K’sストーリー第六章 健吾と古の都(4)
 あまり眠った気はしなかったが、それでも修学旅行四日目は始まる。今日は、京都市内
にある時代劇村での自由行動となっている。全体への注意が終わると、後はもう夕方まで
フリータイムだ。解散後、俺はとりあえず仁に今日の予定を聞いてみた。
「仁、おまえ今日はどうするんだ?また女の子たちと行動するのか?」
「いや、今日は女の子はパス。俺、ここで喜久さんへのお土産買うから、今日ばかりは別
の娘といない方がいいって思ってな。昨夜メールで今日はここに行くって書いたら、ぜひ
そこのお土産買ってきてって返信来て…」
「おまえ、昨夜のあの状況でいつの間にメールしてたんだ…」
「ん?メールくらい、五分も時間ありゃできるだろ。それにしても彼女、時代劇好きなん
だよな。なんでなんだ?」
「俺の親父、時代劇役者だろう?おそらく、小さいころから俺の親父が出てたヤツを見て
たからなんじゃないのか」
「なるほど。おまえの親父さん、結構昔からいろんな時代劇に出てたもんな。で、親父さ
んって、言わば、ここがホームグラウンドなわけだろ?」
「ああそうだ。ここでの撮影が多いからって、母さんと二人でわざわざ東京から引っ越し
て…。ちょうど俺が中学卒業した時だな。最初は俺のことも連れてくつもりだったみたい
だけど、あっちの高校合格してるしって言ったら、置いてかれた」
「だったらさ、今日会ったりしねえかな?」
「会えるわけないよ。いくらホームグラウンドだからって毎日ここで撮影してるわけじゃ
ないし、この時代劇村自体、一般見学者用と撮影用のスペースは区切られてるんだ」
 俺がそう言ったその時だった。
「あっれえ?健吾じゃねえか?」
 俺は背中側から聞こえた、聞き覚えのあるその声にビクリとした。後ろを振り向くと、
そこには親父がいた。俺は頭を抱える。
「バカな…あっけなさ過ぎる…なんでこうも簡単に…」
「やっぱおまえら親子だな、引かれ合ってんだ」
「嫌だよ、こんな親父と引かれ合うの」
 仁の言葉に俺は冷たく言い放った。
「久しぶりに会ったっつーのにご挨拶だな健吾。それよりも、どうしておまえがここに…
って、その服装からすると、修学旅行か。なんでこっち来るって連絡よこさねえんだよ」
「あんたが時間取れるって思ってなかったからだよ。それにそもそも、それほど会いたい
とも思ってなかったしな」
「けっ、言ってくれるじゃねえかよ。それより、俺はこれから撮影があるんだけど、昼に
なったら時間空くから、一緒にメシでも食わねえか?」
「けど、俺たちこの村から出ちゃいけないことになってるし…出なけりゃいいけどさ」
「村内にだってメシ食う所ぐらいはあるさ。それじゃいいんだな?母さんも呼んで、三人
で食おうぜ」
 こう言われた俺は、かなりちゅうちょした。
「か…母さんも呼ぶのか?」
「いいじゃねーか、おまえら親子三人、全員そろうなんて高校入ってからそうそうないん
だろ?」
「無責任なこと言うな仁!俺はな、この親父はそれほど嫌いじゃない。だけど、母さんと
セットになったバカップル両親は嫌いなんだよ!」
「誰がバカップルだ誰が」
「あんたら以外に誰がいるんだ!それに、わざわざ母さんに入場料払わせるのも…」
「ああ、それなら大丈夫だ。母さん、俺の家族ってことで、関係者用の入り口から顔パス
で入れるようになってるから」
 それはある意味職権乱用じゃないのかと俺は思った。そしてそんな俺に仁が言う。
「じゃあ、その時は俺は消えることにするよ。せっかくの親子水入らずを邪魔しちゃ悪い
からな」
 この仁の言葉に対して、俺はこう言った。
「いや、頼む、一緒に来てくれ。そうでないと、あまりのいちゃつきぶりを見せつけられ
た俺は、両親をぶん殴っちまうかもしれない」
「俺をぶん殴るつもりか?やれるもんならやってみろ。まあそれはそれとして、健吾がこ
う言ってるんだ、仁、おまえも来いよ。もちろんおまえの分も出してやるからさ」
「まあ、親父さんがそう言うなら…」
「よし決まった。それじゃ健吾、12時に撮影関係者入り口に来い。俺の名前出せば中に
入れるようにしとくからさ」
「わ、わかった」
「それじゃ、昼にな」
 そう言うと、親父は行ってしまった。俺はやるせない気持ちでつぶやく。
「あーあ、親父はともかく、母さんまで来るとはなあ…」
「そこまで深刻になるようなことか?それより、時間が限られてるんだ、昼になるまで、
この中見て回ろうぜ」
「そう、だな…」
 こうして俺は仁と二人でこの村内を見て回った。そのうち親父との約束の時間になった
ので、言われた通り撮影関係者用の出入り口に行った。だが、そこには当然のように守衛
さんがいた。
「何だい君たち?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」
 予想通りのことを言われたので、俺は親父に言われたように話してみた。
「えっと、俺、東健吾っていいまして、東山健二郎の…」
 そこまで言っただけなのに、守衛さんの顔が変わった。
「ああ、君がトウケンさんの息子さんか。話は聞いてるよ。控え室に通してくれって言わ
れたな。いない時はそこで待たせておいてくれってことだ。あそこをああ行ってああ行っ
てああ行けばあの人の控え室だから」
「あっ、ど、どうもありがとうございます」
 こうして俺たちはすんなりと中に入れた。仁が言う。
「…名前出しただけで通してもらえるなんて、おまえの親父さんってすげーんだな」
「ああ見えて、結構な売れっ子だからな」
 そんな話をしながら守衛さんに言われた通りに歩いて行くと、ドアに親父の芸名である
『東山健二郎』という張り紙が張ってある部屋を見つけた。俺がそのドアをノックしてみ
ると、そいつが開き、中から一人の女性が顔を出した。その人は、俺の顔を見るなりこん
なことを言った。
「健ちゃ〜ん!すっごいお久しぶり〜!元気だった〜?」
 そして俺に抱きついてくるこの女性。それで、俺は冷静にこう言った。
「…母さん、うっとうしいから離れてくれないか?」
 そう、この人が俺の母親だ。45過ぎてるのにテンションが高い。おまけに異常なほど
俺に愛情を注ごうとする…と言うかしていた。正直、一緒に暮らしてた時はうざかった。
でも親父に対してはそれ以上に愛情…と言うよりは愛を与えている。
「え〜、いいじゃな〜い、久しぶりに会えたんだし〜」
 俺に拒絶された母さんは不満顔だ。
「そんなにべたつきたいなら俺じゃなくて親父とやれ。ただし、俺が帰ってからな」
「だって〜、お父さんとは今でも毎日ラブラブだし〜。健ちゃんとは〜、もう長い間会っ
てなかったから〜」
「あと、いい歳してそのしゃべり方やめろよな!俺の周りの女の子だってそんな話し方す
る娘はそんないねえぞ!」
「え〜?そんなにたくさんの女の子が〜、健ちゃんの周りにはいるの〜?」
「いるにはいるさ。でも、特定の一人…いや、最大で見て三人以外はただいるだけ。そん
なに大勢いる原因の大半はこいつだ」
 そう言って俺は仁に視線をやった。俺に振られたことに気づいた仁が頭を下げる。
「あら〜、間さんの所の〜。ご両親はお元気〜?」
「ええ、見た感じはすごい元気です。あまり話さないんで、予測に過ぎませんけど」
 そうだ、母さんは元看護婦で、そのつながりで医者一家である仁の家族とも面識がある
んだった。
「それはそうと母さん、親父はいねーのか?」
 俺は仁と家族のことについて話をしている母さんに聞いた。
「それがね〜、撮影が長引いちゃってるみたいなのよ〜。だから来るまで中で待っててっ
て〜。さ〜、二人とも中に入って〜。お茶入れてあげるから〜」
 というわけで俺と仁は控え室に入って親父を待っていた。この部屋は誰かとの相部屋な
んかじゃなく、親父が一人で使っている。それを考えると、親父って本当に売れてるんだ
なと思える。そしてお茶を飲んでいるうちに、ドアが開いて親父が入ってきた。
「悪い悪い、ちょっと予定より押しちまった。それじゃみんなそろってるし、行くか」
「お父さ〜ん、腕組みましょ〜」
「おお、いいぞ」
 てなわけで親父と母さんは腕を組みながら歩く。当然、この撮影所の人たちに見られる
わけだが、二人ともそんなことはお構いなしだ。それを見て俺はため息をついた。
「何だよ健吾、そんな深刻な問題でもねえだろ。両親が不仲な所よりは数倍ましだ」
「つっても仁、物事には限度があるだろ。俺はあんな二人を16年近く見て育った。毎日
あんな風にいちゃくつのを見せられてみろ、嫌になるぜ」
「でもよー、おまえと克美さんだって似たようなもんだぜ」
「そ、そうか?でも、俺たちは若いからいいんだよ」
「おい二人とも、この店でいいか?」
 親父が足を止めて俺たちに聞いてくる。そこはうどん屋だった。
「別にいいぜ、親父」
「俺はおごってもらう立場っスから、そりゃもうどこでも」
「よーし、それじゃここ入るか」
 それで俺たちはその店に入った。
「えっと…きつねうどんセットを大盛りで」
 俺がそんなメニューを注文すると、親父が言った。
「健吾、大盛りって、おまえいつからそんな大食漢になったんだ?」
「一緒に生活してる人の影響でしょう。克美さん、すっごい大食いだから」
 俺が言う前に仁がそう答えると、今度は母さんが言った。
「そうなのよね〜、健ちゃん、女の子と一つ屋根の下で暮らしてるのよね〜。それも〜、
鬼賀さん所の喜久ちゃんじゃない女の子と〜。ね〜健ちゃ〜ん、どうして喜久ちゃんじゃ
ないの〜?彼女のこと〜、嫌いになっちゃったの〜?」
「あんないい娘嫌いになるわけないじゃないか。だけど、俺にとってそれ以上のいい娘が
現れた。だから俺はその克美さんと付き合ってる。それだけだ」
「そうなの〜?まあ〜、健ちゃんがそう言うんなら〜、本当にいい娘なんでしょうね〜。
会ってみたいわ〜。それに〜、同棲までしちゃってるってことは〜、近いうちに孫の顔が
見られるかもしれないわね〜」
「んなわきゃないだろ!だいたい、同棲じゃなくて同居だ。彼女のお父さんも一緒に住ん
でるんだから」
「似たようなもんだろ。それより健吾、おまえが俺たちに孫の顔見せてくれないってんな
ら、俺たちがおまえの弟か妹を作っちまうぞ」
「ぶっ…!」
 俺は口に含んだ水を吹き出しそうになった。
「…そ、そういう悪い冗談はやめろよな。この歳になって、そーゆー形で家族が増えるな
んてまっぴらごめんだ」
「でも、俺の兄貴、俺より20歳年上だぜ。しかも、同じ両親」
 仁が口を挟んできた。
「おまえん家が異常なんだよそれは!俺たちまで、そんな異常家族になりたかねえ」
「俺ん家、異常か…。まあ、そうだな…」
「ん?そこで反論しねーのか?今のは言わば親をけなされたわけで、他人にそう言われた
ら、怒りそうなもんだけどな」
 不思議そうに親父が仁にたずねた。
「俺、両親とあまり仲よくないから…。つーか、冷めちゃってるんスよね。だから、例え
ケンカしてるように見えても、交流がある分だけ、健吾と親父さんがうらやましいです」
 いつものおちゃらけた仁からはあまり想像できない、重い言葉だった。が、その後直後
にこいつ自身が言った。
「すいませんね、なんか暗くしちゃって。せっかく久しぶりの親子の再会なのに…。やっ
ぱり俺、来ない方がよかったかな」
「そんなことないわよ〜。それに〜、間さん夫婦だって〜、心の底ではあなたを愛してる
に違いないわ〜。だって〜、なんだかんだ言っても親子なんですもの〜」
 これを聞いた俺は、たまには母さんもいいこと言うなと思った。
「…そうですかね?」
「そうよ〜。私が〜、健ちゃんのことを愛してるみたいにね〜」
「俺はいらねえ」
「あらあら〜…しゅん」
 母さんがしゅんとなったが、ただの演技だろう。
「ところで健吾、話は変わるが」
 親父が言ってきた。
「おまえ、まだ漫画描きやってるのか?」
「ああ、もちろん。むしろ以前より熱心になってるよ」
「ま、聞くまでもなかったよな。今おまえが住んでる家の主人がプロの漫画家さんだし」
「そーゆーこった。だからこのまま行けばきっと、プロになれるんじゃないかって思う」
「そうか…。じゃあ俺の野望も正攻法じゃ無理になったってことか…」
「あ?野望?」
「い、いや、何でもない」
 親父はそうごまかしたが、俺はその『野望』とやらがなんとなく気になった。しかしそ
の時注文していたうどんが来たので、『野望』について考えるのをやめた。
「健ちゃ〜ん、熱くな〜い?ふーふーしてあげなくて大丈夫〜?」
「熱いけど、高校生にもなって母親にふーふーしてもらう男なんてまともじゃねえ!余計
なことすんな!ふーふー吹くならファンファーレでも吹いてやがれ!」
「そ、そんなこと言われて〜、母さん悲しい〜…くすん」
 また母さんが落ち込む。が、これくらい言ってやらないとわからない母親だ、別に気に
はしない。それに、この人には親父がいる。
「まあまあ母さん、こんな親不孝者は放っておいて、二人で仲よくしようよ。まずは俺が
母さんのをふーふーしてあげるよ」
「きゃあ〜、嬉しいわ〜。だからお父さん大好きなの〜。それじゃ私はお父さんのをやっ
てあげる〜」
 そして二人で−。
「はい、ふー、ふー、ふー」
 そんな親父と母さんを見て、仁が俺に言った。
「…健吾、おまえが、俺がいないと両親をぶん殴るかもって言ったの、わかるよ」
「…悪い仁、おまえがいてもぶん殴ってやりたい衝動に駆られてる…」
 そう言う俺は、テーブルの下で拳を握りしめて、わなわなと震わせていたのだった。

 親父や母さんとメシを食った後、二人と別れた俺と仁はまた時代劇村の中を散策した。
そして今俺たちは土産物屋にいる。
「よし、喜久さんへのお土産はこれに決定だ!」
「決まったのか仁。何買ってくんだ?」
「千両箱型の箱に入った、小判型クッキー!これぞまさに山吹色のお菓子!」
「なるほど、時代劇好きでお金大好き人間の彼女にはぴったりだな」
「お金大好き人間って…もう少し表現選べないか?」
「金の亡者よりは全然ましだろ?おっ、俺はこいつにしようかな。『天空侍』フィギュア
キーホルダー」
「『天空侍』って、おまえの親父さんが演じてるヤツだろ?そんなんで喜ぶのか?」
「これってここ限定だし喜ぶと思うけど。それがダメならこっちの『天空奉行』のを…」
「だからそれも親父さんだろ!」
 そんな漫才のような会話をしながら、俺たちはお土産を選んだのである。
 そんなことをやっているうちに時間は過ぎ、自由行動が終わった。そのまま旅館に帰っ
て、全生徒そろっての大広間での夕食となったのだが、なんだか人数が少ない。
「なあ健吾、どう見ても人が少ねーよな」
 仁が言ってきた。
「そうだな、少ないよな。…わかった、隣のクラスの男子が全員いないんだ」
「隣のクラスの男子?それって、この宿でも俺たちの隣の部屋に泊まってる連中だよな?
なんで一人も来ねーんだ?」
「わからない…」
 俺たちは不思議に思った。そしてそいつら以外の全員がそろったところで、学年主任の
先生がマイクを持って話をし始めた。
「今日は夕食の前に、残念なお知らせをしなければならない。みんな気づいているだろう
が、2年B組の男子全員がここに来ていない。というのは、あいつら全員、部屋で謹慎処
分を受けているからだ!」
 この言葉に、生徒たちがざわついた。
「はい静かに!それでなぜ謹慎処分を受けているかと言うとだな、B組の男子のうち数人
が、昨夜遅くにこの旅館を脱走して京都の街に出ていったことが今日の日中判明した。そ
れで、実際に出ていったヤツらはもちろん、同じ部屋だったにもかかわらずそれを止めな
かった連中も含めて、全員に部屋から出ることを禁じた。食事も部屋で、風呂とトイレも
見張りつきでのみ許可する形だ。それでみんなも知っての通り、二日目の夜には女風呂覗
き騒動があった。これはこの学校の生徒が犯人だとは確定していないがな。いいかおまえ
ら、旅先での軽率な行動は自分の首を絞めるだけだぞ!この夕食から、明日、明後日と、
自分のしたことが自分自身や一緒に来てる仲間、そして学校にどんな影響を与えるかをよ
く考えながら行動しろ!今日と明日、夜に自分たちの部屋から出ることを禁止にはしない
が、できれば自主規制してほしい。以上!」
 それで先生の話は終わった。その後、全員で挨拶をしてから食事となったわけだが、そ
の最中に俺と仁は他の人間に聞こえないようにこんな話をした。
(なあ仁、昨夜避難バシゴが勝手に上がってったのは、B組男子の仕業だったんだな。犯
人を見つけたらどうしてくれようかって思ってたんだけど、謹慎処分になってるって聞い
たら、それだけで十分かなって今は思うよ)
(そうか。まあ、もともと俺は、犯人わかったからって何をしようって思ってたわけじゃ
ないけどな。あいつらのおかげで、女の子の部屋に泊まれたんだし)
(おまえのことだからそう言うんじゃないかって思ってたよ。いずれにせよ、俺たちがい
るべき場所にいなかったことがばれなくてよかったよな)
(それは、言えてるな…)
 それが、お互いの本心だった。
 さて、一クラス(の半分)少ない夕食が終わり、風呂にも入った俺たちは自分の部屋に
戻った。そして、そこで仁が言う。
「俺、ちょっと女の子の所行ってくる」
「また今日もかよ。自主規制のかけらもありゃしねえなおまえには」
「そうじゃないよ健吾。今晩は一緒に遊べなくてごめんって謝ってくるだけだ。五分で戻
る。じゃあな」
 そうして仁は部屋を出て行ったが、その後、宣言通り五分で帰ってきた。
「本当に、時間通りに帰ってきやがった…」
「女の子たちの悲しそうな顔を見た時はさすがに胸が痛くなったけど、先生が言ったみた
いに、自分で自分の首を絞めることはしたくないからな。さーて、喜久さんにメールもし
たし、今日は寂しく、男と過ごすかあ」
「じゃあ仁、いい機会だ、おまえに聞きたいことがある。健吾にもな」
 ルームメイトの一人が言ってきた。
「おまえら二人、昨日はうちのクラスの女子数人と自由行動に出かけてたようだが、いっ
たい誰が本命なんだ?あの中に、付き合ってる娘がいるのか?」
 こう聞かれて、仁が答える。
「彼女たちは、みーんな友達。デートとかするくらいだから結構仲はいいけど、あの中に
本命の娘はいないんだなあ。今ごろ俺が一番好きな娘は、遠い空の下で俺に会えないこと
を寂しがってるよ」
「ないない、それはない。彼女はそこまでおまえのことを想っちゃいない。だって、付き
合ってるわけじゃないんだしな」
「何だ健吾、おまえ、こいつの本命の娘のこと、知ってるのか?」
「ああ、知ってるよ」
「そうだな、おそらくは俺よりもよく知ってると思うぜ。ああそうだ、写真あったんだ。
みんな見るか?」
「見る!」
 何人かがそう言ったので、仁は自分の携帯電話をいじり始めた。その中に画像データが
入っているのだろう。そんな仁に俺はたずねた。
「仁、その写真はちゃんと喜久に許可取って撮影した写真だろうな?隠し撮りとかじゃな
いだろうな?」
「ちゃんと撮っていいかって聞いて、OKもらって撮ったヤツばかりだよ。よしこれだ。
今この携帯の中に残ってるのは全部で四枚だな。まずは一枚目だ」
 そう言って仁が携帯の画面を他の男たちに見せた。俺も、喜久のどんな写真なのか気に
なったのでそいつらと一緒に見てみた。
「おーっ」
 それは喜久が通っている高校の制服を着た写真で、それを見た人間が声を上げた。ハイ
レベルな女の子という意味の声だろう。
「これって、聖蓮女子高の制服だよな?そこ行ってる娘なのか?実際行ってるのは違う学
校だけど、コスプレで…ってことはないよな?」
「正真正銘、聖蓮女子の生徒だよ。じゃあ次は、二枚目」
 次に仁が見せたのは、喜久が自分の家である“鬼賀屋”の手伝いをしている写真であっ
た。Tシャツとジーンズの上にエプロンを身に着けて、頭の三角巾に髪の毛を入れるとい
う、彼女にとっては定番の手伝いスタイル。しかし元がいいので、そんな服装でもそのか
わいさと言うか美しさは損なわれていない。
「うーん、確かにいい女だなあ…。仁、早く次見せろ」
「わかったわかった、それじゃ次な。これは俺とデートした時に撮った写真だ」
 三枚目は、外出用におしゃれをした彼女の写真。軽めではあるがメイクもしているよう
で、おかげで余計にきれいに見える。
「はあ、ほんと美人だよ。こんな娘とデートできるだけでもかなりのもんだぜ」
「だろだろ?じゃあ、最後な」
 そして仁が四枚目の写真を見せたのだが…水着だった。今年の夏休み、俺や克美さんな
んかと一緒に海に遊びに行った時の写真だ。オレンジ色の大胆ビキニは、彼女のナイスバ
ディをくっきりと浮かび上がらせていた。
「うっわあ、いい体!当然、この娘の側にいたわけだろう?うらやましいぜ仁!」
 他の男たちは興奮気味だが、俺は確かめるように仁に聞いた。
「仁、もう一度聞くが、喜久に許可は取ってあるんだろうな?」
「だから取ってあるってば」
「そうか、ならいいんだけどな」
「あーっ、思い出した!」
 突然、写真を見ていた男の一人が声を上げた。
「これって、同じ中学だった鬼賀喜久じゃないか!」
 そうか、こいつは俺たちと一緒の中学校だったっけ。で、こいつは続ける。
「あれ?でもこの娘って確か健吾と…おい健吾、どういうことだ?」
 話の矛先が俺に向いたので、俺はこう言った。
「昔からの俺たちのことを知ってる人間って、みんなそう言うんだよな…。確かに俺と喜
久は昔から仲よかったよ。だけど、それは友達としてだ。そこから恋愛にまでは発展しな
かったんだ。今、俺には別の彼女いるし」
「ほう。仁のが終わったら次はおまえからいろいろ聞き出してやろうと思ってたが、自分
から言うとはな。いったいどんな彼女だ?」
 そう言われたのでとりあえず簡単な説明ぐらいはしてやろうと俺は思ったのだが、その
前に仁が口を開きやがった。
「はいはーい、俺も彼女のことは結構知ってるんで、俺が説明しまーす。えっとなー、ど
んな特徴の娘かを話す前にまず知っておいてもらいたいのが、健吾とその娘は今…」
 仁がそこまで言ったのを聞いた俺は、言いようもない危機感を感じた。それで俺はこの
男に向かってタックルをぶちかますと、そのまま二人で布団の中に潜り込んだ。そしてそ
の中で、俺は小声で仁に言った。
(おい仁、今、何の話しようとしてた?もしかして、俺と克美さんが一つ屋根の下で暮ら
してるって話そうとしてなかったか?)
(ああ、よくわかったな。…まずかったか?)
(まじいよ!今回、彼女がいるってばらしたのは俺だからある程度は克美さんのことにつ
いて説明とかするけど、同居についてだけは言うな!)
(わかった、わかったからそんな顔近づけるな。気色悪い)
「おまえら、いったい何やってんだー!」
 その声と共に、掛け布団が引っぺがされた。そして、取り方次第ではまるで俺と仁が抱
き合っているようにも見える図を、この部屋の男子全員に見られてしまった。そして、そ
の中の一人が言う。
「…俺たちは、仁が女好きなのを知っているからそうは思わないけど、そうでない人がそ
のおまえらの体勢見たら勘違いするぞ。…『ホモ?』ってな」
「あっ、今思ったんだけど、仁の女好きって、健吾が本命だってことを隠すためのカモフ
ラージュだったりして」
「あー、あり得るあり得る。健吾も健吾で、仁のことを愛しちゃってたり…」
「…おまえら、関節極めて骨折るぞ。健吾がギブアップしかけた技でな」
「俺も枕ぶつけまくるぞ。彼女いるっつってんだろ、まったく…」
 仁も俺も、結構怒っていた。その怒りを察知したのか、男連中は静かに謝る。
「…ごめん二人とも。ほんの冗談だ」
「俺には冗談には聞こえなかったけどな。なあ仁?」
「まったくだ。で、何の話してたんだっけ?」
「だから、健吾の彼女の話だよ。健吾、写真とかないのか?」
「いや、持ってない。そんな物がなくても、頭の中で覚えてるから」
「ふーん、そうなのか。そんなによく覚えてられるってのも、それはそれでラブラブの証
明かもな。でも、健吾ほどの男と付き合ってる女の子だ、どんな娘か見てみてえなあ」
「あっ、俺写真あるぜ」
 仁の言葉だった。
「なんで恋人の俺が持ってないのにおまえが持ってるんだよ!」
「いやほら、自分の彼女じゃなくてもさ、かわいい娘の写真は持っておきたいじゃない」
「…よし、克美さんのことをかわいいって言ったのに免じて許してやる。それで、変な写
真じゃないだろうな?」
「さっきの喜久さんのと同じようなレベルだよ。つーわけで、まずはこれ」
 そう言って仁が携帯のディスプレイをみんなに見せる。それは、今年の6月にあった高
校の体育祭の時の写真だった。そこには、克美さんの他に香菜ちゃんも写っていた。俺た
ちみんな、同じチームだったからなあ…。それで、当然のようにこんな質問が飛ぶ。
「どっちだ?右のちょいぽちゃメガネっ娘か?それとも左か?」
「左側の、ピースしてるポニテの娘」
 仁がそう言うと、男連中が顔を見合わせながら「うーん」と唸り出した。そしてそのう
ち、こんなことを言い始めた。
「何て言うかな…確かにかなりかわいい女の子だけどさ…」
「個人的に、想像してたのと、結構ずれてる…」
「健吾が、まさかこんな小さい娘と付き合ってるとはな…」
「つーかこれ、うちの学校の体育祭だろ?思い出したぞ、『男女ペア障害物競走』で健吾
と組んでた娘だ。でも俺たちの学年でこんな女の子は見たことないぞ」
「ってことは違う学年ってことだな。3年生か?1年生か?」
「それ言ったら1年に決まってるだろ」
「それが違うんだな。この人、実はこれで先輩だったりするんだ」
「えっ、そうなのか?うーん、見えん…」
「はい、それじゃこの写真はここまでな」
 そう言って仁が携帯を奪い取り、それをまたいじり出した。
「じゃあ、もう一枚な。今年の夏休みに撮らせてもらったヤツなんだけど…」
 夏休み。その言葉に俺は嫌な予感を覚えた。もしかして、さっきの喜久の水着写真と一
緒のタイミングで撮ったヤツじゃないか?だとすると、あの時克美さんが着てたのは…。
「わあ、いかにもマニア受けしそうなスク水だあ!」
 ルームメイトの一人が声を上げた。そう、夏旅行中の克美さんは、学校指定のスクール
水着で遊んでいたんだ。そして俺はこんなことをたずねられた。
「なあ健吾、これっておまえが着てくれって言ったのか?」
「違う。克美さんが勝手にこれにしたんだ」
「でも、おまえがこういうの好きだからこれにしたって言ってなかったっけ?」
「そうじゃないだろ仁!それは喜久の嘘情報だ!」
「どちらにしろ、この凹凸がほとんどない体は、その手の人間にはストライクだよな。そ
うかあ、健吾はこういう小さい女の子が好きだったのかあ」
 なんだか勝手に納得されている。これはさすがに黙っているわけにはいかない。
「それは違うぞ。小さい女の子だから好きになったんじゃない。好きになった女の子が、
たまたま小さい娘だったってことだ」
「ほお…」
 俺の言葉に何人かが声を上げた時、誰かの携帯電話の着信音が鳴った。…って、これっ
て俺の電話の音じゃないか。それでジャージのポケットから携帯を取り出して画面表示を
見ると、克美さんの名前が出ていた。ちょうど彼女のことを話していた時だったので、正
直驚き、焦った。
「わ、悪いみんな、ちょっとタイム!」
 それで俺は窓からベランダに出て、携帯の通話ボタンを押した。
「はいはいはい、健吾です!」
「もしもーし、克美だよー!声聞こえるー?」
「ええ、聞こえますよ。だけど、こうやって克美さんの声聞くのも久しぶりのような気が
するなあ。元気そうな声が聞けて、嬉しいです」
「ボクもほっとした。あのねあのね、ボク、今さっきなんだか嫌な胸騒ぎを感じたの。だ
から健吾くんのことがすっごい心配になって…。ケガとか病気とかしてない?」
「はい、大丈夫です。あっ、もう何日も克美さんの顔を見てないせいで、寂しい気持ちは
ありますけど、今声聞いたおかげで、帰るまでは我慢できそうです」
「そうなの?えへっ、そう言われると嬉しいな。ボクも、健吾くんが帰ってくるのを待っ
てるからね」
「はい、明後日には帰りますから。あっ、そうそう。もみじまんじゅうと生八ツ橋は届い
てますよね?」
「うん。両方ともおいしかったよ。どうもありがとうね」
「どういたしまして。…もしかして、もう全部なくなっちゃいました?」
「まっさかあ。まだそれぞれ一箱ずつしか食べてないよ。もちろん、それだってボクだけ
じゃなくてお父さんも食べてだよ」
「それって、克美さんにしては少なくないですか?」
「うーん…やっぱり、健吾くんがいないからかなあ。ねえ健吾くん、ボクのこと好きって
言ってくれないかな?」
「えっ?い、今ですか?」
「うん。言ってくれなきゃ、ボク、死んじゃうかもしれない」
「そ、そんなおおげさな…」
「ちっともおおげさじゃないよお。ねえ健吾くん、お願ぁい」
 ああ、電話の向こうで克美さんがどんな顔をしておねだりしているのかが手に取るよう
にわかる。それで俺は小さくこう言った。
「それじゃ、あの…克美さん、好きです」
 ところが−。
「あっれえ、電波が悪いのかなあ?聞こえないよぉ?」
「えっ?」
「もっと大きな声で言ってくれないと聞こえない!言ってくれなきゃ、泣くぞ!」
 どうやら、克美さんのわがままみたいだ。この人がこんな風に言うのはめったにないけ
ど、やっぱり俺の顔を見てないことも関係してるんだろうか。となると、さっき声が聞こ
えないと言ったのも、本当に聞こえなかったんじゃなく、声が小さいぞという意味だった
のかもしれない。いずれにせよ、言わないとずっとこのままだろう。それで俺は、さっき
よりも大きな声で言った。
「わ、わかりました。克美さん、大好きです!」
 すると、電話の向こうから、さっきよりも穏やかになった克美さんの声が聞こえた。
「うん、今度は聞こえたよ。ありがとう健吾くん。ボクも大好きだからね!それじゃもう
電話切るけど、無事に帰ってきてね!」
「はい、体に気をつけます。明日と明後日は奈良なんで、頼まれてた奈良漬け買って帰り
ますね。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみー!」
 こうして克美さんとの電話は終わった。久しぶりに話ができて、ものすごく幸せな気分
になった俺だったが、振り返ると、仁を筆頭に、部屋の中の男子のほとんどがベランダに
出ようかという勢いで身を乗り出していた。
「わ、わあっ!もしかしておまえら、今の聞いてた…?」
「おう、バッチリな。いやー、やっぱラブラブだわおまえと克美さん」
「まったくだ。いったいどんな娘かよく知らないけど、今のおまえの様子で、本当に好き
合ってるんだなあってよーくわかったぜ」
「さあ健吾、引き続きその娘のこと話してもらおうか。今夜は寝かせねえぞ!」
「うわあ、助けてー!」
 そして部屋に引きずり込まれる俺。というわけで、その日の夜、俺は克美さんのことを
詳しく話すこととなってしまったのである。そしてその時考えた。克美さんが言っていた
嫌な胸騒ぎというのは、これのことだったのかもしれないと。

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