K’sストーリー第九章 スーパーアイドル健吾?(1)
 今日は大晦日。つまり、今年最後の日である。そして時間は夜の11時を過ぎているの
で、あと1時間後には年が変わっているのだ。そんな時に俺、東健吾ががどこにいるのか
というと、彼女である克美さんと一緒に行きつけのラーメン屋の“鬼賀屋”にいた。今こ
の店には一般の客はいない。もう閉店しているのだが、俺たちやこの店の看板娘である喜
久、そしてその他数人で初詣に行くので、待ち合わせ場所にさせてもらっているのだ。遠
くからは、除夜の鐘が聞こえてくる。
「あーあ、もう少しで今年も終わっちゃうなあ…」
 テレビでやっている年末番組を見ながら克美さんがつぶやいた。そしてその後、こう俺
に聞いてきた。
「ねーねー健吾くん。健吾くんにとって、今年はどんな年だった?」
「俺ですか?そうですねえ、克美さんに出会えて恋人になれたし、片瀬先生のアシスタン
トにもなれたし…もう、人生で最高の一年でしたね」
「あは、そう言ってもらえるとボクも嬉しいな。と言いつつ、ボクも同じなんだけどね。
来年ももっといい年になるといいね!」
「あーあー、二人とも仲いいわねえ。わたしには恋人なんかいないっていうのに」
 少しすねたように喜久がそう言った時、店の戸が開いて誰かが入ってきた。仁だった。
「…かと言って、この人を恋人にするってのもねえ…」
 その喜久の言葉に仁が素早く反応した。
「なになに、喜久さん、ついに俺の恋人になってくれるの?」
「ならないってば。少なくても今年はね。来年はどうなるかわからないけど」
「あらら。よーし、来年こそは絶対に君を振り向かせてみせるからね!」
「まあ、がんばりな仁」
「ボクも、応援はしてあげたいかな」
「ありがとう二人とも。あれ?俺が最後かと思ってたのに、まだ来てない人いるの?」
「そうなんだよ。でも、集合時間は11時だったんだから、おまえだって遅刻なんだぞ。
なんで遅れたんだ?」
「ん、いや、それはなあ…」
 急に仁の言葉が止まった。そしてチラリと喜久を見たのだが、これで彼女がピンと来た
ようだ。
「あっ、わかった。きっといろんな女の子から『初詣行かない?』っていう誘いの電話と
かメールが来てたんじゃない?」
「うっ、さ、さすがは喜久さん、俺のことをよくわかってる。でも、勘違いしないでくれ
よな。その娘たちの誘いを断ってたからこんな時間になっちゃったんだよ。それだけこの
年末年始は喜久さんと過ごしたいっていうこの気持ち、わかってくれよな!」
「はいはいわかりました。それにしても、あの二人遅いわねえ」
 仁の言葉を流しつつ、喜久が言ったその時だった。
「あれ?ねえみんな、出入り口の向こうに人影が見えるよ?」
 その克美さんの言葉の直後、戸が開いて二人の人物が中に入った。そして、それを見た
俺の口から、自然にこんな言葉が出た。
「あっ、香菜ちゃん、振袖?すごいきれいだね」
「あ、ありがとうございますセンパイ。みなさん、遅くなってすみません」
「申し訳ございませんでした」
 香菜ちゃんと、彼女と一緒に来た柳沼が謝った。その二人に喜久が言う。
「大丈夫大丈夫、まだ年変わってないしね。さて、と。それじゃお父さん、みんなそろっ
たから、あれお願いね」
「おう」
 店の奥からぶっきらぼうな声が聞こえた。喜久の親父さんだ。ところで、克美さんは振
袖姿の香菜ちゃんをまじまじと見ている。
「うーん、すっごいきれいだなあ。あ、着物だけじゃなくて、香菜ちゃんもね。もしかし
て、遅くなったのはそれ着るのに手間取ってたの?」
「はい、そうなんです。すみませんでした」
「それって、お母さんか誰かにやってもらったの?」
 俺が聞くと、柳沼の口から意外な答えが返ってきた。
「桂さんは、自分で着物の着付けができるそうでございます。感心いたします」
「へえ、すごーい」
 全員が感心した。さらに喜久がこんなことを言う。
「本当すごいわよねえ。わたし、そんなことできないわよ。だから今日も普通の服だし」
「ボクもボクも。自分で着るのも、他の人にやってあげるのもできないしね」
 女の子二人がそんなことを言っているところに、意外にも仁が口を挟んできた。
「俺は男だから自分じゃ着ないけど、一応、他の女の子にやってあげられるよ」
「ん?なんでおまえ、そんなことできるんだ?」
「それは、あれだ。やる必要に駆られた時にできなかったことがあったから、その後勉強
してできるようにしたんだ」
「えっ?着付けをする必要に駆られるってことは…」
 そう言った香菜ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。彼女は、仁が言った『やる必要
に駆られた時』の意味がわかったようだ。つまりそれは、脱がせたのを戻さなくてはなら
ない時ということで…。見ると、柳沼が腕を組みながら目をつぶって頭を軽く横に振って
いた。これ以上深入りしないようにという意思表示のようだ。その時−。
「おーい、喜久。できたぞー」
 親父さんの声がした。それを聞いた喜久がそちらへ行く。そして、おぼんにラーメンを
乗せてすぐに戻ってきた。
「はーいみんな、年越しラーメンよー」
 実は、ラーメン屋ということもあって、ここでは毎年そばではなくこれだ。俺が両親と
一緒にこの店の隣の家に住んでたころもそうだった。一人暮らしをしていた去年は、その
時住んでいたアパートの大家である香菜ちゃんのお母さんにもらったそばで一人で年を越
したが、その時もここではラーメンを食べたと喜久は言っていた。それにしても、今年は
にぎやかだ。両親と暮らしていた時も最大三人だったので、今はその倍(喜久の親父さん
も入れるとさらに+1)。大人数での年越しもいいもんだなと俺は思った。そしてみんな
でラーメンを食べていると、いよいよ年が変わる時間が近づいてきた。
「あと3分…」
 テレビに出ている時計を見て俺はつぶやいた。
「あと1分…」
 今度は喜久だ。
「30秒…」
 さらに香菜ちゃんが言った。その時、椅子に座っていた仁がおもむろに立ち上がった。
いよいよその時が近づくと、みんな一斉にカウントダウンを始めた。
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
 その時、一人立っていた仁がジャンプをした。
「0!」
 年が変わった。さあ、新しい年の始まりだ。今年もいい年になるといいなあ。
「よーし!」
 急に仁が叫んだ。
「俺、年が変わる瞬間地球上にいなかったぞ!」
 それを聞いた俺は力が抜けた。
「ど…どこのガキだおまえは!」
「まったくでございます。新年早々、頭が痛い…」
 柳沼がこめかみを押さえる。そんな俺たちに仁が言う。
「なんだよなんだよ、新年でめでたいんだからいーじゃねーかよ。というわけでみんな、
明けましておめでとう!」
 相変わらずマイペースな男だ。ともかく新年の挨拶をされたので、俺も同じように挨拶
をすることにした。
「明けましておめでとう」
「おめでとー!今年もボクのこと、よろしくね!」
「明けましておめでとうございます。今年も“鬼賀屋”をごひいきにしてくださいね」
「明けましておめでとうございます。柳沼くん、センパイ、そしてみなさん、今年も仲よ
くしてください」
「おめでとうございます。僕はまだこのグループの中では新参者でございますが、本年も
よろしくお願いいたしますです」
 各人が挨拶をした。これで全員…と思ったが、一人忘れていた。この店には喜久の親父
さんもいたんだっけ。それで俺は、店の奥に呼びかけた。
「親父さーん!今年もよろしくね!」
「おう。みんな、今年もこの店に食べに来いよな」
 これで本当に全員だ。それで仁が言う。
「よし、それじゃみんな、初詣出かけようぜ!」
「相変わらず勝手に仕切りますね間さん」
 冷たく柳沼が言い放つ。これに仁がこう言い返した。
「いーだろ。五人以上のグループになったら、誰か仕切るやつがいねーとまとまりがなく
なるんだよ。例えそれが、自分から名乗り出たヤツでもな」
「それは確かにそうかもしれないわね。それじゃ行きましょうか。…とその前に、これ片
付けなきゃ」
 そう言って喜久が俺たちが使ったどんぶりを片付けようとしたのだが−。
「あー喜久、そのままでいい。俺がやっておく」
「いいのお父さん?じゃあよろしくね。みんな、行きましょう」
 その喜久の言葉に従い、俺たち六人は年が明けたばかりの街へ出たのだった。

「うわっ、やっぱ寒いぜ!」
 他のみんなと近所の神社に向かう途中で俺は思わずそう言った。やはり冬の深夜ともな
ると、かなり冷え込む。風があまり吹いていないのは幸いだが、それでも防寒対策をした
服を突き抜けて、寒さが体に刺さる。
「寒いのは気合いが足んねえんだよ!気合いがありゃあ、我慢できる!」
 仁がそんなことを言い出した。すると柳沼が仁に聞いた。
「では、あなたは寒くはないのですか?」
「寒いか寒くないかって言ったらそりゃ寒いさ。大事なのは、寒さを感じるかどうかじゃ
なくて、寒いからってすぐにそのことを口にしないってことだ。言ったからってどうなる
ものでもないしな」
「意外でございますね。あなたの口からそのような精神論が出るとは思いませんでした」
 その柳沼の言葉に、仁が言い返す。
「言っておくが、俺は人付き合いにおいて、心を大切にする人間なんだぜ。特に、女の子
に対してはな。そーゆーおまえこそアレじゃないのか?心なんて目に見えない物は信じら
れないっていう口じゃないのか?」
「僕とてそのような非人道的な人間ではございません。もしそうであれば、桂さんの誘い
を無視し、家族と一緒に海外へ行っていたことでしょう」
「か、海外?」
 俺は柳沼に聞き返した。
「ええ、そうでございます。実は、僕の家ではほぼ毎年、年末年始は家族全員で同じ国の
同じホテルで過ごしております。自ら断りを入れたのは、今回が初めてでございます」
「毎年海外って…おまえん家、実は金持ち?」
「そうなのかもしれませんね。それはそうと、他のみなさんは今晩の外出に際して問題は
なかったのでしょうか?僕の所は、先ほど申し上げましたように家に誰もいないので、戸
締りさえしてくれば無問題だったのでございますが…」
 柳沼が聞くと、まずは克美さんが口を開いた。
「ボクと健吾くんは、二人きりじゃなくてみんなと一緒ならいいよってお父さんに言われ
たよ」
「俺ん家は放任主義っていうか、俺のすることに関心がないっていうか…。だからきっと
俺が出かけてること、親二人とも知らないんじゃないのかな」
「わたしの場合は、17歳はもう立派な大人なんだから自己責任で行ってきなさいって感
じで大丈夫だったわ。なんせわたしの両親、この歳にはわたしのこと産んでたし」
「あの…実はわたし、ギリギリまでお母さんに反対されてたんです。こんな夜中に女の子
が出かけるなんてって。でも、他の人もいるし、何より東センパイが一緒だって話をした
ら、それでようやくOKしてくれて…」
「そりゃあ俺は香菜ちゃんのお母さんと面識あるけど、だからって俺の名前で外出の許可
が出るほど信頼されてるのかなあ…。って言うか、なんで俺なの?柳沼じゃダメなの?」
「柳沼くんとお付き合いをしていることは、家族には話してませんし…。そのうち話をす
るつもりですけど…」
「よしんば話をしていたとしても、僕ではまだまだ信頼不足でしたでしょうね。東さんの
域には達していないということでございます」
「俺の域って何だよそれ…。ともかく、みんなで来れてよかったよね」
 そう俺が話をまとめたころには、もう神社の近くまで来ていた。予想していたよりもい
くらかは空いていたが、それでも油断すると人の波に飲まれてしまいそうなぐらいの混雑
だった。
「ふむ、これまでにこのような日のこのような時間にこのような場所へ来たことはありま
せんでしたが、なかなかの混雑ぶりでございますね。桂さん、はぐれてしまわれますと困
りますので、お手をお引きいたします」
「あ、ありがとう柳沼くん…」
 そう言って香菜ちゃんと柳沼が手をつなぐ。
「ほーう、やるじゃねーか柳沼。つーわけで喜久さん、俺たちも手、つながない?」
「わたしは迷子にならないから大丈夫」
「いや、迷子にならない保証はないし…」
 仁と喜久がそんな話をしている横で、俺も克美さんに聞いた。
「俺たちはどうします?」
「んとねえ、健吾くんと手をつないでも、ボク、この人ごみの中に埋もれちゃうと思う」
「ちっちゃいですもんね、克美さん。それじゃどうしましょうか?」
「だからボク思ったの。下がだめなら、上だってね。ねえ健吾くん、肩車して!」
「肩車…ですか?大丈夫かなあ…」
「平気だよ。今日のボク、スカートじゃないし」
「いや、そーゆー問題じゃなくて…まあいいや。じゃあ、しゃがみますから上に乗ってく
ださい」
「うん」
 そうして俺が身をかがめると、その上に乗ってきた。そんな俺たちを見て、喜久と話を
していた仁が聞いてくる。
「ん?何やってんだおまえ?」
「見ての通り、克美さんを肩車してるんだけど…立ちますよ。いいスか克美さん?」
「いいよ」
 それで俺はゆっくりと立ち上がった。すると、克美さんが一言。
「うわっ、高ーいっ!」
 そりゃそうだ。俺の身長は約186センチだから、肩の位置でも160は超えている。
だから今の克美さんの目線は2メートルを超えているだろう。克美さんは145センチぐ
らいだったから、いつもよりもはるか上空にいることになる。そして、この状態の俺たち
を、他の四人が見上げる。
「…高いですね片瀬さん」
「センパイの背が高いですから…」
「でも健くん、いつまでその体勢でいられるかしら?」
「言えてる言えてる。健吾ってば貧弱ぅだしな」
 この仁の言葉(特に「ぅ」)にムッときた俺は、こう言い返した。
「あのなあ、俺はただ克美さんを肩車したわけじゃないんだ。このまま人ごみを突っ切る
つまりだったんだぞ」
「ムチャすんな健吾。ぜってー無理だ」
「安定してるし、大丈夫だと思うけどなあボクは」
「克美さんがこう言ってるんだ、俺はこのまま行くぞ!みんなも行くんだろう?」
 俺がそう促したのだが、これに対して香菜ちゃんが言った。
「センパイ、それにみなさん、ここで一度解散しませんか?」
「解散だって?」
「ええ。できればで結構なのですが、桂さんと二人でお参りに行かせていただきたく…」
「おまえら、意外に積極的なんだな。まあそういう俺も、喜久さんと二人の方がいいんだ
けどな」
「あのね仁くん、わたしとあなたは、香菜ちゃんと柳沼くん、健くんと克美さんみたいな
関係じゃないでしょ」
 相変わらず自分たちは恋人同士ではないということを強調する喜久。こう言われた仁が
肩をすくめ、言う。
「きっついなあ喜久さん。でも、本当どうする?解散する?多数決取ってみるか。一度ば
らけた方がいいと思う人」
 仁がこう聞くと、全員が手を挙げた。
「なんだ、みんなそう思ってたんじゃないか。じゃあ、いったん別れようぜ」
「それじゃあ、集合はどうするよ?この混雑ぶりじゃあ、電話がつながらないかもしれな
いぜ」
 俺が言うと、喜久が返してきた。
「克美さんを乗せてる健くんを目印にすればいいんじゃない?周り見ても、思いっきり飛
び出してるから目立ってるわよ」
「そうだね。いざとなったらボクが上から見つけられるし」
「それはどうかと思いますけど…とにかく、解散だな。で、結局喜久はどうするの?」
「そうねえ、しょうがないから仁くんと一緒に行ってあげるわ。こんな所で一人きりにな
るのも嫌だし」
「しょうがないって…よーし喜久さん、今日ここで、俺の必要性を知らしめてあげるよ。
俺なしじゃダメなんだってことを、その体に教え込む!」
「なんだか言い方がいやらしいぞおまえ…。それじゃあ、ここからはみんなバラバラに行
くってことで。迷ったりしたら、俺たちを探してね」
「了承いたしました。それでは桂さん、行きましょう」
「うん。ではみなさん、また後で」
「喜久さん、俺たちも行こうぜ」
「そうね。じゃあ健くん、またね」
 というわけで、俺と克美さんだけが残った。
「ボクたちも行こうよ。健吾くん、よろしくね」
「はい。しっかりつかまっててくださいね」
 こうして克美さんを肩車したまま、俺は神社の境内に向かった。さすがに人が多いので
バランスを崩さないように一歩一歩踏みしめるように足を進めていった。そして時間はか
かったが、ようやく賽銭箱の前まで来ることができた。
「このままでいっか。このままお賽銭あげて願いことしちゃおうっと」
 俺の上にいる克美さんがそんなことを言ったので、俺は心の中で神様ごめんなさいとつ
ぶやいた。そして俺もお賽銭を投げるべく、服から財布を取ろうとしたのだが−。
「うわっとっと!健吾くん、危ないから動かないで!」
 克美さんに言われた。バランスが崩れそうになってしまったらしい。そして彼女は続け
て言う。
「ボクが健吾くんの分まで出してあげるから、しっかり支えてて!」
「わ、わかりました」
 というわけで俺はしっかりと克美さんの土台になる。その上で克美さんが何やらゴソゴ
ソとやっている。
「大奮発で、ボクと健吾くん、500円ずつ!行け!」
 俺の上から二つの硬貨が賽銭箱に向かって飛んでいった。それで俺は目をつぶり、手を
合わせて心の中で願い事を言うことにした。
(今年、プロの漫画家としてデビューできますように。それから、克美さんと去年以上に
仲よくできますように…)
 そんな風に心でつぶやきながら手を合わせていると、上から克美さんの声がした。
「健吾くん、ボクもう終わったんだけど、まだ?」
「あっ、俺ももういいです。行きましょうか」
 そして俺たちは、賽銭箱から離れるのだった。

 お参りを終え、とりあえず仁たちと別れた場所まで戻ろうと思った俺と克美さんだった
が、人の波が邪魔をしてとてもじゃないが進めない。俺一人なら強引に突っ込むこともし
たかもしれないが、克美さんを肩車しているのでそうそう無理もできない。それで流れに
乗って、人が少なくなる所まで行った。
「健吾くーん、もう降ろしていいよー」
 克美さんが言ったので俺は足を止め、腰を下ろした。克美さんが俺から降りる。
「健吾くん、どうもありがとー。すごくいい眺めで、おまけに楽チンだったよ」
「どういたしまして。でも、最初の場所からずいぶん離れた所に来ちゃったな…」
「迷子になっちゃったわけじゃないんだし、大丈夫だよ。…あっ!」
 急に克美さんが声を上げた。彼女の視線の先には、お守りとか破魔矢とかを売っている
店があった。
「もうすぐ受験だし、買っとこうっと。健吾くん、ちょっと待っててね」
「あっ、待ってください克美さん。さっきお賽銭出してもらったし、俺が買いますよ」
「500円以上かかるけど、いいの?それじゃお言葉に甘えちゃおうかなあ」
「わかりました。じゃあ、一緒に行きましょう」
 というわけで俺たち二人はお守り売り場へ。克美さんが欲しいといった物の代金を俺が
払った。
「えへへ、ありがとう健吾くん。これで受験もばっちりだよ!」
 こんな物なくても克美さんの実力なら行こうとしてる大学なんて余裕だとは思ったが、
それでもこんなことで喜んでくれる克美さんはとてもかわいい。その時、今度は俺がある
物を見つけた。
「克美さん、寒くありません?」
「そりゃあ、寒いよ」
「じゃあ、あれ飲みません?」
 そう言って俺が指さした先では、無料の甘酒が振舞われていた。
「あれ飲んだら、体温まりますよ」
「あっ、そうだね。名前にお酒ってついてるけど、ボクたち未成年でも飲めるし」
 それで俺たちはそこで甘酒をもらい、ベンチに座ってそれを飲んだ。体の芯から温まっ
てきた。
「あー、おいしい。…あれ?」
「どうしたんですか克美さん?」
「…ごめん健吾くん、なんだか眠くなってきちゃって…」
「えっ?ちょっと、アルコールも入ってないのになんで酔っぱらうんですか!」
「違うの。これは酔っぱらったんじゃんなくて単純に夜だから眠く…くー…」
 言っている間に克美さんは目を閉じてしまった。
「風邪ひくっスよー!起きてくださーい!」
 俺がそう叫んでも克美さんは起きない。この人、寝つきよ過ぎ…。俺がどうしようかと
思っていると、こんな声が掛けられた。
「…センパイ、どうしたんですか?」
「片瀬さんが眠ってしまっていらっしゃるようでございますが…」
 香菜ちゃんと柳沼だった。
「ふ、二人ともなんでここに?」
「お守りを買いに来たんですけど…克美さんはどうしたんですか?」
「いや、それが実はかくかくしかじかで…」
「そのようなことが…僕はてっきり、東さんが片瀬さんの甘酒に一服盛ったのかと…」
「するか!仁じゃあるまいし!」
「…冗談でございますよ」
「…おまえ、今真顔で言ったよな?つーか、おまえそんな冗談言うキャラだったか?」
 俺がそう柳沼に言った時、急に俺の携帯電話が鳴った。見ると仁からだったので、俺は
電話に出てみた。
「おっ、つながったつながった!やっぱり人が多いと、つながりにくくなるよな。おい健
吾、おまえらどこにいる?タワーがなくなってるじゃねーか!」
「タワーって克美さん肩車してる俺のことか?実はこれこれこういうわけで…」
「何だそれ、おまえ、一服盛ったか?」
「柳沼と同じこと言うな!」
「えっ、あいつも同じこと言ったの?それはそうと、これからわざわざおまえらの所行く
のも何だし、このまま帰っていいか?喜久さんは、俺が責任持って送ってくから」
「えっ?そうだなあ…なあ仁、喜久って近くにいるのか?いたら代わってくれ」
「ああ、ちょっと待ってな」
 その仁の言葉の後、今度は喜久が電話に出た。
「もしもし健くん?なぁに?」
「仁が君のことを家に送り届けようとしている。その途中に少しでも不穏な動きを見せた
ら、容赦なくチョップを叩き込んでいいからね」
「え、ええ、わかったわ。話はそれだけ?それじゃあ、仁くんに代わるわね」
 そしてまた仁が電話に出る。
「こら健吾、聞こえてたぞ!ともかく、帰っていいんだな俺たち?」
「ああ。気をつけて帰れよな。それから、喜久のことはくれぐれも頼んだぞ」
「わかってるって。それじゃあな。改めて、今年もよろしく!」
 こうして電話は切れた。
「今の、間さんですか?喜久さんともお話をしていたようですけど…」
「あの二人、俺たちと合流せずにそのまま帰るってさ」
「そうでございますか。それでは僕たちも帰りませんか?眠っている片瀬さんをいつまで
もこの寒空に置いておくわけにもいきませんし」
「そりゃそうだけど、二人とも、お守りはいいのか?」
「あっ、忘れてました。すみませんセンパイ、すぐに買ってきますので…」
「少々お待ちいただけますでしょうか?」
「ああ、早いとこ行ってきな」
 そうして香菜ちゃんと柳沼はお守り売り場に言って買い物をし、すぐ戻ってきた。
「センパイ、お待たせしました」
「よし、それじゃ行こうか」
 それで俺たちは神社を後にして帰路についた。もちろん、俺が寝ている克美さんをおん
ぶしている。神社からだと、俺と克美さんが住んでいる片瀬家までは全員一緒だ。そして
特に問題もなく、家までついた。
「じゃあ、俺たちはここで。柳沼、香菜ちゃんのことよろしくな」
「心得ております。それから東さん、本年も、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしくな。香菜ちゃんも、よろしく」
「はい、お願いいたします。それじゃあ柳沼くん、行きましょう」
「そうでございますね。それでは、失礼いたします」
 こうして後輩コンビは去っていった。そして俺はというと、そのまま家の鍵を開け中に
入った。克美さんのお父さんの片瀬先生がいるはずなのだが、すでに寝てしまっているら
しく、俺たちが家に入っても顔を出さなかった。それで俺は玄関の鍵を閉めた後、克美さ
んの部屋まで行き彼女をベッドに寝かしつけた。それでも寝たままだったので、俺は起こ
さないよう静かに部屋を出た。その後、その隣にある自分の部屋に行ってベッドで眠りに
ついた。これが、俺の人生を一変させる年の始まりだった。

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