とかってお菓子があったよね?」
 やっぱり克美さんは食べ物をお願いしたか…。
「わかりました、それ買ってきます。他のみんなは?」
「わたしは逆に、なくならない物を買ってきていただけたら…極端な話、さっき言われた
木彫りの熊でも…」
 本当にそれでいいのか香菜ちゃん。俺は心の中でつぶやいた。
「俺は、喜久さんが買ってきてくれる物だったら何でもいいよ。愛情を持って選んでくれ
た物だったら、どんな物でも…」
 そんなことを言ってると、本当に熊になるぞ。またも俺は、心の中でつぶやいた。そし
て、仁の言葉を聞いた喜久はこんなことを言った。
「わかったわ、何でもいいってことなら、向こうに行って決めることにするわ。健くんも
それでいい?」
「ああ、いいよ」
「それじゃ、そういうことで了解したわ。で、健くんと仁くん、わたしがお土産買ってく
るってことは…」
「わかってるって喜久。俺も買ってくるから。当然、克美さんや香菜ちゃんにもね」
「もちろん俺だって。特に喜久さんへのは、愛をたっぷり込めて選ぶからさ」
「そう。それじゃ、期待しないで待ってるわ」
「期待してよ頼むから…」
 このやり取りに、俺はくすりと笑った。そして、さらに仁はこんなことを言った。
「それにしても、丸々一週間喜久さんと会えないなんて寂しいよなあ…。ねえ喜久さん、
メールしていい?」
「いいけど、一日一回ね」
「えっ、いいの?やった!で、メールしたら返信くれる?」
「はいはいわかったわ、ちゃんと返すから」
「よーしやったー!ありがとう喜久さん。嬉しいよ俺」
 こんなことぐらいでそんなに喜ぶなよと俺は思ったが、そんな俺に、今度は克美さんが
話しかけてきた。
「ねーねー健吾くぅん。ボクも健吾くんに会えないとすっごい寂しいなあ。だから、ボク
に毎日メールちょうだい?」
「えっ?あっ、わかりました。毎晩、その日の出来事とか書いて送りますから」
「わーい、わーい。嬉しいなあ」
 克美さんもさっきの仁と同じように喜んでいる。うーん、やっぱり恋人同士だし、そう
いった心遣いも必要なんだなあ…って、俺と克美さんは紛れもなくそうだけど、仁と喜久
はそうじゃなかったんだな。で、俺は克美さんに聞いてみた。
「克美さんは、去年の旅行中に毎日誰かと連絡取ってたりしてたんですか?例えば、今出
かけてるお父さんの片瀬先生とか」
「んー…そういえばそういうことはしてなかったなあ。お父さんに会えなくても、それほ
ど寂しくなかったし」
「そ、そうですか…」
 父一人に娘一人なのに、片瀬先生って結構かわいそうかもしれないと俺は思った。そし
て、その次の克美さんの言葉で、さらに先生がかわいそうになった。
「あっ、人じゃないんだけどね、旅行中は家事ができなくて、少しストレス溜まっちゃっ
たな。ご飯作りたい、お掃除したい、お洗濯したいって…」
 先生、家事よりも下なんだ…。あの人、意外と父親としての威厳はないのかもしれない
と思った。と同時に、その先生よりも克美さんの中でのランクが上であるということを嬉
しく思いつつ、俺はまだ残っていたクッキーを食べた。
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