K’sストーリー第六章 健吾と古の都(3)
 修学旅行三日目。今日は京都市内で自由行動ができる日だ。朝食が終わった後、一度部
屋に戻って出かける準備をしていた。準備ができたので部屋を出ようとすると、仁のヤツ
が話しかけてきた。
「おい健吾、おまえ今日はどうするんだ?」
「この部屋のみんなと一緒にブラブラするつもりだけど…清水寺にも行くって言うし」
「清水寺?おまえ、そこに行きたいのか?」
「正確に言うと、その近くにある生八ツ橋の老舗に用があるんだけどな。克美さんに頼ま
れてるから、買って、また宅配で送る」
「また食べ物かよあの人…。広島のもみじまんじゅう、京都の生八ツ橋と来れば…奈良で
は鹿せんべいか?」
「それは人間の食べる物じゃねーだろ!…買ってったら食いそうだけど。奈良では、奈良
漬け買ってきてって言われたよ。で、そんなこと聞くために話しかけたんか?」
「ああ、そうそう。本来の目的忘れるところだった。実は俺はな、この部屋の連中と一緒
には行かないんだよ。クラスの女の子たちと出かけることになっててさ」
「いつの間にそんな話に…。…ん?『たち』?」
「そう、全部で五人、俺入れて六人。そんなにいると、さすがの俺もきついからさ、一緒
に来てもらえねーか、健吾?」
「な、なんで俺がっ!」
 俺は、思わず大きな声を出した。部屋の中にいたクラスメイトがそれに気がついて言っ
てくる。
「健吾、どうした、大きな声出して?」
「あのさ、こいつ、おまえらと一緒に出かける予定だったんだよな?悪いけど、それキャ
ンセル。俺と一緒に行くことになったから」
「だから、勝手に決めんなっての!」
 仁の勝手な言葉に、俺はまたも大声を出す。するとこの男、こんなことを言い返してき
た。
「頼むよ健吾。実を言うとさ、おまえも連れてくるって条件で、女の子たちは俺と一緒に
出かけるのをOKしてくれたんだ。だからさ…」
「だから俺に断りもなくそんなことするなっての。だいたい、なんで俺なんか…」
「カッコいいからだろ。ま、俺には劣るけどな」
「本当かよ。で、それはそれとしてだ。先にこいつらと行く約束しちまったんだ、今さら
それを取り消すなんて…」
 俺はそう言ったのだがここで意外な答えが返ってきた。
「俺たちは別に構わねーぞ。おまえらは親友だし、健吾だって、その親友の顔に泥を塗り
たくはないだろ?」
「別にそんなこと思ってねーよ。むしろ、泥沼の中に突き落としてやりたい気分だ」
「またまたあ。じゃあ、連れてっていいんだな?つーわけで、行くぞ健吾」
「だからちょっと待てー!俺の意見は無視かーっ!」
 その叫びも空しく、俺は仁に連行されてしまった。仕方がない、こうなったらあきらめ
て、今日はこいつ…正確にはこいつらと行動しよう。で、旅館のロビーに行くと、同じク
ラスの女子たちが待っていた。五人グループになっていた彼女たちを見つけた仁が言う。
「やっほー、お待たせ!間仁、ただいま参上!」
「仁くん、おっそーい!」
「お、おはよう、みんな」
「あっ、本当に東くんも来てくれたんだあ!」
「まあ、ね。半ば強引に、仁に連れてこられたんだけど。ねえ、本当に俺なんかが一緒で
いいの?」
「もちろんよ。ねえみんな?」
 その娘が言うと、他の四人の女の子もうなずいた。それを確認した仁が、みんなに呼び
かける。
「よーし、それじゃみんな出かけようか。あっ、先着二名に、俺と腕を組める権利、無料
で進呈!」
 そう言って仁が腕を広げる。すると−。
「それじゃわたし、こっちの腕取ーった!」
「じゃああたしはこーっち!」
 というわけで、そうそうに仁の両腕はふさがった。それを見て俺は言う。
「うーん、本人からは聞いてたけど、本当にもてるんだな仁って…」
「そうね、結構ね。それより東くん、あなたは仁くんみたいに両腕解放しないの?」
「えっ?ああ、残念だけど俺は…」
「えーっ、つまんなーい。それじゃいいわ、解放しなくても勝手にひっついちゃうから」
「あっ、ずるーい!それじゃあわたしも!えいっ!」
 なんと、俺の腕にも片方に一人ずつ、両方で二人の女の子がくっついた。
「うわっ、ちょ、ちょっと、離れてよ二人とも!」
「いいじゃない、どうせ空いてるんだし。ねー?」
「そうよ、ねー?」
「やめなさいよ二人とも、東くん嫌がってるでしょう?」
 そう言ってくれたのは、俺にも仁にもひっついていない女の子。えーっと、この娘の名
前は…そうだ、近藤さんだ。
「もう、わかったわよ。学級委員長の小夢に言われたら従うしかないわよねー」
 そう言って、俺の右腕に抱き付いていた女の子が離れた。そうだった、近藤さんって俺
たちのクラスの学級委員長だったんだっけ。結構お堅いイメージのある娘だけど、この集
団にいるってことはそれほどでもないのかな?ところで、近藤さんに言われて、俺の左腕
にくっついていたもう一人は−。
「わかったわかった、あたしも離れますよー。でも小夢、空いた東くんの腕にあんたが…
ってのはなしよ?」
「しません。だいたいにして、こんな人が大勢いる場所で男女が腕を組むなどという行為
自体が…」
 近藤さん、なんだか説教モードに入ってしまったようだ。うーん、やっぱり堅い娘なの
かなあ…。そんな彼女に仁が言う。
「まーまー小夢ちゃん、せっかくの修学旅行、それも自由行動の日なんだ、そんな堅いこ
と言わないで、楽しもうよ、ね?」
「…ごめんなさい間くん、性分なの。確かに間くんの言う通り、度が過ぎなければ、ある
程度は開放的になってもいいかもしれないわね」
「だろだろ?じゃあ話もまとまったことだし、行こうか。あっ、健吾に拒絶されたそっち
の二人、時間でこっちの二人と交換して、俺の腕貸すよ?」
 また仁が何か女の子たちに優しい言葉をかけているが、ともかくそんな風にして俺たち
は旅館を後にし、京都市内に出た。どこに行くかは女の子たちで決めてあるらしい。それ
でまずは旅館から歩きで行ける場所にあるお寺に行くというので、みんなで歩いた。仁と
四人の女の子が先に行き、俺と近藤さんが後からついて行くという形になっている。前の
四人は、誰が仁と腕を組むかでもめているようにも見えたが、そんな彼女たちはひとまず
置いといて、俺は近藤さんに話しかけた。
「えーっと…近藤さん、さっきはどうもありがとう」
「お礼なんていいわよ。東くんが困ってるように見えたから、助け船出しただけ。それよ
り、嫌だったら嫌ってはっきり言わなくちゃダメよ」
「いや、俺的にはちゃんと言ったつもりだったんだけど…。それより、こう言っちゃ何だ
けど、近藤さんがこのグループにいるってちょっと意外に思えるなあ」
「あら、それってどういう意味?」
「いや、このグループってさ、前にいる四人みたいに、男と遊ぶのとかが好きっぽい娘ば
かりじゃない?その中に、君みたいな、ぱっと見、恋愛に興味がなさそうな女の子がいる
のが…」
「…やっぱりわたし、恋愛に興味がなさそうに見える?」
 近藤さんの顔が、少し曇った。
「い、いや、あくまでも第一印象がだよ。それに、近藤さんって学級委員長やってて真面
目じゃない?だから…。あ、もちろん、真面目な娘が恋しちゃいけないなんてことは、こ
れっぽっちも思ってないけど…」
 そんな俺の言葉を聞いて、近藤さんがくすりと笑った。
「くすっ、いいのよ、そんなに必死になってフォローしなくても。わたしだって、自分で
ちょっと堅過ぎるかなって思ってるもん。だけど、わたしだって男の子に興味はあるわ。
まだ恋人とか、そういう人はいないけどね。それに実を言うと、間くんとデートしたこと
だってあるし」
「えええっ!?」
 俺が出した大きな声に、前を歩いていた仁たちが振り返った。
「どうした健吾?何かあったか?」
「い、いや、何でもない…」
「ならいいけど。それより、この寺だってよ、見学するの」
「わ、わかった」
 そう言った俺に、近藤さんが小声で言ってくる。
「お寺の中では静かにしなきゃいけないから、今の話の続きは、拝観が終わってからね」
「う、うん…」
 こうして俺たちはそのお寺…えーっと、名前は…忘れた。とにかくそこに入って中を見
た。もちろん中では静かにしていたが、はっきり言って退屈だった。それで見学が終わっ
て寺を出た直後、俺は大きく伸びをした。
「う…う〜ん…」
「東くん、あまりこういうのって好きじゃないみたいね」
 近藤さんが話しかけてきた。
「うん、実は、ね…。近藤さんは、すごい熱心に見てたみたいだけど?」
「せっかく普段は来れないような場所に来たんだから、少しでもたくさんのことを吸収し
ないとって思って…」
「やっぱり根が真面目なんだね、近藤さんは」
「おーい、そこの二人ー!次の場所行くぞー!」
 いつの間にか他の娘たちと一緒に少し離れた場所に行ってしまった仁が、俺たちに呼び
かける。
「悪いー、今行く!じゃあ行こう、近藤さん」
「あっ、待って東くん」
 というわけで、俺たちは次の目的地に移動したのだった。

 二つ目の目的地を見終わるころには正午をいくらか回っていたので、俺たちはその近く
にあったファミレスで食事をすることにした。そして、その店内で−。
「ったく、なんで俺だけ隔離されんだよ…」
 俺はぼやくように言った。
「仕方ないだろ、俺たち七人で、この店のテーブルが六人がけなんだから」
「だからって、よりにもよって俺と仁が背中合わせの形になるような配置は…。せめて、
四人と三人に分けられないのか?」
「そんなことしたら、俺と別のテーブルになった女の子が悲しむだろ?」
「はいはい、わかったよ。俺はこっちで一人寂しく食ってりゃいいんだろ?」
 そう言って俺はすねてみたのだが、そこへ天使…いや、京都だから観音様のような言葉
が聞こえた。その言葉を言ったのは、近藤さんだった。
「じゃあ、わたしがそっちのテーブルに行くわ。東くん、いい?」
「えっ?ああ、俺は全然構わないけど…」
「あら、小夢は仁くんより東くんの方がいいの?」
「そうみたいね。出かける時からそんな雰囲気だったし」
 女の子たちがからかうように言うが、当の近藤さんは気にもしないで、俺のいるテーブ
ルについた。そしてそのままメニューを手に取り、俺に差し出した。
「はい、東くん。まだ何食べるか決まってないんでしょう?」
「あ、ありがとう。気がきくんだね近藤さんって。でもいいの、あっちで他の娘たちと一
緒じゃなくて?」
「別に構わないわ。間くんも、あまりたくさんの女の子相手だと手に余るでしょうし」
「まあ、そのために俺を連れてきたようなもんだしね。その割には、女の子の割合が4対
1だけど」
「あら、東くん、もっと女の子が多い方がいいの?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど…。さ、さてと、何食おうかなあ」
 俺は、ごまかすようにメニューを見た。その後他のみんなも食べる物が決まったので注
文し、来るのを待った。その間、俺は目の前にいる近藤さんに聞いてみた。
「ねえ近藤さん、さっき、仁とデートしたことがあるって言ったよね?」
「ええ。去年、高1の時に、違うクラスだったけど彼に誘われて…。その時のわたしは、
今よりもっともっと堅物でね、それこそ、今朝東くんが言ったような女の子だったの。男
の子と話をすることも、そんなになかったし…。だから、間くんにデートに誘われた時に
は、この人、何か企んでるのかしらって妙に勘ぐっちゃって…」
「あいつは、女の子と楽しく遊びたいってことぐらいしか考えてないと思うよ」
 俺は、少し冷たくそう言ってみた。
「確かにそれが彼の中では一番だと思うわ。だけど、それだけじゃなかったの。何て言う
のかしら、女の子の中に眠っている魅力を引き出したいって思ってるみたいで…」
「???」
 俺は、近藤さんの言葉の意味がいまいち理解できなかったが、その後の彼女の言葉で、
なんとなくだが言わんとしていることがわかった。
「そのデートの時、わたし、なんだかつまらなさそうにしてたみたいなの。自分じゃそう
は思ってなかったんだけど、間くんに言われて気がついたわ。それで彼言ってくれたの。
『俺といるんだから楽しくないはずはないよね?楽しかったら、笑った方がいいよ。どん
な女の子でも、笑顔が一番魅力的なんだから』って」
「楽しくないはずはないよねって…その自信はいったいどこから出てくるんだか…」
「まあ、実際結構楽しかったんだけどね。けど、男の子の前で笑顔になるのが、なんだか
恥ずかしくて…。でも、間くんに言われて、小さく笑ってみたの。そうしたら…」
「そうしたら?」
「なんだか、周りの景色が鮮やかになった気がしたの。その時は、なんだか笑い方がぎこ
ちないねって間くんに言われたけど、同時に、『そんなぎこちない笑いでもさっきまでよ
り全然かわいい。だから、もっと自然に笑えるようになったら、もっとかわいくなるよ』
とも言われたわ。それでその日のデート中とか、デートが終わって家に帰ってからとか、
笑い方の練習してみたの。それで自然に笑えるようになったし、それと同時に、少しは考
え方が柔らかくなって、男の子と話せるようにもなったわ。そういう意味では、間くんと
デートしてよかったと思う」
「そっか…」
 俺はそうあいづちを打った。そうか、女の子に自信をつけさせるという点では、仁の女
好きもまるっきり悪いことじゃないってわけか。
「で、その後、あいつとは?」
 俺は聞いてみた。
「今でも話をしたりすることはあるけど、デートしたのはその一回きりね。だから、わた
しにいくらかの自信をつけさせてくれたことには感謝してるけど、特別好きとかそういう
のはないわ」
「よー、なんか話盛り上がってるみたいじゃねーか」
「わあっ!」
 急に後ろから仁に声をかけられたので、俺は驚いた。そしてこの男が聞いてくる。
「健吾おまえ、小夢ちゃんと何話してんだ?」
「主におまえの話だな。近藤さん、おまえのこと特別好きじゃないってよ」
「えーっ、そうなの小夢ちゃん?」
「残念ながらそうなの。ごめんなさいね間くん」
「ちぇーっ」
 仁がそんなことを言っていると、それぞれが頼んだ料理が運ばれてきた。が、仁の分は
異様に少ないように見える。“鬼賀屋”で食べる時は、もっと食べていたはずだ。
「仁、おまえの分、やたら少なくねーか?」
「ああ、いんだよこんなもんで。だって…」
「はい仁くん、あ〜ん!」
「あーっ、あんたずるい!仁ちゃん、あたしのも食べてよ。あ〜ん!」
 という具合に、仁の目の前に差し出される女の子が頼んだ料理。仁は、それらを順番に
口にしていく。
「はい、ぱくっ。こっちも、ぱくっ。…って、ことになるからさ」
「なんてヤツだこの男は…。まったく、この光景を写真に取って、喜久にメールで送りつ
けてやりたいよ」
 俺がそんなことを言うと、仁は急に焦り出した。
「や、やめろよそんなことするの。そんなことしたら、おまえと小夢ちゃんのツーショッ
ト撮影して、克美さんに送りつけるぞ!」
「えっ、そ、そ、そんなことすんな!」
 そしてその後、数秒の沈黙があった。次に口を開いたのは、仁の方だった。
「…やめようか、お互いの首を絞め合うのは」
「…そうだな」
 というわけでこの出来事は「なかったこと」として処理されることが、俺たち二人の間
で暗黙のうちに取り決められた。そして俺も自分のテーブルに運ばれてきていた料理に手
をつけ始めたのだが、食べている最中、近藤さんがこんなことをたずねてきた。
「ねえ東くん、さっきあなたが言った喜久って、鬼賀喜久さんのこと?」
「ああ、そうだけど…なんで君が喜久のこと知ってるの?」
「だってわたし、中学2年生の時に彼女と同じクラスだったから…」
「ふーん、そうだったの。そういや中2の時は、俺と彼女は別のクラスだったな…って、
ん?それじゃ何、近藤さんって、俺たちと一緒の中学だったの!?」
 俺は驚いたが、同時に近藤さんの方も驚いたようだった。
「えっ、気がついてなかったの?」
「う、うん。そういえば、中学校の卒業式で、近藤小夢って名前が呼ばれたのを聞いた…
ような気がする。はっきり言って、ほとんど覚えてないんだけど…ごめん」
 俺は近藤さんに謝った。
「そんな謝ることなんかじゃないわよ。中学時代の三年間で一度も東くんと同じクラスに
ならなかったし、それに、そのころのわたしはものすごく影の薄い女の子だったから…」
「そ、そう言ってもらえると俺もちょっと気が楽になったよ。ところで、君と喜久が元ク
ラスメイトだったのはわかったけど、なんで俺と喜久が知り合いだって知ってるの?」
「あなたたち二人が話してるのをわたしが見てて、鬼賀さんに、今の男の子誰って聞いた
のよ。そうしたら、産まれた時からのお友達って言われて…。彼女、わたしたちとは違う
高校行ってるのよね?今でも会うの?」
「うん、週に四、五回ぐらいかな」
「週に四、五回って…かなりの頻度で会ってない?」
「彼女の家、ラーメン屋だろう?この男が、会いに行こうぜって俺のこと誘うんだもん」
 俺は後ろも見ずに、俺の背後で別の女の子と談笑している仁を指差した。
「そう、なんだかいろいろあるみたいね、あなたたちには…」
 そう言って近藤さんはかすかに笑った。その後はそれぞれ食事をし、全員が食べ終わっ
てファミレスを出たのだが、退店後に俺は仁に聞いてみた。
「なあ仁、おまえ、近藤さんが俺たちと一緒の中学って知ってたか?」
「今さら何言ってんだよおまえ。知ってたに決まってんじゃねーか。中学時代は俺も守備
範囲が狭くて、同じクラスにならなかったからデートに誘わなかったけどな。で、高校生
になって範囲が広がったから、デートしてみた」
「ああ、その辺りは彼女から聞いたよ。そのおかげで少しは柔らかく物事を考えられるよ
うになったから、その点では感謝してるってよ」
「おっ、そいつは嬉しいな。…けど、特に俺のこと好きってわけでもないんだよな…」
「だからおまえは喜久だけターゲットにしとけよ…」
 俺は、もう何回目になるか忘れたいつものセリフを仁に言ってみた。
 さてその後だが、さらに数ヶ所のお寺なんかを回った。俺が行くつもりだった清水寺も
女の子たちが計画したルートに入っていたので一緒に行き、近くの店で克美さんご希望の
生八ツ橋を、先日のもみじまんじゅう同様三箱購入、その場で東京へ配達してもらうよう
手配した。その際、近藤さんや他の女の子にそんなにたくさん買ってどうするのと聞かれ
たが、なんとなく言葉を濁してしまう俺がそこにはいた。

 仁のせいで、思いがけず女の子たちのグループに交じって自由行動を取った修学旅行三
日目だったが、実は旅館に帰ってからもそれを引きずることになってしまった。食事と風
呂の後、仁がこんなことを言ってきやがったんだ。
「健吾、今日はもう寝るまであの娘たちと一緒だ!彼女らの部屋行くぞ!」
「だ、だから待てっつーのにー!引きずるなー!」
 というわけで、俺はまたも仁に連行されてしまった。行き先は、この男が言っていたよ
うに俺たちのクラスの女の子たちの部屋。二部屋に分けられているうちの片方の部屋のド
アを仁が軽くノックする。
「もしもし、仁だけど、入っていい?」
「あっ、仁くん?ちょっと待って、今開けるから」
 中から女の子の声がして、ドアが開いた。そして今日一緒に行動した娘が俺たちを出迎
えてくれた。修学旅行ということで、みんな服装は学校指定のジャージだった。
「毎度ど〜も〜、仁ちゃんで〜す」
 軽いノリで仁が言うと、女の子が喜んだような声で言い返してくる。
「こんばんわ仁くん。嬉しいわ、今晩はこっちの部屋に来てくれたのね」
「そりゃ、昼間一緒だったんだし、今日は最後までご一緒しますよ、お姫様方。それと、
今日はもう一人いるんだ」
 俺のことだ。それで俺は、仁の後ろから顔を出すと、部屋の中の女の子たちに言った。
「こ、こんばんは」
「うっそー、東くんまで来てくれるなんて!」
「仁くんだけでも嬉しいのにね。まあ、入り口で立ち話するのもなんだし、中入ってよ」
「それじゃお邪魔しまーす。ほら健吾、おまえも突っ立ってないで入れ」
 それで俺たちは部屋の中に入ったのだが−。
「な、なあ仁、昼間より、女の子増えてないか?」
「そりゃそうだろ。昼間の五人だけが、この部屋に泊まってるわけじゃないんだから」
 そう言うと仁は、畳の上に敷かれている布団の上にあぐらをかいた。俺もずっと立ちっ
ぱなしでいるわけにはいかないので、仁の隣に座った。ジャージ姿の女の子たちに囲まれ
て、なんとなく落ち着かない俺は、部屋の中をキョロキョロと見回してしまった。そんな
俺に、女の子の一人が気がついて言う。
「小夢なら、班長ミーティングに行ってるわよ」
「な、何だいいきなり、何の話!?」
「あれ、小夢のこと探してたんじゃなかったの?」
「い、いや、別に近藤さんが気になってるってわけじゃなくって…」
「あら、違ったの?昼間かなり急接近してたから…」
「確かに結構話はしたけど、そんなに急接近ってわけじゃ…。それより、昨夜も仁はこの
部屋に来たの?」
 俺は、話題を変えることにした。
「ううん、昨日は隣の部屋…わたしたちのクラスのもう一つの女子部屋に行かれちゃった
わ。一昨日、広島の旅館ではわたしたちの部屋に来てくれたんだけどね」
「ごめんね、やっぱり平等に接してあげないと」
 仁が言った。
「そういうもんかね…。で、女の子と部屋で何してたんだおまえ?」
「何って、おしゃべりしたり、ゲームしたりして遊んでたさ」
「ゲームねえ…まさか、そいつは野球拳だったり王様ゲームだったり…」
(ボフッ!)
 突如として、俺の顔面に痛みが走ると共に、目の前が真っ暗になった。すぐに光は戻っ
たが、俺の眼前に、枕が落ちていた。どうやら、仁がこの至近距離で俺に向かって枕を投
げつけ、それがクリーンヒットしたようだ。そして、仁は少し怒ったように言った。
「あのな健吾、それじゃ俺がそーゆーことばっかり考えてる男みたいじゃないか」
 違うって言うのか。俺はそう思ったが、口には出さず、その代わりに仁に謝った。
「悪かったよ。おまえはいいヤツ。全ての女の子のことを大切に思ってるいいヤツ」
「心がこもってねえなあ。そんなヤツにはこれだあ!」
 そう言うと仁は、おもむろに俺に関節技をかけてきやがった。右腕が、完全にロックさ
れた。こいつ、なんでこんな技が使えるんだ?
「い、痛い痛い!やめ、やめろ仁!」
 そう言って俺は手足をばたつかせたのだが、俺の右腕は完全に極められている。このま
まだと折れるかもしれない。その時、救いの声が聞こえた。
「…東くんと間くん、いったい何してるの?」
 班長ミーティングから戻ってきた近藤さんが、俺たち二人を見て呆然としている。俺は
息も絶え絶えにその彼女に助けを求めた。
「近藤さ〜ん、助けて〜…」
 情けない。男として非常に情けない。が、そうも言ってられないのが現状だ。そして俺
の願いが通じたのか…と言うか、近藤さんなら当然のこととして、仁に言ってくれた。
「間くん、やめてあげなさいよ。東くんがかわいそうでしょ?」
「そ、そうだぞ、俺がかわいそうだぞ…」
「自分で言うなよ。ま、小夢ちゃんに免じて今日はこのくらいにしといてやるか」
 そう言ってようやく仁が俺の腕を解放した。やっと自由になった俺だが、はっきり言っ
てこのまま引き下がっては面目が立たない。だから俺は反撃することにした。さっき俺の
顔面にヒットした枕を手に取ると、それで仁のことをぶっ叩いた。
(ボフッ!)
「痛えっ!てめえ、許してもらった途端それかあ!?」
「うるせえ!こっちは腕折れるかと思ったんだぞ!今のは俺の分!次のも俺の分!その次
も、その次の次も、その次の次の次も全部俺の分だあ!」
(ボフッ!ボフッ!ボフッ!ボフッ!)
 俺は、仁のことを枕で連打した。
「いいかげんにしなさーい!」
(ボフッ!)
 俺の後頭部に軽い衝撃が走った。振り返ると、近藤さんが別の枕を持って立っていた。
「もう、どっちが先に仕掛けたのかは知らないけど、わざわざ女の子の部屋に来てまでケ
ンカなんかしないの!やめないようだったら、出ていってもらうわよ!」
 まずい、近藤さん、かなり怒ってる。俺としてはもともとあまりこの部屋に来たくはな
かったので、追い出されても一向に構わないのだが、近藤さんを怒らせてしまうのは得策
じゃない。仁にいたっては、ここから追い出されたくないという思いが真っ先にあるだろ
う。二人そろって謝った。
「ごめんなさい、近藤さん」
「小夢ちゃん、ごめんね」
「わかればいいのよ。ところで、この二人がケンカしてる間、みんなは何してたの?」
 近藤さんの質問の対象が、同じ部屋の女の子たちになった。
「えーっと…ただ見てた。ケンカじゃなくて、じゃれ合いだと思ったから…」
「…他のみんなも?」
 そう聞かれて、他の娘たちは黙ってうなずいた。それを見た近藤さんは、一つ息をつい
てこう言った。
「もう、しょうがないわね…。それで、結局ケンカなの、じゃれ合いなの?」
 また俺たちに質問が来た。これに、仁が答える。
「俺的には、じゃれ合いのつもりだったんだけど…」
「腕の骨が折れるじゃれ合いがあるかよ」
「ちゃ、ちゃんと折れる前にやめるつもりだったんだよ。信じてくれよ」
「…わかったよ、信じてやるよ。というわけで近藤さん、今のはケンカじゃないってこと
で」
「なんだか変な会話。まあいいわ、おとなしくしてるなら、この部屋にいてもいいから。
ただし、あまりうるさくはしないこと。昨日の女湯覗き事件を受けて、先生が見回りを強
化するって言ってるし」
 どうやら、班長ミーティングでそんな話が出たらしい。その女湯覗きに俺たちのクラス
の男子も一枚噛んでいると知ったら、近藤さんはそいつらにどんな説教をするだろうか。
そんなことを思っていると、仁がこんなことを言った。
「ごめんね小夢ちゃん、俺、できるだけ静かにするよ」
「わかってくれればいいわ。まあ、あなたたちがいること自体には問題はないしね」
「ありがとう、よーし、それじゃおとなしく、でも楽しく遊ぼうか」
 というわけで俺たちはこの部屋で、ハメを外さない程度の時間を過ごしたのである。

 女の子たちの部屋で過ごしているうちに、点呼の時間が近づいてきた。
「あっ、もうそろそろ部屋に戻らないとまずいな。行こうぜ仁」
「えーっ、まだいいじゃんかよー」
「そうよそうよ、まだ平気よ」
「ダメよ、先生の見回りが強化されるんだから」
 その近藤さんの一声には、他の女の子も仁も黙らざるを得なかった。
「それじゃ、俺たち行くから…って、仁。何を話している?」
「ん?へへっ、内緒。それじゃあね。楽しかったよ」
 それで俺たちは自分の部屋に戻った。部屋では俺たち以外の全員がそろっていて、それ
から数分後にやって来た先生による点呼では何の問題もなかった。が、その先生がいなく
なってすぐ仁が−。
「よし、健吾、またさっきの部屋に行くぞ!」
 そんなことを言ってきたんだ。
「はあ?ムチャ言うな、廊下に先生がウロウロしてるんだぞ」
「廊下にはな。けど、先生に見つからないであの部屋まで行けるルートは、すでに見つけ
てある。外から行くんだ」
「外から?どうやって?この部屋は三階、あの部屋は二階だぞ?」
「この部屋のベランダにある避難用の縄バシゴを使って二階に降りる。この旅館は、同じ
階のベランダは全部つながっている。それで、お目当ての部屋まで行けば窓から入れるっ
てわけさ。窓を開けてもらえるように、話はしておいた」
「いつの間にそんな…。けどさあ、もしそれで部屋に行けたとしても、あの部屋には近藤
さんがいるんだぜ?彼女の性格だと、絶対に部屋に戻れって言うぞ」
「大丈夫だよ。一昨日だって、結構遅くまで部屋にいてもそんなに言われなかったし」
「けど、一昨日と今日は状況が変わってるぜ」
「そうか…。ま、とりあえず行ってみようぜ。帰れって言われたら、帰ればいいさ」
「って言うかちょっと待てよ。さっきから俺も一緒に行くことになってるよな?俺は、そ
んな危険を冒してまで彼女たちの部屋に行くつもりはないぞ。行くなら一人で行け」
「えーっ、ここまで来たら一蓮托生で行こうぜ。俺とおまえの仲じゃねーか」
「…ちっ、しゃーねーな。こうなりゃヤケだ、東京帰ったら、“鬼賀屋”のラーメンおご
るってことで手を打とうじゃねーか」
「乗った。それじゃ行くぞ。おいおまえら、つーわけで俺たちは行くけど、先生が来たら
うまくごまかしてくれよな」
「わかった。昨日俺たちが女風呂を覗いたの、ごまかしてくれたしな」
 相部屋の一人が言った。元はと言えば、その覗きのせいで見回りが強化されたんだけど
な、という言葉は、あえて言わないでおいた。
 そして、決死の(?)女子部屋侵入作戦が決行された。俺たちの泊まっている部屋から
ベランダに出て、縄バシゴを下に降ろした。
「よし、それじゃ健吾、おまえが先に行け」
「お、俺が先かよ?」
「俺が先に降りたら、やっぱりやめたって引き返される可能性があるからな」
「…おまえって結構疑り深いのな。わかったよ、行きゃいいんだろ行きゃあ」
 そう言って俺は縄バシゴを降りた。風が出ていたこともあって、思った以上に揺れて怖
かった。それでもどうにか降り切り、上から来る仁を待っていると、俺より若干早いペー
スで降りてきた。
「うう、思ったより寒いな。さあ、行こうぜ健吾」
「待て仁。この縄バシゴはどうするんだ?」
「このままこのまま。どうせ帰る時にも使…」
 仁がそう言いかけた時、問題になっていた縄バシゴが、スルスルと上に上がっていって
しまった。これに、俺はもちろん仁までもが焦った。
「えっ!?ちょっと待て、なんで勝手に!?」
「勝手に行ってるわけないだろ!上の部屋の連中が上げやがったんだ!仁、あいつらに、
そうしろって言ったんじゃないだろうな!?」
「言ってねえよ!さっき言いかけたろ、帰る時も使うからこのままにしとくって!」
 どうやら、これは仁にとっても予想外の出来事だったようだ。そしてそんな仁と俺の間
を、風が吹き抜けた。
「うわっ、寒っ!健吾、どっちにしろ、ここにいたら体冷やすだけだ。ひとまず最初の予
定通り、女の子の部屋に行こうぜ」
「やっぱ行くしかねえか…。それにしても上のヤツら、帰ったらどうしてくれようか…」
 そんなことを言いながら、俺たちはベランダを通って、さっきまでいた近藤さんたちが
泊まっている部屋に向かった。途中で予定外の人間に見つかることもなく目的の部屋のベ
ランダにつくと、仁が軽く窓を叩いた。すると、まずは閉まっていたカーテンが少しだけ
開き、中の女の子−さっき、最後に仁と話をしていた娘−が来たのが俺たちだということ
を確認するとすぐさま窓を開けてくれた。
「いらっしゃ〜い!よくこっちから来れたわね」
「ふっ、君たちに会うためなら例え火の中水の中…と言いたいところだが、やっぱり寒い
もんは寒い!早く中に入れて!」
「どうぞどうぞ。さ、東くんも入って」
「えっ、でも、やっぱり…」
 ここまで来ておいて何だけど、俺にはいささかのためらいがあった。そんな俺に業を煮
やした仁が、行動に出る。
「てめえ、この期に及んで何言ってやがる!そら、入れ!」
 そう言ってこの男は、俺の腕をつかんで、部屋の中に投げ入れやがった。
「わっ?うわわわわわわああ!」
 勢いよく部屋の中に突っ込んだ俺は、部屋の真ん中に座っていた女の子に向かって一直
線。その娘は近藤さんだった。彼女にぶつかるまいと急ブレーキをかけた俺だったが、止
まり切れず、正座をしていた近藤さんの太もも(一応、ジャージ着用)に、俺の顔が埋ま
る形になってしまった。
「きゃ、きゃあっ!!」
 近藤さんが、彼女らしからぬ大きな声を上げた。当然と言えば当然だ。
「ごごごごごご、ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい〜!」
 俺は、すぐさま顔を上げて何回も謝った。そんな俺に、近藤さんはこんなことを言って
くれた。
「そ、そ、そんなに謝らなくてもいいわ。ふ、不可抗力だし…。怒るとすれば、東くんの
ことを投げ飛ばした間くんを怒るわ」
「ちぇっ、悪いのは俺かよ」
「おまえ以外の誰が悪人だこの状況で」
 俺は仁の言葉にツッコんだ。で、さらにこの男は俺にこんなことを言ってきた。
「ところで健吾、さっきの『ごめんなさい』は、近藤さんだけに対して言ったんじゃねえ
よな?克美さんに対する謝罪の気持ちもあったろう?」
 さすがに仁、勘が鋭い。
「あ、ああ。確かに、あったな…」
「ねえねえ、克美さんって、誰?」
 聞いたことのない女の子の名前に、当然のようにこの部屋の娘から質問が来た。この質
問に対しては俺が自分で答えるのが筋なんだろうが、その前に仁が答えやがった。
「こいつの、か・の・じょ」
 わざわざ区切って言うなと俺は思った。そしてこれを聞いた女子が少しざわつく。
「そっかあ、東くんって彼女いたんだ」
「まあ、これだけカッコいいんだもん、彼女の一人や二人いるわよねえ」
「でも狙ってたのになあ、東くんのこと」
「それで東くん、その人ってどんな女の子?」
「年上?年下?同い年?」
「芸能人に例えると、誰に似てる?」
 次々と来る質問に、俺は一言こう答えた。
「…全部、ノーコメントでお願いします」
「えーっ、つまんなーい!」
 一人の娘が言ったその言葉に続き、他の娘たちがブーイングをする。困ってしまった俺
だったが、ここで近藤さんが助け船を出してくれた。
「みんなやめなさいよ。東くん困ってるわよ」
「いいじゃない、話聞くぐらい。それより小夢、残念だったわね」
「残念?どういう意味?わたしは別に、東くんが気になってたってわけじゃないし…」
「またまたあ、今日あんなに仲よくしてたし、それに今だって東くんの顔が…」
「さっきのはたまたまああなっちゃっただけです!それより、二人とも本当に来ちゃった
のね。あれほど先生の見回りが厳しくなるって言ったのに…」
 ごまかそうとしたのか、近藤さんが話題を変えた。これに仁が答える。
「だって、おしゃべりしたいんだもん。君とか、他の娘と」
 仁に悪びれた様子は見られない。そう言われた近藤さんは、続けてこう言った。
「まあ、来ちゃったものは仕方がないわね。夜がふけたら、ちゃんと帰るんでしょ?」
「いや、それが実はかくかくしかじかで…」
 仁が、縄バシゴを外されてしまったことを説明すると、近藤さんは半ばあきれたように
言った。
「もう、二人ともいったい何やってるのよ…」
「だって、ハシゴ戻しちゃったのは俺たちじゃないし。なあ健吾?」
「まあ、それはそうだよな…。でも、実際これからどうしたものか…」
 俺が言うと、近藤さんが何やら考え始めた。そして、こんなことを言ってくれたんだ。
「しょうがないわね。わたしも含めて、この部屋の女の子が何分かおきにトイレとかに行
くふりして外の様子見てくるから、それで先生がいないタイミングを見計らって上の階に
帰る。それでどうにかなるでしょう?」
「おお、そいつはナイスアイデアだ。さすが小夢ちゃんだね。じゃあ、それまではこの部
屋にいていいってことだね?」
「よくなくてもそうするしかないでしょ。とにかくそういうわけだから、二人ともいつで
も出ていける準備はしておいてね。それと、みんなも引き止めたりしない!」
 リーダーシップを発揮する近藤さんに、他の女の子たちも従うしかなかった。そして俺
たちはこの部屋で帰るチャンスをうかがいながら女の子たちと過ごすことになった。が、
なかなかそのチャンスは訪れない。しかも、そのうち次第に睡魔が俺を襲ってきて、いつ
しか俺は眠ってしまったのである。
 眠ってしまった俺ははっと目を覚ました。が、なんだか様子が変だ。目を開けたのに周
囲が真っ暗のままだ。いかに夜と言えど、いくらかの明かりはあるはずだから真っ暗なの
はおかしい。しかも、なんだか体が痛い。無理な体勢を強いられているような感じだ。
「いったい何なんだよこれ…。そうだ、ポケットに携帯が…」
 俺はジャージのポケットをまさぐり、携帯電話を取り出した。そしてそのライト機能で
俺がどこにいるのかわかった。
「お、押し入れの中〜?」
 そう、なぜか俺は、押し入れの中にいた。
「どうしてこんな所に…それにこの体勢、体も痛くなるはずだよ…。とにかく、外に出な
いと…」
 俺は中から押し入れを開けて、外に脱出した。部屋の明かりは消えていたが、時間が明
け方の6時ぐらいだったので、外からの薄明かりで部屋の様子はわかった。女の子たちは
みんな熟睡している。
「俺、夜中の12時ぐらいまでは起きてたよな。6時間もこの中で寝てたのか…」
 俺がそうつぶやいた時、声が聞こえた。
「東くん、起きたの?」
「えっ?近藤さん?寝てなかったの?」
「ううん、寝てたけど、あなたが起きたのに気づいたから…」
「そう…。ところで、なんで俺、押し入れで寝てたの?」
「東くん、最初はこの布団の海の上で寝ちゃったんだけど、間くんが、『こんな所で寝ら
れたら邪魔だーっ!』って言って押し入れに押し込めたの。わたしは止めたんだけど…」
「あの野郎…。で、その仁は?」
「そこで寝てるわ」
 そう言って近藤さんが指差した布団に、確かに仁が寝ていた。が、そこで寝ていたのは
この男だけじゃなかった。なんと、女の子が一緒の布団で寝ていた。それも二人。両腕で
一人ずつを腕枕にするという、ある種の男の夢の体勢になっていた。三人ともちゃんと服
を着ていたので、何も変なことはしていないようだが…。ともかく俺はその仁を起こすこ
とにした。近づいて、軽く頬を叩いてみる。
「ほら仁、起きろ。仁!」
「ん…んん…ふぇ?ああ健吾、おはよーっス」
「おはようじゃねーよ。てめえ、よくも人のことを押し入れにぶち込みやがったな」
「ああ、あれ?よく眠れるように、暗い所に入れてやったんだけど…」
「暗過ぎだ!それにムチャな体勢させられたもんだから、節々が痛ーよ!」
「東くん、間くん、言い合うのはそれくらいにして、早く自分の部屋に戻った方がいいん
じゃないの?今なら、廊下に見回りの先生はいないわ」
「わかった、ありがとう近藤さん。ほら、行くぞ仁」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。女の子を起こさないようにゆっくり布団から…。よーし、
OK。じゃあね小夢ちゃん。この部屋のみんなにも、よろしく言っといて」
「うん、それじゃあ」
 というわけで俺たちはこの部屋を出た。近藤さんの言う通り廊下に人影はなく、本来自
分たちがいるべき部屋まで問題なくたどりつくことができた。ドアに鍵がかかってなかっ
たので中に入ると、みんなまだ眠っていた。しかし、俺たちが戻ってきたことに気がつい
たルームメイトの一人が目を覚ました。
「おお、帰ってきたんか。まさか女の子の部屋で一晩明かすとは思ってなかったぜ」
「うるせえ!誰のせいでそうするハメになったと思ってるんだ!勝手に避難バシゴを上げ
たのは、誰だ!?」
 俺は怒ったように言ってみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「いや、俺たちは…この部屋のメンバーは誰も何もやってないぜ。なんだか、隣の部屋の
連中がガサゴソやってたみたいだけど…」
「じゃあ、そいつらの仕業か?何やってたんだ?」
「さあ、そこまでは…。それはともかく、起床時間まであと一時間ぐらいあるんだ、もう
一度寝直したらどうだ?」
「そうだな。んじゃ、おやすみ」
 そうしてわずかな時間ではあるが、俺はちゃんと布団で眠ることにした。それにしても
仁ですら一人ではやらなかった『女の子の部屋で一晩過ごす』をそいつと一緒にやってし
まうとは…。そのおかげかどうかは知らないが、一時間ほど眠っている時に見た夢に克美
さんが出てきて、俺は夢の中でこっぴどく怒られてしまった−。

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