K’sストーリー第六章 健吾と古の都(2)
 そして、あっと言う間に修学旅行の日はやってきた。今日はその一日目、東京を出発し
て新幹線で広島に向かっている最中だ。
「おい仁、おまえ、昨日喜久にぶっ叩かれた所は大丈夫なのか?」
 俺は、新幹線の隣の席に座っている仁にそう聞いてみた。
「ん?ああ、平気だぜ。もうこぶもなくなったし。でもまさか『グー』で叩かれるとは思
わなかったよ。あれぐらいのことしただけなのに」
「あれぐらいっておまえ、恋人でもない男にいきなり抱きしめられたんだ、いつもより強
烈にぶっ叩きたくもなるぜ」
「だって今日から一週間会えないんだもん、彼女のぬくもりを忘れたくないし、喜久さん
にも俺のこと忘れてほしくなかったんだよ。だから、ああした」
「喜久の方は、おまえのこと忘れたがってるような気もするけどな」
「そんなわけねーよ。彼女は俺のこと、かなり気にしてるんだから」
「うーん、そうかなあ…」
「そうだって絶対。ところで、おまえと克美さんは、何かやったのか?」
「えっ、俺たち?いや、特に…あっ、一応、お守り持たされたな」
「それだけ?」
「それだけ」
「つまーんねーのー!」
 その仁の声は本当につまらなさそうだったので、俺はこの男にこう言った。
「あのな仁、俺と克美さんは、おまえを楽しませるために恋人同士やってるわけじゃない
んだからな」
「わかってるよそんなことは。それにしても、広島って遠いなあ。まだつかないのか?」
「仁くーん、こっち来て一緒にトランプやらない?」
 車両の奥の方から、クラスの女子のそんな声が聞こえた。その声に仁が張り切る。
「おっ、女の子からのご指名だ。こいつは行かないと」
「だから待てっつーの。前々から何度も言ってるけど、喜久が本命とか言いつつ他の女の
子の所にほいほい行くなっつーの」
「俺も前々から言ってるけど、喜久さんと彼女たちは全くの別格なんだ。遊ぶぐらいいい
だろ。てなわけで俺は行くけど、おまえも来るか?」
「パス。いくらここにいないからって、そんなことしたら克美さんに悪いから。それに、
朝早く東京を出発したおかげで、眠いしな」
「あっそ。じゃあ、俺だけ行くわ。おまえは広島つくまで眠ってろ」
 というわけで仁は行っちまいやがった。残った俺はつぶやく。
「まったく、自分勝手なヤツだ。それにしても、本当眠いぜ。目的地近くになったら車内
アナウンスとかあるだろうし、寝ちまおうっと」
 そうして俺は、目をつぶって居眠りに入ったのだった。
 俺が寝ている間にも新幹線は走り続け、ようやく広島についた。広島では、戦禍によっ
て一瞬にして廃墟になってしまった建造物を見たり、その建物の周辺にある公園で争いの
ない社会を祈ったりした。クラス単位での礼拝が終わると、俺の隣にいた仁が不意にこん
なことを言った。
「…平和っていいよな。俺たちは、戦争のない時代に生まれたことを感謝し、この平和を
守っていかなきゃならないんだよな…」
「お、おい、仁、どうした?新幹線の中で、何か変な物でも食べたか?」
「何だよそりゃ。俺がそんなこと言ったら悪いってのか?」
「悪くはないけど、おまえの口からそんな言葉が飛び出すなんて思いもしなかったから…
ちょっとは、そんなことも考えるんだなおまえも。どういう風の吹き回しなんだ?」
「別に。ただ、平和だからこそいろんな女の子と遊べるんだなあって考えて、その幸せを
噛み締めてただけさ」
「…感心して損したよ。結局、女の子に帰結するんだなおまえの思考は」
 俺は、あきれてそんな風に言った。
 その後も、そんなこんなで広島市内の観光をし、夕方に今夜宿泊する旅館についた。食
事と風呂の後は消灯まで自由時間なのだが、俺は宿のロビー近くにあるお土産コーナーに
いた。すると、そこに仁がやってきた。
「健吾、こんな所にいたのか。何やってんだ?」
「ここですることって言ったら、お土産選びしかないだろ」
「そりゃそうだけど、まだ一日目だぜ?お土産なんてのは、もっと後で買えば…」
「だって、明日の朝には広島を経つんだろ?克美さんに頼まれてるんだもん。広島名物、
もみじまんじゅうを三箱ほど…」
「やっぱり食べ物かあの人は…。でも、今そんなに買ったって、帰るまでに悪くなっちゃ
うんじゃないのか?」
「その点は抜かりない。買ったらすぐ、宅配便で東京に送る」
「ご苦労なこって。ま、好きにしな。さーって、喜久さんにメールしたら、女の子の部屋
にでも遊びに行ってみるかな」
「また女の子かよ。俺たちの部屋で、男友達と友情を深めるとか考えないのか?」
「男同士より、女の子と話してた方が楽しいもーん。おまえも来る?」
「行かねーよ。部屋帰って、おとなしくしてる。それはそうとおまえ、部屋ごとの点呼の
時間までには帰ってこいよな」
「わーかってるって。もっとも、点呼が終わったらまた出るかもしれないけどね。とにか
く、んじゃなー」
 こうして仁は去っていった。俺は、あの男がこの旅行で何人の女の子を毒牙にかけるの
か心配しつつ、克美さんへのお土産を買い、その場で宅配便に出した。それが終わってす
ぐさま克美さんにメールをした後、部屋に戻った俺はそこに残っていた同部屋の男子と適
当に時間を過ごした。この旅館では、一つのクラスにつき男女ともに二部屋ずつ割り当て
られたのだが、その別の部屋から俺たちの方へ遊びに来る連中がいたり、反対にこっちか
ら向こうに行ったり、あるいは仁みたいに女の子の部屋に行ったりしているヤツもいた。
そんな連中も点呼の時間が近づくにつれ自分の部屋へ戻っていく、もしくは戻ってくる。
そして一番の問題である仁も、時間ギリギリで戻ってきて、とりあえずこの部屋は全員そ
ろった。その後先生がやってきて欠員がいないことを確認したのだが、その先生がいなく
なると、仁は再び部屋を出ていってしまった。結局、消灯時間になっても仁は戻ってこな
かったので、とりあえず俺たちは部屋の明かりを消した。その暗い中でもしばらくは起き
ていた俺たちだったが、それでも仁は帰ってこない。そしてそのうち、一人、また一人と
眠ってしまった。俺は結構最後の方まで起きていたが、その俺が眠りについた時にも、ま
だ仁は戻ってきていなかった。
 翌朝目を覚ますと、俺が寝た時には空だった隣の布団に誰かが眠っていた。仁だった。
後で話を聞くと、この部屋の全員が眠った後に戻ってきたらしい。さすがにこいつと言え
ど、修学旅行で一晩を女の子の部屋で過ごすという荒技はできなかったようで、ある意味
安心した俺だった。

 修学旅行二日目は、朝一番で広島から京都へ移動して、その京都での団体行動。いろい
ろなお寺を見学してはみたものの、「ああ、中学の旅行で来たなここ」とか、「そういえ
ばこんな建物が歴史の教科書に載ってたなあ」とかしか思えなかった。一応、罰当たりに
はならないように形だけは拝んでみたが、どうやら俺には、『わびさび』とかいう崇高な
物を理解できる精神はないらしい。それにしても、そんな俺とは逆に、仁が神社や仏閣を
見て何やら感動していたのは意外だった。どうせまた女の子絡みで何か裏があるんだろう
とその時は思っていたが、後で聞くと、そのスケールの大きさに素直に感動していただけ
らしい。本当に意外だったが、この男でも感動できるのに俺はそうでもなかったことが、
ちょっとだけショックだった。
 さて、そんな京都市内での団体行動は終わり、旅館にやってきた。三泊するこの旅館で
は、各クラスの男子は大部屋にぶち込まれ、約15人の男どもが一つの部屋に寝ることに
なる(なお、女子部屋は広島と同じく一クラス二部屋)。前の日と同じように夕食を食べ
た後にクラスごとに風呂に入るのだが、俺たちのクラスの男子が入浴を終えて自分たちの
部屋に戻ると、クラスメイトの一人が言ってきた。
「おいみんな、ここの女風呂、外から覗けるぞ!さっきいいポイント見つけたんだ。見た
いヤツはついてこい!」
 こう言われて、何人かの男が部屋から出ていったのだが、意外にも仁は残っていた。
「仁、行かないのか?おまえのことだから真っ先に行くと思ってた…って言うか、おまえ
こそが覗きポイントを見つけると思ってたんだけどな」
「…おまえ、俺を何だと思ってるんだ?」
「女好き」
 俺は一言で答えた。
「言い切りやがったなこの野郎…。そりゃ当然、女の子は大好きだよ。でもだからと言っ
て女風呂を覗くなんて下劣なまねはしねーよ」
「けどおまえ、夏休み中に行った旅行で温泉に入ってた喜久たちの話聞いてたよな?よく
聞こえるように、仕切り板の側で耳そばだてて…」
「ああ、そんなのもあったな。俺的には、耳で聞くのはOK、覗き見するのはNGだ。あ
れだって、言ってみれば『聞こえてきた』みたいなもんだし。それに、覗き見がばれたら
女の子に嫌われる。だいたい、俺はそんながっついたことする必要がないんだよ。女の子
に不自由してないからな」
「それはそれでどうなんだか…。まあ、それはともかく退屈だし、残った連中でゲームで
もするか?」
「そうだな。どうせ今の時間じゃ女の子の部屋も空だろうし。おいみんな、遊ぶぞー」
 こうして俺や仁は女風呂を覗きに行かなかったみんなとトランプや何かで遊んでいたの
だが、突如として数人分の足音がこの部屋に近づいてきた。そして、部屋のドアが開いて
覗きに行っていたヤツらがなだれ込むように入ってきた。
「おわぁ、どうしたおまえら!?」
「あ、危うく女の子に見つかりそうになった…はあ、はあ…。他のクラスの男どもも来て
て、ちょっと口論になって…」
「バカかおまえら。で、顔は見られてないだろうな?」
 仁が聞いた。
「多分、大丈夫だろうと思うけど…」
「そうか。でも、そうなると女の子が先生に報告してるだろうから、きっと先生たちが巡
回に来るぞ」
「やばいなそれ…。悪い仁、俺たち、ずっとこの部屋にいたってことにしてくれ。先生が
来たら、そう言ってくれ」
「わかったよ。みんなも、そういう風に口裏合わせてくれよな」
 その仁の呼びかけに、残っていた連中はうなずいた。そして数分後、仁が言った通り先
生が見回りにやって来たのだが、打ち合わせ通り嘘の報告をし、先生はそれを信じて行っ
てくれた。これで一段落ということで、覗きに行った一人が安堵しながら言う。
「はあ、助かった…。サンキュー、仁」
「ま、いいってことよ。それより、女風呂は見えたのか?誰が、どんな風だった?」
「こらこら仁、女に不自由してないおまえはがっつかないんじゃなかったのか?」
 俺は言った。
「がっつく必要がなくても、がっつきたくなることだってあるんだよ。それに、俺は実行
犯じゃないし。で、どうだったんだ?かばったんだから教えろよ」
 この男、天下御免の卑怯者だ…。ともかくそんな風にして、修学旅行二日目の夜は過ぎ
ていった。なお、ある程度時間が経ったところで、また仁が女の子の部屋に出張に行った
ということも付け加えておく。

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