K’sストーリー第八章 いろんな事情(6)
 12月25日、午後1時。俺と克美さんは、家の近くにある保育園にいた。そこで二人
で何をしているかというと…。
「健吾くーん、この飾り、上につけてー」
「はい。…これでいいですか?」
「うん。やっぱり背の高い男の子がいると助かるよ。これで一通りの準備はできたね」
 今日この園で行われるクリスマス会の準備をしていたんだ。
「お二人とも、ご苦労さま。こちらで少し休んだら?」
 そう俺たちに言ってきた女の人は保育園の園長先生。しかしその言葉に対して克美さん
はこんなことを言った。
「ボク、お料理の方見てから行きます。健吾くん、先行ってて」
「あっ、はい、わかりました」
 それでとりあえず俺だけ園長先生の後についていった。案内された先に、お茶が用意さ
れていた。
「健吾くん…だったかしら?今日はお手伝いさせちゃってごめんなさいね」
 園長先生が言う。
「いえ、大丈夫です。克美さんに頼まれたことですし。でも、克美さんって結構頻繁にこ
この手伝いしてるんですか?」
「そうねえ、前は割と来てたわね。高校3年生になってからもたまに…。ところで、あな
たと克美ちゃんってどういう関係?恋人?」
「えっ、ええ、まあ、そうです。しかし、つい最近まで克美さんがここに来てるってこと
知らなかったんだよなあ俺。一緒に暮らしてるのに…」
「えっ?一緒に?」
「ああっ、いやいや、何でもないです。ところで、克美さんがここを手伝うようになった
きっかけって何なんですか?」
 俺が聞くと、園長先生が逆にこう質問してきた。
「あなたは、あの娘の家族構成とか、知ってるわよね?」
「ええ、お母さんが小さいころに死んで、それ以降お父さんと二人暮らしをしてたってこ
とはもちろん知ってます」
「そう。それでお父さんが仕事をしてる間、克美ちゃんはこの保育園に預けられてたの。
お父さんの仕事が忙しくて普通よりも長い時間ここにいることも結構あって、そのおかげ
かしら、いつからか、将来保育士になるって夢を持ったの。それで、いつかの日のために
ここの手伝いをするようになったの」
「そうだったんですか。俺、あの人が保育士を目指してるって聞いた時、えって思ったん
ですよ。あの人絶対料理関係の仕事に就くって思ってましたから。だけど、そんな理由が
あったんですね。でも、克美さんって確か音痴…」
「そうなのよねえ」
 そう言って園長先生が苦笑いをした。だが、続けてこんなことも言った。
「だけど、それは克美ちゃん本人も自覚してるみたいで、高校卒業したら行こうとしてる
学校でみっちり鍛えますって言ってるの」
「四年生の大学なんですよね。おそらく日本で唯一の、保育士養成大学…」
 俺がそんなことを言ったその時、克美さんが来た。
「あっ、いたいた。ごめん健吾くん、ちょっといいかな?」
「何ですか克美さん?」
 克美さんに呼ばれた俺がそちらに行くと、三人の男の子と二人の女の子がいた。
「あれ?今日の会は3時からでしたよね?もう来ちゃった子がいるんですか?」
「そうなの。お母さんとかお父さんの都合とかある子がいて…。それで健吾くん、悪いん
だけどこの子たちと遊んでてくれないかな?」
「いいですよ。それじゃみんな、あっち行って遊ぼうか」
「はーい」
 こうして俺たちは教室に行った。そして、そこで男の子の一人が俺に言う。
「俺、火野竜太。よろしくなおっさん」
「おっさんって…俺、まだ17歳なんだけど…」
「5歳の俺からすりゃあ、17歳なんてもうおっさんだよ。んで、おっさんは克美とどー
ゆー関係なんだ?」
「俺はおっさんで克美さんは呼び捨てかよ…。一応、あの人の方が俺より歳上なんだけど
な…」
「いーじゃんそんなの。男が細かいこと気にすんな。で、どーなんだよ?」
「子供が聞く話じゃない。よーしみんな、何かして遊ぼう!」
 俺は竜太を無視して、彼以外の子供たちに話しかけたが、ここでまた竜太が言った。
「俺、『龍神戦隊ドラゴンジャー』ごっこがしたい!」
「えーっ、『仮面ソルジャーノヴァ』がいいよー」
「それよりも、『アルテマンZ』!」
「わたしは『あの子はキュトヒル』になりたぁい」
「あたしもー!」
 みんないろいろ言っているが、ともかく特撮ヒーロー物ごっこがしたいらしい(最後の
はアニメでヒロイン物だが)。それで俺はあることを思いついた。
「それじゃあ、どのヒーローにするか決めてて。その間に準備しちゃうから」
 俺はそう言って一度その場を離れた。そして少ししてまた教室に戻った。
「あーっ、おっさんが変な格好になってるー!」
 そう、俺は服を着替えたんだ。昨日香菜ちゃんにもらった、例のトナカイに。
「ぐわははは、トナカイ怪人だー。やっつけちゃうぞー!」
「そうはさせるか!みんな行くぞー!」
「おーう!」
 そう言って子供たちはポーズを決める。さっきの間に何をやるか決めたようだ。
「ドラゴンレッド!」
「仮面ソルジャーノヴァ、幻身」
「ジャア!アルテマン、ゼーット!」
「パールキュトヒル!」
「オブシダンキュトヒル!」
 バラバラだー!結局、自分がやりたい物をやることになったらしい。まあ、こっちはや
られるだけだから、相手が何でもいいんだけど。そんなことを思っていると、まずはドラ
ゴンレッドになった竜太が向かってきた。
「たあ!たあ!たあ!」
 おっ、結構痛いぞ。子供は容赦しないからな…。
「このトナカイめ、強いな!みんなも手伝え!」
「おう!」
 残りの四人も来た。うわっ、もしかしてやばい?そして不安どおり、俺の体がボコボコ
になってきた。
「ぐわあ、もうダメだあ。やられるぅ」
 これは半分演技、半分マジだ。もうそろそろとどめを刺してくれという想いもあった。
「必殺、リュウジンバズーカ!」
「ノヴァクラッシュ!」
「アルゼットこーせん!」
「キュトヒルジュエルスプレッド!」
 だからと言って全員で必殺技かますなー!それらを一斉にくらった俺は−。
「ぎゃああああ、やーらーれーたー!」
 そう言って倒れた。やれやれ、これでみんな気が済んだろう。ところが、である。
「おっさん、早く起き上がってよよ」
「えっ…?」
「ドラゴンジャーの敵は一度やられても大きくなって復活するんだよ。だから、早く!」
「わ、わかったよ。グオゴゴゴゴゴ…」
 自分で効果音をつけて再び立ち上がる俺。って言うか、カンペキにこの竜太が仕切って
るなあ。
「くそう、しつこいヤツめ」
 いや、起き上がれって言ったのはおまえだから。
「ドラゴンジャーロボ、発進!」
 てなわけで、その後またも子供たちにやられる俺だった−。

 そんな風に子供たちとヒーローごっこをしているうちにクリスマス会の時間になったの
で、スタートした。
「みんなー、こんにちはー!」
 教室で、サンタクロースに扮した克美さんが子供たちに呼び掛ける。ちなみに俺はこの
後の出番まで教室の外で待機中だ。
「こんにちはー!!」
 克美さんに負けない大きな声で子供たちが返事をする。
「今日は、クリスマスです。昨日の夜とか今日の朝に、サンタさんからプレゼントもらっ
た人はどのくらいいるかなー?」
「はーい!」
「うん、ほとんどみんなもらってるね。でもサンタさんうっかりして、渡し忘れちゃった
物があるんだって。だからボクがサンタさんに、そのプレゼントを預かってきました。こ
れからみんなに配りまーす!」
「やったー!」
 子供たちが喜ぶ。ここで俺登場。トナカイファッションフル装備の男がプレゼントを乗
せたそりをひいて教室に入ると、子供たちだけでなく、何人かの保護者にまで笑われた。
さらには保育士さんにまで…。いいさいいさ、今日の俺はマヌケなピエロさ。そんなこと
を心の中でつぶやきながら、サンタの克美さんにプレゼントをパスする俺。そしてその克
美さんは並んだ子供たちにプレゼントを渡していく。プレゼントをもらって、みんなすご
く喜んでいる。そしてそのうち、全員へのプレゼントが配り終わった。
「はい、これでおしまいです。それじゃみんなでサンタさんにお礼を言いましょう」
「サンタさん、どうもありがとうございました!」
 子供たちが克美さんにお礼を言った。その後、みんなでゲームなんかで遊んで楽しく過
ごし、にぎやかに会は終わった。
「先生、さようなら。みなさん、さようなら」
 お約束のあいさつで子供たちは解散、親御さんたちと帰って行った。その後、会場の後
片付けをしていた俺たちだったが、ちょうどそれが終ったころ、一人の子供が俺に話しか
けてきた。
「おっさんおっさん」
「竜太かよ。おまえ、まだ帰ってなかったのか?」
「俺ん家、父ちゃんも母ちゃんも仕事が忙しくてさあ。それより、今日はありがとな」
「俺は克美さんの手伝いしただけだから、お礼ならあの人に言ってくれよ」
「そうだな。じゃあ、ちょっと行ってくる」
 そう言うと竜太は同じ教室の別の場所にいた克美さんの所に行った。
「どうもありがとうございました!」
 そんな大きな声が俺の所にまで聞こえた。見ると竜太は克美さんに頭を下げている。な
んだ、俺にため口聞いてたりしてたけど、結構礼儀正しいんじゃないか。俺がそんなこと
を思っていると、竜太のヤツ、とんでもないことをしやがった。一瞬俺の方を見てニヤリ
と笑うと−。
「そりゃー!」
「きゃあっ!?」
 なんと竜太のヤツ、克美さんのミニスカートをずり下ろしやがった!幸いにも、昨夜話
していたように克美さんはタイツを履いていたのでそれが見えただけで済んだが…。
「ちぇーっ、やっぱその下、パンツじゃなかったんだ。それも下ろしちゃおうかな」
 悪びれた様子もなく言う竜太。やっぱり悪ガキだこいつ…。俺はできる限りのスピード
で竜太と克美さんの所に走った。
「何してくれちゃってんだこらーっ!」
 俺は竜太をどなった。
「健吾くん、子供相手にそんなに怒らないでよ」
 下ろされたスカートを直しながら克美さんが言う。
「でも、でもですね…」
「ボクがいいって言ってるんだからいいの」
「そーそー、克美が怒ってないんだからいいんだよ」
 って言うか、原因はおまえだろ竜太。そしてこいつは続けて俺に言ってくる。
「なーおっさん、片付け終わったんだろ?母ちゃん来るまで、また遊ぼーぜ」
 こう言われた俺は思った。よーし、遊びにかこつけてちょっとしたお仕置きをしてやろ
う。克美さんが許しても俺は許さん。
「よし、それじゃ相撲でも取ろうか」
「おー、いいぜ」
「じゃあ、危なくないようにあそこのマット敷いてやろう」
 というわけでマットを敷いてその上で身構える俺と竜太。
「はっけよーい、のこったー!」
 そうして相撲を取る俺たちだったが、体格差があり過ぎて、5歳の竜太に押されても引
かれても、俺はびくともしない。
「ほらほら、どーしたどーした」
「こんのぉ…おりゃあ!」
 竜太が気合いを入れても状況は変わらない。しばらくそのままだったが、そろそろいい
だろうと思った俺は、軽く竜太を押した。
「わっ、わあっ!」
 後ろに倒れる竜太。
「この、おっさん、なめんなー!」
 竜太が起き上がり、また俺に向かってくる。俺は今度は腕を軽くつかんで投げた。
「うう、強え…」
「当たり前だ。けど、その気があるならいくらでもかかってこい」
「言われなくてもわかってらあ!」
 で、また向かってくる竜太。そして何度も俺に倒されたり投げられたりする。よーし、
これだけやれば俺の気も晴れた。大人げない?知るかそんなの。そして、何度もやられた
竜太はさすがに怒りが溜まってきたようで−。
「いい加減にしやがれー!」
 ぶち切れたのか、グーで俺に殴りかかってきた。俺はそれをもろにボディにくらった。
うっ、思ったより来た。本当はそれほどでもなかったが、竜太の自尊心のために、膝をつ
いてやった。
「へっ、思い知ったか俺の力!」
「や、やるじゃねえかよ。だけど竜太、相撲じゃ拳で殴るのは反則だぞ」
「関係ねーよそんなの」
 竜太が言ったその時−。
「竜太くーん、お迎えが来たよー」
 克美さんの声だ。見ると、教室の入り口近くに一人の大人の女性と、竜太よりも小さい
一人の女の子がいた。
「あっ、おばさんだ。母ちゃん、またおばさんに頼んだのかよ」
「あの人はおまえのお母さんじゃないのか?」
「ああ。あの人は隣に住んでる飛島さんだ。つい最近引っ越してきたばっかりだけどな」
「じゃあ、あの娘も妹じゃなくて?」
「ああ、あいつは飛島飛鳥っつーんだ。じゃあなおっさん、また遊ぼうぜー」
「だから俺はおっさんじゃなくて…」
 俺の言葉も聞かず、竜太は飛島さんの所に行った。竜太と飛島さんが克美さんに礼を言
い、そのあと二人が俺の方を見て頭を下げた。それを見て、俺も二人に頭を下げた。こう
して一番騒がしいヤツがいなくなり、俺たちの仕事も終わりとなったのである。

 そして、その日の保育園での全てが終わった後、クリスマス会用の衣装から元の服に着
替えた俺と、サンタ服の上にコートを羽織った克美さんは家路についていた。
「健吾くん、今日はありがとね。おかげで去年よりみんな喜んでたよ」
「いえいえ、どういたしまして。でも、思ったより疲れました。特に、あの竜太が…」
「彼はあの保育園の中でも一番の元気者だから…。だけど、あの子があそこまで懐くなん
て結構珍しいかも。気に入られたのかな?」
「そうなんですかね。あー、それにしても疲れた…」
「お疲れさま。じゃあ、家に帰ったらマッサージでもしてあげるよ。でも、その前に…」
 克美さんが少しもじもじしながら言う。
「まだ夕方だし、二人でどこか行かない?」
「えっ?」
「ほら、昨日は喜久さんたちとのパーティで、今日は保育園だからせっかくのクリスマス
なのに二人きりになれなかったでしょ?一応、ボクたち恋人同士なんだから…」
 こう言われて、断れる俺じゃない。
「いいですよ。でも、どこに行きますか?」
「どこがいいかなあ。そうだ、公園行こう!」
「公園?木本公園ですか?」
「そう。ほら、行こ行こ!」
「よーし、行きますか」
 こうして俺たちは二人で公園に行った。この木本公園は数ヶ月前、俺が克美さんに告白
をして晴れて恋人同士になった思い出の場所でもある。
「うーん、誰もいないですねえ…」
 辺りを見回しながら俺は言った。
「そうだね。寒くなってきたしね。でも、かえって好都合かな」
「えっ?好都合って何がですか?」
 俺が聞き返すのも無視して、克美さんは走っていった。ベンチの所で立ち止まると、手
招きをして言った。
「健吾くーん、こっちおいでー!」
 それで俺は克美さんの言う通り、彼女の側に行った。
「ねーねー健吾くん、ここに座ってくれる?」
「このベンチにですか?わかりました」
 で、言われた通りにする俺。
「オッケーオッケー。それじゃ…」
 そう言うと克美さんは俺の隣に座った。しかもぴったりくっついてくる。俺は少し胸を
ドキドキさせた。それは克美さんにもわかったようで−。
「ん?やだなあ健吾くん、今さらこれぐらいのことでドキドキしないでよぉ」
「そ、そんなこと言われても…」
「そんなんじゃ、これからボクがしようとしてることやったら、もうどうにかなっちゃう
んじゃないの?」
「克美さんがしようとしてることって…?」
 俺が聞くと克美さんは改めて周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、俺に抱きつ
いてきたんだ!
「えへへ、健吾くん、だ〜い好き!」
「お、俺も大好きですよ、克美さん」
 俺は、自分の気持ちに正直に克美さんに言った。そして見ると、克美さんは目をつぶっ
ていて、そして自分の唇に人差し指を当てている。これはもう、あれしか考えられないよ
な。というわけで俺は、その唇に自分の唇を当て、しばらくその状態をキープした後、離
れた。すると克美さんが目を開けて、にこりと笑って言った。
「えへへ、ありがとう健吾くん。だけどよくわかったね」
「そりゃあわかりますよ。まだ数ヶ月の付き合いですけど、これでも彼氏なんですから」
「そう言ってくれて嬉しいなあ。ねえねえ健吾くん、もうちょっとこのままでいい?」
「ええ。でも、もう寒くなるからもう少しだけですよ」
「こうしてれば暖かいんだけどなあ…寝ちゃおうかなあ…」
「ダメですよ。風邪ひきます」
「そうだよね。うん、満足したよ。よし、それじゃもう帰ろう?」
「はい」
「帰ったら、約束通りマッサージしてあげるからね」
「ええ、お願いしちゃいますね」
 そうして俺たちは家路についた。克美さんと出会って恋人同士になり、片瀬先生のアシ
スタントにもなれた最高の一年もあと五日ほどで終わる。来年は俺にとって、どんな年に
なるんだろうか。そして、克美さんや他のみんなと、いったいどんな一年を過ごすことに
なるのだろう。楽しみでもあり不安でもあるけど、二人なら、そしてみんな一緒ならきっ
と大丈夫。来年も、いい年になりますように!

<第七章了 第八章に続く>
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