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1 | |
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(数回の爆発音の後に照明がつく。舞台上には紅葉と一角) |
紅葉: |
また…空爆ですね。 |
一角: |
でも、かなり遠くよ。 |
紅葉: |
遠いとは言え、最近増えてきていませんか? |
一角: |
そうね。 |
紅葉: |
戦争が激しくなってきているのでしょうか? |
一角: |
たぶんね。でも、戦地になってる場所は、とうの昔にこれ以上になってるんだって。 |
紅葉: |
どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか? |
一角: |
さあね。なんせあたしが産まれた時にはもう戦争が始まってたんだから、理由なんてわからないわ。 |
紅葉: |
それでは、もう20年以上も戦いが続いているのですね。 |
一角: |
そうね。それで、世界人口は開戦当時の三分の二以下になっちゃったって話よ。 |
紅葉: |
ひどい話ですね。 |
一角: |
そういったことから考えると、ほとんど無傷で、人口もほとんど変化してないこの地域なんて奇跡みたいなもん
よ。最近じゃ、他の地域から流れてきた人のおかげで逆に人口が増えてきてるらしいの。 |
紅葉: |
(つぶやくように)ここは、残された聖地…。 |
一角: |
聖地?ははっ、おもしろいこと言うわね。 |
紅葉: |
そうでしょうか? |
一角: |
聖地にしてはずいぶんと汚いじゃないの、ここは。ま、なんだかんだ言っても生活には困ってないんだし、その
表現はあながち間違ってないかもね。 |
|
(車のエンジン音) |
紅葉: |
あっ、みなさんが帰ってこられたようですね。 |
天馬: |
(段ボール箱を抱えて入ってくる)ふうっ、ただいま。 |
一角: |
ご苦労様。うわ、大きい箱ね。 |
天馬: |
今日は市場に物が入っててな、いつもよりたくさん買えたんだよ。あと、由宇さんと真琴さんが一箱ずつ持って
くる。 |
紅葉: |
全部で三箱ですか。これなら、わたしたち五人で一ヶ月はもちますね。 |
一角: |
料理に失敗して無駄にしなければね。 |
天馬: |
あっ、そうだ。おい、ユニ子。 |
一角: |
(むっとする)だーかーらー、その呼び名はやめなさいって言ってるでしょ。 |
天馬: |
じゃあ、イッカク。 |
一角: |
い・ず・み!ちゃんと呼ばないと口きいてあげないわよ。 |
天馬: |
怒るなよ。かわいい顔がだいなしだぜ。 |
一角: |
あんた、それ本気で言ってる? |
天馬: |
まさか。 |
一角: |
でしょうね。 |
天馬: |
で、ユニ子。 |
一角: |
だーかーらー! |
紅葉: |
あの、どうして天馬さんは一角さんのことをユニ子さんと呼ぶのですか? |
天馬: |
あれ、知らなかったっけ? |
紅葉: |
はい。わたしがここに来た時には、もうそう呼ばれていましたから。 |
天馬: |
じゃあ、教えてやるよ。ユニ子ってのはこいつの名前から取ってるんだよ。こいつの名前、イッカクって読める
だろう? |
紅葉: |
そうですね。 |
天馬: |
伝説の生き物、一角獣の英語名ってなーんだ? |
紅葉: |
ユニコーンですか?ああっ、なるほど。 |
天馬: |
そういうこと。納得した? |
紅葉: |
はい。そういえばユニコーンというのは癒しの能力を持っていて、その角に触れた者はケガも病気もたちどころ
に治ってしまうという言い伝えがあるんですよね。 |
一角: |
へえ、そうなの? |
天馬: |
それは俺も知らなかったな。だとすると、こいつとはまるで逆だな。 |
一角: |
逆ってどういうことよ? |
天馬: |
昔、木の上から俺のことを突き落して大ケガさせたのは誰だったっけ?それからこの傷も…。 |
一角: |
う、うるさいわねえ!そんな風に名前と本人が合ってないと思うんなら、ユニ子って呼ぶのやめればいいじゃな
いの! |
天馬: |
もう俺の中ではおまえはユニ子だからな。変えるのはめんどくさいし、このままでいいや。 |
紅葉: |
そういえば、天馬さんはペガサスですね。 |
天馬: |
まあな。 |
一角: |
それで、あんたあたしに何かあったんじゃないの? |
天馬: |
あっ、そうだった。ほら、これやるよ。(何かアクセサリーを一角に渡す) |
一角: |
どうしたの、これ? |
天馬: |
安かったから買ってきたんだよ。こんな時代だからって女の子がおしゃれ心をなくしちまったら終わりだなって
思ってさ。たまにはいいだろ? |
一角: |
あんたにしちゃ上出来ね。ありがとう。 |
天馬: |
ほら、こっちは紅葉に。(渡す) |
紅葉: |
ありがとうございます、天馬さん。 |
一角: |
なーんだ、あたしだけに買ってきてくれたわけじゃないのね。 |
|
(由宇と真琴が入ってくる。それぞれ手には段ボール箱) |
天馬: |
二人とも、やけに遅かったじゃないですか。何してたんです? |
由宇: |
何か車がトラブっちまってな、車庫でメンテしてたんだよ。 |
真琴: |
私はそれを手伝ってたわ。 |
一角: |
直ったの? |
由宇: |
まあな。しかし、ここ最近調子悪いなあ、あの四駆。 |
真琴: |
確か、由宇くんのお父さんにもらった車でしょう?もうそろそろガタが来てるんじゃないの? |
由宇: |
かもな。かと言ってこんな世界で新車なんか手に入るわけないし、あの車でがんばるしかないんだよな。 |
一角: |
徒歩を除けばあの車があたしたちの唯一の交通手段ですからね。 |
由宇: |
そうだな。ところで、今日のメシ当番は誰だ? |
紅葉: |
あっ、わたしです。今日は材料がありますから、腕によりをかけますね。 |
真琴: |
私も手伝うわ。(二人、奥に去ろうとする) |
一角: |
真琴さん、ちよっと待って! |
真琴: |
なあに? |
一角: |
手を見せてください。 |
真琴: |
これでいいかしら? |
一角: |
その指輪、出かける時はしてませんでしたよね?どうしたんですか? |
由宇: |
オレが買ってやったんだ。おまえも天馬に何かもらったろ?同じ場所で買ったんだよ。 |
一角: |
そうですか。でも、その指輪の位置って…。 |
由宇: |
ああ、そうだよ!婚約指輪だよ! |
天馬: |
えっ! |
紅葉: |
まあっ! |
一角: |
やっぱり!? |
真琴: |
そうなの。ようやくって感じかしら。 |
由宇: |
ま、まあ、こんな時代だし結婚は無理かもしれないけど、とりあえず、オレの気持ちだけでもちゃんとこいつに
伝えとこうと思ってな…。 |
紅葉: |
お二人とも、おめでとうございます! |
天馬: |
おめでとう! |
一角: |
おめでとう! |
真琴: |
みんな、ありがとう。まあ、何が変わるってわけじゃないけど、やっぱり嬉しいわよね。 |
由宇: |
それより、いいかげん腹が減ったよ。メシ作ってくれ。 |
一角: |
よーし、今日は紅葉ちゃんが当番だけど、あたしも手伝うわ。 |
真琴: |
じゃあ、私も…。 |
一角: |
真琴さんは今日は休んでいてくださいよ。 |
真琴: |
えっ、でも…。 |
一角: |
いいからいいから。 |
天馬: |
しっ! |
紅葉: |
どうなされたのですか? |
天馬: |
静かにしてくれ。 |
|
(飛行機の音。次第に小さくなる) |
天馬: |
行ったか…。この地域を狙ったわけじゃないみたいだな。 |
由宇: |
この場所が狙われることは、まずない。 |
一角: |
えっ? |
由宇: |
軍内部でここが何て言われてるか知ってるか?聖地だ。この場所で戦闘が起きることはないし、空爆の被害にあ
うこともない。それに、よほどのことがない限り、ここの人間が軍に召集されることもないと言われてる。 |
紅葉: |
どうしてですか? |
由宇: |
それはこの戦争が始まった理由に関係している。おまえら、この地域の地下に何があるか、知ってるか?(全員
首を横に振る)この下にはな、過去の大戦に使われた大量のアトバムが埋まってるんだ。 |
真琴: |
アトバム!?古い文献にのみ見られる、悪魔の超兵器!? |
由宇: |
そうだ。そのアトバムが二度と使用されないよう、人間はその上に街を作った。「臭いモノにはフタ」って発想
だよ。だからここは必要以上の発展をしないんだ。ちょっとしたショックでアトバムが爆発する可能性があるか
らな。 |
一角: |
それと戦争が始まった理由は…。 |
由宇: |
今から20年ほど前、15億人帝国と呼ばれるとある国家が世界征服宣言を発した。「世界中の全ての国々は我
が国の支配下に置かれるべきだ」っていう危険な思想だ。そしてその国が手始めにしようとしたこと、それはこ
の地下に埋まっているアトバムを掘り出して自分たちの物にし、世界に圧力をかけることだった…! |
紅葉: |
そ、それって…。 |
由宇: |
もちろん世界中の国々はそんなことを許すはずがない。そして連合軍を結成し、その国と戦争をおっ始めた。そ
れが今まで続いてるってわけだ。 |
天馬: |
この地域が狙われないのは、アトバムが爆発する危険性があるから…? |
由宇: |
そうだ。そしてここの人間が召集されないのは、そういうことをするとこの街が活気を失い、ゴーストタウンに
なるかもしれないからだ、そうなると、どっちの軍にとっても都合が悪いらしい。 |
紅葉: |
あの…わたし、学校でそういうことは習いませんでした。戦争が始まった理由も…。 |
由宇: |
だろうな。人間は、白分にとって都合の悪いことは隠す性質があるから。 |
真琴: |
じゃあ、どうして由宇くんは知ってるの? |
由宇: |
親父から聞いたんだ。その親父がどうやってこのことを知ったか、オレにはわからないけどな。 |
|
(沈黙) |
由宇: |
おいおい、みんなどうしたんだよ?今の話でわかったろ?ここにいれば安全なんだよ。 |
一角: |
でも、あたしたちの足下にはアトバムが…。 |
由宇: |
それは事実だ。爆発が起きたら肉片一つ残らずに死んじまうだろうな。けど、そうなったら死ぬのはオレたちだ
けじゃない。この星丸ごと吹っ飛ぶさ。そうなったら、世界中の人間であの世巡りってか?ははは…。 |
天馬: |
笑い事じゃありません! |
|
(間) |
由宇: |
…そうだな。今のは冗談が過ぎた。悪かった、すまない。 |
天馬: |
いえ、俺の方こそ、大声出してすみませんでした…。 |
由宇: |
…メシにしないか? |
紅葉: |
それじゃ、すぐに作りますね。(奥へ) |
一角: |
あたしたちも…。 |
真琴: |
そうね…。(二人、奥へ) |
天馬: |
…俺、車見てきます。由宇さんより俺の方が詳しいと思いますから…。 |
由宇: |
ああ…。(天馬、外へ。暗転) |
|
2 | |
|
(照明がつくと舞台上には紅葉と真琴がいる) |
紅葉: |
はあ、退屈退屈…。 |
真琴: |
だいぶつだいぶつ…。 |
紅葉: |
何ですかそれは? |
真琴: |
なんとなく言ってみただけ。私も退屈なのね、きっと。 |
紅葉: |
でも、よく考えてみると、他のみなさんがお仕事をしているというのにわたしたちがこんなことを言っていては
いけませんよね。 |
真琴: |
そうよね。 |
紅葉: |
天馬さんと由宇さんは車で廃品回収。一角さんは近所の子供のお守…。 |
真琴: |
それで助かってる人、たくさんいるわよね。 |
紅葉: |
そうですね。 |
|
(車のエンジン音) |
紅葉: |
あら、天馬さんたちが帰ってこられたみたいですね。 |
真琴: |
そうね。それじゃそろそろ一角ちゃんも帰ってくるわね。お昼ご飯の用意しましょうか。相変わらず、レパート
リーは少ないけど。 |
紅葉: |
物がないんだから仕方がないですよ。わたしも含めて、みなさん、よくやってると思います。 |
|
(天馬と由宇が口論しながら入ってくる) |
天馬: |
だから由宇さんは甘いって言ってるんですよ!人に情けをかけるのは確かに必要ですが、この時代にあそこまで
情けをかけるのはただのお人好しです! |
由宇: |
お人好しでどこが悪いんだよ!これがオレの生き方だよ。現にあの家の人、すごく喜んでたじゃないか! |
天馬: |
その笑顔でメシが食えますか?何も全財産ぼったくろうって言ってるわけじゃない。ただ、規定の料金はきっち
りもらおうって、そう言ってるんですよ俺は! |
真琴: |
二人とも、何ケンカしてるの? |
天馬: |
廃品回収するのに、由宇さんが勝手に値段下げて…ほとんどタダ同然で鉄クズもらってきたんですよ。 |
由宇: |
しょうがないだろう。あの家、お金がないって困ってたんだから。 |
真琴: |
それじゃ仕方がないわね。 |
天馬: |
仕方がないって、真琴さんまで…。 |
由宇: |
オレが正しいと思う人間、手を上げて! |
|
(天馬以外手を上げる) |
天馬: |
けっ、わかったよ!どーせ俺は悪人ですよーだ! |
紅葉: |
天馬さん、いじけないでください。今日のお昼ご飯、天馬さんの分は大盛りにしますから。 |
一角: |
ただいまー。(入ってくる)あれ、何かあったの? |
真琴: |
いろいろあって、天馬くんがいじけてるの。 |
一角: |
ふーん。ねえねえ天馬、これあげるから機嫌直しなさいよ。 |
天馬: |
何だこれ? |
一角: |
アメ玉。 |
天馬: |
俺はガキかー!くそ、みんなで俺のことバカにしやがって…。 |
由宇: |
おい、どこ行くんだ? |
天馬: |
どこだっていいでしょう!(出ていく) |
真琴: |
はあ、どうにも困っちゃったわね。 |
一角: |
どうせすぐに帰ってくるわよ。それより、あたしおなか空いちゃった。ご飯できてる? |
紅葉: |
今から作ります。でも、天馬さんは…。 |
由宇: |
ほっとけ。あいつのかんしゃくは昔からだ。一角の言う通り、すぐに帰ってくるさ。 |
紅葉: |
はあ…。 |
|
(バイクのエンジン音) |
由宇: |
ん?郵便か? |
一角: |
あたし、取ってくる。(出ていく) |
真琴: |
それじゃ紅葉ちゃん、私たちはご飯の用意しましょう。 |
一角: |
きゃーっ! |
由宇: |
な、何だ、どうした!? |
一角: |
(飛び込んでくる)こ、こ、これ見て、これ! |
真琴: |
真赤な封筒…まさか!? |
由宇: |
そんなバカな!この聖地に住んでいる人間に対して召集がかかるはずがない! |
一角: |
でも、差出人は軍よ。由宇さん宛に…。 |
由宇: |
貸してくれ!(封筒を受け取り、中身を読む)バ…バカな…本当に俺に対する召集辞令だ…。なぜ…。 |
紅葉: |
確かに、今まで来なかったのに突然来るのはなんだか妙ですね。 |
由宇: |
とにかく、来ちまった以上は行かないと…。命令に背けば、オレだけじゃなくこの家の全員が罰せられる…。 |
真琴: |
そんな…! |
一角: |
紅葉ちゃん、ちょっと…。 |
紅葉: |
何ですか? |
一角: |
ここは由宇さんと真琴さんの二人だけにしてあげない? |
紅葉: |
…そうですね。 |
一角: |
ちょっと出てきます!(二人、外へ) |
|
(沈黙) |
真琴: |
どうしても…行かなきゃならないの? |
由宇: |
さっきも言ったろ。行かなきゃ、みんなが罰を受ける。 |
真琴: |
じゃあ…。 |
由宇: |
ん? |
真琴: |
もし、行かなくても罰は受けないってことになったら…命令を拒否しても、私やみんなに迷惑がかからないって
ことになったら、それでも行く? |
由宇: |
そうなったら行くはずがない。誰が好き好んで死と隣り合わせの場所に行くかってんだ。 |
真琴: |
そういう人がほとんどだから、厳しい罰則がある…。 |
由宇: |
だろうな…。 |
真琴: |
いつ? |
由宇: |
えっ? |
真琴: |
いつ行くの? |
由宇: |
(手紙を読む)二日後だ。 |
真琴: |
ずいぶん急ね。 |
由宇: |
そうだな。それにしたって、どうしていきなり来たんだ…。戦況の変化か? |
真琴: |
理由が何だって関係ないわ。あなたが行ってしまうということに代わりはないんだから。 |
由宇: |
そうだな…。 |
真琴: |
ねえ。 |
由宇: |
何だ? |
真琴: |
帰って…これるわよね? |
由宇: |
さあて、どうかな。こればっかりは…。(真琴の顔を見る)あっ、いや、帰ってくる!ぜーったいに、帰ってく
る!信じろ! |
真琴: |
抱きしめて! |
由宇: |
えっ!? |
真琴: |
力強く抱きしめて!もう二度とあなたのぬくもりを感じられないかもしれないんだから…。 |
由宇: |
ちょっと待てよ。それってオレが帰ってくる未来を完全に否定してることになるぞ。 |
真琴: |
だって…だって…。 |
由宇: |
心配するな。簡単には死なない。帰ってくる。そうしたら、いくらでも抱きしめてやるよ。 |
真琴: |
うん…。 |
由宇: |
でも、どうしてもって言うなら…。(真琴の肩に手を置く) |
天馬: |
由宇さーん!(飛び込んでくる) |
由宇: |
おわー!か、帰ってきたのか!? |
天馬: |
ユニ子たちから聞いたんですけど、召集令状が来たって本当ですか!? |
由宇: |
あ、ああ、これだ。 |
天馬: |
由宇さんだけですか!?俺には来てないんですか!? |
由宇: |
えっ? |
真琴: |
そういえば、由宇くんだけにしか来てなかったわね。 |
一角: |
(入ってくる)こら、天馬、何やってるのよ!この二人は大人の話してるんだから、勝手に割り込まないの!ほ
ら、行くわよ!(天馬のえり首をつかんで出ていこうとする) |
由宇: |
一角、もう話は終わったよ。それより、今度は天馬と話がしたい。二人だけにしてくれないか? |
一角: |
あっ、はい。 |
由宇: |
真琴もいいよな? |
真琴: |
ええ…。(二人、出ていく) |
由宇: |
さて、と…。 |
天馬: |
あの、話って…。 |
由宇: |
さっきは悪かったな。オレってああいう性格だから。 |
天馬: |
いえ、俺の方こそ…。やっぱり、俺ももう少し大人にならないと…。 |
由宇: |
そうだな。 |
天馬: |
でも、そんな話をするために二人きりにしたんですか? |
由宇: |
そうじゃない。話したいのはこれからのこの家のことだ。わかってると思うけど、令状が来たから、オレは戦場
に行かなくちゃならない。そうすると、ここには男はおまえ一人になる。 |
天馬: |
そうですね…。 |
由宇: |
それがどういうことかわかるか?三人の女性をおまえ一人で守っていかなきゃならないってことだ。 |
天馬: |
女は守られる物、男はそれを守る物…。なぜ、この世界でそんな考えが持てるんですか?その考えは、20年以
上前…つまり、戦争が始まる以前の物じゃないんですか? |
由宇: |
かもな。だけど、この考えを貫かなきゃならない理由があるんだ…。 |
天馬: |
理由? |
由宇: |
オレは親父を尊敬していた。その親父が言ってた言葉なんだよ。戦争が始まって二年後に徴兵され、その半年後
に死んだって通知が来た。そしてその後、お袋はオレを育てるために働き続けて過労死。オレがここに来たのは
その後だ。お袋を守れなかった親父の無念…それと、お袋に何もしてやれなかったオレの心が、今でも男は女を
守るもんだって叫び続けるんだ…! |
天馬: |
由宇さん…。 |
由宇: |
天馬、この時代に、こんな呪縛とも言える考えを押し付けられたら迷惑か? |
天馬: |
えっ? |
由宇: |
迷惑だよな、やっぱり…。 |
天馬: |
‥‥‥‥。 |
由宇: |
でも覚えておけ。そんな考えを持った男が、この家には存在したってことをな。 |
|
(沈黙) |
由宇: |
ははっ、似合わねえな、オレには。 |
天馬: |
えっ? |
由宇: |
こんな風にシリアスやるのはオレには似合わないってんだ。真琴の前でもマジやってみたけどよ、どーもオレの
カラーじゃねーや。 |
天馬: |
…そ、そうですね!由宇さんはおちゃらけてるのが一番なんじゃないですか? |
由宇: |
あっ、言いやがったな!それはおまえだって一緒だろうが! |
天馬: |
あんたの性格が移ったんですよ! |
|
(二人、笑う) |
由宇: |
あっ、そうだ、おまえにもう一つ言っておくことがあったんだ。 |
天馬: |
何ですか? |
由宇: |
真琴はオレの婚約者だからな。ぜーったいに手を出すんじゃねえぞ。 |
天馬: |
はあ? |
由宇: |
その代わりと言っちゃなんだが、一角と紅葉はおまえの好きにしていいから。 |
天馬: |
由宇さん、あんたねえ…。 |
由宇: |
冗談に決まってるだろうが!さて、そろそろメシにするか。オレが作るよ。 |
天馬: |
じゃあ、みんな呼んできます。(外へ) |
由宇: |
‥‥‥‥。(表情がこわばっていく)くそっ!(テーブルを叩く。暗転) |
|
3 | |
|
(照明がつくと、紅葉がテーブルで寝ている) |
紅葉: |
くー…。 |
真琴: |
(手に荷物を持って入ってくる)あら?紅葉ちゃん、起きなさい。(揺り起こす) |
紅葉: |
ほにゃっ?…あっ、わたしったらこんな所で寝てしまって…はしたないですね。 |
真琴: |
そんなことないわよ。それにしても、ずいぶん気持ちよさそうに寝てたわね。 |
紅葉: |
あんまりぽかぽかと心地よかったので、ついうとうとと…。 |
真琴: |
その気持ちわかるわ。あっ、だったら起こさない方がよかったかしら? |
紅葉: |
いえ、そういうわけでは…。あっ、そちらが今日のお買い物ですね? |
真琴: |
そう。なんだか今日はあまり収穫がなかったわ。 |
紅葉: |
いつでも物が手に入るわけではありませんからね、こんな世界では。 |
真琴: |
そうよね。あっ、紅葉ちゃん、洗濯物取り込んでくれる? |
紅葉: |
わかりました。 |
|
(真琴、鼻歌まじりに荷物を物色。紅葉、それを見ている) |
真琴: |
(紅葉の視線に気づき)あら、どうしたの? |
紅葉: |
いえ、なんだか、ずいぶん楽しそうだなと…。 |
真琴: |
そうかしら? |
紅葉: |
ええ。由宇さんが戦地に行ってしまわれた直後に比べると、ずいぶんと元気になられましたよね。 |
真琴: |
そりゃあ、あの時はとてもショックだったわ。でも、いつまでも落ち込んでもいられないわよ。 |
紅葉: |
そうですね。 |
真琴: |
それに今は、「必ず帰ってくる」っていう由宇くんの言葉を信じるしかないし…。 |
紅葉: |
そんな風に信じてもらえている由宇さんは幸せですね。 |
真琴: |
そ、そう? |
紅葉: |
はい、そう思います。それじゃ、お洗濯物取り込んできますね。 |
真琴: |
ええ、お頭いね。(紅葉、外へ)さて、と…。 |
|
(天馬と一角が口論しながら入ってくる) |
一角: |
もう嫌!もう二度とあんたの運転する車には乗らないからね! |
天馬: |
今日はたまたま調子が悪かっただけだって!由宇さんだって、俺の運転なら大丈夫だって、戦地に行く前にあの
車俺に譲ってくれたんだぜ! |
一角: |
たまたま?たまたまで事故起こされたらたまらないわよ! |
真琴: |
どうしたの? |
一角: |
天馬の廃品回収に付き合ってあげたんですけど、車の運転がひどかったのよ。何度も何度もエンストするわ、畑
に突っ込みそうになるわ、急ブレーキ踏むからムチ打ちになるわ…。もう絶対付き合わないから! |
天馬: |
そう言うなよ。一人ででかいガラクタ運ぶの結構きついんだから。 |
一角: |
だいたい女の子に力仕事を手伝わせようってこと自体が間違ってるのよ!(奥へ) |
天馬: |
おい、待てよ!(奥へ) |
真琴: |
やれやれ、ね。 |
|
(ノックの音) |
真琴: |
はーい。(ドアの方へ) |
|
(由宇が入ってくる) |
真琴: |
! |
由宇: |
よう…。 |
真琴: |
ゆ、由宇くん!?帰ってこれたの!?どうして何の連絡もしてくれなかったの!? |
由宇: |
行くぞ…。 |
真琴: |
えっ?行くってどこに? |
由宇: |
あの世だ…。 |
真琴: |
えっ…? |
|
(真琴の首に手をかける由宇) |
真琴: |
ゆ、由宇くん…!? |
由宇: |
おまえを殺してオレも死ぬ。二人なら怖くない。 |
真琴: |
由宇くん…由宇くん…きゃー!(暗転) |
紅葉: |
真琴さん、真琴さん! |
|
(照明がつく。テーブルで寝ている真琴とその側にいる紅葉) |
真琴: |
あ…紅葉ちゃん…? |
紅葉: |
どうなされたのですか?ひどくうなされていたようですが、悪い夢でも見ていたのですか? |
真琴: |
夢…?そうか、夢だったのね…。だけど、どこから夢だったのかしら…。紅葉ちゃん、私あなたに洗濯物を取り
込むようにお願いしたわよね? |
紅葉: |
はい。 |
真琴: |
その後で天馬くんと一角ちゃんが帰ってきて…。 |
紅葉: |
はい、その通りです。 |
真琴: |
それでその後に由宇くんが…。 |
紅葉: |
由宇さん?由宇さんは帰ってきていませんよ。 |
真琴: |
そ、そう…。じゃあ、そこが夢だったのね…。 |
紅葉: |
真琴さん、由宇さんの夢を見たのですか? |
真琴: |
えっ?…違う…あれは…由宇くんなんかじゃない…。 |
紅葉: |
そうですか…。 |
真琴: |
なんだか疲れちゃった。悪いけど、もう一眠りしたいから、一人にしてくれないかな? |
紅葉: |
わかりました。それじゃあ、お散歩でもしてきます。それから…。 |
真琴: |
何? |
紅葉: |
これ、軍からの郵便です。真琴さん宛てになっていたので封を切ってはいません。 |
真琴: |
そう。ありがとう。 |
|
(真琴に手紙を渡し、紅葉外へ) |
真琴: |
軍から私に何の用事かしら?(封を切り、読む)えっ…?そ、そんな…!嘘よ!絶対に嘘よ!うわああああああ
あああ!(しばらく泣き続けるが、突然泣きやみ、フラフラと奥へ) |
紅葉: |
(入ってくる)真琴さん、先ほどの大きな声は…。真琴さん?どこへ行かれたのですか?(手紙を見つける)あ
ら、これはさっきの…えっ!?そんな…!! |
|
(天馬と一角が出てくる) |
一角: |
さっき真琴さんの声がしたけど、何があったの? |
天馬: |
ゴキブリでも出たか? |
紅葉: |
お二人とも、これを見てください! |
天馬: |
何だ?…ああっ!?死亡通知だあ!? |
一角: |
ま…まさか由宇さんが!? |
天馬: |
(手紙を読む)信じたくないがそういう内容だ。間違いなく軍からの通知だし…。まさか…そんなことが…! |
一角: |
そんな、どうして…。(はっとする)そうだわ、さっきの真琴さんの声は、これ読んで…。 |
紅葉: |
あまりにもショックだったので、それでどこかに!? |
天馬: |
探そう!まだ遠くには行ってないはずだ! |
|
(三人でうなずき合った後、天馬と一角、外へ。紅葉は奥へ) |
紅葉: |
きゃーっ!(飛び出してくる) |
天馬: |
(一角と二人で飛び込んでくる)どうした!? |
紅葉: |
真琴さんが、お風呂場で自分の手首を切って…!! |
一角: |
何ですって!?(三人、奥へ。暗転) |
|
4 | |
|
(舞台上には天馬と紅葉。緊張した雰囲気) |
一角: |
(出てくる) |
天馬: |
どうだ!? |
一角: |
とりあえず一命は取り止めたわ。絶対安静だけど…。 |
紅葉: |
(安堵のため息をついて)はあ、ひとまずよかったですね。 |
天馬: |
ああ、まあな…。 |
一角: |
…何よ天馬?なんだか嬉しくなさそうじゃない? |
天馬: |
いや、ちょっとな…。真琴さんの命が助かって、本当によかったのかなあって…。 |
一角: |
何よ、真琴さんはあのまま死んじゃった方がよかったって言うの!? |
紅葉: |
天馬さん、いったい何をおっしゃってるんです! |
天馬: |
考えてもみろよ。由宇さんという最愛の人が死んで、自分も後を追って死のうとした。でもできなかった。もう
真琴さんは自らの命を絶つことはできないよ。今回死んでれば、あの世で結ばれてたかもしれないのに…。 |
紅葉: |
わたしはそうは思いません! |
天馬: |
紅葉…? |
紅葉: |
あの世で一緒になるより、その人の分までこの世界で一生懸命生きる方が、死んでしまった人も喜びます!きっ
と、きっと…。(泣き出す) |
一角: |
紅葉ちゃん、泣かないで。絶対にあんたが正しいんだから…。謝りなさい天馬。あんたは間違ってるわ。 |
天馬: |
間違い、か…。正直、こんな時代にこんなことが起きて、何が正しくて、何が間違ってるのか、俺にはわからな
くなっちまったのかもしれないな。けど、あの世がこの世と同じ広さだったとしたら、また巡り会うことなんて
不可能に近いし、来世で結ばれようなんて、しょせんは甘っちょろい考えなのかもな…。 |
紅葉: |
天馬さん…。 |
天馬: |
悪かった。やっぱり人は生きるべきだよな。 |
一角: |
そうよ、それ以上のことなんて、この世にあるわけないわ! |
紅葉: |
ありがとうございます、天馬さん…。(ふらつく)あっ…。 |
一角: |
大丈夫?もう遅いし、今日は休んだ方が…。 |
紅葉: |
申し訳ありません、そうさせていただきます…。 |
天馬: |
紅葉、一人になった時、自殺なんかするなよ。 |
紅葉: |
ええ、大丈夫です。それじゃあ、おやすみなさい。(奥へ消える) |
一角: |
(紅葉が消えた後で)しかし、大変なことになっちゃたわね。 |
天馬: |
そうだな。俺たちのリーダー格だった由宇さんが死んじまって、真琴さんは自殺未遂。そして、俺たちには心の
傷が…。 |
一角: |
真琴さんはもちろんだけど、紅葉ちゃんのそれもかなり深いはずよ。 |
天馬: |
俺のせいか?俺があんなこと言ったから…。 |
一角: |
それもあるけど、それだけじゃないわ。実は彼女、二回目なのよ。 |
天馬: |
二回目? |
一角: |
大切な人を失うの…。 |
天馬: |
俺、その話聞いたことないぞ。知ってるなら教えてくれないか? |
一角: |
そうね、この際だから話しておくわ。紅葉ちゃんは、彼女が10歳の時にここに来たでしょう?それまでは別の
地域で両親と一緒に比較的平和に暮らしてたそうなの。だけど、ある日空襲で家が壌されて、彼女だけが助かっ
た…。お母さんは即死、お父さんはガレキの下から助け出されはしたものの、もう話すのがやっとの状態だった
わ。そんなお父さんを見て、紅葉ちゃん、「お父様が死んでしまわれるのでしたらわたしも死にます!」って、
そう言ったんだって。 |
天馬: |
今回の真琴さん…。 |
一角: |
そう。でもお父さんは、「死ぬな、私や母さんの分まで生きろ」って、そう言った。そして、紅葉ちゃんがうな
ずくのを確かめてから息を引き取ったらしいの。 |
天馬: |
その親父さんのセリフ、さっきの紅葉の…。 |
一角: |
そういうこと。これでわかったでしょ? |
天馬: |
ああ…。でも、いつものんびりとしてて、俺たちをほんわかな気持ちにさせてくれる紅葉にそんな過去があった
なんてな…。 |
一角: |
この家に来てる人間は、みんな何かしら過去を持ってるのよ。それに、紅葉ちゃんはそういう過去があるからこ
そ、みんなを安心させるような生き方をしてるんじゃないのかしら? |
天馬: |
…かもな。よし、考えようぜ。真琴さんと紅葉を元気づける方法を。由宇さんのことは残念だけど、俺たちだっ
ていつまでもくよくよしてられないしな! |
一角: |
うん、そうね。 |
天馬: |
んじゃ手始めに…酒でも飲むか? |
一角: |
こら、未成年。 |
天馬: |
固いこと言いっこなし。(奥へ。酒ビンとコップを持って戻ってくる)空けちまおうぜ、こいつ。 |
一角: |
うん、いいわね。 |
|
(天馬、コップに酒を注ぐ。二人、乾杯) |
天馬: |
(コップの中身を飲んで)かあっ、うまいなあ。 |
一角: |
うん…。 |
天馬: |
どーしたどした。悲しい気持ちを吹き飛ばすための酒だぞ。 |
一角: |
…そうよね。(コップを一気に空にする)おかわり! |
天馬: |
そーそー、その調子!(一角のコップに注いだ後、自分のを飲む)ところでさあ。 |
一角: |
何? |
天馬: |
さっき、この家に来てる人間にはみんな過去があるって言ってたけど、おまえは? |
一角: |
女性の過去を聞くなんてヤボよ。 |
天馬: |
はっ、そりゃそーか。それによく考えてみれば俺たちって五歳ぐらいの時からずっと一緒で、知らないことなん
てほとんどないしな。 |
一角: |
そういうこと。何てったって、小さいころ一緒にお風呂入った仲だもんね。 |
|
(二人、笑う。笑っているとバイクのエンジン音がする。はっとする二人) |
一角: |
今のって、まさか…。 |
天馬: |
そんなバカな!今何時だと思ってるんだよ?もう夜だぜ! |
一角: |
でも、軍郵便なら時間はお構いなしよ。 |
天馬: |
‥‥‥‥。見てくる…。(外へ) |
一角: |
‥‥‥‥。 |
天馬: |
(戻ってくる)ついに来やがった。 |
一角: |
‥‥‥‥。 |
天馬: |
こいつだ。(赤い封筒をテーブルに置く) |
一角: |
来ちゃったんだ、とうとう…。 |
天馬: |
これが中身だ。驚きだぜ、明日の夕方までに基地に来いってよ。 |
一角: |
明日…。 |
天馬: |
行くしか…ねえんだな…。 |
一角: |
嫌…。 |
天馬: |
えっ? |
一角: |
行っちゃ嫌!由宇さん死んじゃって、真琴さんも紅葉ちゃんも傷ついて、それに、あたしだって全然傷ついてな
いわけじゃないのよ!なのにあんたまでいなくなっちゃったら、ここは…あたしたちはどうなるのよ!? |
天馬: |
そんなこと言ったって、命令に背いたら…。 |
一角: |
でも、でも…。 |
天馬: |
心配するな。さっき言ったろ?俺は由宇さんの分まで生きるって。そう簡単には死にはしないさ。 |
一角: |
「簡単には死なない」…真琴さんにそう言って戦場に向かった由宇さんは、もう帰ってこない…。 |
天馬: |
まいったな、絶対に帰ってくるって約束はできないのか…。 |
|
(沈黙) |
一角: |
ねえ、一つ聞いていい? |
天馬: |
何だ? |
一角: |
あんた、ここに帰ってくる気、ある? |
天馬: |
何言ってんだ、あるに決まってんだろう。 |
一角: |
それ聞いて安心した。それで十分。だいたい、こんな状況で高望みしても仕方がないのよね。 |
天馬: |
あん? |
一角: |
ウダウダ言ってもしょうがない、明日は明日の風が吹く。あんたが死ぬも生きるも運次第よね。 |
天馬: |
ユニ子…。 |
一角: |
死んだら運が悪かった、生きて帰ってきたら儲けもん。そういう気持ちであんたを待ってるわ。 |
天馬: |
なんだかよくわからないけど、気の持ちようってか?とにかく、できれば帰ってくるよ。 |
一角: |
できれば、か…。 |
天馬: |
そうだ。 |
一角: |
ふ…ふふふふ…。 |
天馬: |
は…はははは…。 |
一角: |
まったく、どうしてあたしたちってばこんな場面で笑っちゃうのかしらねえ。 |
天馬: |
そういうキャラクターなんだ、仕方がないだろ。 |
一角: |
まさか、由宇さんと真琴さんはあの時こんな会話してないわよね。 |
天馬: |
あの二人は婚約者だぜ、こんなバカげた別れはしねえよ。 |
一角: |
あたしたちはそういう関係じゃないもんね。 |
天馬: |
そーゆーこった。 |
一角: |
あっ、あたし、真琴さんの様子見てくる。(奥へ) |
天馬: |
‥‥‥‥。 |
由宇: |
とうとうおまえも呼び出されたか。 |
天馬: |
!? |
由宇: |
(入ってくる)よう、久しぶりだな。 |
天馬: |
ゆゆゆゆ由宇さん!?みみみみんな、ゆゆゆ由宇さんが…! |
由宇: |
まあ待て。オレは幻だ。 |
天馬: |
ま、幻…? |
由宇: |
いや、幻と言うよりは幽霊だな、うん。 |
天馬: |
幽霊…じゃあ、やっぱり由宇さんは死んじゃったんですか? |
由宇: |
残念だけどそれが事実だ。だけど、どうもまだこの世界に未練があるらしくて、成仏できないんだ。 |
天馬: |
未練って、真琴さんのことですか? |
由宇: |
たぶんそれが最大の理由だろうが、きっとそれだけじゃない。あいつだけじゃなくて、おまえたち全員のことが
心配で、オレはあの世に行けないんだと思う。 |
天馬: |
由宇さん、俺、由宇さんにみんなを守れって言われた。時代錯誤かと思ったけど、由宇さんが尊敬した親父さん
の心を受け継いだように、尊敬する由宇さんの言葉だったから、あんたの代わりにがんばってきたんだ。でも、
真琴さんをあんな目に合わせて…。 |
由宇: |
それはおまえのせいじゃない。死んじまったオレの責任だ。 |
天馬: |
でも…。 |
由宇: |
おまえはよくがんばってきたよ。感謝してる。 |
天馬: |
けど、とうとう俺にもこいつが来ちまって、もうみんなを守ることはできない…。 |
由宇: |
もうあいつらは大丈夫だ。さっきの話を聞いてわかったよ。一角は強い。これからは、あいつがここを仕切って
くれるよ。これからおまえは、自分のことだけを考えろ。死なないためにな。 |
天馬: |
死なないためには敵を殺さなければなりませんか?由宇さんも人を殺したんですか? |
由宇: |
いや、オレの仕事はトラップの解除だった。地雷とかな。でも、その地雷がドカーンと爆発してな…。 |
天馬: |
不運…だったんですね…。 |
由宇: |
ま、昔から不運とか不幸とかはオレの代名詞みたいなもんだったしな。せっかくつかんだ真琴って幸せも、あっ
さり手放すことになっちまったし。 |
天馬: |
由宇さん、俺…。 |
由宇: |
さて、そろそろ行くか。 |
天馬: |
えっ、行くってどこに? |
由宇: |
幽霊が行く所って言ったらあの世しかないだろう。 |
天馬: |
だって、まだこの世に未練があるって…。 |
由宇: |
言っただろう?さっきのおまえと一角の話を聞いて、もう大丈夫だって確信したんだよ。 |
天馬: |
そんなことはない!俺には…いや、俺たちにはまだあんたが必要なんです! |
由宇: |
聞こえないな、何も。オレの助けがいらなくなったヤツの言葉は。 |
天馬: |
由宇さん! |
由宇: |
じゃあな。天国から見守ってるぜ。もっとも、行いの悪かったオレは地獄に落ちるかもしれないけど。 |
天馬: |
由宇さん! |
由宇: |
そうだ、行く前に真琴の夢枕にでも立ってやるか。昼間あいつの夢に出たオレはオレじゃないって、ちゃんと説
明しとかなきゃな。(出ていく) |
天馬: |
由宇さん!由宇さーん!!(手を伸ばして追いかけようとするが足が動かない)由宇さん…!!(暗転) |
|
5 | |
|
(奥から大きな荷物を持った天馬が出てきて、忍び足で外に出ていこうとする) |
一角: |
なーに黙って行こうとしてるのよ?(出てくる) |
天馬: |
あちゃー、ばれちゃったか。 |
一角: |
15年以上も一緒に暮らしてきた人間に何も言わないで行こうとするなんて、ちょっと水臭いんじゃない? |
天馬: |
別れの挨拶なら昨夜したろうが。 |
一角: |
それは…そうだけど…。 |
天馬: |
そういえば、昨夜のおまえ、いつもと違ってたよな。 |
一角: |
な、何よ? |
天馬: |
行っちゃ嫌だのダダこねて、何か泣きそうになって…おまえが女の子だってことを久しぶりに感じたよ。 |
一角: |
久しぶりで悪かったわね! |
天馬: |
冗談だよ。おまえはちゃんと女の子してる。そうでなきゃアクセサリーなんか買ってきてやらないしな。 |
一角: |
ああ、これね。 |
天馬: |
ちゃんとあの時、「女の子がおしゃれ心をなくしたら終わり」って言ったろ? |
一角: |
そういえばそんなことも言ってたわね。 |
天馬: |
どうだ、安心したか? |
一角: |
安心って何よ?言っとくけどね、昨夜あたしがあんなこと言ったのは本当に不安でしょうがなかったからなんだ
から。もし死んだのがあんたで、あそこに由宇さんがいたら、例え真琴さんの婚約者だろうが由宇さんに対して
だってああ言ったんだから! |
天馬: |
あー、はいはい。まったく由宇さんの言った通りだぜ。おまえは強い。 |
一角: |
強くて悪かったわね!女の子に向かって言うセリフじゃないわよ、それ! |
天馬: |
だから怒るなよ、かわいいんだから。 |
一角: |
またそれか。もう聞き飽きたわよ。 |
天馬: |
さて、漫才も終わったところでそろそろ行くか。 |
一角: |
ちょっと待ってよ。他の二人には?真琴さんと紅葉ちゃんには何も言わないで行くの?あの二人は、今日あんた
が行っちゃうってことすら知らないのよ? |
天馬: |
そこん所はおまえがうまくごまかしてくれよ。 |
一角: |
ごまかすってねえ…もういい!呼んでくるから、その間に行っちゃダメよ!(奥へ) |
天馬: |
あっ、おい!…仕方ないな…。(待っている) |
紅葉: |
おはようございます!ずいぶんとお早いお目覚めで…ほ、本当ですか!?(大きな足音の後、飛び出してくる。
出てきて転ぶ)きゃあ! |
天馬: |
おいおい、大丈夫か? |
紅葉: |
痛たたたたた…。(天馬をきっと見据えて)天馬さん! |
天馬: |
は、はい!? |
紅葉: |
今日戦地へ行ってしまわれるというのは本当ですか!? |
天馬: |
あ、うん…。 |
紅葉: |
どうして黙っていたのですか!? |
天馬: |
令状が来たのが昨夜おまえが休んだ後だったんだよ。起こすのもかわいそうだと思って。 |
紅葉: |
起こされることより、そんな風に黙っていられることの方が、わたしには辛いことです!それに一角さんの話で
は、今日、何も言わずに出ていこうとしたそうじゃないですか!どうしてですか!? |
天馬: |
どうしたんだよ、そんな大きな声出して…。 |
紅葉: |
すみません。でもこれだけは言わせてください。どうして長い間一緒に暮らしてきた人に何も言わずにいられる
んですか? |
天馬: |
それはユニ子にも言われたよ。 |
紅葉: |
確かにわたしは一番最後にここに入りました。でも、だからって…。 |
天馬: |
それは関係ないよ。今じゃ、紅葉も俺たちの家族だよ。 |
紅葉: |
家族…。 |
天馬: |
確かに、何も言わずに行こうとした俺はひどいヤツだな。それについては謝る。だけど、俺がいなくなったとし
ても、後はユニ子がここを仕切ってくれるよ。 |
紅葉: |
でも、一角さんは一角さんです。 |
天馬: |
えっ? |
紅葉: |
いくら一角さんが天馬さんの代わりにここを取りまとめてくれたとしても、天馬さんは、目の前にいるあなただ
けなんです。 |
天馬: |
そんなの当たり前だろう。紅葉、おまえはどういう意味で言ってるんだ?ちゃんと説明してくれ。 |
紅葉: |
えっ?だ、だから、それは…その、つまり…。 |
天馬: |
(イライラし出す) |
紅葉: |
えーっと…要するに…。 |
天馬: |
だーっ!うざってえー!もう四の五の言うな!絶対帰ってくるから、それまでみんなでここを守れ! |
紅葉: |
か、帰ってこれるのですか? |
天馬: |
えっ、うーんと…必ずって約束はできないけど、待ってて損はないと思うぞ、うん。 |
紅葉: |
…わかりました。わたしも、この家も、みんなで天馬さんを待ちます。 |
天馬: |
そうか。そうしてくれるとありがたいな。 |
|
(一角、奥から出てくる) |
天馬: |
あれ、真琴さんはどうした? |
一角: |
昨日の傷のせいで歩けない状態なの。起きてはいるんだけどね…。そういえば、何か変なことを言ってたわ。 |
天馬: |
変なこと? |
一角: |
由宇さんに会ったって…。 |
天馬: |
…そうか。よし、行って話してくる。(奥へ) |
一角: |
どうしたのかしら?さっきは黙って行こうとしてたのに…。 |
紅葉: |
言葉は人の心に作用する物なんですよ、きっと。 |
一角: |
どういう意味?あっ、あいつに何か言ったの? |
紅葉: |
いろいろとお話しました。結局、一番言いたいことは口にできませんでしたが…。 |
一角: |
一番言いたいことって何よ? |
紅葉: |
それは…一角さんにもそれは言えません。 |
一角: |
ふーん、あたしに言えなくて天馬には言えることなんだ。ふーん。 |
紅葉: |
ですから、言えなかったんです。 |
天馬: |
(戻ってくる)真琴さん、思ったより元気を取り戻してたな。あの分ならもう自殺することもないだろ。 |
一角: |
由宇さんのことについては? |
天馬: |
会ったんだろう、たぶん。 |
一角: |
…天馬。 |
天馬: |
何だ? |
一角: |
これで行っちゃうのね…。 |
天馬: |
ああ、いつまでも引き延ばすわけにもいかないしな。 |
紅葉: |
天馬さん、わたしたち、ここで天馬さんのことを待っていますね。 |
天馬: |
ああ。帰ってこれたらさっきの話を聞いてやるよ。 |
一角: |
できればでいいから帰ってくるのよ! |
天馬: |
ああ。じゃあな!(出ていこうとするが足を止める)あっ、そうだ。おい。 |
一角: |
あたし? |
天馬: |
いつだったか紅葉が言ってたよな。ユニコーンには癒しの能カがあるって。確かにおまえのおかげで俺の体はボ
ロボロだけど、心の方では結構助けられたところがあると思う。 |
一角: |
あに言ってんだかこのタコ助は。いいから行きなさいよ。死ぬんじゃないわよ!(親指を立てる) |
天馬: |
(中指を立てる) |
一角: |
(親指を下に向ける) |
天馬: |
(首をかっ切る) |
一角: |
ふ…ふふふふ…。 |
天馬: |
く…くくくく…。 |
|
(二人、笑う) |
天馬: |
(笑うのをやめて)じゃあな。(出ていく) |
一角: |
まったくあの男は…。 |
紅葉: |
行って…しまわれましたね…。 |
一角: |
ええ、行っちゃったわね。 |
紅葉: |
これからのわたしたちにできることは、天馬さんの無事を神様に祈ることと…。 |
一角: |
それとこの家を守ること!帰ってきた時に家がなくなってたら、あいつに顔向けできないわよ! |
紅葉: |
はい、そうですね!(暗転) |
|
6 | |
|
(ラジオの声が雑音とともにフェードインする) |
|
…戦争は終わりました。繰り返します。20年以上続いた戦争は、本日をもって連合軍の勝利で終結いたしまし
た。なお、終戦後の処理はこれから軍の会議で…。(雑音と共にフェードアウト) |
|
(照明がつくと一角、紅葉、真琴がいる。真琴の手首には包帯) |
紅葉: |
戦争が終わって、もう一週間が過ぎたんですね…。 |
一角: |
もうそんなになるのか。20年以上続いた戦争が終結した時に生きていたあたしたちは、言わば歴史の証人のは
ずなのに…。 |
真琴: |
なんだかそんな感じしないわね。どうしてかしら? |
紅葉: |
それにしても、一週間が過ぎても天馬さんは帰ってこない…。 |
一角: |
帰ってこないどころか、連絡すらない…。 |
真琴: |
大丈夫よ。死亡通知が来てないんだからきっと生きてるわ。天馬くんのことだから、そのうちひょっこり帰って
くるわよ。 |
紅葉: |
そうだとよいのですが、天馬さんは最前線に立ったと…。 |
真琴: |
それより、この街がいったいどうなるか聞いた? |
一角: |
閉鎖されてしまうんでしたね…。 |
真琴: |
そう。アトバムの上に街があるなんて物騒極まりないから、この地域一帯から人間を追い出して、誰も入れない
ようにするってニュースで言ってたわ。 |
紅葉: |
それでは、ここに住んでいる人はどうすればよいのでしょうか? |
真琴: |
別の場所へ引っ越すしかないでしょうね。それとこれはあくまでも噂なんだけど、この地域の人を軍に召集した
のは、少しでもここの人口を減らすためだって…。 |
一角: |
じゃあ、召集がかかった時からこの街の閉鎖が決まってたってこと!?それってひど過ぎる!前はゴーストタウ
ンにならないようにしてたのに、街の閉鎖が決まったら…。 |
真琴: |
あくまでも噂よ。でも、実際に一人は確実に減ったわけだし…。 |
紅葉: |
由宇さん…。 |
一角: |
でも、今となっては召集の理由なんかどうでもいいことなのかもしれないわね。それよりも今後のことよ。あた
したちがここを追い出される、それは紛れもない事実。いつまでここにいられるんだっけ? |
真琴: |
終戦の日から三週間。あれから一週間たってるからあと二週間ね。 |
紅葉: |
それまでに天馬さんが帰ってこなかったらどうなるのでしょうか? |
一角: |
帰ってきても家がない…そもそもこの地区には入れないわ。 |
真琴: |
でも、だからと言って私たちに何ができるかと言えば…。 |
紅葉: |
残念ですけど何もできませんね。ただ待つこと以外には…。 |
|
(沈黙) |
一角: |
よく考えてみれば、あたしたちがこうやって待ってても時間の無駄ね。 |
真琴: |
そうね。私たちもここを出ていく準備をしなくちゃならないわけだし…。 |
紅葉: |
そのようなことをしながらでも、天馬さんを待つことはできますものね。 |
一角: |
そういうこと。さ、今日もまた荷物の整理をしましょう。 |
真琴: |
そうね。 |
紅葉: |
それではわたしは外の物置きを見てきますね。(外へ) |
一角: |
あたしたちは何します? |
真琴: |
うーん、そうねえ…。 |
紅葉: |
た、大変です!(飛び込んでくる) |
一角: |
どうしたの? |
紅葉: |
これを見てください! |
一角: |
その封筒がどうかしたの? |
紅葉: |
昨夜はポストに入っていなかったんです!この封筒に見覚えがありませんか? |
一角: |
えっ…? |
真琴: |
きゃーっ!(座り込む) |
一角: |
どうしたんですか!? |
真琴: |
それ、由宇くんが死んだ時に…きゃーっ! |
一角: |
真琴さん、落ち着いて! |
真琴: |
はあ…はあ…はあ…。 |
一角: |
大丈夫ですか? |
真琴: |
ええ…少し手首がうずくけど、何とか落ち着いたわ。でも、それが来たってことは…。 |
一角: |
まさか天馬が…?紅葉ちゃん、開けてみて! |
紅葉: |
はい!(封を切って中を見る)えっ…? |
一角: |
どうしたの? |
紅葉: |
「はずれ」ですって。ほら…。(中の紙を客席に見せる) |
一角: |
はあ? |
真琴: |
ど、どういうこと…? |
|
(三人、一ヶ所に集まる。天馬がこっそり入ってくる。もちろん三人はそれに気づかない) |
天馬: |
わーっ! |
三人: |
きゃーっ!?(散り散りに) |
天馬: |
はっーはっはっはっはっ!驚いたか!? |
紅葉: |
て、天馬さん!?これはいったいどういうことですか!? |
真琴: |
この封筒は何なの!? |
天馬: |
ちょっとしたいたずらだよ。それは俺が自分で作った。みんなを驚かそうと思ってな。 |
紅葉: |
いたずらって…。 |
天馬: |
びっくりした?ねえ、びっくりした? |
三人: |
‥‥‥‥。 |
天馬: |
あれ、みんな、どうした? |
一角: |
‥‥‥‥。(無言で天馬の後ろに立つ) |
天馬: |
ははははは。…あれ? |
一角: |
こんの腐れド外道が!(天馬にスリーパーホールドをかける) |
天馬: |
ぐおおっ!? |
一角: |
(技をかけながら)あたしや紅葉ちゃんがいったいどれだけ心配したと思ってんのよ!?真琴さんなんか、発狂
しちゃったんだからね! |
紅葉: |
発狂は少し言い過ぎだと思いますが…。 |
真琴: |
でも、これは確かに行き過ぎたいたずらよ。 |
一角: |
それをあんたはねえ…。ちょっと、聞いてるの?何か言いなさいよ!天馬!ねえ、天馬ってば! |
天馬: |
‥‥‥‥。 |
一角: |
大変!オチてる! |
真琴: |
何ですって!? |
紅葉: |
大変です! |
|
(暗転。次に暗めの照明がつくと、天馬だけが倒れている) |
天馬: |
(起き上がる)ごほごほ…。あれ?ここどこだ? |
由宇: |
よう、また会えるとはな。(入ってくる) |
天馬: |
ゆ、由宇さん!?(由宇に近づこうとする) |
由宇: |
来るな!こっちはあの世だ! |
天馬: |
(足を止める)あの世…?じゃあ俺は死んじまったのか!?一角のスリーパーで!?かあっ、情けねえったらあ
りゃしねえ死に方だなおい! |
由宇: |
落ち着け。正確に言うとおまえはまだ死んでない。言わば幽霊の状態だ。今ならまだ戻れる。こっちに来たら完
全に死んで、二度と戻れなくなるけどな。 |
天馬: |
そっか、まだ帰れるのか…。 |
由宇: |
それにしても、あの戦いの中で死ななかったなんてやるもんだ。 |
天馬: |
俺、悪運強いから。今、すっげえマヌケに死にかけてるけど。 |
由宇: |
人は殺したのか? |
天馬: |
‥‥‥‥。 |
由宇: |
殺したのか…。 |
天馬: |
(うなずく) |
由宇: |
人の死なない戦争なんてないけど、おまえも含めて戦場から帰った人間のほとんどは、人を殺したという事実を
背負って、これからの人生を生きていかなきゃならないんだよな…。 |
天馬: |
そう…ですね…。 |
由宇: |
けどさ、こんな時代だし、やっちまったもんは仕方ないと思う。いや、嫌でもそう自分に思い込ませなきゃ、そ
の事実に押しつぶされちまう。そうならないように生きていかなきゃ、な? |
天馬: |
でも…。 |
由宇: |
ん? |
天馬: |
生きていても、いずれは死ぬ。それならばなぜ生きるのか…。戦場という、死に近い場所に行って、俺、そうい
うこと考えるようになっちゃって…。 |
由宇: |
おいおい。 |
天馬: |
由宇さんが死んだ時、紅葉に言われて人は生きるべきなんだって思った。だけど、今はその気持ちが揺らいでい
て…。その、うまく言えないけど…答えが…見つからない…。 |
由宇: |
かあっ!まったく、相変わらず不器用なヤツだなおまえは! |
天馬: |
えっ…? |
由宇: |
戦いを経験して何を感じたか知らないがな、人間ってのは、生きていく中で答えを探っていくしかないんだ! |
天馬: |
生きていく中で、答えを…? |
由宇: |
その答えっていうのは生きる目的だと俺は思う。そいつが見つかるまで人は死んじゃいけないんだ。 |
天馬: |
‥‥‥‥。 |
由宇: |
だけどな、見つけたからって死んでいいってことじゃない。目的が見つかったら、今度はそいつに向かってひた
すら生きる。つまり、人っていうのはとにかく生きるべきなんだ。何があろうと、手前の命を手前で絶つなんて
ことはしちゃいけないんだよ。ま、オレみたいに目的はあったものの達成できずに死んじまうヤツや、目的も見
つけられないヤツもいるんだけどな。 |
天馬: |
由宇さんは目的を見つけたんですか?それは何だったんですか? |
由宇: |
決まってるだろ、真琴を幸せにすること!…だった。 |
天馬: |
過去形…なんですね。 |
由宇: |
まあな。で、おまえはどうなんだ?生きる目的はあるのか? |
天馬: |
…一応。 |
由宇: |
じゃあ、そいつに向かって生きてみろよ、な? |
天馬: |
…そっか、そうだよな。守るべき人間…そいつらのために、俺は…生きなきゃ…! |
由宇: |
そうだ!よし、こいつを受け取れ!(何かを取り出し、天馬に投げる) |
天馬: |
(受け取る)これは…? |
由宇: |
また何か迷うようなことがあったら、それを見て思い出せ。今のオレの言葉を、そして、なぜおまえが生きるか
をな! |
天馬: |
由宇さん、すいません…。 |
由宇: |
何がだ? |
天馬: |
また由宇さんの助けを借りちまって…。 |
由宇: |
いいってことよ。家族だろう、オレたち? |
天馬: |
そう…ですね…。 |
由宇: |
さあ、もう行け。早く戻らないと、完全に死んだと思われて、体を燃やされちまうぞ! |
天馬: |
はい!あの…ありがとうございました!(頭を下げる) |
由宇: |
ああ。さあ! |
天馬: |
(うなずいて奥に消える。暗転) |
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(次に照明がつくと、毛布をかけられて寝ている天馬がいる) |
天馬: |
んんんん…ん?(日を覚ます)夢…?それとも…。 |
紅葉: |
(奥から出てくる)ててて…天馬さん!?よかった、気がついたんですね! |
天馬: |
ああ、心配かけたな。 |
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(紅葉、天馬に抱きつく) |
天馬: |
お、おいおい紅葉…。 |
紅葉: |
(泣きじゃくりながら)本当に…本当に心配したんですから…。 |
天馬: |
だから悪かったって。おい、泣くなよ。 |
紅葉: |
はい…。(泣きやんで、奥に呼びかける)一角さん、真琴さん、天馬さんが! |
一角: |
(奥から出てくる)死んじゃった!?どうしよう、あたし人殺しよ…。 |
天馬: |
‥‥‥‥。(一角をにらみつけている) |
一角: |
(天馬の視線に気づく)い、嫌ねえ、冗談よ、じょ・う・だ・ん。 |
天馬: |
ずいぶんたちの悪い冗談だな。 |
紅葉: |
天馬さん、人のことを言える立場ではないと思いますが…。 |
天馬: |
あはーっ、そーいやそうね。 |
|
(このやりとりの間に真琴も奥から出てきている) |
真琴: |
気がついてよかったわ。天馬くん、この二人ね、しばらくの間ずーっと天馬くんのこと見てたのよ。私が少し休
みなさいって言うまで、ずっとね。 |
天馬: |
見てただけ?どうせなら膝枕してくれるとか…あだだだだだ! |
一角: |
(天馬の口を指で広げながら)どの口がそんなことを言うか?この口か?元はと言えば、あんたがくだらないい
たずらしたのが原因でしょうが、ええっ!? |
天馬: |
ほ、ほうでひた…。 |
一角: |
確かにいきなり技かけたあたしも悪かったけど、一番悪いのはあんたなんだからね! |
天馬: |
悪かったよ。おー、いて…。 |
紅葉: |
天馬さん、大丈夫ですか?…あら? |
天馬: |
何だよ? |
紅葉: |
涙の跡が…。 |
真琴: |
いつ泣いたの? |
天馬: |
たぶん…夢の中だ。 |
一角: |
はあ? |
天馬: |
夢の中で俺は由宇さんに会った。その時に泣いたんだ。 |
真琴: |
由宇くんに…。由宇くんは天馬くんに何て言ったの? |
天馬: |
あの人の言葉を一言で言うなら…「生きろ」だ。そして餞別をくれ…あれ? |
紅葉: |
どうなされたのですか? |
天馬: |
餞別が…ある!?(取り出す)どうして!?あれは夢の中の…。 |
真琴: |
でも、これは確かに由宇くんの…。 |
一角: |
奇跡が起きたのよ、きっと! |
紅葉: |
何ですかそれは? |
一角: |
うーん、うまく言えないけど、世の中のなんだかわからないことはみんな奇跡なのよ! |
天馬: |
奇跡が起きた…それは違う。奇跡は起きる物じゃなくて起こす物だ。由宇さんがそう言ってた。そしてこれが奇
跡ならば、起こしたのは由宇さんの魂だ。これは、俺たちに対する由宇さんからのメッセージなんだ、きっと! |
紅葉: |
「生きろ」…ですか? |
天馬: |
そうだ! |
真琴: |
そうだわ!みんな、聞いてくれる?生きるために! |
一角: |
何ですか? |
真琴: |
この街は解体されるわ。 |
天馬: |
えっ、そうなの!?行く宛てはあるんですか!? |
真琴: |
私は由宇くんに連れていってもらったことがあるの。戦争が終わったらそこに行こうって…。私たちだけじゃな
く、みんなも連れてね。そこはここと同じようにそれほど戦火にさらされてないし、ここよりも自然があるの。
そこに行きましょう! |
一角: |
いいわね!それはつまり由宇さんの遺志を継ぐことにもなる…。 |
天馬: |
俺も行きたい。由宇さんが俺たちを連れていきたいと言ったその場所を、この目で見てみたい…! |
真琴: |
紅葉ちゃんはどうする? |
紅葉: |
もちろん、ご一緒させていただきます。みなさんが行かれるのでしたら、わたしも…。 |
真琴: |
決まりね。 |
一角: |
行きましょう! |
天馬: |
新しい、俺たちの世界へ!!(暗転してEND) |
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