K’sストーリー第十章 バレンタインパニック(2)
 明けて、2月14日。天気快晴。今朝も昨晩と同じく、俺と片瀬先生は台所には立ち入
り禁止。リビングで朝食を取った俺が学校へ行こうとすると、克美さんが言ってきた。
「健吾くん、今日はパーティだけど、時間になるまで絶対に帰ってこないでね。仁くんと
柳沼くんにも、早めに来たらダメだよって言っといてね」
「ええ、わかりました。それまで、三人でどこかで時間つぶしてます。ところで克美さん
は、今日は学校行くんですか?」
「もう卒業間近で自由登校になってるから行かなくてもいいんだけど、同じクラスの女の
子から、男子がチョコ欲しがってるって連絡があったんだ。だから、義理チョコ渡しにい
くよ。渡したら、すぐに帰ってくるけどね」
「そうですか。それじゃ、行ってきます」
 こうして俺は家を出たのだが、学校に行く途中で仁に会った。
「おーっす健吾。今日は楽しみだよな、いろいろとさ」
「おはよー仁。そうだなあ、放課後のバレンタインパーティ、楽しみだよ」
「それもあるけど、まずはその前だろ。学校でどれだけのチョコがもらえるか、もう期待
しまくってるんだから」
「俺は克美さんからもらえればそれでいいんだけどな。ところで仁、おまえは今日はちゃ
んと学校行くつもりみたいだな。去年みたいにサボったりしないのか?」
「校外の女の子からは、昨日までに全部もらっておいたからな。あっ、もちろん校外って
言っても、喜久さんからはまだだけど」
「そりゃ、彼女も今日のパーティでくれるんだしな」
 そんな話をしているうちに、俺たちは学校についた。下駄箱で上履きに履き替えている
と、急に誰かに声をかけられた。
「あの、東健吾さん!」
「はい?」
 見ると、一人の見知らぬ女の子だった。どうやら一年生のようだ。
「これ、受け取ってください!」
 そう言って箱を差し出す女の子。もちろんチョコだろう。正直言うともらってもありが
た迷惑な感じなのだが、いらないなんてかわいそうなことは言えないので−。
「あ、ありがとう。もらうよ」
「もらってくれて、ありがとうございます!それじゃあ!」
 それだけ言うと女の子は行ってしまった。曲がり角で姿が見えなくなったが、直後にそ
ちらからこんな声が聞こえた。
「やったあ、渡せた!」
「よかったわね渡せて!」
 今の娘と、その友達の声のようだ。うーん、結構マジなのかも。彼女いるのにまいった
な…。そんなことを思っていると、仁が聞いてきた。
「今の娘、知ってる娘?」
「いや、全然」
「おーおー、知らない娘からのチョコか。朝っぱらからやるねえおまえも」
「そんなこと言うな。たまたまだたまたま」
 そんな話をしながら、俺と仁は教室に向かった。そして教室に入った仁は、開口一番、
クラス中に聞こえるような大きな声でこう言った。
「みんな、おはよー!間仁様の登校だぜ!さあ女の子諸君、この俺にどんどんチョコレー
トをちょうだいな!」
 普通こんなことを言ったら、無視されるかしばき倒されるかだろうが、そこはもう一年
近くクラスメイトをやっていて、仁の性格もよく熟知している連中ばかりだ。ごく普通に
何人かの女の子が近くにやってきた。
「仁くんおはよう。はい、これどうぞ。それから、こっちは東くんに」
「おお、ありがとう!」
「俺にも?どうもありがとね」
「気にしないで、どうせ義理チョコだし」
 そう言ってその娘は、他の男子の所に行ってチョコを渡した。一方俺と仁は、別の女の
子からもチョコをもらった。もちろんその娘からも、はっきり『義理』と言われた。まあ
その方が気も楽でいいんだけど。と同時に、さっきの女の子、もしかしてかなり本気だっ
たんじゃないかと思った。もしそうだったとしたら、悪いけど、はっきり断らなきゃ。そ
んなことを思っていると、担任の先生(男)が教室に入ってきた。それを見たクラス委員
の近藤さんが、先生にチョコを渡す。結構でかいのでびっくりしたが、その後で近藤さん
が、『クラスの女子一同からです』と付け加えたのである意味安心した。チョコをもらっ
た先生は嬉しそうにしながらも、あまりハメを外し過ぎるんじゃないぞという注意を教室
にいる人間全員に促したのだった。

 そんなバレンタインデーも、もう昼休み。その日は、休み時間になるたび俺の所にチョ
コが届いた。同じクラスの娘だけじゃなく、外からも来た。しかもその中には、『東山健
五郎』としての俺宛ての物もあった。
「こーゆーのが一番困るんだよなあ…。俺のこと何も知らないくせに…」
 昼メシを食べながらもらったチョコを見ている俺のつぶやきを、同じく休み時間のたび
にチョコが増える(こいつの場合は、自分からもらいに行ってるのがほとんどだが)仁が
キャッチした。
「もらって文句言ってるんじゃねーよ。案外、おまえのこと知ってるかもしれないぜ」
「知らねーよ。知ってたら少なくとも、宛て名を本名にするぜ」
「そんなもんかねえ。まあいい。えーっと、あとこのクラスでもらってないのは…あっ、
小夢ちゃん、君、俺にまだチョコくれてないでしょ!?」
 そう言って仁が、ちょうど教室に戻ってきた近藤さんに声をかける。それを聞いた彼女
が、こちらに来る。そして、仁にチョコを差し出した。
「ようやく渡せるわね。はい、どうぞ間くん」
「ありがとう。でもようやくって、そんなに俺に渡したかったの?」
「クラスの男子全員分用意してきたのにあなたにだけ渡せてなかったら、早くみんなに渡
したいなって思ってたの。間くん、休み時間のたびに他の教室に行っちゃうんだもん」
「いやー、別のクラスの娘からももらわなきゃいけないからさあ。とにかくありがとう。
よーし、これでこのクラスの女の子全員からチョコもらえたぞ!」
「あー、それ俺も同じ。つーか、このクラスの男全員、女子全員からもらってるぞ」
 俺は仁に言ってやった。
「なっ…!まあ、このクラス、男女問わずみんな仲がいいから、それもありか。だが!」
 仁が大きな声で言った。
「俺はそれ以外にも、もう数え切れないぐらいもらってるもんねー!」
「だからいちいちアピールしなくてもいーよ。…ん?」
 俺は、ある一つのチョコにメッセージカードが添えられているのに気がついた。それは
朝一番に女の子からもらった物だった。それでそのカードを見てみると、『昼休みに中庭
で待ってます』と書いてあった。そして、俺がメッセージカードを見ているのに気づいた
仁が、それを覗き込んできた。
「お、おい、見るなよ仁!」
「もしかして、朝の娘か?まずいじゃん健吾、昼休みあと10分だぞ!早く行けよ!」
「で、でも、俺には克美さんが…」
「おまえらのことよーく知ってる俺が、OKしろなんて言うかよ!行ってはっきり断って
こいって言ってるんだ。結果がどうであれ、女の子ってのは、無視されるのが一番辛いん
だよ。ねえ、小夢ちゃん?」
「そこでわたしに振る?でも、間くんの言う通りね。ほら東くん、行ってきなさいよ」
「わ、わかったよ。でも断って大泣きされたらどうしよう…」
「その時はその時だ。とにかく行ってこい!」
 しつこいくらい仁に言われたので、俺は中庭に向かった。するとそこに朝の女の子がい
た。俺に気がつくと、走り寄ってきた。
「来てくれたんですね!ありがとうございます!あ、あたし、一年の小早川心です!それ
で、あの、どうして東さんのことを呼び出したかは…わかります?」
 最初は元気だった小早川さんの声が、次第にしぼんでいった。
「まあ、今日のこの日に呼び出すぐらいだから、なんとなく察しはつくけどね。…それで
小早川さん、待っててもらって本当に申し訳ないんだけど、俺がここに来たのは、それを
断るためであって…ごめんね、彼女いるんだ」
 俺のこの言葉に、小早川さんは当然のように少なからずショックを受けたようだった。
「そ、そうですか…。そうですよね、東さんみたいにカッコいい人だったら、彼女ぐらい
いますよね。もしかしてフリーだったら、チャンスあるかもって思ったんですけど…。わ
かりました、だったらあきらめます。それを言うためにわざわざ来てくれたんですよね?
ありがとうございました。それで、一つだけお願いがあるんですけど…」
「えっ、何?」
「今朝あたしが渡したチョコレート、ちゃんと食べてくださいね」
「あっ、それはもちろんだよ」
「よかった。それじゃあ、彼女さんとお幸せに!」
 そういうと小早川さんは走っていった。素直に引き下がってくれてよかったと俺は思っ
たのだが−。
「うわああああああん!」
 姿が見えなくなった所で、小早川さんの声がした。泣き声だろうか。そして同じ辺りか
ら、彼女の友達−朝も一緒にいた娘だろうか−の声も聞こえた。
「断じて間違ったことはしてないんだけど…やっぱりかわいそうだよな」
 俺はそうつぶやいて、午後の授業が始まる教室に戻ったのだった。

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