この二人

 炎天のある日、ルーファス・クローウン率いるウィザーズアカデミーの面々は海にきていた。一週間の夏合宿で、今日はその二日目
である。
 砂浜に、水着にも着替えず、一人のエルフの少年がたたずんでいた。名をセシル・ライトという。いや、少年というのは実は間違い
で、男装をしているものの、セシルは女の子であった。アカデミーにそのことを知っている者はいない。
「セシル君、今日も泳がないの?」
 彼女にそうたずねたのは、ラシェル・ヴァンシアという女の子であった。女の子とはいっても、男の子のような感じがする。
「えっと…ボク、実は泳げないんだ…」
「泳げなくたって海で遊ぶぐらいはしようよ。せっかく海に来たのに水着にも着替えないなんてもったいないよ。持ってきてないわけ
じゃないんでしょ?」
「そ…それが…」
「もしかして、忘れちゃったの?しょうがないなあ。じゃあそのカッコのままでいいや。あっちにルーファス先輩たちもいるから、み
んなで遊ぼうよ!」
 ラシェルがせかす。しかしセシルは−。
「い、いいよ。ボクはラシェル君たちが遊んでるのをここで見てるから…」
「そんなこと言わないでさ…」
 そう言ってラシェルがセシルの腕をつかんだ。
「は…放してよ!」
 突然、セシルが大きな声をあげてラシェルの腕を振りほどいた。ラシェルはあっけにとられている。
「ご…ごめん、ラシェル君…。つい興奮しちゃって…」
「い、いや、いいよ。こっちこそごめん。セシル君が嫌だって言ってるのに、ちょっと強引すぎたよね…。じゃあ、ボクはあっちで先
輩たちと遊んでるから、一緒に遊びたくなったらいつでも来てね」
「う、うん…」
 そしてラシェルは走っていった。
「‥‥‥‥」
 走っていくラシェルを見るセシルの心には、何とも言えないわだかまりが残った。

 その日の夜のことである。宿の談話室で一人日誌を書いていたルーファスの元へラシェルがやってきた。
「先輩」
「ん?ああっ、ラシェルか。どうした?」
「どうしてセシル君はボクのことが嫌いなんだろう」
 このラシェルの言葉にルーファスはきょとんとした。
「セシルがおまえのことを嫌ってる?」
「うん。なんだかそんな感じがするんだ、今日もちょっとしたいざこざがあったし…。それに、アカデミーでも、なんだか避けられて
るような気がするんだ…」
「うーん…」
 ルーファスは腕組みをしてうなった。マスターとして、メンバー同士の不仲は放っておけない。
「俺が見た感じではそうは思えないんだけど…。疑心暗鬼じゃないのか?」
「そうだといいんだけど…」
「もしかしたらセシルは、元気がありあまってるおまえに、ちょっと引け目を感じてるんじゃないのか?」
「そんなもんかなあ…。ところで、そのセシル君はどこにいるの?」
「外に行くって言ってたよ。そのうち帰ってくるだろう。さっ、明日も早い。おまえはもう寝ろ。帰ってきしだい、セシルにもすぐ床
につくよう言うから」
「うん。それじゃあ、おやすみなさい」
 そしてラシェルは談話室を出ていった。
「それにしても、セシルがラシェルのことを嫌ってるなんて、あまり信じたくないな」
 ルーファスはそうつぶやき、そして時計を見た。
「…遅いな、セシルのヤツ…。ちょっと心配になってきたぞ。探しに行くか…」
 そう言ってルーファスは外に出かける準備をしたのである。

 そのころセシルは宿の近くの草原にいた。空に出ている星を見ながらいろいろと考えている。
(今日はラシェル君に悪いことしちゃったな…。でも、ボクが女の子だってことがばれちゃったら…。それにしても、どうしてボクは
ラシェル君と仲よくできないんだろう…。ルーファス先輩と仲よくしてるのに嫉妬してるのかなあ…。ボクがこのアカデミーに入った
のは、先輩と仲よくなりたかったからだし…。だけど、男の子のカッコをしなきゃ先輩と話もできないなんて、つくづくこんな自分が
嫌になってくるなあ…)
 そう。実はそれがセシルが男装をしている理由だったのである。
(ボクもラシェル君も、女の子なのに男の子みたいなカッコをしてるっていうところは共通してるけど、ラシェル君はそのことにコン
プレックスを持ってないみたいだし…)
「おーい、セシルー、どこだー?」
 ルーファスの声がして、セシルは我に返った。
「ルーファス先輩、ここにいますよ」
「何だ、そんな所にいたのか。何してたんだ?」
 ランプを持ったルーファスがセシルに近づいてきた。
「えっと…星を見てました」
「星?ああっ、きれいだもんな。だけど、こんな時間まで外出してるってのには感心できないな」
「すいません…」
「まあいい。帰ろう」
「あの…ルーファス先輩…」
 セシルがそう言ってきたので、歩き出そうとしたルーファスは足を止めた。
「ん?何だ?」
「ラシェル君、ボクのことについて何か言ってませんでしたか?」
 こう言われてルーファスは返答に困ってしまった。さっきラシェルが言ったことをそのままセシルに言ってしまえば、もしかしたら
セシルは傷ついてしまうかもしれないと思ったのだ。
「えっと…特に何も言ってなかったぞ、うん」
 ルーファスの様子から、セシルは彼の言葉が嘘であろうということを予測できた。しかしセシルはあえてそれ以上のことは追求しな
かった。それがルーファスの優しさであろうことを感じとれたからだった。そして彼女は思った。自分はラシェルを避けてるのに、そ
れでも構ってくれる彼女を、これからは好きになっていこうと。

 そして、翌日。セシルとラシェルは顔を会わせた。
「お、おはよう、ラシェル君…」
「うん、おはよう!今日も魔法の練習がんばろうね!」
 ラシェルは昨日のことはまるで気にしていない、というよりは覚えていないようにも見える。もちろん、そんなことはないのだろう
けども。
「あの、ラシェル君…」
「えっ?何?」
「今日、練習が終わったら、一緒に遊ばない?水着がないから泳げないけど、砂浜でビーチバレーでもやらない?」
「うん、、いいよ!それじゃ、他の先輩たちも誘おう!」
「うん!」
 ほんの少しではあるが、この二人の関係はよくなったようである。

<了>

図書室へ