K’sストーリー第八章 いろんな事情(4)
「ねえ健くん、わたしの取り柄って、何?」
 喫茶店のカウンター席で隣に座っている喜久が俺にそう聞いてきた。
「喜久、顔が近いよ」
 俺は、彼女の質問には直接関係のない言葉を言った。確かに喜久の顔は俺の顔にかなり
近い位置にあり、何かの拍子でどちらかの顔が動いたらキスをしてしまいそうな距離だっ
た。とは言え、喜久はかなりの美人だし、その顔が近くにあるのは悪い気はしない。とこ
ろで今日は冬休み前の最後の日曜日。克美さんが受験勉強モードに入ったので一人街に出
た俺は偶然喜久に会った。親父さんに頼まれて店で使う物の買い出しをしていたというこ
とだが、店に閉じこもってばかりないで外の空気を吸ってこいとも言われたそうなので、
休憩がてら入った喫茶店で一緒にお茶をすることになった。そしてさっきのようなことを
聞かれたわけだ。
「近くてもいいでしょ。ほら、答えてよ」
 喜久が質問に答えろと促す。しかし意味がわからなかったので、俺は改めて聞いた。
「だけど、何が取り柄かって…どういうこと?」
「ほら、克美さんには料理、香菜ちゃんには服作りっていう取り柄があるでしょ?わたし
にはそういったのがないから…」
「喜久、ちゃんと人並みに料理できるじゃないか。それに、香菜ちゃんに教わって、ある
程度はお裁縫とかできるんだろ?」
「人並みとかある程度じゃダメなの!何か、一芸に秀でてたいのわたしは!」
 そんな声と共にテーブルを叩き立ち上がる喜久。そんな彼女に俺はびびった。
「な、何そんなに大きな声出してるんだよ喜久?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって…」
「とりあえず落ち着きなよ。ほら、水飲んで」
「う、うん…」
 そう言って喜久はイスに座り直し、水の入ったグラスに口をつけた。その後少しして喜
久が落ち着いたようなので、俺は彼女にたずねた。
「それで、どうしてそんなに興奮したわけ?取り柄がないことは問題だって、誰かに言わ
れたりしたの?」
「ううん、そういうわけじゃないけど…今度のクリスマスイヴに、みんなでパーティやる
でしょ?」
「ああ、やるね。片瀬家で、いつもの六人で。克美さん、パーティ用の料理作るのものす
ごく気合い入ってるんだ。もしかしたら今も何か作ってるかもね」
「やっぱりそうでしょうね。それと香菜ちゃんは香菜ちゃんで、パーティ衣装だか柳沼く
んへのプレゼントだかわからないけど張り切って作ってるし…。そんな二人のことを考え
たら、わたし、このままでいいのかなって…」
「別にいいと思うけどな。それよりも俺は、克美さんや香菜ちゃんに彼氏ができて自分に
できないのはそういった武器を持ってないからだって焦ってたのかと思ったよ」
「それはないわね。もしもそんなことが原因だったら、仁くんと付き合っちゃうし」
「それもそうか。って言うか、今話してるようなことって、まずはあいつに聞くべきなん
じゃないの?」
「聞いたわよもちろん。そうしたら彼、普通の人だったら歯が浮きまくるような美辞麗句
を並び立ててわたしのことほめまくるのよ。そりゃあ悪い気はしなかったけど、全然参考
にならなかったわ」
 そんな歯が浮くような言葉を言われて悪い気がしない喜久も少し変わってるのかもしれ
ないと思っていると、さらに彼女が言ってきた。
「だから、わたしのことを好きな男の子の目じゃなくて、もう他に彼女がいる健くんの目
で、わたしが他の人より優れてる所を見つけてほしいのよ」
「俺だって、結構ひいき目で君のこと見ちゃってる気がするけどな…」
「それでも仁くんよりはかなりまともよ。ほら健くん、考えてよ」
「えっ、えーっと…」
 半ば強制的な感じで、俺は考えさせられた。そして少し考えた後にこう言った。
「小金持ちってところかな?いや、お金を持ってること自体じゃなくて、それを細かく管
理できる、しっかり者ってことでさ」
「だけど、お金の管理ってことで言ったら、片瀬家の家計を預かってる克美さんの方の方
がわたしよりすごいんじゃないの?」
「う、それはそうかも…。じゃあ逆に、これから強みを作ってみたらどう?克美さんが料
理で香菜ちゃんがお裁縫だから、家庭的なことで残ってるのは掃除とか洗濯とか…」
「そりゃあ家が飲食店だし、掃除はいつもやってるから結構得意よ。でもそれにしたって
家庭的なこと全般で克美さんにはかなわないわきっと」
「それもそうかあ。それ考えると克美さんってすごいんだなあ…」
 俺はそうつぶやいた。そして、隣にいる喜久のことをよく見てみた。店の手伝いをして
いた時に買い物に行かせられたということでほとんどすっぴんだが、それでもかなりきれ
いな顔をしている。かわいい克美さんとは方向性が違うが、人の目をひきまくるという点
では共通だ。さらに首から下を見てみると…。それで俺は思いついた。喜久が克美さんよ
りも上回っている点を。
「ねえ喜久、あったよ。君が克美さんに勝ってる所」
「えっ、どこ?」
「そのスタイルのよさは、克美さんよりすごいって。あの人じゃどうやっても勝てない。
顔もかなり美人だしね」
「もう、それじゃわたしが頭パープリンな見かけだけの女の子みたいじゃない!」
 頭パープリンってどんな表現だよ…。それはともかく、喜久が少し怒ってしまったみた
いなので、俺はフォローの言葉を言った。
「ごめん、言い方が悪かったね。あくまでもいい所の一つとして挙げたつもりだったんだ
よ。それだけが君のいい点だとは思ってないよ」
「そう?ならいいんだけど。でも、わたしってそんなに美人?」
「美人だよ。そうでなきゃ、夏休みに薫の所で参加した水着美女コンテストで準優勝なん
てできないって。ああ、あれだ。君の学校の友達がみんな美人だから、自分のレベルがわ
からなくなってるんだよ」
「そんなものなのかしらねえ…。でも外見はともかくとして、わたしって何やってもそこ
そこなのよ。学校でも、成績はどの教科も平均よりちょっと上、運動もまあまあ。あっ、
水泳を除いて、だけど」
「だったら逆に、何でもそつなくこなすっていうのを強みにしてみたら?」
「それって器用貧乏って言わない?なんだかぱっとしないわねえ…」
「何にもできないより人間より数倍ましだと思うけどね俺は。どれも平均以上なんでしょ
う?どう?俺にこう言われても、そーゆーのは嫌?」
「…そうね。それもいいかも。それで全体的に底上げしていけば、いつかは克美さんを追
い越せるかもしれないし。ありがとう健くん。少し自信持てたわ」
 そう言って喜久が微笑んだ。さっきテーブルを叩いていた彼女とは別人のように優しい
顔になっている。こうなった喜久はさすがに美人で、仁が惚れるのもわかる。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。今日は相談に乗ってくれたお礼に、わたしがお
ごるわ」
「いいの?いつもはお金に厳しい喜久が、珍しい」
「わたしだってそこまで守銭奴なわけじゃないわよ。自分のためになるようなお金ならけ
ちけちしないでちゃんと使うわ。今日は、人間関係を円滑にするためのお金」
 締めるところは締めて、使うべきところは使う…。将来この娘とくっつく男はお金に困
ることはなさそうだなと俺は思った。そして俺は親友として、それが仁であることを密か
に願ったのだった。
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