タイトル
 「でてけ」
登場人物
 風間昇(かざまのぼる)
 沢登晶(さわのぼりあきら)
 栗本翔(くりもとかける)
場所
 栗本のアパート、風間の都屋

 1
     (ドアが開いて栗本と風間が入ってくる)
 栗本: はい、ここがあなたのお部星です。
 風間: へえ、割りといい感じですね。
 栗本: もともと普通の家を改造したアパートですので、お風呂やおトイレは共同になります。それから朝と夜のごはん
は私が作って、キッチンで食べてもらうことになります。
 風間: そうですか。よろしくお頭いします、大家さん。
 栗本: 大家さんなんて、そんな…。
 風間: そ、そうですよね。どう見ても大家さんなんて呼ばれ方される年齢じゃありませんもんね。それじゃあ、名前
で呼んでもいいですか?
 栗本: いいですよ、私、栗本翔といいます。
 風間: 知ってますよ。この部屋に入ることが決まった時に聞きましたから。
 栗本: あっ、そういえばそうでしたね。うふふふ。
 風間: そうですよ。ははは。
 栗本: ‥‥‥‥。
 風間: 翔さん、どうしました?
 栗本: えーっと…忘れてしまって…。
 風間: 何をです?
 栗本: あなたのお名前を…。
 風間: 嫌だなあ、俺は風間昇ですよ。
 栗本: あ、そうそう、昇さんでしたね。どうも人の名前を覚えるのは苦手で…どうもすいません。
 風間: いえいえ。ところで、つかぬことをお聞きしますが、翔さんは独身ですか?
 栗本: そうですよ。恋人もいません。
 風間: いえ、そういう意味で聞いたわけじゃないんですけど…。
 栗本: じゃあ、どういう意味なんですか?
 風間: それは…えっと…あっ、そういえば、このアパート、全部で何人の人が住んでるんですか?
 栗本: あなたを入れて六人ですね。その中には私と私の妹がいますけど。私たち姉妹以外はみなさん男性です。
 風間: へえ、妹さんがいるんですか。それにしても周りがほとんど男とは…。
 栗本: こんなアパートですから、量初は赤の他人だった人たちも今ではすっかり家族同様ですよ。
 風間: そりゃ、毎日顔を合わせるんですから。
 栗本: そうですね。では夕食の用意の途中なので…。できたら、呼びにきますね。
 風間: どうも。
     (栗本、ドアから退場)
 風間: うーん、やっと念願の一人暮しだ!
     (風間、壁に立てかけてある、人物写真の大きなパネルに気づく)
 風間: (パネルに向かって)ああっ、いらっしゃったんですか!…何だ、パネルか。驚かしやがって…。だいたい何だ
こりゃ?前にこの部屋に住んでた人の忘れ物か?翔さんに頼んで、前の持ち主に送ってもらうか。(風間がパネ
ルをどかすと、壁には大きな傷があった)な、何だこりゃ?なんでこんなもんが…。翔さんに文句言ってやる。
翔さーん!(ドアから退場)
 風間: 翔さん、早く来てくださいよ!
 栗本: そんなに急がなくても…。それとも、急がないと逃げてしまうんですか?
 風間: いいから来てください!
     (二人、ドアから入ってくる)
 風間: これです。このパネルなんですけどね…。
 栗本: やっぱり昇さんもいいと思いますか?私、大好きなんですよこの人。
 風間: そんなこと言ってるんじゃありません!「この人いいですよねー」ってわざわざ言うためにあんな急いであなた
を呼んだりしませんよ!
 栗本: そうですか?私は呼ぶかもしれませんけど。
 風間: 俺はあなたじゃないんです!
 栗本: そうですねえ。
 風間: いいですか、このパネルをどけると…あーら不思議!(パネルを動かす。傷が現れる)
 栗本: あら。
 風間: 何なんですか、これは?
 栗本: 何なんでしょうね。
 風間: 何なんでしょうねって、あなた大家でしょう!
 栗本: 思い出しました。この傷を作ったのは私です。確か、一年ぐらい前のことでしょうか。
 風間: どうやってつけたんだいったい…。それにしても、こんなのがあって何も言わないなんて、前に住んでた人はよ
ほどのんきだったんですね。
 栗本: 前に住んでた人が出ていかれて、その後片付けをしていた時にこの傷を作ってしまったんです。とりあえずパネ
ルで隠すという応急処置を施しておいたのですが、それから約一年、この部屋に入ろうって人がいなかったもの
ですから、すっかり忘れていましたよ。
 風間: 「忘れていましたよ」じゃないでしょう!いったいどうするんですか!
 栗本: 大丈夫ですよ。隣の部屋とつながってるわけじゃありませんから。
 風間: つながってたらもっと嫌ですよ!とにかく何とかしてくださいよ!
 栗本: わかりました。でも、すぐというわけには…。
 風間: それまでは仕方がないから、こんな風にパネルで隠しておきますよ。でも、なるべく早くしてくださいよね。
(パネルを元に戻す)
 栗本: はい。
 沢登: (壁の向こうから)やった!開通したよ!
 風間: ん?
     (沢登、パネルをどかして出てくる。傷は大きな穴になっていた…)
 沢登: 隣の自分の部屋からこつこつと穴を掘り続けてはや三ヶ月、ついにこっちの部屋にたどりついたんだ!お姉ちゃ
んにばれないようにするの、結構大変だったもんなあ…。だけどここには人は住んでないし、これでこの部屋も
ボクの物だー!
 栗本: あの…晶ちゃん?
 沢登: えっ…?わーっ、お姉ちゃん、いたの!?
 栗本: あ、紹介するわ。今日からこの部屋に住むことになった風間昇さんよ。それにしても晶ちゃん、何してるの?
 沢登: き、聞いてたんだろ、さっきのボクのひとりごと。まあ、そういうこと。それにしても、人が入ることになって
たなんて…。
     (気まずい雰囲気)
 沢登: バイバーイ!(穴から逃げようとする)
 風間: (沢登を捕まえる)ちょっと待てーい!人の部星の壁に大穴開けといてパイパーイで済まそうってのか?何か言
うことあるだろう?
 沢登: これから一つ屋根の下一緒に暮らすわけだから、よろしく。
 風間: よろしくー…って、違うだろ!!翔さん、何なんですかこの娘は?女の子のくせにボクなんて言ってるし…。
 栗本: 私の妹です。
 風間: えっ?
 沢登: そう。ボクが妹の沢登晶だよ,
 風間: 沢登?翔さんの名字は栗本だぞ、どうして姉妹で名字が違うんだ?
 栗本: それはまあ、いろいろあるんですよ。
 風間: そうですか。それで…。(沢登をにらみつける)
 沢登: な、何?
 風間: 何か言うことがあるだろう?
 沢登: 穴開けて、ごめんなさーい。
     (間。怒りに震える風間の拳)
 栗本: いけない!サンマが焦げちゃう!(ドアから退場)
     (気まずい雰囲気)
 沢登: …ねえ、昇っていったっけ?
 風間: 何だ?
 沢登: 壁に穴開けたこと、悪かったと思ってるよ。まさか人が入ることになってたなんて…。
 風間: 人が入らなきゃあんな大穴を開けていいのか?
 沢登: それは…。
 風間: 例え今日のこの日に俺が入らなくても、いずればれることだ。違うか?
 沢登: その通りです…。
 風間: とは言え、開けちまったもんは仕方がない。ここでおまえを怒鳴りつけてみたところで、壁が元通りになるわけ
でもないしな。
 沢登: それじゃ…。
 風間: しょうがないから許してやる。翔さんに言って、修理を頼んでもらうことにするよ。
 沢登: いい人だね、昇って。
 風間: まあな。
 沢登: じゃあ、このことは水に流してくれるの?
 風間: 流そうにも穴自体は残ってるけどな。
 沢登: ははははは。
 風間: 笑ってごまかすんじゃない。
 沢登: ボク、困った時は笑ってごまかすことにしてるんだ。ところで、昇って大学生?
 風間: ああ、大学一年だよ。
 沢登: 大学生には見えないね。
 風間: 大きなお世話だ。そういうおまえはいくつなんだよ?
 沢登: ボク?ボクは高校2年生だよ。
 風間: 高2ってことは17歳か?それじゃあ、翔さんはいくつなんだ?
 沢登: お姉ちゃんは24だよ。ボクたち、7歳違いなんだ。
 風間: 結構歳の離れた姉妹だな。それにしても、姉妹で名字が違うっていったいどういうことだ?
 沢登: …実は、ボクらの両親、ボクが小さい頃に離婚してるんだ。ボクは父さんにくっついてこの家を出てって、お姉
ちゃんは母さんと一緒にここに残った。ボクがこんな風なのも、お父さんと二人で暮らしてたからかな。
 風間: じゃあ、どうしてその姉妹が今は一緒に住んでるんだ?
 沢登: 二年前、ボクが15歳の時に父さんが死んじゃったんだ。それで父さん、ここに来て母さんに面倒見てもらえっ
て遺言残したの。ところがいざ来てみると母さんももう死んじゃってて、母さんの残したこの家を遺産でアパー
トに改造して生きてるお姉ちゃんがいたってわけ。それで、今まで別れ別れだったけど、これからは一緒に生き
ていこうって、ここに住まわせてもらってるんだ、ボクが。
 風間: なかなか泣ける語だね。だけど、そんな家の壁に穴を開けるんじゃないよ。
 沢登: はーい。それにしても…。
 風間: それにしても?
 沢登: おなか空いた。
 風間: そうか…ってはあ!?
 沢登: 空いた空いたおなか空いた!何か食べたーい!
 風間: うるさーい!昼メシ食わなかったのか?
 沢登: 食べたよ、おなかいっぱい。だけど今はおなか空いてるの!
 風間: おまえもしかして!…食いしん坊?
 沢登: まあね。でも、悪いことじゃないでしょ?せっかく生きてるんだから、人生明るく行かないと、ね?
 風間: 晶って、ポジティブな性格なんだな。
 沢登: そうそう。あっ、部屋にポテトチップがあったんだ。(壁の穴に入ろうとする)
 風間: 待て待て待て。そこから帰るんじゃない。
 沢登: どーして?
 風間: どーしてもだ。
 沢登: ケチ。
 風間: ケチじゃないだろう!いいか、約束しろ。この穴を出入りするんじゃないぞ。
 沢登: わかったよ。仕方ないなあ、もう。
 栗本: (ドアから入ってくる)二人とも、夕食ができましたよ。
 風間: わかりました。
 沢登: やっほー、ご飯だご飯だ。(ドアから出ていく)
 栗本: すみませんねえ、騒がしい娘で。
 風間: いえいえ、あれぐらい元気がある女の子っていうのも、それはそれで結構いいもんですよ。
 栗本: そうですか?
 風間: ええ。やっぱり若いっていいですね。
 栗本: 昇さん、晶ちゃんとはたったの二つ違いじゃないですか。
 風間: 歳は二つしか離れてなくても、高校生と大学生じゃずいぶん違う物ですよ。
 栗本: ああ、昇さんは女子高生が好き、と…。それじゃあ私なんかは守備範囲外ですね。くすん。(すねる)
 風間: そういうことではなくてですね…。それに、翔さんだって十分お若いですよ。
 栗本: (機嫌を直して)そうですか?ありがとうございます。では行きましょう。カレーが冷めてしまいますから。
 風間: カレー?さっき、サンマがどうのって言ってませんでしたっけ?
 栗本: 両方あるんです。なんせたくさん食べる人がいますから。
 風間: それって晶ですか?
 栗本: 晶ちゃんもですけど、他の人たちもたくさん食べるんです。類は友を呼ぶ、でしょうかね。
 風間: ‥‥‥‥。
 栗本: それじゃあ、早く行きましょう。(ドアから退場)
 風間: (ドアから出ていこうとするが、壁の穴に目が行く)しっかし何てことしてくれたんだ…。(穴の中を覗こうと
する)いかんいかん!隣は晶の部屋、女の子の部星だぞ!それに、あいつにはあんなこと言っておいて、自分が
やってたんじゃあな…。とりあえず、こうしておくか。(パネルで穴を隠す)
 栗本: 昇さーん、どうしたんですかー?
 沢登: 早く来ないと昇の分まで食べちゃうよー。
 風間: あっ、今行きまーす。(ドアから退場、暗転)

 2
     (明かりがつくと沢登が大の字で寝ている。ドアから入ってくる風間)
 風間: (沢登を見つける)だからなんでこいつが俺の部屋で寝てるんだよ?(沢登の顔を覗き込み、何かを思いつく)
筆ペン。(取り出す)ここに一本の筆ペンがあります。これで寝ている晶の顔に落書きをしようと、そういう魂
胆なんですね、いやー、ありふれたいたずらですねえ。それでは、最近の流行である、「額に一文字」をやって
みたいと思います。(沢登の方を向くが、彼女は起きて風間の方を見ていた)うわー!?起きていたのかー!?
 沢登: 昇、お帰りなさーい。何してるの?
 風間: いや、別にこの筆ペンでおまえの額に文字を書こうとか、そういうことを考えてたんじゃないぞ!…って、そん
なことはどうでもいいんだ。何でおまえがこの部屋にいるんだ?勝手に人の部屋に入るんじゃないって、何度も
言ってるだろう。
 沢登: 壁に穴が開いててボクの部星とつながってるんだから仕方がないじゃない。
 風間: 仕方なくない!つながってるからって勝手に出入りしていいってことじゃないんだ。
 沢登: そんな堅いこと言わなくてもいいじゃないか。ほら、よく言うでしょ?「穴があったら入りたい」ってさ。
 風間: 言葉の使い方間違ってるぞ。なあ、おまえがこの穴を開けた時、俺がいったいどんな気持ちでおまえのことを許
してやったと思ってるんだ?
 沢登: こんなかわいい娘、怒れないや!
 風間: 違う!俺はな、広ーい心でおまえのことを許してやったんだよ。わかるか?
 沢登: じゃあ、今回もその広ーい心で許してくれない?
 風間: 物には限度ってのがあるんだよ。仏の顔も三度までだ。
 沢登: ホットケーキとサンドイッチ!?どこどこ!?
 風間: 人の語を聞け!だいたいな、この穴を出入りしないって、あの時約束したろう?
 沢登: そうだったっけ?ボク、忘れちゃった。
 風間: あのなあ…。で、どうしてこの部屋で寝てたんだ?
 沢登: ボク、今自分の部屋掃除してるの。で、疲れたからちょこっと一休みしようかって思ったけど、とても寝れる状
況じゃないからこの部星使わせてもらったってわけ。
 風間: 別にこの部屋じゃなくてもいいだろう。例えばリビングとか…。
 沢登: お姉ちゃんがいた。
 風間: 今はいなかったぞ。
 沢登: そう?じゃあ、ボクが寝てるうちに出かけたんだ。
 風間: …おまえ、どのくらい寝てたんだ?
 沢登: そうだねえ…かれこれ二時間ぐらいかな。
 風間: どこがちょこっとだよ。で、寝てただけで、荒らしたりしてないだろうな?
 沢登: 別にしてないけど…何、見つかったらやばい物でも隠してるの?例えばエッチな本とか…。
 風間: うるさい!いいから出てけ!そしてさっさと掃除を終わらせろ!このままだと夜寝れないんだろう?
 沢登: その時はまたこの部屋で寝させてもらうよ。
 風間: …それじゃ、俺はどうなる?まさか一緒に…。
 沢登: もちろん、リビングかどこかで寝てもらう。
 風間: 冗談じゃない!早く終わらせろ!
 沢登: はいはい。(穴から出ていく)
 風間: …って、また穴から出てくし…。しょうもないヤツだよ、まったく…。
 栗本: (ドアをノック)昇さん、ちょっといいですか?
 風間: 翔さん?どうぞ。
 栗本: (入ってくる)すいません、忙しいところ。
 風間: 別に忙しくなかったですけど、翔さん、何の用ですか?
 栗本: 今みなさんに今日の晩ご飯何がいいか聞いてるんですけど…昇さんは何がいいですか?
 風間: おかずですか?うーん…。
 栗本: ちなみに、肉じゃがと天ぷらが候補にあがってます。
 風間: 俺は何でもいいです。翔さんの作った物なら、何でも食べますよ。
 栗本: そうですか。えーっと、それじゃあ…。(パネルの方に行く)
 風間: 翔さん、何するんですか?
 栗本: 晶ちゃん、ちょっといい?
 沢登: 何、お姉ちゃん?いいよ。
 栗本: それじゃあ入るわね。(パネルをどかして穴の中へ)
 風間: ちょっとちょっと、翔さん。
 沢登: で、何、お姉ちゃん?
 栗本: 晶ちゃん、今日の晩ご飯、何がいい?
 沢登: 晩ご飯!?うーんとね、うーんとね…。
 栗本: 早くしてよ。
 沢登: そうだ!今回はボク、お肉が食べたい!焼き肉だよ、焼き肉!
 栗本: 焼き肉ねえ…。まあ、考えておくわ。
 沢登: じゃあ、出てってくれない?さっさと掃除終わらしたいんだ。
 栗本: わかったわ。(穴から出てくる)
 風間: 翔さん…。
 栗本: 昇さん、どうしたんですか?
 風間: どうしたじゃないでしょう。翔さんがこの穴出入りしちゃ、晶にしめしがつかないでしょう。
 栗本: あら、しめしをつける必要があるんですか?
 風間: あるんですかって…。
 栗本: 別にいいんじゃないですか?近道になるし。
 風間: そういう間題じゃないでしょう!
 栗本: あら、違うんですか?
 風間: 違います。いいですか、さっきのあなたと晶の会語、こっちに筒抜けてました。ということは、こっちの声も向
こうに筒抜けになるということです。
 栗本: そうですねえ。
 風間: 俺がここに入る時、あなた、「防音は完壁ではないですがいい方です」って言ったんです。
 栗本: そういえばそんなことも言いましたねえ。
 風間: それが隣の部星で普通に話してる声が聞こえるんです。ちょっとひどくありませんか?
 栗本: そうですねえ…。
 風間: それに、晶のヤツ、部屋がつながってるのをいいことに、人の留守中に勝手に入ってくるんですよ、ここに!
 栗本: まあ、それは大変ですねえ。
 風間: 人にはプライバシーって物があるんですよ。だけどここには、俺のプライバシーなんかあったもんじゃない。そ
れに、晶が向こうからこっちに自由に出入りできるということは、やろうと思えば俺がこっそり晶の部屋に行け
るってことなんですよ。
 栗本: こっそり行って…どうするんですか?
 風間: 例えば…現役女子高生、抜き打ち持ち物チェーック!…とか…。
 栗本: そんな…昇さんがそんなことをしてたなんて…!(倒れ込む)
 風間: まだしてません!だけど、いつ魔が差してそういったことをするかもしれません。それに、そこから先のことま
でしてしまうかもしれませんよ。
 栗本: そこから先…と言うと?
 風間: だから…例えば、例えばですよ、その…寝込みを襲うとか…。
 栗本: きゃああ!(部屋の隅に逃げる)
 風間: で、ですからそうなってからじゃ遅いんです!そうなる前に早くこの穴を直してくれるよう修理業者さんに頼ん
でくださいよ!
 栗本: うーん…。
 風間: 妹の貞操の危機ですよ。俺だっていつまでも聖人でいられるわけじゃないんです。こんな状況じゃ、いつ狼にな
るかわかりませんよ。
 栗本: だけど、せっかくの近道が…。
 風間: こんな時に何言ってんですか!近道って言ったって本当に少しじゃないですか。たいした意味はないでしょ。
 栗本: でも、穴をくぐるって、それだけでドキドキしませんか?
 風間: 知りませんよそんなことは!とにかく、早く直してください。
 沢登: うわー!
     (何かが倒れるような大きな物音)
 風間: な、何だあ!?晶、どうした!?
 沢登: (穴から出てくる)あたたたたた…。
 栗本: 晶ちゃん、いったいどうしたの?
 沢登: やっちゃった。本棚倒しちゃった。
 栗本: 晶ちゃんの本棚って、確か天井まである大きなヤツでしょ?
 風間: そんな物が倒れて、おまえ、大丈夫だったのか!?
 沢登: ボクは何ともないよ。だけど、棚の本が全部ばらまかれちゃった。それに、倒れた本棚元に戻すの、ちょっと大
変そうだな…。
 栗本: それは大変ね。昇さん、悪いけど手伝ってあげられますか?
 風間: まあ、仕方ないでしょう。
 沢登: じゃあ、早くボクの部屋に来て。(穴に入る)
 風間: (ドアの方へ)
 沢登: (穴から顔を出す)どうしたの?早く来てよ。
 風間: 俺はこっちから行く。
 沢登: どうして?ここ通ればいいじゃない。
 風間: いいや、俺は通らん!
 沢登: 昇、妙にこだわるね。まあいいや。ドアからでいいから早く来てよ。(顔を引っ込める)
 風間: わかったよ。(ドアから外へ)
     (栗本、何かを考えた後でドアから出る)
 沢登: 昇、鍵は開いてるよ。
 風間: そうか。…うわ、何だこりゃ!何だこの魔法陣は!?
 沢登: 別にいいじゃない。さっさと本棚直してよ。
 風間: おまえも手伝うの。
 沢登: はいはい。
 風間: それじゃ行くぞ…よっと!
 沢登: えい!…ふう、直った。昇、ありがとう。散らかった本はボクが自分で片付けるから。
 風間: 当たり前だ。じゃあちゃんとやれよ。
 沢登: またドアから行くの?
 風間: いいだろう!
     (少し間をおいて、沢登が穴から出てくる。ドアの方に行って鍵をかける)
 風間: おい、晶、何してるんだ!
 沢登: 鍵かけちゃった。これでこっちからは入れないよ。
 風間: 何考えてるんだ!おい、開けろ!
 沢登: ボクの部屋の鍵は開いてるよ。そっちから回って穴通ればこの部星入れるよ。
 風間: おまえ、そんなに俺に穴を使わせたいのか?
 沢登: まあ、いっぺん通ってみてよ。よさがわかるから。
 風間: おまえなあ!
 栗本: 昇さん、どうしたんですか?
 風間: 晶のヤツが、内側から俺の部屋の鍵かけやがったんですよ!
 栗本: まあ。
 風間: 翔さん、このアパートの大家なんだから、マスターキーとかありますよね?
 栗本: ええ、各部星の合鍵を持ってますけど。
 風間: 貸してください。それで晶のヤツをぎゃふんと言わせてやる。
 栗本: いいですけど、あまり晶ちゃんに手荒なことしないでくださいね。
 風間: いいから貸してください!
     (風間、ドアを開けて入ってくる。手には鍵の束。ほぼ同時に沢登は穴から逃げる)
 風間: 晶ー!…あの野郎、逃げやがったな!
 栗本: (入ってくる。手にはお茶とお菓子の乗ったおぼん)どうしたんですか?
 風間: 自分の部屋に逃げやがった!…ところで手に持っているそれは何なんですか?
 栗本: おやつの用意をしたんですけど…なんだかそんな状況じゃありませんね。
 風間: そうです。翔さん、ドアの方に回ってください!
 栗本: あっ、はい。(ドアから出ていく)晶ちゃん、晶ちゃん?(戻ってくる)ダメです、今度は晶ちゃんの部屋の鍵
をかけちゃいました。
 風間: おい、晶!
 沢登: 別にボクを捕まえられないわけじゃないだろう?穴通ってこっち来ればいいんだよ。
 風間: それほどまでにこの穴を使わせたいと言うのか、おまえは!
 沢登: こっちに来たらボクは逃げも隠れもしないよ。ぶん殴るなり何なり好きにすれば。
 風間: こんの野郎〜!
 栗本: どうしましょう。昇さんがそんなにこの穴を通りたくないなら、私が行きましょうか?
 風間: いえ、翔さんに迷惑はかけられませんよ。それにしてもどうしたものか…。(手にした鍵に気づく)あっ…。
 栗本: あっ…。
 風間: そうか、そうだな。(ドアから出ていく)
 沢登: あれ?急に静かになって…うわー!
 風間: はーっはっはっは!さあ、来てやったぞ!逃げも隠れもしないんだよな!?
 沢登: ちょ、ちょーっと待って!
 風間: いいや、待たん!
     (少しの間の後、風間が沢登のえり首をつかんでドアから入ってくる)
 風間: さあて説明してもらおうか。どうしてこんなことをした?
 沢登: 言ったでしょ、昇にこの穴使わせたかっただけ。
 風間: 「だけ」ってなあ、使わせてどうするつもりだ?
 沢登: それももう言ったよ。いっぺん使ってよさをわからせるの。
 風間: だから、よさをわからせてどうするつもりだ?
 沢登: そうすれば、ボクがこの穴使うのを文句言われなくなるようになるかなって…。
 風間: あのなあ、俺が嫌なのは、穴を使われることだけじゃなくて、勝手にこの部屋に侵入されることもなんだ。おま
えだって、自分がいない時、勝手に他人が部屋に入ったら嫌だろう?
 沢登: ボクは物を盗まれるとか部星中ひっかき回されるとかよっぽどのことされない限り別に構わないけど。ボクだっ
て昇の部屋に入った時にそういったことはしてないし。
 風間: それでも俺は勝手に入られるのは嫌だ。普通の感覚がある人間ならそう思うはずだ。
 沢登: まるでボクが普通の感覚ないみたいじゃないか!
 栗本: (風間と顔を見合わせて)だってねえ。
 沢登: じゃあ、勝手に入るのはやめるから、昇が部屋にいる時だけ入る前に一声かけてから入るっていうのはどう?
 風間: それでもダメだ。ドアからならそれでいいけど、穴は使うな。
 沢登: どうして?
 風間: どうしてもだ。
 沢登: 理由になってないよ。ちゃんとリロセイゼンとした理由づけがほしいな。
 風間: おまえがもっともらしいこと言うなよ。とにかく、ダメなもんはダ・メ・な・ん・だ!
 沢登: わかったよ。仕方ないなあ、もう。
 風間: それならいいんだ。けどなあ、おまえがこの穴を開けた時も、そうやって「わかったよ。仕方ないなあ、もう」
って言って納得したんだぞ。それをおまえは一度忘れている。つまりあの時はとりあえず上辺だけとりつくろっ
てそう言ったんだ。
 沢登: た、確かにあの時はそうだったかもしれないけど、今回はちゃんと覚えてるから。
 風間: …わかった、信用してやるよ。それじゃあ、気をつけるんだぞ。
 沢登: わかった。
 栗本: それじゃあ、これでとりあえず一件落着ね。おやつにしましょう。
 沢登: お姉ちゃん、ボク、おやついらない。ちょっと出かけてくるから。
 栗本: あら、そう?あっ、お部星の掃除は?
 沢登: 帰ってきてからやるよ。
 風間: 今夜寝る場所がなくなるぞ。言っておくが、間違ってもこの部屋は貸してやらないからな。
 沢登: そんなの言われなくてもわかってるよ!じゃあ、行ってきます!(いったん穴に向かいかけるが、立ち止まって
ドアの方へ。ドアから出ていく)
 栗本: 晶ちゃんがおやつを食べないなんて、珍しいこともあるものね。
 風間: (シリアスに)翔さん。
 栗本: えっ、何ですか?
 風間: さっきの俺、ちょっときつく言い過ぎたでしょうか?
 栗本: (付き合ってシリアスに)そうかもしれませんが、たまにはいいんじゃないでしょうか。
 風間: そうですか…。
 栗本: あれくらいきつく言った方が、晶ちゃんのためにもなりますよ。
 風間: 晶のため、ですか?
 栗本: あの娘、時々ブレーキが効かなくなるんです。誰かが止めてあげればいいんですけど…。
 風間: 誰も止めなかったら?
 栗本: いたずらします。
 風間: いたずら…ですか?
 栗本: はい。
 風間: いったいどんな…。
 栗本: (遠い目をして)いろいろです…。
 風間: (膝を落とす)いろいろっていったい…。
 栗本: 昇さん、おやつ、どうですか?
 風間: すいません、翔さん、ちょっと一人にさせてもらえますか?
 栗本: えっ?あっ、はい、わかりました。あの…おせんべいはどうしますか?
 風間: 持っていってください。とても食べる気になりませんから。(と言いつつおやつを取る)
 栗本: そうですか。それじゃあ…。(ドアから出ていく)
 風間: (大きなため息。暗転)

 3
     (明かりがつくと沢登が漫画を読んでいる)
 沢登: きゃははは!
     (風間が入ってくる。沢登を見つけ、頭を抱えて大きなため息)
 沢登: (風間に気づく)あっ、昇、お帰り。早かったじゃない。
 風間: ああ…。
 沢登: どしたの?いつもみたいに「なんでこの部星にいる?」とか「出てけ!」とか言わないの?
 風間: もうそんな気力もないよ。
 沢登: どうして?
 風間: おまえに何を言っても無駄だってことを悟ったからだ。
 沢登: な、何だって?
 風間: だって、咋日俺にあんな風に言われて、おまえは傷ついて家を出ていった。ちゃんとメシの時には戻ってきたけ
どな。おまえが出ていった後、ちょっと言い過ぎたかなって反省したよ俺は。それが昨日の今日でこれだ。そん
なヤツに何言っても無駄だって、俺は悟ったんだよ。
 沢登: じゃあ、ボク、どうしたらいいの?
 風間: 好きにしろ。俺はおまえはいないものとしてこの部屋にいる。迷惑にならないような行動なら何をしても俺は干
渉しない。もっとも、この部屋にいること自体すでに迷惑なんだがな。
 沢登: そんな…じゃあ、もうボクのこと相手にしてくれないの?
 風間: そうだ。
 沢登: あのね、昇、ボクは…。
     (ノックの音)
 風間: はい。
 栗本: 翔ですけど。
 風間: 翔さん?どうぞ。
 栗本: (入ってくる。手には掃除用具)すいません、昇さん。
 風間: 翔さん、何ですか、これは?
 栗本: 見ての通り、お掃除の道具です。
 風間: えっ?あっ、もしかしてこの部屋の掃除をしてくれるとか?
 栗本: ええ、そのつもりです。もちろん、ご迷惑ならばやめますけど…。
 風間: 迷惑なんて…助かりますよ。
 栗本: そうですか。では、荒らさない程度にしておきますので。
 風間: じゃあ、終わるまでリビングにでもいますよ。
 沢登: お姉ちゃん…。
 栗本: えっ、なあに?
 沢登: ボクも掃除手伝う。
 風間: えっ…。
 沢登: ねえ、いいでしょう?
 栗本: うーん…私は別に構わないけど…どうです、昇さん?
 風間: 本当はあまり気が進まないけど、翔さんが一緒なら大丈夫でしょう。
 栗本: だって。
 沢登: そう。ちゃんとやるから。
 風間: 翔さんの邪魔はするなよ。あと、この部屋の余計な探索はするなよ。特にペッドの下は見るな!それから…。
 沢登: あー、もう、うるさいなあ!わかってるよ!
 風間: そうか。それじゃ頼んだぞ。翔さん、よろしくお頭いします。(出ていく)
 栗本: 晶ちゃんが私のお手伝いするなんて珍しいわね。
 沢登: そう?
 栗本: まあいいわ。それじゃあ、始めましょうか。(掃除を始める。沢登も続く)
 沢登: ねえ、お姉ちゃん…。
 栗本: なあに?
 沢登: どうしてこの部屋の掃除しようと思ったの?
 栗本: 何言ってるのよ。今までだって他の人の部屋はこんな風に掃除してあげてたでしょう?昇さんの部屋は初めてだ
けど。
 沢登: そういえばそうだったね。ボクはまた、お姉ちゃんが昇に気があるのかと思っちゃったよ、ははは。
 栗本: 昇さんは大切な家族の一人よ。もちろん、晶ちゃんや他の人たちもね。
 沢登: そう…。
 栗本: それに、聞いた語だと、昇さんにはちゃんと彼女がいるらしいわよ。
 沢登: えーっ!?
 栗本: あら、どうしたの、そんなすっとんきょうな声出して?
 沢登: いや、別に…。
 栗本: えっ?つまり…だから…ふーん、そういうわけだったの。
 沢登: ち、違うよ!さっき大きな声出したのは、あまりにも意外なことだったから…。
 栗本: とか何とか言っちゃって、今も結構焦ってるじゃない。いいのよ。男性と女性がいる限り、そういった感情が生
まれるのはごくごく自然なことなんだから。
 沢登: 勝手に話進めないでよ!ボクは昇に彼女がいようがいなかろうが別に構わないよ。ただ…。
 栗本: ただ?
 沢登: な、何でもないよ別に!さあ、さっさと掃除終わらせちゃおうよ。昇が待ってるんだから。
 栗本: そ、そうね。あら、これは?(落ちている写真に気づき、拾う)
 沢登: お姉ちゃん、それ何?
 栗本: 写真ね。写ってるのは昇さんと女の人が一人…。
 沢登: 女の人!?ちょっと見せて!(写真を奪い取る)お姉ちゃん、これ、昇の彼女かな?
 栗本: 私は見たことがないからわからないわ。だけど、二人で写ってるところを見るとそうなんじゃないかしら。
 沢登: そう…。でも、どうしてこんな物が落ちてるんだろう?
 栗本: さあ…。とにかく、ちゃんと返しておいた方がいいわね。
 沢登: そうだね。
     (ノックの音)
 風間: 翔さん、クリーニングの人が来てるんですけど…。
 栗本: あっ、そうですか。こっちももうすぐ終わりますから。
 風間: 入っていいですか?
 沢登: いいよ。
 風間: (ドアから入ってくる)へえ、さすがにきれいになりましたね。翔さん、すみませんでした。
 栗本: いえいえ、私、お掃除好きですし。それに晶ちゃんにもお礼を言ってあげてください。
 風間: 晶、ありがとな。
 沢登: ボク、お姉ちゃんに比べてたいしたことできなかったけど…。
 風間: だろうな。
 栗本: それじゃあ、私は行きますね。(掃除用具を持って出ていく)
 風間: いやあ、それにしてもきれいになったもんだ。
 沢登: 昇…。
 風間: ん?何だ?
 沢登: これ、落ちてたんだけど…。
 風間: えっ?げっ!よこせ!(写真を奪い取る)
 沢登: そんな乱暴にしないでも…。
 風間: わ、悪い…。
 沢登: 別にいいけど。で、そこに昇と写ってるの、彼女?
 風間: ま、まあな。でも…。
 沢登: やっぱりそうだったんだ。ボク、知らなかったからびっくりしちゃったよ。
     (風間、写真を握りつぶす)
 沢登: な、何するの!?
 風間: いいんだ、これで。
 沢登: いいって、彼女と昇のツーショットじゃないか。どうしてそんなことするんだよ?
 風間: いいんだ。もう彼女じゃないし。
 沢登: えっ?それってつまり…。
 風間: 別れた。四日前に。
 沢登: 別れたって、どうして?
 風間: おまえには関係ないことだ。
 沢登: まあ、それもそうかな。
 風間: 別れた時、写真を全部処分したんだけど、どうやらこれ一枚だけ残ってたみたいだな。
 沢登: でも結構かわいい娘なのに何で別れた…って、ボクには関係ないこと、関係ないこと。
 風間: おまえ、絶対無理してるだろう。そんなに知りたいんだったら教えてやってもいいせ、ただし、聞いてもあま
りおもしろい話じゃないけどな。
 沢登: 話してくれるんだったら、聞くよ。
 風間: (積極的に)実はな、何日か前、彼女じゃない女の人と歩いてるところを見られたんだ。
 沢登: 何だ、それじゃ悪いのは昇じゃない。
 風間: でも、買い物に付き合ってあげただけだぞ。
 沢登: それでも傷つくんだよ、女の子っていうのは。ところで、買い物って何買ったの?
 風間: 台所洗剤、洗濯洗剤、ティッシュボックス五個パック、それから…。
 沢登: またずいぶんと所帯じみた物ばっかりだね。
 風間: 実は、その人とは一つ屋根の下に住んでるんだ。
 沢登: ええっ!?…って、ん?それじゃその女の人って…お姉ちゃん?
 風間: そういうことだ。
 沢登: それじゃあ、別れた原因はボクのお姉ちゃんなの?
 風間: そうじゃない。まあ続けて聞け。確かにボロクソ言われたよ、俺は。だけど、やましい気持ちがあるわけじゃな
かったから、ちゃんと説明してその場は丸くおさまった。ところがそこにある男が現れた。
 沢登: 誰?
 風間: 俺も最初は誰かわからなかった。見たこともないヤツだったからな。ところがその男、俺を見るなりいきなり胸
ぐらつかんできやがった。
 沢登: ど、どうして!?
 風間: 訳がわからなかったよ、俺も。けど、その後のそいつの言葉で全部はっきりした。(太い声で)「おいおまえ、
俺の女とこんな所で何してやがる」ってな。
 沢登: ええっ?つまり…。
 風間: そうだ。おまえの察しの通り、その女は、俺とそいつとで二股かけてやがったんだ。
 沢登: それで、どうしたの?
 風間: あれこれ言い合ったよ。男も交えてな。それで結局、俺が身を退くことになった。
 沢登: そうしろって言われたの?
 風間: いや、俺が自分から言った。聞けば俺と付き合う前からその男とは関係があったらしい。それで一気にしらけち
まってな。それに、自分で二殴かけておいて俺のことをボロクソ言いやがったあいつに嫌気がさしたし。
 沢登: そうだったんだ。
 風間: これで終わりだ。ところで、俺これからレポートやるんだけど…。
 沢登: レポート?
 風間: 現役女子高生生態レポートだ。
 沢登: (嫌そうに)えー。
 風間: 冗談だ。
 沢登: ‥‥‥‥。じゃ、じゃあ、出てくね。
 風間: あっ、そうだ。
 沢登: なになに?
 風間: 邪魔しに来るなよ。
 沢登: わかってるよ!それじゃ!(ドアから出ていく)
 風間: ふう…。あれっ?さっき晶のヤツ、ドアから出ていった?自分の部星に戻るのに、穴を使わずに?(穴を見る)
うーん、なんだかなあ…、まあ、いいか。(暗転)

  4
     (漫画を読んでいる風間。沢登がそっと入ってくる。風間は気がつかない)
 風間: おおっ!おお、これは…!おおっ…!
 沢登: 昇、わーっ!!
 風間: わーっ!?
 沢登: 何してるの?
 風間: お、お、おまえ、いきなり何てことしてくれるんだ!ムチャクチャびっくりしたぞ、俺は!
 沢登: あれくらいでぴっくりしたの?だらしないなあ。
 風間: あれくらいってなあ…!
 沢登: ところで昇、レポート終わった?
 風間: 一応一段落ついた…ことにしとく。それで、何の用だ?
 沢登: ねえねえ、これから何か予定ある?
 風間: 別にないけど、それが?
 沢登: だったらさ、ちょっと付き合ってくれないかな?
 風間: どこへだ?
 沢登: 買い物。
 風間: 何だ、買い物か。何を買うんだ?
 沢登: お姉ちゃんの誕生日プレゼント。
 風間: 翔さんの護生日?
 沢登: そう。さっき思い出したんだけど、今日はお姉ちゃんの誕生日だったんだ。
 風間: ふーん。ん?あっ、もしかして!(手帳をめくる)やっぱり…。
 沢登: どうしたの?
 風間: これを見てくれ。(手帳を見せる)
 沢登: 今日の日付に花丸がついてる!?
 風間: 俺の知らない間につけられてたんだ。こりゃあ、プレゼントの一つでもしとかないと、後で何されるかわかった
もんじゃないぞ。
 沢登: じゃあ早く行こうよ。それから…。
 風間: それから?
 沢登: ボクの服買うの付き合ってよ。
 風間: それは嫌だ。
 沢登: どうして?
 風間: 自分の服ぐらい自分で見ろ。
 沢登: わかったよ。じゃあ、服はいいからとにかくお姉ちゃんのプレゼント買いに行こうよ。
 風間: よし、それじゃ行くか。(二人、ドアから出ていく)
 栗本: 昇さん、いますか?(ドアを開ける)あれ?いないんですか?じゃあちょうどいいわ。(部星に入ってきてパネ
ルをどけ、メジャーで穴の大きさを測る)
 風間: おまえはバカか!自分から買い物行こうって誘っておいて財布忘れるヤツがいるか!もう少し確認してから物事
をだな…。
 沢登: 玄関出る前に気づいたんだからいいじゃない!それに、そういう昇はちゃんと持ってるの?
 風間: ちゃんとあるよ!…あれ?ない…。
 沢登: バーカ。
 風間: やかましい!(入ってくる)あれ、翔さん?
 沢登: (入ってくる)お姉ちゃん、何してるの?
 栗本: あら、二人とも。昇さん、喜んでください。
 風間: 何をです?
 栗本: ようやく大工さんと話がついたんです。この穴を直してくれるそうですよ。
 沢登: えっ…。
 風間: そ、そうですか…。
 栗本: あれ?二人とも、どうかしたの?
 風間: い、いいえ…。
 沢登: 別に…。
 栗本: それならいいんだけど。それじゃあ、業者さんに連絡しますね。今日言えば、明日一日で直せるはずですから。
(ドアから出ていこうとする)
 風間: 翔さん!
 栗本: はい、何ですか?
 風間: この穴ふさぐの、ちょっと待ってもらえませんか?
 沢登: えっ?
 栗本: えっ?だって、この次をふさぐことをあれほど切望してたのはあなたですよ、昇さん。
 風間: そうです、俺です。でも今は…。
 栗本: それじゃあ、このままでいいんですか?
 風間: だからちょっと待ってください。よく考えますから。
 栗本: わかりました。どちらにしても決まったら私に言ってくださいね。(出ていく)
 沢登: 昇、いったいどうしたの?お姉ちゃんが言ったみたいに、あんなにこの穴直したいって言ってたじゃないか。
 風間: さあて、どうしたんだろうな。俺も自分でもよくわからないよ。
 沢登: もしかしてボクのせい?
 風間: さあてな。なあ、おまえはどうしてこの部屋に来てたんだ?
 沢登: それは…。
 風間: 何だよ?この際だからはっきりさせてもらおうじゃないか。
 沢登: だって…そうでもしないとボクのこと相手にしてくれないだろう?
 風間: あん?どういう意味だ?
 沢登: ボク…昇に構ってもらいたかったんだ。
 風間: 構ってもらいたいだと?だったら直接言えばいいじゃないか。
 沢登: 最初があんなだったのにそんなこと言えると思う?
 風間: だけど、どうして俺なんだよ?他の住人や翔さんは?
 沢登: みんな忙しいって構ってくれない。社会人だもん。大学生の昇が一番暇そうだったから。
 風間: おまえは暇かそうじゃないかで相手してもらう人間を決めるのか?
 沢登: そういうわけじゃないよ。それに、たまたま穴が開いてたし。
 風間: 開いてたんじゃなくて開けたんだろうがおまえが!
 沢登: そうだったね。
 風間: まったく…。
     (奇妙な雰囲気)
 沢登: それで、結局この穴はどうするの?
 風間: さあて、どうするか。
 沢登: 別にこの穴がふさがっちゃったからって、この部屋に来れなくなるわけじゃないよね?
 風間: 当然だ。もともとない物なんだから、この穴は。入るならドアから入ってこれるだろうが。
 沢登: そうだよね。じゃあボクはいいよ、穴直しても。昇がこれまでみたいにボクのこと構ってくれるんならね。
 風間: あー、わかったわかった、構ってやるよ。妹ができたと思えばいいか。
 沢登: えー、妹?
 風間: 嫌か?じゃあ…弟!
 沢登: 昇ー!(風間の首を絞める)
 風間: うわっ、ごめん!じゃ、じゃあ、友達でどうだ?
 沢登: まあ…それでいいか。
 風間: わかった。じゃあ、友達な。で…。(穴を見る)
 沢登: (穴を見る)
 風間: まだこいつの間題が残ってるんだよな。
 沢登: ねえ、どうするの、これ?さっき言ったように、ボクは直しちゃっても構わないよ。
 風間: そうだなあ…。なあ、おまえの部屋、俺が入ってもいい状態になってるか?
 沢登: えっ?なってるけど…どうして?
 風間: よし、じゃあ晶、自分の部星に行ってくれ。
 沢登: だからどうしてだよ?
 風間: この穴を通って向こうの部星に行くんだ。
 沢登: えっ?
 風間: おまえが前に言っただろう、一度この穴を通ればよさがわかるって。
 沢登: そういえばそんなことも言ったような…。
 風間: 忘れんなよ。ともかく、そんなわけだから通ってみる。それでこの穴をどうするか決める。
 沢登: なるほど…。よし、わかった。(穴に入る)いいよ、来ても。
 風間: よし、行くぞ。(穴に入る。少ししてから出てくる)
 沢登: (出てくる)ねえ、どうだったの?
 風間: 晶、翔さんを呼んできてくれないか?
 沢登: えっ?うん、わかった。(ドアから出ていこうとするとそこに栗本がいた)わあっ!?
 栗本: 話はまとまりました?
 沢登: どうしてお姉ちゃんが…あっ、そのコップ!もしかして、さっきの聞いてた!?
 栗本: ええ、一部始終ね。コップ使うと、本当によく聞こえるのね。
 沢登: ひどいよ、お姉ちゃん!
 栗本: まあいいじゃない。それで昇さん、穴をどうするか決めたんですね?
 沢登: 昇、どうするの?
 風間: …このままにします。
 沢登: 昇…。
 栗本: そうですか、わかりました。
 風間: どうもすみません、俺、いろいろとわがままで。
 栗本: いえいえ。それじゃあ私は行きますね。(ドアの方へ向かうが立ち止まる)あっ、そうだわ。壁を修理する必要
がなくなってその分お金が浮いたし、今日の晩ご飯は少し豪勢にしてみようかしら。
 沢登: 豪勢に!?それじゃ今日は焼き肉にしてよ!
 栗本: それもいいわね。じゃあ、そうするわ。(退場)
 沢登: やったやった、今夜は焼き肉。
 風間: ぷっ。
 沢登: な、何だよ?
 風間: やっぱりおまえって食欲大魔神だなって思ってさ。
 沢登: い、いいじゃないか、別に。
 風間: ま、いいけど。じゃあ、いろいろごたごたしたけどとりあえず話はまとまったし、行くか。
 沢登: えっ?行くってどこに?
 風間: パカ、翔さんの誕生日プレゼント買いに行くんだろうが。言い出したのはおまえだぞ。
 沢登: あ、そうだったっけ。それじゃ、お財布取ってこなきゃ。(穴へ行きかけるが…)やめた。
 風間: いいよ、そこ通って。もう何も言わないから。
 沢登: えっ、いいの?
 風間: もういいよ。それより早くしろよ。遅くなると焼き肉にありつけなくなるぞ。
 沢登: わかってるよ。(穴に入って、少ししてから出てくる)お・ま・た・せ〜。
 風間: じゃあ、行くか。ついでに一緒におまえの服見てやるよ。
 沢登: えっ?さっき嫌だって言ったじゃないか。
 風間: 気が変わったんだ。
 沢登: ありがとう!それじゃあ、早く行こうよ。
 風間: ああ。(二人退場)
     (少しして、ブレーキ音に続き衝突音)
 沢登: 昇ー!!
     (救急車のサイレンが鳴りフェードアウトしていく。それと同時に照明もフェードアウト。槇原敬之「まだ生き
てるよ」がかかる。そのままEND)

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