彼女は食べていた。歩いている時も、敵と闘っている時も、風呂に入っている時…は未確認だが、とにかく、確認できた範囲で彼女 が食べていないのは寝ている時だけだった。その時でさえも、手には食べ物が握られていた。 「しかし、よく食うなあ、アルザは」 街道沿いに、街から街への移動中、彼女の旅仲間である亮二が言った。 「そんなに食べて腹壊さないのか?」 「そんなことあらへん。うち、いくら食べてもおなかいっぱいにならへんのや」 「おいおい、それって何かの病気じゃないのか?」 「病気なんかじゃないわよ、アルザは」 そう言ってきたのは、亮二の肩にとまっていた妖精のフィリーである。亮二たちは三人で旅をしている。異世界から迷い込んできて しまった彼のために、帰る方法を探しているのだ。フィリーが続ける。 「アルザはね、特殊な能力を持つ一族の血をひいてるのよ」 「アルザって牙人族だろ?その一族が特殊な能力を持ってるのか?」 「そのうち教えたる。そんなことよりあれ見てみい!」 アルザが指さした方向に街が見える。 「なあ亮二、今日はあの街で休も、な?」 「そうだな。あそこを通り過ぎたら次の街までかなりあるみたいだし」 そうして彼らは街に入った。しかしどこか妙である。活気がない。そこで亮二は道行く人にたずねてみた。 「数ヶ月前に、ゴーレムを従えてやってきた魔族がこの街を支配してしまったのです。名はカイル・イシュバーン…ここを拠点にして 世界を征服しようと企んでいるのです」 「ふーん、ひどい話だよなあ、アルザ。あれ?アルザ?」 その時、彼女の姿は消えていた。亮二は声をあげて探す。 「おーい、アルザー、どこに行ったんだー?」 「あっ、亮二、あそこ!」 そう言ってフィリーが指さした先にアルザはいた。何かを食べているようである。亮二たちは彼女の所へ行った。 「おいアルザ、何やってるんだよ?」 「見てわからんか?ただでええって言うから試食しとんのや」 「そう言われたからって好きなだけ食べるんじゃない!どうもすみません」 亮二は売り子の女の人に頭を下げた。 「別に構いませんよ。それよりも…」 女の人の顔が真剣になった。 「あなたたち、旅の人でしょう?早くこの街を出ていった方がいいですよ」 「なんでや?」 「もうすぐカイルが見回りにやってくるの。自慢のゴーレムを引き連れてね」 その言葉とほぼ同時であろうか、ズシンズシンという音がした。何か巨大な物が近づいてくるような音である。亮二たちがそちらを 見ると、山のように大きな人型の物体が歩いてきていた。 「ゴーレム…!」 女の人が言った。そしてその肩には一人の人間…いや、魔族が乗っていた。それこそが現在のこの街の支配者、カイル・イシュバー ンである。 「うひょ〜、むっちゃでっかいわ〜」 アルザはゴーレムを見てぽかんと口を開けている。そんな彼女や亮二たちにカイルが気がついた。それはそうである。他の人たちは みな地面に平伏しているのに、この三人だけは立ったままでゴーレムを見上げていたのだ。 「おい、貴様ら!」 ゴーレムの上からカイルが叫んだ。 「このオレ様が通るというのに土下座もせぬとはいい度胸だな!」 「そんなこと言うたかて、そんなルール知らんもん」 このアルザの一言にカイルが反応した。 「ほう、オレ様が出したおふれを知らぬとはな。貴様ら、この街の人間ではないのか?」 「そや。うちらは旅のもんや。それがどないした?」 「ふっ」 そう鼻で笑うとカイルはゴーレムの肩から飛び降りた。そしてアルザに言う。 「やい女!」 「女やない!アルザ・ロウや!」 「ではアルザ!この街ではなあ、よそ者は俺のペットと闘うという規則があるのだ!それに勝利した者だけが、この街への滞在を許さ れる!」 「そんなのムチャクチャよ!」 フィリーが口を挟む。 「黙れ虫!この街では俺がルールだ!さあアルザとやら、俺のペットと闘え!それが嫌ならば早々にこの街を出ていけ!」 「待ちやがれカイル!俺の存在を無視するんじゃねえ!」 大きな声でそう叫んだのは亮二だった。 「何だ貴様は?」 「アルザの仲間だ!女の子をあんなゴーレムと闘わせるわけにはいかない。俺がやる!」 「ふっ、だれがゴーレムと闘わせると言った?相手をするのはこいつだ!」 カイルが言うとゴーレムの腹が割れ、中から異様な生き物が出てきた。見たところ巨大なミミズのようである。 「貴様たちの相手はこのワームだ。言っておくがそいつは強いぞ。なんせ闘争心と食欲、それと俺への忠誠心以外は全てとっぱらって しまったからな!さあ、誰が闘う?」 亮二とアルザ、おまけにフィリーは顔を見合わせた。 「なあ亮二、どないするんや?」 「決まってるだろ。俺が闘うよ」 「でもあいつ、かなり強そうよ。大丈夫なの?」 「まあ見てろ。この世界に来て、伊達に長旅してるわけじゃないんだ」 そして亮二はカイルに向かって言った。 「つーわけでカイル!俺がやるぜ!」 「ふっ、最初に死ぬのは貴様か…。ワーム、そいつを殺せ!」 「キシャアアアアッ!」 そんな奇怪な声とともにワームが亮二に向かってきた。亮二は腰に携えたダガーを抜いて構える。タイミングを合わせカてウンター でワームを斬りつけた。 「でやあっ!」 しかし、亮二のダガーはワームの体に傷をつけるどころか逆に弾かれてしまった。 「なっ…!」 「言い忘れていたが、戦闘用に改造されたそいつの体は金属よりも硬いぞ」 そして、ワームのしっぽが亮二の体を捕らえる。 「ぐおっ…!」 吹っ飛ぶ亮二。壁に叩きつけられてしまった。アルザが彼に駆け寄る。 「亮二!大丈夫かいな!」 「ああ、何とか…。だけど、あいつ強過ぎる…。とんでもなくカッコ悪いけど、ここはカイルにわび入れて、おとなしくこの街を出て いった方が…」 「アホなことぬかすな!そないなことしたらあいつを頭に乗せるだけやで!」 「そうだよな…。それに、今さら謝ったところで許してもらえるはずないか…。それじゃあ、どうすれば…」 「決まっとるやろ。あのバケモンをぶっ倒す!」 「それができりゃあな…。でも、あいにく俺はもう闘えない…」 「ほならうちがやるわ。フィリー、亮二のこと見ててえな!」 「わかったわ」 そしてアルザが立ち上がる。 「今度は貴様か…」 「そや!亮二のかたき、とらせてもらうで!」 「できるものならやってみろ!ワーム、次はその女を殺せ!」 「キシャアアアアッ!」 先ほどと同じ奇怪な声とともにワームがアルザに向かってきた。しかし−。 「シャ…シャアアアア…」 ワームは突進を止めてしまった。 「何だ!?ワーム、何をしている!そいつを殺せ!」 しかし、ワームはそれ以上動こうとはしない。体は小刻みに震えている。 「ムダやで。あんたの命令よりも、生き物としての本能の方が強い」 そう言うとアルザはワームに手を差し出した。そして−。 「どーうどうどう…」 まるで馬をてなずけるかのようにワームをてなずけてしまったのである。 「ど…どうなってるんだ?あのワームにはおびえるなんて感情はないはずじゃ…」 亮二はわけがわからない。その彼にフィリーが言った。 「生き物っていうのはね、感情はなくても本能的におびえることがあるのよ。そしてそれは目の前にいる相手が自分よりも圧倒的に強 い時…。あれだけ震えてるてことは力の差は歴然ね」 亮二は信じられなかった。アルザにそんな力があると思っていなかったのだ。確かに彼女は戦闘の時には役立っているが(その時も もちろん何か食べている)自分よりは弱い。それなのに自分がまるで歯がたたなかったワームをおびえさせるなんて…! 「さーて、カイル」 ワームをてなずけたアルザが言う。 「これってうちの勝ちになるんやろ?これでうちらはこの街にいられるわけや」 「ふん、そうはいかん」 カイルのその言葉とともにゴーレムが動き出した。そして街を破壊し始めたのである。 「ちょっとあんた、何してんねん!?」 「オレのプライドを傷つけおって!もうこんな街は必要ない!このゴーレムで新たな街を制圧し、そこを拠点にしてやるわ!」 そしてカイルを肩に乗せゴーレムは暴れる。逃げまどう街の人々。ゴーレムの足が上がり、アルザとワームを踏みつぶそうとした。 「キシャアアアアッ!」 声とともにワームがアルザを突き飛ばした。そしてゴーレムの足が下ろされ、ワームはつぶされてしまった。 「ワームー!!」 アルザが叫んだ。はるか上空からカイルの声が聞こえる。 「まさかワームが他人のために自らを犠牲にするとはな!だがそれもしょせん犬死にに過ぎん!次はまちがいなく貴様を…ん?」 カイルはアルザの様子が変わっていることに気づいた。亮二もその変化に気づいている。そのアルザを見たフィリーが言った。 「アルザ…力を解放するつもりなの…?」 アルザは手に持っていた食べ物を捨てた。そして−。 「うわああああああああああっ!」 大きな雄叫びをあげるアルザ。空気がびりびりと振動した。 「な、何が始まるんだ!?力の解放って何なんだ!?」 亮二がフィリーにたずねると、彼女はこう言った。 「アルザっていつも食べ物を食べてるわよね?」 「ああ。でもどうしてなんだ?」 「あれはアルザの種族である牙人族の特性なの。アルザに限らず牙人族はいつも何かを食べているけど、それは空腹のレベルがある一 定の値を超えるとすさまじい力を発揮するようになるからなのよ。しかも、怒りが頂点に達した時には自らの意志でおなかがすいた状 態にすることもできるわ」 「それじゃ、いつもその状態でいればいいんじゃないのか?」 「ところが、その力をコントロールできるのはたった15分だけなの。それを過ぎると制御不能になるわ。だから牙人族はいつも満腹 の状態を維持しておく必要があるのよ」 「そんな短い間しか制御できないのか…」 「たった15分の超戦士…それは危険な諸刃の剣!」 フィリーが説明をしている間にもアルザが力を解き放つ。見た目の変化としては髪の毛が逆立っただけのように見えるが、実は彼女 の体は筋肉の肥大により一回り大きくなっていた。そしてすさまじいまでの闘気を発している。その気はゴーレムの上にいたカイルに まで伝わった。 「むう、何という闘気だ…。だが!いくらパワーアップをしようとこのゴーレムを倒すことなど不可能!さあ、やってしまえ!」 「ゴーレム!」 声とともにゴーレムがパンチをくり出す。しかしアルザはよけようともしない。 「逃げろ、アルザ!!」 亮二が叫んだ。その声とほぼ同時にアルザが動いた。しかし攻撃をよけるのではなく、片腕だけでゴーレムのパンチを止めてしまっ たのである。 「な…何…!?」 そしてアルザが少し力を入れると、ゴーレムの腕は肩まで破壊されてしまった。 「そんなバカな…!ええいゴーレム、ヤツを踏みつぶせ!全体重をかければさしものヤツも生きてはおれまい!!」 「ゴーレム!」 片腕を失ったゴーレムが足を上げる。これに対しアルザは体中の闘気を拳に集めた。 「ゴーレムー!!」 ゴーレムの足が下ろされる。アルザはそれに合わせてパンチをくり出した。ゴーレムの足とアルザの拳がぶつかり合い、足が止まっ た。 「モ!?」 「うるあああああああっ!!」 アルザが全ての力を拳に込めると、なんと、そこからゴーレムの体全体にヒビが入っていったのである。 「ゴ…ゴーレム…!!」 それがゴーレムの最後の言葉であった。中枢機能を破壊され身体を維持できなくなったそれはもうただの土の塊でしかなく、大きな 音をたてて崩れていった。 「う…うわああああっ!!」 崩れ落ちるゴーレムに乗っていたカイルは、バランスを崩してそれから落下した。このまま地面に叩きつけられるのか?それとも、 ゴーレムの下敷きになってしまうのか? 「こなくそ!」 そんな声とともにカイルは空中で体勢を立て直し着地した。そして−。 「くそう、覚えてろよ!」 悪人のお約束であるセリフを言うといずこへかと走り去っていったのである。それを見届けた街の人たちが歓声をあげる。アルザの 完全勝利だ。その彼女はポケットから何か食べ物を取り出し口にした。それを食べ終わるころには、逆立った髪と大きくなった体も元 に戻っていた。亮二とフィリーはアルザに駆け寄った。 「アルザ、大丈夫なのか!?」 「うん、何ともないで。ただ…」 「ただ?」 「おなかすいてもうた」 「だーっ!」 亮二たちがこける。 「あの…ありがとうございました!」 そう言ったのはあの売り子だった。 「礼ならアルザに言ってくれよ。オレはワームにやられちまっただけだし」 「そうよねー。そう考えると亮二ってものすごーくカッコ悪ーい」 「うるせーよ、フィリー!」 そんな冗談を言いながら亮二たちは笑った。 「でも、街がぶっ壊れてもうたなあ…」 つぶやくようにアルザが言った。それに亮二が続く。 「そうだな。俺たちがこの街に立ち寄らなければこんなことにはならなかったかもな…」 「そんなことはありません!」 売り子が言う。 「あなたたちが来なければ、わたしたちはずっとカイルの下僕でした。確かに街はこんな状態になってしまいましたが、カイルもゴー レムもいなくなりましたし、これから復興しますよ!」 その声は希望に満ちあふれていた。 「そんなことより、うち、おなかすいとんのや。何か食わせてーな」 「アルザ…おまえってヤツは…」 そうして全員で笑った。この街に平和がおとずれた証拠であった。
街の人々の好意で心ゆくまで食事をさせてもらった亮二たちは旅を続ける。 <後編に続く> 図書室へ |