K’sストーリー第九章 スーパーアイドル健吾?(3)
 翌日の1月2日、俺は昨日親父に指定された朝10時に指定された住所に行った。しか
しなんだか様子がおかしい。そのビルが、どう見ても普通の服屋に見えないのだ。
「住所、ここで合ってるよな…?」
 親父にもらったメモを確認している俺の前に、その親父が現れた。昨日と同じく、帽子
とメガネを装備している。
「よう健吾、時間通りだな」
「それはいいんだけどよ、場所、ここでいいんだよな?俺には、服売ってるような店に見
えないんだけど…」
「服を買えるのは、服屋だけじゃねーんだよ。ほら、さっさと入るぞ」
 そう親父に促され、俺は一緒にビルに入った。するとそこには数台のカメラやライトな
んかがあり、どう見ても写真撮影をするスタジオにしか見えなかった。数人の人がいて、
彼らに指示を出している偉そうな人が親父と俺を見つけると近づいてきた。親父がその人
に向かって言う。
「よう。悪いな。正月早々、呼び出しちまってよ」
「いやいや、トウケンさんの頼みならこれぐらい。それに、うちのスタッフにもトウケン
さんの息子さんに興味を持ってる人間はたくさんいましてね、おかげで1月2日にもかか
わらずこれだけ集められましたよ」
 俺に興味?どういうことだ?俺がそう思っていると、今度はその人が俺に言ってきた。
「君が健吾くんか。いやあ、写真で見るよりもさらにいい顔だねえ。トウケンさんがプッ
シュしてくるのもわかるよ」
「そ、そりゃどうも…。でも、俺の写真って…?と言うか、そもそもあなたは…」
「ああ、これは失礼。私、こういう者です」
 そう言ってこの人は名刺を差し出し俺に渡してくれた。その肩書きは−。
「『TGB』副編集長…?これって、ファッション雑誌ですよね?しかも全国区の」
「そう、君たちぐらいの年齢の男女をターゲットにした本だ。読んだことはあるかい?」
「俺の友達が毎号買ってるんで、それを見せてもらったことはありますけど…その副編集
長さんが、なんで…?」
 俺が聞くと、この人はまさかの返答をした。
「トウケンさんがね、『俺の息子はものすごくカッコいいから、絶対にモデルとしてモノ
になる。今度連れてくるからだまされたと思って写真撮ってくれ』って言ってねえ。それ
で、昨日急に電話があったもんだから、スタッフ一同、こうやって集まったんだよ」
 これを聞いた俺は何じゃそりゃと思った。そして、親父をにらみつけて言う。
「だまされたと思ってって、だまされてんのは俺じゃねーか!俺はあんたに、服を買って
やるからって言われたからここに来たんだぞ!?」
「服買ってやるってのは嘘じゃねーよ。この撮影が済んだら、使った服買い取っていいっ
てことになってるからな」
 親父は冷静に言うが、俺はまだ興奮している。
「そーゆー問題じゃねーんだよ!とにかく俺は、モデルとか芸能界とか、そんなのには興
味ねーんだよ!もう服なんていらねー、俺は帰るぞ!」
 そう言って出入り口に向かおうとした俺だったが、ガシッと肩をつかまれた。つかんだ
のは親父だった。そしてそのまま、壁際に連行される。
「なあ健吾、考えてもみろ。おまえが来るっつーから、ここにいる人たちはみんな集まっ
てくれたんだ。なのにそのおまえが帰るなんて言ったら、全員、無駄足になっちまうんだ
ぜ?貴重な正月休みを、一日無駄に消費することになる」
「そもそも、あんたが副編集長さんに連絡しなけりゃ始まらずに済んだ話だろうが」
「そうは言ってもよ、現実として来ちまってんだよ。なあ、頼むよ健吾。今回一回だけで
いいからよ、俺の顔を立てると思って、な?」
「…俺のせいで、今後あんたが芸能界にいづらくなっちまうってこともあるのか?」
「あるかもしれねえなあ。そうなったら収入がなくなって、おまえや母さんを養えなくな
るかもしれないな」
 まさかそこまではないだろうとも思ったが、ここまで必死に頼み込んでくる親父も珍し
い。なので俺は、試しにこんなことを言ってみた。
「わかったよ親父、条件次第でやってやってもいいぜ」
「おっ、いいのか?で、条件って何だ?」
「お年玉十万円。もちろん昨日のとは別だ。それと、服の方もきちっと、撮影後にあんた
が買い取ったのをもらうからな」
 もちろん、自分でもこの金額は吹っかけ過ぎだと思ってる。こう言えば、さすがの親父
もあきらめるだろうと思ったんだ。ところが−。
「じゅ、十万だな?それで本当にやってくれるんだな?」
「あ、ああ」
 その俺の答えを聞くと、親父は自分のポケットから財布を出した。そして、俺の金銭感
覚では考えられないような分厚いそれから、何枚もの一万円札を取り出した。
「…7、8、9、10!よし、これでどうだ!?」
 そのまま十枚の紙幣を俺に突き出す親父。い、一流芸能人のこの男を、甘く見過ぎてい
た…。そして、さっきああ言った手前、これで俺は後に引けなくなってしまった。
「わ…わかったよ。やるよ、やりゃいいんだろ?」
「そうか、やってくれるか!さすがは俺の息子!おーいみんな、話ついたぞ!」
 こうして、俺は不本意ながらも写真撮影をすることになってしまった。最初は乗り気で
なかったが、いろいろな服に着替えて撮影しているうち、なんだか少しずつ楽しくなって
きているのが自分でわかった。顔もこわばった顔から、自然な笑顔が出るまでになった。
「俺って、こんなの好きだったんかなあ…」
 撮影の合間に、ふとそんなことをつぶやく自分が、そこにはいた。

 結局、撮影は5時間近くかかってしまった。撮影なんて初めての素人にこんなムチャさ
せるなよと思ったが、スタッフの人に、モデルがいいからどんどん撮りたくなってしまう
と言われ、親父に十万円をもらった手前断れなかったのが真相だ。撮影が終わった後、約
束通りに着た服のうち気に入った何着かを親父に買ってもらった。
「じゃあ、この服はこちらの住所に送っておくんで」
「お願いします。ところで今日撮った写真って、本当に雑誌に載っちゃうんですか?」
「それは今後の話し合いで決まるから、今の段階では何とも言えないな」
「そうですか。ま、載らなきゃ載らないで別にいいですけど。じゃあな親父、俺帰る」
「待て待て健吾、俺も帰るぞ。それじゃあみなさん、お疲れさーん!」
 こうしてスタジオを出た俺と親父。道すがら、俺は両腕を伸ばしてこう言った。
「あーあ、疲れたぜこんちくしょー!」
「お疲れ。でも健吾、嫌だ嫌だ言ってた割りには、途中からノリノリじゃなかったか?」
「始まっちまったもんは仕方がねえって頭切り替えたんだよ。あんたにはめられたことは
今でもむかついてる」
「おいおい、はめられたなんて人聞きの悪いこと言うなよ」
「実際はめられたんだよ俺は!あー、なんだか腹の虫が収まらねえ。軍資金も入ったこと
だし、買い物でもして憂さ晴らしするかあ」
「なら、俺もついてくぜ。その軍資金の出所は俺だしな」
「もう俺の物になったんだから、出所がどこだろうが関係ねーだろ」
「いやいや、俺が渡した金で違法な物を買われたら責任問題になる。だから、何を買うの
かしっかり見届ける義務が俺にはある」
「あーそーですか。なら、勝手についてくれば」
「そうさせてもらうぜ。で、何買うんだ?」
「まずはCDかな。好きな歌手のベスト盤が出てるんだけど、セットの枚数が十枚以上で
高くて手が出せなかったのがあるんだ。それ以外については…後で考える」
 そうして俺と親父は、スタジオから近い、何階もフロアのある巨大CDショップに行っ
た。まずはお目当てのCDを買い、重かったので宅配にしてもらった後、親父と二人でい
ろんなフロアをぶらついてみた。そして、イベント会場のあるフロアで、とあるポスター
を見つけた。
「ん、何だこりゃ?へえ、明日ここでカラオケ大会があるのか。まだ申し込めるみたいだ
な。今日のうっぷん晴らしに出場してみるのもいいかもな」
「そーいやおまえ、カラオケが趣味だったよな。それじゃ、俺も一緒に…」
「待て親父。あんた、大手からCD出してるプロじゃねーかよ。ここにも、参加資格はア
マチュアのみって書いてあるじゃねーか」
「ああ、そうか。それは残念だな。東山健二郎ここにありって言ってやりたかったのに」
「あんた、とっくの昔から超有名人じゃねーかよ。これ以上知名度上げてどうするんだ」
「現状に満足してちゃいけねえんだよ。本当なら、この場でこのメガネと帽子も取って、
自分の名前を叫びたいぐらいだ」
「やめろ、この店がパニックになる!」
「あれ、おまえ、健二郎か?」
 俺と親父が言い争っていると、急にそんな声がした。見てみると、親父と同じぐらいの
年齢の、スーツ姿の男の人が立っている。その人に向かって、親父が言う。
「おお、剣崎じゃないか。ずいぶん久しぶりだな」
「本当に健二郎だったんだな。何でここにいるんだ?」
「息子の買い物に付き合ってんだ。普段なかなか会えねーから、正月ぐらいはな」
「息子?もしかして健吾くんか?いやあ、ずいぶん大きくなったねえ」
「大きくなったって…俺のこと知ってるんですか?」
 俺の方はこの人に覚えがないので、そう聞いてみた。すると、親父がこう言った。
「おまえがこいつに最後に会ったのは15年近く前だから覚えてなくても無理はないな。
名前ぐらいは聞いたことねえか、元俳優の、剣崎静馬を」
「剣崎静馬っていうと…もしかして、『新三捕物控』の主演の?」
「そう、その通り。自分で言うのも何だが、当時はこの健二郎と人気を二分する若手時代
劇スターだったなあ。今じゃ表舞台を引退して、芸能プロダクションの社長なんかをやっ
ているがね」
「で、剣崎。その社長さんがこんな所で何やってるんだ?そんな格好してるってことは、
正月早々仕事か?」
「まあな。実は明日ここで、カラオケ大会があるんだけど…」
「あっ、今ちょうど親父とそれについて話してたんです。素人の俺は出れるけど、プロデ
ビューしてる親父は出れないだろうって」
「まあ、そうだな。で、このカラオケ大会なんだが、実はうちのプロダクションが協賛し
ていてね、それで会場の最終チェックに来たんだ」
「おまえの会社が協賛するなんて、これって結構大きな大会なのか?」
「規模としてはそれほどではないが、無名の新人を発掘する意味合いはある。優勝者には
プロデビューのチャンスがあるし。その分、申し込んだからと言って全員が出場できるわ
けではなく、予選を通過しなければならないがね」
「デビューだってよ。健吾、チャンスじゃねえか」
「えっ、健吾くん、プロの歌手を目指しているか?」
「目指してません!俺はただ、思いっきり歌って、今日の憂さを晴らしてーだけです!」
「今日の憂さって、何かあったのかね?いずれにせよ出場するつもりなら、早めに行った
方がいい。健二郎、予選も含めて十分ぐらい時間がかかるから、関係者の部屋で茶でも飲
むか?」
「いいな。じゃあ健吾、おまえ、申し込んだら電話よこせ」
「はいはい。んじゃな」
 そう言って俺は親父たちと別れ、申し込み受付に行った。
「えーと、これに書けばいいんだな。名前、性別、歳、それと、何を歌うかも書くのか。
それじゃあ、俺が一番得意な、SLASHの『OneFlower』にしようっと」
 そうして記入した用紙を受付に提出すると、記入事項のチェックの後、別の部屋に通さ
れた。大きな画面つきのカラオケの機械とマイクが置いてある。
「これからあなたが申し込んだ曲が流れますので、歌ってください。このマシンの採点機
能で、100点満点中85点以上を取れば、明日の本選に出場できます」
 受付の人の言葉に従い少し待つと、画面に俺が歌う曲の曲名が現れ音楽がかかった。そ
してそれに合わせて歌う俺。最後まで歌い終わると、マシンが採点を始めた。そして、出
た点数はー。
「90点!おめでとうございます、17人目の予選通過です」
「あ、ありがとうございます」
「それでは明日、こちらの用紙の通りに本選を行いますので、がんばってください」
「はい」
 というわけで、俺は無事予選を通過できた。実を言うと、さっき歌ったのは俺の最も得
意な歌で、別の機械だったにしろ過去には95点を出したこともある。だから90点はい
ささか不満なのだが、どちらにしろ明日の本選には出られるのでよしとしよう。さて次は
親父に連絡を…と思ったのだがその必要はなかった。と言うのも、どこか別の場所に行っ
たはずの親父と剣崎さんが、さっきと同じ場所で話をしていたからだ。
「おーい親父、予選終わったぜ。通過できた」
「やるじゃねーか健吾。それじゃ行くか。じゃあな剣崎」
「ああ。じゃあ二人とも、また明日」
 こうして俺たちは剣崎さんと別れた。しかし俺は、剣崎さんが、大会に出場する俺だけ
でなく親父に対しても「また明日」と言ったことをスルーしてしまったのだった。

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