THE END IS START

 ここは空中庭園。間もなく、この庭園の主である暁の女神の力により、異世界からの迷い人輝武の願いが叶おうとしていた。その願
いとは、彼が元いた世界に帰ること。
「また…遊びに来てよね…待ってるから…」
「本当にお世話になりました」
 輝武たちとは敵対していたものの、本当は別れたくないレミット。そしておそらくは彼女の気持ちを知っているアイリス。さらに、
すでに別れの言葉というべきセリフを輝武に向かった吐いた魔族の青年カイルも側にいる。
「私、輝武クンに会えて良かったわ」
「げ…元気でね…輝武…」
 輝武とともに旅をしてきたカレンとリラも別れの言葉を言う。そして、もう一人の仲間のキャラットは−。
「ボク、とっても楽しかったよ」
 これが彼女の言葉であった。キャラットは笑顔だった。だがその瞳は真っ赤になっている。昨晩キャラットは一人で輝武の部屋を訪
ねたが、その後自分のベッドに戻り、一晩中泣いていたのだった。もちろんそれは、輝武と別れたくないというキャラットの気持ちで
ある。しかし彼女のそんな気持ちに気づく者はいなかった。いや、本当はみなもそう思っていたのかもしれない。だが、輝武が彼のい
た世界に戻るのを止める権利を持っている者は誰もいないのである。
 その間に輝武は暁の女神から何かを言われた。彼はそれにうなずくとキャラットたちのいる方を向いた。
「みんな、本当にありがとう」
 そう言うと輝武は目をつぶった。すると彼の周りだけに旋風が巻き起こった。輝武の体が光り輝く。
「輝武さん!」
 キャラットが叫んだ。一瞬の間に彼女の心の中に輝武との思い出がよみがえる。初めて出会ったのはもう一年以上も前になる。その
時自分を男の子だと勘違いしたということを後で聞いた。そしてその二日後の、輝武が動物好きだということがわかった早朝の散歩の
こと。自分の妹分のセロを必死になって探してくれたこと。悪い人間から自分や花屋のおばあさんを守ってくれたこと。生まれ育った
村に帰ることをためらっていた自分の背中を押してくれたこと。別の女の人にやきもちを妬いたこと。そして何よりも、自分の気持ち
の全てを輝武に打ち明けた昨夜の出来事。そしてそれら全てはキャラットにこんなことを思わせた。
(ボクがさよならって言わなくても、輝武さんは自分の世界に帰っちゃうんだ…。だったら、ありがとうって意味もこめてちゃんとさ
よならって言わなきゃ…!!)
 そして彼女は再び叫んだ。いや、叫ぼうとした。
「輝武さん、さよ…」
 しかし、キャラットが最後の言葉を言う前に輝武の体を包み込んでいた光が最高に強くなった。もう目も開けていられない。その場
にいる全員が目をつぶった。そして風がやむ。その時のキャラットの気持ち−。
(目を開けたらそこは輝武さんのいない世界なんだ…。そんな世界見たくない…。だからボクはこれからずっと目をつぶったまま生き
てく…なんてできるわけないか…)
 いずれにせよ、キャラットの心が悲しみでいっぱいになったことに変わりはない。その悲しみを払うべく、まだ目を開けられない彼
女はさっきよりも大きな声で叫んだ。
「輝武さーん!!」
「おーう!」
「!?」
 そこにいる全員が同じことを思った。なぜ返事があるのだ?誰かのいたずらか?いや違う。あれは紛れもなく輝武の声だ!そして、
キャラットたちの目が次第に開いてきた。まだぼんやりとしているが、彼女たちの目の前に一人の人間がいることはわかった。だんだ
んと目の焦点が合ってくる。そしてそこにいた。間違いなく輝武だ。
「て…輝武さん…どうして…?」
 あっけにとられているキャラットの問いかけに輝武がこう答える。
「いやー、何かよくわからないけどとにかくダメだったみたいだな。俺ってそんなに日ごろの行いが悪かったかなあ?」
「ダ…ダメだったわりに、あんた何かやけにさばさばしてない?」
 そう聞いたのはレミットだった。
「うーん、まあ確かに帰れないのはショックだけどさ、これも運命だと思って素直に受け入れるよ。これからはこの世界で生きてくこ
とにする」
 そして輝武は天に向かって両腕を突き上げ大きく背伸びをした。
「とにかくこれで俺の願いは終了ってことだな。俺あっちで寝てるからさ、みんなの願いが終わったら呼びに来てくれよな」
 そう言うと輝武はその場を離れ、少し歩いた所にある庭園内の芝生に寝転んだ。目をつぶると風の音がする。
「あの…輝武さん?」
 その声に彼が目を開けるとすぐ側にキャラットがいた。
「あれ?おまえ、願い事は?」
「いいの、願い事なんて。それよりも輝武さんとお話がしたくて…。ねえ、隣に座ってもいいよね?」
「ああ」
 それでキャラットは輝武の隣に腰を下ろした。
「で、話って何だ?」
 輝武がそう切り出した。
「うん、輝武さんが元の世界に帰れなかったことなんだけど…」
「それか。もういいって。さっきも言ったろ?これが運命だって」
「ううん、そうじゃないの。輝武さんが帰れなかったのは行いが悪かったからじゃなくって、きっとボクのせいだよ…」
「キャラットのせいだあ?」
「暁の女神様、輝武さんが迷ってるって言ってたよね?その迷いの原因は、きっとボクだよ…」
「昨夜のことか…。やっぱりあれが原因なのかもな…。結局俺は、自分の世界よりもキャラットを選んだわけだ」
「でも輝武さんは、一緒についてくっていうボクのお願いを突っぱねたよね?」
「ああ…。今思うとすごくひどいこと言ったんだな、俺って…。それでいてその娘のおかげで迷うなんて、なんだか矛盾してるよ。昨
夜も言ったけど、やっぱり俺って最低なのかもな」
「だから輝武さんは最低なんかじゃないよ。少なくともボクにとっては最高の人だよ」
 そう言うとキャラットは輝武に寄りかかった。
「まったく、いつの間にそんなセリフ覚えたんだか…」
 輝武が苦笑いをする。そんな彼にキャラットが言った。
「…輝武さん、ボク、輝武さんにさよならって言わなくてよかったと思う」
「えっ?」
「あの時さよならって言ってたら、本当のお別れになってたかもしれない」
「ああ、そうかもな。俺さ、思ったんだ。そういえばキャラットからはさよならって言われてないなって。そんなことを光の中で考え
てたんだ」
「そのせいで元の世界に帰れなかった…?」
「そういうことなのかな。でもこれでよかったんだ。最高の女の子がいる世界に残れたんだから」
 このセリフの後、輝武はキャラットの頭の上に手を乗せた。
「こんなかわいい娘置いて一人で帰れるかっつーの」
 そう言いながら、輝武はキャラットの髪の毛をくしゃくしゃにした。
「ちょっと、やめてよ輝武さん…」
 しかし輝武はくしゃくしゃをやめない。
「だから…やめてってばー!」
 キャラットがキれた。自分の頭の上にある輝武の手をつかむと、そのまま彼をぶん投げてしまった。女の子とは言え、さすがに過酷
な旅をしてきただけのことはある。輝武の体が宙に舞った。
「おおっ!?」
 そのまま芝生に叩きつけられる輝武。ここでキャラットが我に返った。
「はっ!?て…輝武さん!大丈夫!?」
 しかしあお向けになったままの輝武は動かない。
「う…嘘でしょ!?ねえ、輝武さんってば!」
 キャラットが輝武に近づき、顔を覗き込んだ。その瞬間−。
「つーかまーえた」
 何と、いきなり輝武が蘇生し、キャラットの首に手を回したのである。
「えっ!?もしかして、動けなくなったふりをしてただけなの!?」
「まーな。でもいきなりぶん投げるなよな、おまえ」
「だって、輝武さんがくしゃくしゃやめないから…」
 キャラットのこの言葉の後、二人は沈黙した。そして次第に輝武とキャラットの顔が近づいていった。その時−。
「輝武ー、キャラットー、どこにいるのー?」
 フィリーの声だった。その声を聞いた輝武は反射的にキャラットを投げてしまった。今度はキャラットの体が宙に舞う。
「きゃうん!」
 芝生に叩きつけられるキャラット。顔から行った。
「お、おいキャラット、大丈夫か!?」
「いたたたた…。もうっ、ひどいよ輝武さん!!」
「悪い悪い。でもこれでおあいこだな」
 そんな二人をフィリーが見つけた。
「あーっ、こんな所にいた。何してたのよ、あんたら?」
「い、いや別に…。それよりもみんなの願い事は終わったのか?」
「そのことなんだけど、今戻るとおもしろい物が見られるわよ〜」
「おもしろい物って?」
「それは見てのお楽しみ。さっ、行きましょ行きましょ」
 そうして三人は暁の女神を呼び出した場所に戻った。そこにはもう女神の姿はなく、代わりに真っ白な灰になったカイルがいた。
「あれ?おーい、どうしたカイル?」
「‥‥‥‥」
 輝武が言ってもカイルは返事すらしない。
「ねえ、カイルさんどうしちゃったの?」
 キャラットが聞くとフィリーがこう答えた。
「それがねえ、暁の女神様に大魔王の復活をお願いしたんだけど、光の速さで断られたのよ。あのタイミング、二人にも見せてあげた
かったわ」
「で、そのショックでこんな風に…。あれ?そういえば、他のみんなは何をお願いしたんだ?」
 こう輝武に聞かれたフィリーたちは顔を見合わせ、こんなことを言った。
「実はね、私たちみんな願いを辞退したのよ」
「へっ?辞退?」
「輝武の願いが叶わなかったのに私たちの願いだけ叶ったら悪い気がしてさあ…。そこのバカはそんなことおかまいなしにお願いした
んだけど」
「そうか…。何か悪いことしちゃったな…」
「気にすることないって。そんなことよりそろそろ地上に戻りましょうよ」
「戻るって…どうやって?」
「暁の女神様がここと地上を結ぶワープトンネルを作ってくれたの。しかも私たちはいつでも自由に使っていいって」
「へえ、そうなんだ…。じゃあ帰ろうか」
「ねえ輝武さん、カイルさんはどうするの?」
「そうだなあ…。ほっとくのもかわいそうだし、俺が担いでってやるよ」
 こうしてワープトンネルを使い地上に戻った輝武たち。そこにはレミットとカイルの仲間たちが待っていた。そして−。
 マリエーナ王国に戻ることになったレミットパーティ。
 灰になったままいずこへかと消えたカイルとその仲間たち。
 空中庭園に住み着くことにしたロクサーヌとフィリー。
 二人で冒険者になると言って去っていったカレンとリラ。
「輝武さん…みんな…行っちゃったね…」
「ああ。行っちまったな。で、キャラットはどうするんだ?…なんてバカらしい質問はしちゃいけないな、うん」
「ボクは輝武さんと一緒にいるよ。それ以上のことは今はわからないけど、それだけは間違いのないことだよ」
「やっぱりバカらしい質問をするべきじゃないな。じゃあ俺もこれだけは言うよ。俺とキャラットは、お互いにさよならは言わない。
そうだよな?」
「う…うん!」
「おーし、それじゃあとりあえずは腹ごしらえか。近くの街でメシでも食いながら、今後のこと考えようぜ」
 そうして歩き出そうとした輝武だったが−。
「あっ、輝武さん、ちょっと待って」
 キャラットが彼を呼び止めた。輝武が彼女の方を見ると、キャラットはなんだかもじもじしているように見えた。
「ねえ輝武さん…ちょっと恥ずかしいお願いしてもいい?」
「ん?」
「その…さっきの続きしてくれないかなあ?」
「さっきの続きって言うと…」
「だから、その、さっき空中庭園でフィリーが来る前に…えっ?」
 キャラットの言葉の途中で、輝武は彼女の目の前に立った。そしてキャラットの唇に自分のそれを当て、少しだけ押しつけるとすぐ
に離れた。その後、にこやかな顔で輝武は言う。
「これだろう?キャラットがしてもらいたかったことってのは?」
「う…うん!ありがとう、輝武さん…!」
 輝武と同じように、キャラットの顔もにこやかな物になった。そしてその笑顔の中には嬉しい涙が見えた。
 −みんなの終わりは、二人の始まり−
<了>

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