最後の夜

(何だか眠れない…)
 空中庭園での夜、健吾は眠れないでいた。明日自分の世界に帰れるかもしれない彼は、思いが高ぶっているのか寝つけないのだ。一
方、その外では−。
「えへへ、あいつの部屋行って、送別会したろ」
 食べ物を手に健吾の部屋に向かっているのは、彼と一緒にここまで旅をしてきた牙人族のアルザである。しかし、彼女は廊下である
物につまずいてしまった。
「あたっ!何やこれ?…ピンクの物体!?」
 そうアルザが叫んだが、その物体がもぞもぞと動いた。そしてしゃべったのである。
「あれ?アルザさん、どうしたの?」
「キャ、キャラット!?こんな所で何してんねん?」
「ボク?ボクは健吾さんの所に行こうと思ったの。このパジャマ見せにね」
 そう言ってキャラットは立ち上がった。彼女が着ているのはウサギの着ぐるみである。なお、それまでキャラットがどのような状態
だったかというと、なぜか歩伏前進で健吾の部屋に向かっていたのである。彼女はアルザに聞いた。
「それで、アルザはどうしたの?手に持ってるのは何?」
「これは食いもんや。うちも健吾の所に行こう思てたんや」
「アルザも!?どうして!?」
「それは決まってるわよ。健吾クンに最後のお別れをしようとしてるんでしょ?」
 二人の会話に割って入ってきたのは、キャラットたちと同様健吾と旅をしてきたカレンだった。夜ということでトレードマークのバ
ンダナは外している。
「何や、カレンまで来たんかいな」
「決まってるっていうことは、カレンさんも健吾さんの所に行くの?」
「そのつもりだったんだけどね。まさかあなたたちまでいるとは思わなかったわ」
 そして三人の間に緊張が走った。全員、他の二人を抑えて自分が健吾の所に行くんだという気持ちがあったのである。そして、自分
以外の二人もそう思っているということを感じとっていた。最初にカレンが口を開いた。
「ねえ、アルザちゃんとキャラットちゃん、子供はもう寝る時間よ」
「うち、まだ眠くないで。それよりもおなかすいとんのや。健吾と一緒にこれ食わなんだら、うち、空腹で死んでまうわ」
「食べるのは一人でもできるでしょ!ボクは健吾さんにこのパジャマ見せるんだから!」
「うちは健吾と食いたいんや!」
 キャラットとアルザが口論を始めた。そのすきを見てカレンが健吾の部屋に向かおうとしたが−。
「待ちゃーカレン。抜けがけは許さへんで」
「あら〜、ばれてたのね」
「カレンさん、ずるいことしちゃダメだよ!」
 そしてカレンは引き戻され、三人は元の状態に戻った。しばらく続くにらみ合い。時間にして五分ほどだったであろうか。
「このままでおってもらちがあかん。どや、二人とも、これで決めんか?」
 そう言ってアルザは拳を固めた。
「そ、そんなあ。闘ってボクがアルザやカレンさんに勝てるわけないじゃないか!」
「キャラットちゃん、怒るわよ」
「ごめんなさい…」
「別にケンカでケリつけよう言うとんのやない。ジャンケンやジャンケン。これで勝ったヤツが健吾の部屋に行ける。どや?」
「いいわ。それなら公平ね」
「ボクもいいよ」
 そういうわけで誰が健吾に最後のお別れを言いに行くかはジャンケンにゆだねられることになった。
「ジャーンーケーン…」
「ポンッ!!」
 そして三人が手を出した。アルザはグー、カレンもグー、そしてキャラットはチョキ。
「そ、そんなあ…」
「残念だったわね、キャラットちゃん。それじゃアルザちゃん、決着つけましょう」
「望むところや」
 そうして再びジャンケンをしようとする二人。ところが−。
「う…うわあああああああんっ!!」
 泣き声と共にキャラットが暴れ出したのである。
「ちょ、ちょっと待ていやキャラット!」
「落ち着きなさい!」
 一方、部屋の中の健吾はまだ眠れないでいた。
(ドタドタドタ)
(ん?)
 部屋の外で何やら音がした。奇妙に思った健吾がドアを開けると、そこにいたのはピンクの物体であった。
「キャラット…ウサギの着ぐるみ!?」
「違うよ、これはパジャマ」
「まあ入りなよ」
「うん」
 そして二人は部屋の中へ。健吾は知らなかった。暗闇の中の大乱闘の末、キャラットに蹴り倒されたアルザとカレンの存在を。
「な…何が『闘って勝てるわけない』や…」
「どーしてくれるのよ、この顔の足跡を!」
<了>

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