K’sストーリー第十章 バレンタインパニック(1)
 今日は、2月13日。別の言い方をすれば、バレンタインデーの前日である。俺、東健
吾が居候をさせてもらっているこの片瀬家では、俺の恋人でもある一人娘の克美さんが、
台所を立ち入り禁止にして、何やらせわしなく動いていた。まあ、何やら、と言っても、
この日にやることはただ一つなんだけど。
「しかし、なんだな」
 リビングで、俺と一緒に台所を締め出された、克美さんの父親の片瀬先生が言った。
「去年までは、ここまで大がかりではなかったぞ。今日は夕食もこっちのリビングで食べ
させられたし」
「まあ、今年はいろいろとありましたからね」
 そう言って俺は、克美さんがこんなに張り切っている理由をいくつかあげてみた。
「一つ、俺という彼氏ができた。二つ、明日、この家でいつもの6人でやるバレンタイン
パーティのメインディッシュを任せられた。そして三つ、大学受験から解放されたので、
久しぶりに大作を作りたい…」
「それら全て、理由だろうな。特に君の存在は、あの娘の中では結構な部分を占めている
ようだ。父親として、嬉しいやら悲しいやら」
「お、俺って、先生に嫉妬されるぐらいにあの人に好かれてるんですか?大丈夫ですよ先
生、パーティ用以外のも、ちゃんと手作りするって言ってましたから、その中に先生の分
も入ってますって絶対」
「そうだといいのだが。ところで、パーティをする6人というのは、君と克美の他には、
誰だったかな?」
「あとは、俺の親友の仁に、ラーメン屋の喜久、それから漫画部の後輩の香菜ちゃんと柳
沼です。クリスマスにも、ここでパーティやらせてもらったメンバーです」
「ああ、そうだったな。その時私は出版社のクリスマスパーティに行っていたからな。…
今回も、私はいない方がいいのかな?」
「俺はいてもいいと思いますけど、その辺は克美さんに聞いた方がいいんじゃないかと」
「そうか、なら後で聞いておこう。ところで東くんは、去年、あの娘にどんなチョコレー
トをもらったんだい?」
「実は俺、去年はあの人にチョコもらってないんですよ」
 俺が答えると、先生は意外そうな顔をした。
「そ、そうなのか?去年の今ごろは、君たちはまだそれほどの関係ではなかったのか?」
「って言うか、まだ出会ってもいませんでしたし。俺たちが最初に会ったのは、バレンタ
インの後でしたから。俺が初めてこの家にお邪魔させてもらった、その一週間前です。あ
の時は、こんな風になるなんて思ってませんでしたし」
「人生、先がどうなるかなんて誰にもわからない物さ。君がテレビCMに出るなんていう
のも、予測はできなかったろうし。なあ、東山健五郎くん」
 そう言うと先生は、リビングのテレビ画面に目をやった。ちょうど、俺が出演した…と
言うよりもさせられたチョコレートのCMが流れていた。東山健五郎というのは、俺が芸
能活動をする際の芸名で、親父に勝手につけられた物だ。流れているCMは、俺がメイン
なわけでなくサブ扱いなのだが、メインの天間全治さん…通称ゼンジーさんがかなりの大
スターなもんだからCM自体の放映回数が多く、伴って俺が画面に出る回数も多くなって
しまっている。
「先生、その名前で呼ばないでくださいよ。CMだって、本当だったら出たくなかったヤ
ツなんですから。あっ、もうこんな時間か。宿題やるんで、自分の部屋に行きますね」
「ああ」
 そうして俺は自分の部屋に行って勉強をし始めた。と言っても宿題自体はたいしたこと
はなくすぐに終わってしまい、それ以上の勉強をする気にもならなかったので、そのまま
ベッドに寝転がった。
「そーいや、去年のバレンタインってどんなことがあったんだっけ…」
 それで俺は、一年前の出来事を思い出してみることにした。

 今から一年前の2月14日、その時はまだ彼女も気になる女の子もいなかった俺は、バ
レンタインだからと妙な期待も持たず、いつもと同じように学校に行った。下駄箱で靴を
履き替えていると、階段を降りてくる一人の人間が目に入った。仁だった。俺を見つけた
仁が声をかけてくる。
「おおーっと健吾、おはよーっス。それじゃあな」
「えっ?それじゃあな?」
 俺が仁の言葉の意味を理解できないでいると、この男は上履きから靴に履き替え、外に
出て行こうとした。それで俺はこの男を引き止めた。
「って、どこ行くんだよ仁?鞄まで持ってさ」
 するとこの男、俺が予想し得ない答えを返してきた。
「自分のクラスも含めて、この学校の女の子たちからチョコはもらったからさ、校外の娘
たちからもらいにいってくるんだ」
「おいおい、それじゃ授業はどうするんだよ?」
「もちろん今日はサボるさ。あっ、俺がいない時に俺にチョコ渡したいって女の子がいた
ら、預かっててくれねーか?じゃあな」
 そう言うと仁は、本当に行ってしまった。
「な…なんてヤツだあいつ…」
 俺はあっけに取られた。そして、いつまでもここにいてもしょうがないので、自分の教
室に向かった。中に入るとすぐに、クラスメイトの女の子が声をかけてきた。
「おはよう東くん。これ、いる?」
「えっ、それ何?…って、今日にくれる物って言ったらチョコしかないよね。くれるんな
らもらうけど、いいの?いやー、朝一でもらえるなんて、今年はついてるなあ」
「何言ってるのよ。東くん、朝一どころか朝ゼロでもらってるのよ。自分の机見てみなさ
いよ」
「えっ?」
 それで俺が机を見てみると、その上に数個の箱があった。
「えー、もしかして、あれ全部そうなの?まさか、俺が来る前に机がもらってるとは…。
でも、どうせあれ全部義理でしょ?うちのクラス、男女問わずみんな仲いいし…」
「さあ、それはどうかしらね。あっ、先生来たわ。席につかなくちゃ」
 その娘の言うとおり担任の先生が教室に来たので、俺も含めて中にいた生徒は全員席に
ついた。もちろん俺の机に置かれていた数個のチョコレートは、先生に見つかる前にバッ
グに隠した。そして朝のホームルームでは、バレンタインだからって必要以上に浮かれな
いようにという注意が先生からあった。浮かれ過ぎて学校を飛び出していった仁みたいな
ヤツもいるけどなと、その時俺は思った。

 その後も俺は、さらに何人かの女の子からチョコをもらった。それと、仁にチョコレー
トを渡したいという女の子が何人か来たので、頼まれた通り預かっておいた。そして、放
課後。教室でクラスメイトの男連中が今日の成果を競い合っていたのでとりあえずその場
にいたが、急に携帯にメールが入った。見ると、その時の漫画部の部長からだった。
「漫画部員男子へ。女子部員がチョコくれるって言うから、欲しいヤツは部室へ集合」
 その当時、漫画部には女子部員が二人いた。メールを見た俺は、特にこれ以上のチョコ
が欲しいわけでもなかったが、この場から離れる口実ができたと、クラスメイトにメール
を見せて教室を出た。そして漫画部の部室に行くと、数人の部員がすでに来ていた。が、
男子部員だけで女子がいなかった。俺に気づいた部長が言った。
「おっ、東も来たのか…って、ずいぶん鞄がパンパンじゃねーか。いったいいくつのチョ
コもらったんだよこの野郎!」
「えっ?えーっと…すいません、正確な個数は数えてません。家に帰ったらちゃんと数え
ようと思って…」
「かーっ、数えるのも面倒なほどたくさんもらったってか!そんなもてる男はここのチョ
コ食う権利はねえ。帰った帰った!」
「何すかそれ、自分で呼び出しておいて。そもそも、女の子がいないみたいですけど?」
「あー、それだがなあ…」
 急に部長のテンションが下がった。そして、無言でテーブルの上を指差した。そこには
一口チョコレートのお徳用大袋が置いてあった。
「えっと…女子がくれるチョコって、もしかしてそれですか?」
「ああそうだ。しかもこれだけ置いて、女の子たちは帰っちまった」
「あ、ああ、そうなんですか。じゃあ、食う資格ないみたいなんで、俺も帰ります」
「さっきのは冗談だよ。帰るってんだったら、これ持ってけ」
 そう言うと部長は、大袋の中の小さなチョコレートを一個俺に放り投げた。それを受け
取った俺は中の人間に挨拶をし部室を出た。そのまま家に帰ろうと校門を出たところで、
俺はとある人間に会った。そいつを見た俺は思わず叫んだ。
「なんでいるんだよ仁!朝に学校出てって夕方に来るなんて、逆だろ逆!定時制の授業に
でも出るのかおまえは!服まで着替えて…」
「そりゃあ、平日の昼間に制服で街中歩いてたらいろいろやばいからな、一度家に帰って
着替えてきた」
「あっ、そ。で、何しにわざわざ学校に戻ってきたんだ?」
「おまえからもらう物もらってないからな、受け取りに来たんだよ」
 こう言われた俺は、全身に寒気を感じた。
「お、おれはおまえにやるチョコレートなんか用意してねーぞ!つーか、おまえ、その、
そんな、俺を…!?」
「俺だって男からのチョコなんていらねーよ!おまえからもらうのは、女の子がおまえに
預けた、俺宛てのチョコレートだ!あるんだろう?」
「あ、ああ、それね。確かに何個かあるな。ここで渡すのか?」
「こんな所でチョコのやり取りなんかしたら、それこそ他の人間に誤解されるだろう。お
まえん家行こうぜ。それとその前に、“鬼賀屋”な」
「あー、わかったわかった、喜久からのチョコも欲しいっていうんだな?行ったところで
くれるとは限らないけどな」
「くれるに決まってるさ。俺を誰だと思ってる?間仁だぞ?」
 だからこそくれない可能性があるんじゃないのかと俺は思ったが、口にはしないでおい
た。ともかくそんなこんなで俺たち二人は、“鬼賀屋”へと向かったのだった。

 その後、“鬼賀屋”についた俺たちだったが、店内に入って働いている喜久を見つける
や否や、いきなり仁が彼女に言った。
「こんちは喜久さーん!俺に何か渡す物なーい?」
「あら間くん、いらっしゃい。あなたに渡す物?ツケで食べた分の請求書かしら?」
「俺、毎回ちゃんと払ってるでしょ!俺が欲しいのは、そうじゃなくて…」
「わかってるわよ。でも欲しかったら、とりあえず何か注文してね。ほら、健くんも」
「なんだ、俺がいるの気づいてたのか。じゃあ俺、普通のラーメン」
「それじゃ俺も同じの」
「かしこまりました。じゃあ二人とも、席についてて」
 そう言うと喜久はまた仕事に戻った。それで俺たちは適当なテーブルについてラーメン
を待つことにした。
「で、健吾。おまえは今日どのくらいチョコもらったんだ?」
 急に仁が聞いてきた。
「なんか、思ってたよりももらえたな。意外と人気あるみたい」
「俺に言わせりゃ、意外でもないけどな。その顔、スタイル、さりげない優しさ!女の子
にもてる要素ばっかりじゃねえか。もっとも、この俺にはかなわないがな。なんと言って
も、朝学校でもらった分を、持ち切れないから家に帰った時に置いてくるほどだしな」
「へえ、やっぱりもてるのね、間くんって」
 おぼんに乗せたラーメンを持って喜久がテーブルの側に来た。
「はい、二人ともおまちどおさま」
 そう言って喜久がラーメンをテーブルに置いたのだが、それと一緒にアーモンドチョコ
レートが三粒ずつ乗せられた小皿も置いた。それを見た俺がたずねる。
「あのさ喜久、それが俺たちにくれる…?」
「これはお店から今日来てくれたお客さんにあげてるの。わたしからのはこれ食べ終わっ
てからあげるわ。でも残したらあげないから、スープの一滴まで飲み干してね」
「もちろんもちろん!喜久さんからチョコもらうためだったら、こんなラーメンの一杯や
二杯、簡単に食べてやるぜ!つーわけで、いただきまーす」
 そう言うと仁はラーメンを食べ始めた。そんなに喜久からのチョコが欲しいのか、いつ
もよりも速いスピードで食べた。俺はそこまで喜久のチョコに執着していなかったので、
いつも通りに食べていた。そして、ラーメンを完食した仁は−。
「ごちそうさん!喜久さん、食べ終わったよ!」
「ちゃんと味わったの?まあいいわ、それじゃこれね」
 その言葉と共に喜久が小さな箱を仁の目の前に差し出した。それを見た仁の瞳が輝く。
「おおっ、これぞまさに、俺が今日一番欲しかった物だ!ありがとう喜久さん」
「どういたしまして。あら、健くんも食べ終わったのね。それじゃあ、はい」
 仁よりも少し遅れてラーメンを食べ終えた俺にも、喜久は箱に入ったチョコレートをく
れた。仁のと全く同じだった。そしてそれを見た仁が悔しがる。
「くっそう、俺とおまえ、全く同じ物をもらうとは…どうやら差はついてないようだな」
「あなたたち二人とも友達だもん、差はつけないわよ。あっ、だけど、これで若干の差は
つくわね」
 そして喜久が何をしたかというと、仁に渡したチョコの他に、封筒を取り出したんだ。
「はい間くん、誕生日おめでとう」
 そう言って仁に封筒を渡す喜久。その時は忘れていたが、2月14日は仁の誕生日でも
ある。それを手に取った仁の体が、感動で打ち震える。
「お、おおおおおおおおおっ!まさか、まさかまさかまさか!覚えていてもらえたとは!
ありがとう、ありがとう喜久さん!!」
「そ、そこまで喜んでもらえると、あげたこっちも嬉しいわね。ちなみに中は遊園地のチ
ケットだから、女の子とでも行ってくれば?」
「ああ、そうさせてもらうよ。ただし一緒に行く女の子は、君一択だけどね!」
「自分があげたチケットで行くの?んー…まあいいわ。じゃあ、日程とかは後で相談ね」
「うっしゃあ!」
 声と共にガッツポーズを取る仁。そしてその直後、仁は俺に向かって言った。
「で、健吾。おまえはプレゼントに何くれるんだ?」
「いや、何って…実は俺、今日がおまえの誕生日だってこと忘れてて…」
「何だよそれ、それでも親友かよ!」
「確かに、忘れてたのは悪かったよ。だから、今日のここでのラーメン代おごるってこと
で、プレゼントの代わりにしてもらえねーか?」
「よし、いいだろう。それじゃ健吾、さっさと払え」
「わかったよ。じゃあ喜久、これ、二人分ね」
「はい、毎度ありがとうございます。ということは、二人とも今日はもう帰るのね?」
「そうだね。それじゃ喜久さん、デートの日取りは、また後で」
「バイバイ、喜久」
 こうして俺たち二人は、ラーメン屋を出た。

 “鬼賀屋”を出た俺と仁は、当時俺が住んでいたアパートに向かった。喜久からチョコ
レートだけでなく誕生日プレゼントまでもらった仁は、かなりの上機嫌になっていた。
「嬉しそうだな、仁」
「本命の女の子にいろいろもらえたんだ、嬉しいのも当然だろ。あー、こりゃ喜久さん、
完全に俺にホの字だな。さすがは俺!」
 ホの字なんていつの時代の言葉だよと思いながら、歩いているうちに、俺たちはアパー
トについた。部屋に入って、手に持っていた袋を床に置くと共に、背負っていたバッグを
ベッドに放り投げる。
「おいおい健吾、そのバッグにもチョコレート入ってるんだろう?」
「あっ、そうだった。…よかった、割れてたりはしないみたいだな」
「そうか。もしも俺宛てのが割れたりなんかしたら、許さねえところだったんだが…」
「おまえのは全部こっちの袋の方に入れてるよ。つーわけで、分配するからな」
 そう言って俺は、自分でもらった物と仁に渡してくれと預かった物を分けた。全部を分
け終えたところで、仁が言った。
「ほー、やっぱりおまえも、結構な数もらったんだな。ここにある分だけだと、俺のより
多いぐらいだな。ま、俺はこれ以外にも、家に持ち帰ったのもあるんだけどな!」
「いちいち『俺はおまえに勝ってるぞ』ってアピールしなくていいよ。さ、これでもう俺
に用はないだろう?早く帰ったら?家でもう何個かもらえるんだろう?」
「身内からもらってもねえ…一個ももらえないヤツにとってはそれでも嬉しいんだろうけ
ど、俺みたいにこんなにもらってる男だと…」
 仁がそう言った時、この部屋の玄関でチャイムが鳴った。出てみると、そこには一人の
女の子がいた。
「あれ、香菜ちゃん、こんにちは」
 香菜ちゃんはこのアパートの大家の娘なので、同じ敷地内に家があったんだ。
「こ、こんにちは東センパイ。あの…宅配便を預かっていたので、渡しに来ました」
「宅配便?ありがとう。…って、京都の母さんからかよ。冷蔵便でわざわざ今日に日を指
定するってことは、言うまでもなくあれだよな。まあとにかく、ありがとう香菜ちゃん」
「い、いえ。それから…なんですけど…」
 急に香菜ちゃんがもじもじし始めた。
「ん?どうしたの香菜ちゃん?」
「わたし自身からも、お渡ししたい物があって…」
「えっ?話の流れからすると、それってそーゆーことでいいの?」
「は、はい。受け取ってもらえますか?」
「もちろんだよ。誰が断るかっていうんだ」
「そ、それじゃあ、こちら、ど、どうぞ…」
 そう言うと香菜ちゃんは、中身の入っている袋を差し出してくれた。
「ありがとう香菜ちゃん」
「い、いえ。それじゃあ、失礼します」
 それだけ言うと香菜ちゃんは帰って行った。その後で俺が部屋の中に戻ると、当然のよ
うに仁が聞いてきた。
「誰だったんだ今の?なんか、女の子の声が聞こえたけど…」
「香菜ちゃんだよ。義理チョコ持ってきてくれたんだ」
「へーえ。でも、本当に義理かねえそれ?」
「どういう意味だよそれ?…あれ?中に二つ入ってる…?」
 そう、香菜ちゃんから受け取った袋の中には、二つのチョコレートが入っていたんだ。
そしてそれを見た仁が、いきなりこんなことを言いやがった。
「おお、二つあるってことは、一つは俺のための物だな。つーわけで片方もらってくぜ」
「待て待て待て、なんでそうなる。だいたいなんでおまえがここにいるってことを彼女が
知ってるんだよ?」
「俺ほどの男になると、行動パターンが読まれちまうんだよ。学校帰りに親友の部屋に寄
るってな。それにここにいなくても、後でおまえから俺に渡してくれるだろうってな」
「何なんだそのムチャクチャな考えは。それに、残念ながら二つとも俺宛てだよ。一つは
香菜ちゃんから、もう一つは香菜ちゃんのお母さん…このアパートの大家さんから。住人
全員に配ってるんだって」
「なーんだ、そーゆーことか。…えっ、それじゃあ香菜ちゃんは、俺宛てのチョコは用意
してくれてないってこと?なんで!?」
「それほど接点ねーからだろ」
 俺は一言で答えた。すると仁が悔しがって言う。
「くっそう、確かに彼女からすれば、今の俺は『センパイの親友』に過ぎないな。…だけ
ど、彼女の気持ちを考えれば、それでいいのかもな」
「あ?それってどういう意味だ?」
「わからねえんだったらおまえはまだまだ甘ちゃんだってことだ。それじゃ俺、帰るな」
「あ、ああ」
 そうして、仁は帰っていったのだった。

「…今なら、あの時の仁の言葉の意味がわかるな…」
 去年の出来事を回想した俺は、ポツリとつぶやいた。今だったら、当時の香菜ちゃんが
俺に対して恋心を持っていたということを知っているからだ。
「気がつかなくて申し訳なかったな。でも、そこで気がついていたら、今の俺は克美さん
でなく香菜ちゃんと付き合っていた…なんてこともあったのかな?今の俺なら克美さん一
筋だから、そうならなくてよかったって思うけど、その時彼女がいなかった俺だったらど
うなっていたか…」
 そんなことを考えていた俺だったが、もう過ぎたことをあれこれ思ってもしょうがない
と思い、気持ちを切り替えた。
「そんなことより、明日だ明日!克美さんたち、どんなバレンタインパーティにするのか
楽しみだな。待ってろよ、特大チョコケーキ!」

ページのトップへ
図書室へ
ご意見などはこちら