K’sストーリー第八章 いろんな事情(5)
「メリークリスマース!」
 そんな声と共にクラッカーがはじける。今晩はクリスマスイヴ。いつものメンバーで、
俺と克美さんが住んでいるこの片瀬家でのクリスマスパーティが始まった。普段は三人し
かいないこの家が、倍の人数になってかなりにぎやかになっている。ちなみに克美さんの
お父さんの片瀬先生は、出版社主催のクリスマスパーティに出かけている。
「くあっ、このモモ肉うめー!」
 大きな動きでチキンを食いちぎりながら仁が言う。そんな仁とは対照的に、静かに箸を
動かして別の料理を食べている柳沼が言った。
「その感想には僕も同意いたします。もっとも、よほどのひねくれた人間でなければ、こ
こまでの美味なる料理に対して負の感想を述べる方はいないと思われますが…」
「そこまで言ってもらえると嬉しいなあボク。二人とも、お世辞じゃないよね?」
「自分で言うのも何ですが、僕は自分の気持ちを偽った発言をできるほど器用な人間では
ございません。ですからこれも本心で言うことなのですが、片瀬さんの作られましたこれ
らの料理は、プロの料理人が作られた物と遜色ございません」
「珍しく意見が合うじゃねーか柳沼。俺もそう思うぜ。つーか克美さん、将来はプロにな
るんでしょ?」
 仁にこう言われた克美さんは、意外な言葉を返した。
「ううん、ボク、コックさんにはならないよ」
「えっ?」
 克美さん本人と、そのことを知っていた俺を除く全員がそろって声を上げた。そして、
香菜ちゃんがこう聞いた。
「それじゃあ克美さん、将来はどんな職業に就くつもりなんですか?」
「んふふ、そのうち教えるけど、今は内緒〜」
「克美さん、珍しく意地悪ですね。あっ、さっき驚いてなかったし、健くんなら知ってる
わよね?教えなさいよ」
「健吾くん、話しちゃダメだよ。とりあえず秘密にしておくんだから」
「つーわけで残念だけど喜久、今は内緒ね。遅くても来年の4月になったらわかるから。
それよりもみんな、おいしいうちに克美さんの料理食べようよ。プロ並みの料理をさ」
「東さんのおっしゃるとおりですね。せっかく作っていただいたのです、最高の状態でい
ただくのが作っていただいた片瀬さん、そして食材に対する最高の敬意です。…あっ、東
さん」
 柳沼が俺に声をかけた。その時の俺は、フルーツの盛り合わせで最後に残っていたさく
らんぼを取ろうとしていたところだった。柳沼が続けて言う。
「がっつくようで申し訳ないのですが、そのチェリーは僕にいただけないでしょうか?好
物なのでございます」
「そうなのか?じゃあやるよ」
「ありがとうございます。それでは、塩をかけまして…」
 さ、さくらんぼに塩?スイカにかけるのなら聞いたことあるけど…。まあ、人の好みは
それぞれだから別にいいか。そしてそのさくらんぼを口に含んだ柳沼は、何やらもごもご
とやった後にそれを外に出した。見ると、種ときれいに結ばれた茎が出てきていた。する
と、それを見た仁が、さっき自分が食べたさくらんぼの茎を口に入れ、同じようにもごも
ごとやって口から出した。やっぱりきれいに結び目ができていた。そして一言−。
「どうだ柳沼、俺の方が早いぞ!」
「…別にあなたと競おうとか、そのようなことを思っていたわけではないのですが…」
「おまえにその気はなくとも、俺は挑戦と受け取った。だからそれを受けたまでだ」
「それにしても、柳沼くんも仁くんも舌が器用なのね。そういえば、舌が器用な人はキス
が上手って話を聞いたことがあるけど…」
「試してみるかい、喜久さん?」
「遠慮するわ。それより、まだお料理たくさん残ってるし、食べましょう」
 その喜久の言葉に従い、俺たちは最高のシチュエーションで最高の料理を食べた。そし
て一通り食べ終わり、しばらくみんなでおしゃべりをしていると、急に仁がある物を見つ
けた。
「あの棚にあるのって、学校の卒業アルバムか?」
「あれ?そう、ボクの小学校のアルバム。見てみる?」
 そう言って克美さんは棚にあった一冊のアルバムを取ってきた。そしてそいつを見るべ
く、仁だけでなく俺や他のみんなも集まった。
「じゃあ、開いてみようか」
 その言葉と共に開かれる禁断の(?)アルバム。開いたページにちょうど克美さんがい
た。克美さんだとわかったのは、今の彼女と全くと言っていいほど変わっていなかったか
らだ。
「それにしても、きれいなアルバムですね。俺のとは大違いだ」
 仁がそんなことを言い出したので俺はこいつに聞いてみる。
「大違いって、おまえのアルバムはそんなに汚れてるのか?」
「汚れてるって言うか、いろいろチェックが入ってるんだよな。かわいい女の子の写真と
か、名簿とか」
「何やってんだかこいつは…。本当女好きだなおまえは」
「ああ、大好きだよ。でもその中でも一番好きなのは…」
 そんな言葉を言って仁が喜久の方を見る。しかし当の彼女はそんな仁とは視線を合わせ
ずにこんなことを言った。
「そういえば、健くんの小学校の卒業アルバムの作文って、将来は漫画家になりたいって
内容だったわよね」
「そうなんですか?センパイって、そのころから漫画家を目指してたんですね」
「ん、まあね」
 俺がそう言うと、仁がぽつりとこんなことを言う。
「…読んでみてえなあ。この家にあるのか?」
「あることはあるけど…つまんねえぞきっと」
「つまらないか否かは読んでみなければわかりません。僕も小学生だったころの東さんが
どのような思考の持ち主であったのかいささかの興味があります。読ませてはいただけな
いでしょうか?」
「仁はともかく柳沼までそんなこと言うなんてな…。わかったよ、持ってくるからちょっ
と待ってろ」
 それで仕方がないので俺は自分の部屋に行って、押し入れに放り込まれていた卒業アル
バムを引っぱり出しみんなの所に戻った。
「おっ、戻ってきたな。さあ、読め!」
 なぜか仁が俺に命令する。
「俺に声に出して読めっていうのかよ。それは嫌だ。渡すから黙読しろ」
 と言って仁にアルバムを渡してしまったのが運のつき。パラパラとページをめくって俺
の作文を見つけた仁は−。
「将来の夢。東健吾」
 声に出して読み始めやがった。
「や、やめろ仁。やめろよ!口に出すんだったら返してもらうぞ!」
 俺がそう言っても仁は読むのをやめない。
「僕の夢は、漫画家になることです。漫画家になりたいと思ったきっかけは、片瀬光太と
いう人が描いている『龍玉奇妙譚』という漫画を読んで、すごく感動したからです」
「あっ、お父さんだ。健吾くん、お父さんの漫画がきっかけで描き始めたの?」
「ええ、そうなんです。けど、改めて読まれると恥ずかしい。恥ずかしいー!」
 そして俺は、仁の朗読が続いている中その場を逃げ出しトイレに駆け込んでしまった。
トイレの中にいても仁の声は聞こえる。あの野郎、ここぞとばかりにかなり大きな声で読
んでやがる。そしてそのうち、作文の最後の部分になった。
「僕は漫画から勇気をもらいました。片瀬光太の作品だけなく、その他のいろんな漫画か
らもいろんなことを学びました。たかが漫画という人もいるかもしれませんが、漫画でも
人の心を動かせるんです。だから僕もいつか、人の心を突き動かせる漫画を描けるプロの
漫画家になれるよう、がんばっていきたいと思います。…終わり」
 ようやく仁が読み終わったので、俺はトイレから出てみんなのいる場所に戻った。
「あっ、センパイ帰ってきました。…センパイ、顔が真っ赤ですよ?」
 香菜ちゃんの言うとおり、俺の顔は過去の稚拙な文を暴露されて真っ赤になっていた。
「健吾くん、そこまで恥ずかしかったの?」
「恥ずかしかったですよ、思いっきり。もう、喜久!」
「えっ、わたし?」
 名前を呼ばれた喜久がきょとんとした顔になる。
「元はと言えば君が、俺の作文の内容を暴露するからだぞ。まったく、余計なことを言っ
て…。君の作文も読んでやろうか」
「おいおい健吾、女の子にいじわるするな。それにおまえの作文、悪くなかったぜ」
「そうですね。小学生ながら目標をしっかりと持っていることがわかる、いい文章であっ
たと僕は思いますです」
「そ、そうか?そう言われると、あれだな」
 仁と柳沼に言われて、俺の溜飲は少しだけ下がった。そして俺はこんなことを言う。
「けど、この作文書いた時はまさか自分がその片瀬光太先生のアシスタントやるなんて夢
にも思わなかったなあ。しかもその時引き合いに出した作品の手伝いをするなんて…」
「健吾くん、もうすぐ健吾くんの夢叶うよ。お父さんが認めてくれてるんだから!」
「はい、ありがとうございます。これからもがんばります」
「ねえみんな、そろそろこの話題は終わりにして、プレゼント交換やらない?」
 そう喜久が言った。これはもしかすると自分の作文が読まれる前に話題を変えようとし
ているのだろうか。
「よし、それじゃ始めよう!みんなちょっと待っててね」
 そう言って克美さんが一枚の何も書かれていない紙を取り出した。六本の縦線とたくさ
んの横線を書いていく。そう、あみだくじでプレゼント交換をするつもりだ。くじができ
た後、俺たちは上下にそれぞれ名前を書いた。
「これだと自分のプレゼントが当たっちゃう可能性もあるけど、その時はその時。じゃあ
まずはボクから行くね」
 そして自分の名前から線をたどっていく克美さん。その先には仁の名前があった。
「あっ、仁くんのプレゼントだ。仁くんは何を用意してくれたの?」
「遊園地のペアチケットです。本当は喜久さんに当ててもらって俺のこと誘ってほしかっ
たんだけど…くじじゃしょうがない。それじゃ次は俺が引くぜ」
 というわけで今度は仁が自分の名前をたどる。だが、行き着く先が判明した時、仁の動
きが止まってしまった。
「な…なんで柳沼のプレゼントに…ちっくしょー!」
「ちくしょうは心外ですね。公正なあみだくじなのですから、その場所を選んだあなたに
責任がございます。それに、それなりに高価な物を用意させていただいたつもりですよ」
「高価な物って…何だ?」
「とある外国人詩人の詩集でございます。これを読まれて、繊細な心の一つでも身につけ
てみてはいかがでございますか?」
「大きなお世話だ!俺はもともと繊細だっつーの!」
 その仁の言葉にどこがと俺は思った。おそらく他のみんなも同じことを思ったに違いな
い。しかし、仁は続けてこんなことを言った。
「とは言え、これで女の子をころっとさせるフレーズを覚えるってのもいいかもな。とり
あえず礼は言っておくぜ」
「できることならそのようなことに使っていただきたくはないのでございますが…」
「俺がもらったもんなんだ、どう使ってもいいだろ。心配すんな、おまえの妹の忍ちゃん
には、高校受験が終わるまではそーゆーこと言わねえからよ」
 仁が、柳沼の身内の名前を出したことで、その人物の性別が仁が思っているのと違うと
いうこと知っている俺と克美さん、そして柳沼本人がビクっとした。そして、柳沼はごま
かすように言った。
「で、で、では次は、僕がくじを引きますです、はい」
 そうやって柳沼がやったあみだくじ。そのたどり着いた先には−。
「東さんのプレゼントですか…。何を用意していただいたのでしょうか?」
「俺のは…目覚まし時計。しっかり者っぽい柳沼には無用の物かな?」
「そうでもございませんよ。ありがとうございます」
「そうか?それならよかった。じゃあ次は俺な。ここからこう行ってこう行ってこうなっ
て…おっ、克美さんのだ!ラッキー」
「ボクのは手作りクッキーだよ。健吾くんが当ててくれてよかった」
「ありがとうです。で、残ってるのは誰だ?」
 確認するように俺が言うと、香菜ちゃんが答えた。
「くじを引いてないのもプレゼントが出てないのも、わたしと喜久さんの二人ですね」
「それぞれの交換になるか、それとも自分のになっちゃうか…。やってみましょう」
 というわけで喜久があみだくじをやると−。
「あっ、香菜ちゃんのに当たったわ」
「わたしは手編みのマフラーを作ってみました。それほど上手じゃないんですけど…」
「これ?そんなことないわよ、すごい上手じゃない。ありがとうね香菜ちゃん。でもそう
なると香菜ちゃんにあげるわたしのプレゼントがすごいせこい物に見えるわね…」
「喜久のプレゼントは何なの?」
「“鬼賀屋”のお食事券。これをわたしに見せてくれればタダになるってのを自分で作っ
たんだけど…アルバイト中にまかないも出るし、香菜ちゃんにはあまり必要ないかしら」
「だったら香菜ちゃん、俺がゲットした柳沼のプレゼントと交換してくれ!」
「それじゃくじの意味がねーだろ!」
 俺は仁にツッコミを入れた。一方、香菜ちゃんはこんなことを言った。
「それについては後で要相談ということで…。それと、克美さんから頼まれてた物もでき
あがってますので、今渡しちゃいますね」
「あっ、ありがとう香菜ちゃん。ごめんね、無理なお願いしちゃって」
「いえ、一から作るのではなかったのでそれほど大変ではありませんでした。それに、わ
たし自身やってて楽しかったですし…」
 そう言いながら香菜ちゃんは自分が持ってきた荷物から何かを取り出した。服…と言う
か何かの衣装のようだ。色からすると、どうやら二着あるらしい。一着は赤い服、もう一
着は茶色の服だった。そして克美さんがそれを受け取った。
「うんうん、ボクの注文通りだね。ありがとう香菜ちゃん。それじゃ健吾くん、はい」
「へっ?」
 突然、受け取ったばかりの二着のうち、茶色い方の服を俺に手渡す克美さん。その後で
彼女はこう言った。
「これ、明日健吾くんに着てもらうのに香菜ちゃんに作ってもらったんだ。いや、作るっ
て言うよりは、リフォームかな」
「明日…って言うとあれですか…」
 確かに俺は、明日克美さんととある場所に行く約束をしている。しかしそこでこれを着
ろと言うのか。この色と言い、嫌な予感がする…。俺がそんなことを考えていると、香菜
ちゃんが言った。
「克美さんのは本人に合わせながら作ったので大丈夫なんですけど、センパイの服はもし
かしたらサイズが合ってないかもしれないんです。確認をしたいので、ここで着てみても
らっていいですか?」
「えっ、ここで?わ、わかった、奥で着替えてくるよ」
 こうして俺は別の部屋に行って香菜ちゃんが作った服を着た。そして、そこで一言。
「やっぱりこんなんだったか…。でも明日行く場所が場所だしなあ…」
 こうして着替えを終えた俺はみんなの所に戻った。その俺を見た仁が−。
「ん?ぶわははは、何だそりゃ、お似合いだぞ健吾!」
「うるせー笑うな!」
「それって…トナカイ?」
 喜久の言う通り、茶色いその服はトナカイの衣装だった。衣装というよりは着ぐるみに
近い。そしてそんな俺に香菜ちゃんが聞く。
「センパイ、きつい所とか、ゆるい所とかありませんか?」
「い、いや、大丈夫だけど…よくここまでぴったりに作れたね」
「人間メジャーの俺がいるのを忘れたか?香菜ちゃんに健吾のサイズ調べてくれって言わ
れた時は何するのかと思ったけど、こういうことだったのか」
「そんなの、俺本人に聞きゃいいのに…」
「一応健吾くんに内緒で作ろうって思ってたから…。それより健吾くん、オプションつけ
るの忘れないでね。はいこれ」
 そして克美さんがある物を俺に渡す。仕方がないので俺はそれを身につけた。
「赤鼻に角…笑かしてくれんじゃん、健吾!」
「笑うな仁!まったく、克美さんの頼みじゃなきゃしねーよこんなこと…」
「あはっ、ありがとね健吾くん。それじゃボクも着替えてみようかなっと」
 そう言って今度は克美さんが奥の部屋に消えた。そしてしばらくして戻ってきた克美さ
んは、サンタクロースに変わっていた。しかもミニスカートとニーソックスの…。うん、
かなりかわいいぞこれ。
「サイズはばっちりだね。さすがは香菜ちゃん。で、どうかなこれ?似合ってる?」
 そう言いながらくるっと回る克美さん。短いスカートがふわっとなりかけた。
「か、克美さん!そんなことしたら見えちゃいますって!」
 俺が少し焦ってそう言うと、仁が鼻で笑った。
「はん、ウブなヤツ」
「うるせーよ。俺はおまえとは違うんだ。なあ柳沼、おまえも俺よりの人間だよな?」
「えっ?え、ええ、どちらかと言いますと…」
「それよりボクはどうなの?似合ってるの?似合ってないの!?」
 克美さんが割り込んできた。でも、この割り込みが逆にいい感じで仁の話を打ち切って
くれた。それで俺はこう答えた。
「かわいいです、似合ってます、すっごくいいです!」
「なんだか投げやりな感じがするけど…とにかく大丈夫だってことだね?それじゃあもう
遅いし、そろそろこのパーティもお開きにしようか?」
 というわけでこれで今日の会は終わり、俺と克美さん以外の人間がこの家を後にする。
「じゃあな健吾。克美さんもさよなら」
「ああ。喜久のこと、家までよろしく頼むな」
「OK。それじゃ喜久さん、行こうか」
「ええ。それじゃあみんなさようなら。またね」
「桂さんは僕が責任を持って送り届けますので。では桂さん、僕たちも帰りましょう」
「はい。みなさん、今日はありがとうございました。おやすみなさい」
 こうして四人は帰り、残ったのは俺と克美さんだけになった。
「あーあ、終わっちゃった。でもすっごく楽しかったよね」
「そうですね。そろそろ先生も帰ってくるでしょうから、片付けとかしちゃいましょう」
「うん、そうしよう。…ハ、ハクチュ!」
 克美さんが小さくかわいいくしゃみをした。
「うー、短いスカートはいてたから、冷えちゃったかな…。明日はタイツとかストッキン
グとかはいてこうっと」
「それがいいかもしれませんね。そうすればスカートがまくれても中がダイレクトに見え
ることもなくなるだろうし…」
「うん、そうだね。それじゃ健吾くんも、明日はよろしくお願いね」
「はい」
 俺はそう返事をする。クリスマスイヴはもう終わるが、俺と克美さんのクリスマスは明
日まで続くのだった。
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