はい、ヒール
ROUND1 キャラットVSチャンプ(Training Mode)
「てやあっ!」
「せいっ!」
街から少し離れた森の中に声が響く。ウサギの耳と手足を持った少女と覆面をかぶった大男が格闘していた。だが本気で闘っている
わけではなく、どうやら組稽古のようだ。
「どうしたキャラット君!今日はまだ一発も私に攻撃を当てていないぞ!」
「そんなこと言っても、チャンプさんの動きが早過ぎるんだよ〜」
「そうかな?よく考えて攻撃してみたまえ」
「わかった…」
そう言うとキャラットは一度チャンプとの距離をとった。チャンプは次に来るであろうキャラットの攻撃に備えて身構えた。しばし
の沈黙の後、キャラットが動いた。
「えーい、右ストレート!」
その言葉通りの技をキャラットは放った。チャンプはそのパンチを片腕で受け止める。
「キャラット君、技を放つ時にその名前を言うのは相手に手の内をばらすような物だ。私も技の名を叫んでしまうことがあるが、それ
はその攻撃を避けられないという自信がある時だけだ」
そしてチャンプはキャラットのパンチを受け止めた手に力を入れる。
「痛たたたたた!チャンプさん、痛いよ!!」
「このまま私が力を入れ続ければ君の手は骨まで砕ける。まあ、そんなことをするつもりはないがな」
そう言ってチャンプはキャラットの右手を解放した。
「あーっ、痛かった…」
キャラットは大きなウサギの手をさすりながら言った。その彼女にチャンプが聞く。
「さてキャラット君、君の攻撃が私に当たらない理由がわかるかね?」
「理由?やっぱり技の名前言っちゃうから?」
「それだけではない。君の攻撃は単純過ぎるのだ。まるでパターン化されているようなその動きは私には簡単に読めてしまう」
「そっか…。じゃあ、次の攻撃を読まれないようにフェイントとかを使えばいいんだ!」
「しかし、果たしてそれだけで勝てるかどうか」
「えっ?」
やる気になっていたところに水を差されたキャラットは困惑した。
「君の攻撃が相手にヒットしたとして、それでどれだけのダメージを与えられるか?」
「そんなことないよ、ボクだって…」
「ならば私に試してみるがいい。私は何もしないから好きな攻撃をしてみたまえ」
その言葉通り、チャンプはキャラットの前に棒立ちになった。
「…よし、行くよチャンプさん!」
そしてキャラットがチャンプを攻める。顔面への上段パンチにハイキック、ミドルキック、ボディブロー、そしてすねへのローキッ
ク…。しかし、それらの攻撃がヒットしてもチャンプはびくともしない。そのうちにキャラットの方が疲れてきた。
「はあっ…はあっ…はあっ…」
「これでわかっただろう?君の攻撃は私の鍛え抜かれた肉体にダメージを与えることはできぬ」
そう言うとチャンプは一発ポージングを決めた。
「うーん、ボクの攻撃って軽いのか…」
キャラットはチャンプのポージングなどには目もくれず自分の欠点について考えた。
「…キャラット君、私の美しき肉体を見てはくれぬか?」
「あっ、ごめんなさい…」
「…まあ、君の場合はスピードがそこそこあるからそれにかけることだ。先ほどの攻撃を百発も受ければ、さしもの私も立ってはいら
れないかもしれぬ」
「百発!?そんなに攻撃する前にボクの方が疲れちゃうよ!」
「それもそうか…。ならば一撃必殺の技を身につけるのだ。どのような敵をも一発で倒せる必殺技をな」
「必殺技…」
「言っておくがウサギキックでは役不足だ。あれぐらいでは通常の攻撃に毛が生えた程度でしかない。さて、それでは今日の鍛錬はこ
のくらいにして街に戻ろう」
「うん…」
そうして二人は街へ帰っていった。
ROUND2 Intermission
「あ〜あ、どうすれば重い攻撃ができるんだろう…」
街を流れる川のすぐ側に座ってキャラットはそんなことを考えていた。
ところで、どうして彼女はチャンプから訓練を受けているのか?今から少し前、キャラットは異世界から迷い込んだ青年と共にした
旅の途中で一人の覆面レスラーに出合った。それがチャンプである。旅の仲間であるカレンがチャンプと闘い、そして討ち負かした。
敗れはしたものの、そのチャンプの闘いぶりにキャラットは感銘を受けた。そして旅を終えかつて住んでいた街に戻ったキャラットで
あったが、その街にチャンプがやってきたのである。そこで何を思ったかキャラットはチャンプに弟子入り、格闘技の修行をすること
になったというわけである。
「必殺技…ボクにいったいどんな技ができるんだろう…」
そしてキャラットは考えた。だが、考えているうちに彼女は眠ってしまったのである。
「キャラット、キャラットや」
「えっ?ちょ、長老さま!?」
キャラットは驚いた。何と、目の前に自分の生まれ育ったフォーウッドの村の長老がいたのだ。こんな所にいるはずはないのに…。
「ど、どうして長老様がここに…?」
「そんなことはどうでもいいのじゃ。それよりもキャラット、おまえは必殺技を身につけたいのじゃな?」
「はい…。でもどうしてそのことまで…」
「わしはなんでもお見通しじゃ。キャラット、おまえにフォーウッドに伝わる伝説の奥義を授けよう」
「奥義!?」
「そう。その名も『うチャギ』じゃ!」
「…何ですって?」
「うチャギじゃ、うチャギ!何じゃ、その変な物を見るような目は!」
確かに、キャラットは白い目で長老を見ていた。
「だって、変な名前なんだもん…」
「そ、それはそうかもしれんが超強力な技なのじゃ!キャラットよ、まずは片足を振り上げるのじゃ。180度に限りなく近い角度で
振り上げられたフォーウッドの足は鋼鉄よりも硬くなる!」
「鋼鉄よりもって…そんな、嘘でしょう!?」
「嘘ではない。そしてその足を振り下ろせば、究極奥義うチャギの完成じゃ!」
「何度聞いても変な名前…」
「黙らんかい!とにかくやってみることじゃ。ではさらばじゃ」
そう言うと長老は煙のように消えてしまった。
「えっ、嘘!?消えちゃった!?あっ!?」
そこでキャラットは目を覚ました。今までのことは夢だったのである。しかし、キャラットは夢の中で長老が言った言葉をはっきり
と覚えていた。そこでキャラットは立ち上がり側にあった岩の前に立った。岩は彼女の肩ぐらいまでの高さがあった。そしてキャラッ
トは右足を振り上げる。その角度が180度近くになったとき、彼女の足が輝いたのだ。
「!!…行ける…!」
そうつぶやいた後キャラットは岩に向かって右足を振り下ろした。すると、その岩は大きな音と共に破壊された。
「す…すごい…」
キャラットは自分のやったことに驚いた。こうして、キャラットはフォーウッド戦闘術奥義、『うチャギ』を体得したのだ。
ROUND3 キャラットVSトレント
「チャンプさん、ボク、必殺技を身につけたよ!」
「何だと!?昨日の今日でそんな強い技を身につけられるはずはないと思うが…」
「でも、会得したんだよ!」
「そこまで言うなら私に試してみたまえ。昨日と同じように私は動かん」
そしてチャンプが棒立ちになる。その前でキャラットが右足を振り上げた。だが−。
「…キャラット君、君が私の脳天にカカトを落とそうとしているのはわかる。だが、君の足が最高点に達しても私の頭よりも低い…」
そう、この二人には身長差がありすぎた。キャラットの身長は143センチ。カカトを振り上げても150センチ前後までしか行か
ないのである。
「そ…そんなあ…」
どうしようもない欠点だった。いくら威力があっても当たらなければ意味がない。いいんだよキャラット。ちびすけなところも君の
魅力なんだから。そんな言葉をかけてやりたかった。
「せっかくすごい技を身につけたのに…」
キャラットは落ち込んでいる。そんな彼女を慰めるようにチャンプが言った。
「キャラット君、あきらめるのはまだ早い!どうにかしてその技を活かす方法を…む?」
チャンプは言葉を止めた。何か邪悪な気配を感じたのである。
「キャラット君、近くに何者かが潜んでいる。気をつけろ!」
「あっ、チャンプさん、後ろ!!」
キャラットが叫んだ。チャンプの後ろに木の化け物がいたのである。
「トレントか!」
そうチャンプが言ったが遅かった。トレントはその枝を伸ばしてチャンプを捕まえた。
「ぐっ、しまった…!」
チャンプがもがくが枝は絡みつくばかりである。そしてトレントはキャラットにも枝を伸ばしてきた。
「たあっ!」
キャラットは枝に一撃を加え叩き折った。彼女の力でへし折れるのでそれほど強度はない。だがその数はかなり多い。キャラットは
持ち前のスピードでその枝をかいくぐるとトレントの本体に突っ込んでいった。
「チャンプさんを放せー!」
キャラットの連続攻撃。しかし枝は幹とは違いかなりの硬さだった。
「あ〜ん、ボクの力じゃ無理だよ〜!」
そのキャラットに、宙づりになっているチャンプが助言をした。
「キャラット君、トレントの弱点は幹のてっぺんだ!そこに脳がある!」
「てっぺんって…」
キャラットは上を見上げた。トレントの高さは約3メートル。自分の身長の倍以上である。キャラットは考えた。一瞬の間に、様々
な考えが彼女の頭の中に走る。
「よし…!」
そう言うとキャラットはトレントに背を向けて走り出した。
「キャラット君、どこに行くのだ!?」
そのチャンプの声も無視してキャラットは走った。そしてある程度走ったところで足を止め、再びトレントの方を向いた。
「やああああっ!」
かけ声と共にトレントへ向かって猛突進するキャラット。そして−。
「ジャーンプ!!」
キャラットの大ジャンプ。高さにして4メートルは跳んだだろうか。トレントの真上に来たキャラットはそこで右足を振り上げた。
その足が光輝く。
「ボクのこの足が光って唸る!」
おいおい、パクリはまずいだろうパクリは。しかもなんだか語呂悪いし…。ともかく、キャラットが重力の法則に従って落下してい
く。彼女が振り上げた足を落とした。
「ハイパーうチャギストライク!」
「グッギィヤアアアアア!」
断末魔とともにトレントの幹がまっぷたつになった。キャラットが地面に着地した時、トレントの命はすでにつきていた。
「やった…」
トレントを倒したキャラットが言った。
「み…見事だキャラット君!」
木の枝から解放されたチャンプが言った。彼は続ける。
「脳を破壊するだけでなくその体をあそこまで砕くとはまさに見事の一言!身長が足りないのを跳躍力でカバーするというのも考えた
ものだ」
「うん、ありがとう、チャンプさん」
「だがこの程度で満足してもらっては困る。人の強さに限りはない…さらなる強さを求めて、これからも特訓だ!」
「はい!!」
そしてまた自らを鍛えるキャラットたち。強くなるのはいいが、勘違いもほどほどに。
<了>
図書室へ
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