マックス格闘伝

「暴漢だって?」
 霜森のある日、その日の活動が終わったウィザーズアカデミーの部室で、メンバーの一人のマックス・マクスウェルがそんな声をあ
げた。この話を切り出した、アカデミーのマスターであるルーファス・クローウンが話を続ける。
「最近、この辺りに出没するそうだ。他のメンバーには今日の最初に言っておいたんだけど、おまえは遅刻してきたから今話す。もっ
とも、おまえに言っても無意味だとは思うが、一応な…」
「あたりまえですよ!」
 そう言ってマックスが拳を固めた。
「俺はこのアカデミーのメンバーである前に格闘家ですよルーファス先輩!そんな連中が来たって、反対にやっつけてやりますよ!実
を言うと、最近新必殺技を編み出したばかりなんですよ!」
「魔法の練習もそのくらい熱心にやってくれればな…。あっ、おまえがさぼってるってわけじゃないぞ。で、その新必殺技って、どん
なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 なんだかマックスは嬉しそうである。
「この技は、一体一の闘いにしかむかないけど、すごい威力なんですよ。なんせ、無数のパンチやキックを相手に浴びせて、アッパー
カットでとどめをさすって技なんですから!その名も人狼乱舞!カッコいいでしょ?」
「おまえ、それって龍○乱舞じゃ…」
「おおっ?もうそんな技があるんですか?けど実はもう一つバージョンがあるんですよ。基本は同じなんだけど、技のほとんどをキッ
クにして、とどめの一撃もアッパーじゃなくてサマーソルト風の蹴り上げに…」
「それは鳳○脚だ!ここは魔法のアカデミーだー!」
 ルーファスは思わず大声をあげた。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。明日の休みはみっちり魔法の練習をしますから。それじゃルーファス先輩、また明後日!」
 そう言うとマックスはアカデミールームを出ていった。
「まったく…」
 ルーファスがぽつりと言う。そんな彼に、まだ部室に残っていた一人の人間が声をかけてきた。3rdの彩霞・真琴であった。
「ルーファス、ちょっといいか?」
「あれっ、真琴、まだいたのか。何か用か?」
「明日の休日、予定はあるか?」
「いや、別に。明日は一日中ぼーっとしてようかなんて思ってたところだ」
「そうか。実は劇場のチケットが二枚あるのだが、よかったら一緒にどうだ?最初に言っておくが、別に貴様でない別の人間でもよい
のだ。ただ、わたしの知っている人間の中では貴様が一番暇そうだから…」
「何か、ひどい言われようだな、俺って…。まあいいや。付き合ってやるよ」
「そうか。ではこのチケットを渡しておく。それに書いてある時間に間に合うよう劇場に来い。いいな?」
「ああっ、わかった」
「では、わたしは帰るぞ」
 そして真琴もアカデミールームを出ていった。残ったルーファスがつぶやく。
「まさかあいつに誘われるとはね…。まっ、いいか」

 休日明けである。ウィザーズアカデミーの部室では、マックスが一人魔法の練習をしていた。
「だから、ファイア・トランスは…ああっ、そうじゃねえ!」
 どうも、うまく行っていないようである。
「なんでうまくいかないんだろうなあ…。ルーファス先輩がきたら、ちょっと教えてもらうか…」
 その時、そのルーファスがアカデミールームに入ってきた。
「あっ、ルーファス先輩、いい所に…って、どうしたんですか、その腕!?」
 マックスが驚いて声をあげた。ルーファスは、その左腕を三角巾でつっていたのだ。
「それはわたしが話そう」
 ルーファスに続き、真琴が部室に入ってきた。
「昨日、この男と一緒に劇場に行ったのだがな…」
「どうして真琴さんとルーファス先輩が一緒に劇場に行くんですか?もしかして、デートってヤツですか?」
「余計なことは聞くな!それで、その帰りに先日ルーファスが話していた暴漢に襲われてしまったのだ。突然暗闇の中から現れて…。
よせばいいのにこの男はわたしを守ろうとしてこのざまだ…」
 そうは言いながらも、真琴はルーファスに感謝の念があるようだ。顔が少し赤い。
「それで、その連中はどうしたんですか?」
「逃げられた。俺がいなかったら真琴が追いかけて取っ捕まえたんだろうけど、こいつは俺の腕の応急処置をしてくれたんだ」
「当然だ。あのような場合、ケガ人の手当の方が先決だからな」
 そう言って真琴が何気にマックスの方に目をやると、マックスは拳を固めていた。そして彼は言ったのである。
「ルーファス先輩、悪いけど、今日は俺、アカデミーを休ませてもらいますよ」
 マックスはアカデミールームを出ていこうとする。
「マックス、待て!」
「ルーファス先輩、止めないでください!同じアカデミーの人間がこんな目にあわされて、黙っていられるわけないでしょう!」
「いや、俺は平気だから…。それより、ここで何か問題起こしたら、生徒会長にこのアカデミーを廃部にされちまうんだよ!真琴、お
まえからもやめるように言ってくれよ!」
「行ってこい、マックス」
「真琴!」
「そう来なくっちゃ!」
「しかしマックス、行く以上は返り討ちにあうなどということにだけはならぬようにしろ。それから…」
 そう言うと、真琴は一枚の紙片に何かを書き、それを四つ折りにするとマックスに手渡した。
「真琴さん、何ですか、これ?」
「万が一貴様がピンチに陥るようなことがあったら、その時にはその紙を開け。そこには貴様をパワーアップさせる魔法の呪文が書い
てある」
「魔法の呪文?いったい何が…」
 そう言ってマックスがその紙を開こうとしたのだが−。
「待て!ここでは開くな!わたしやルーファスまでひどい目にあってしまう!」
「そうなんですか?じゃあやめますよ。それじゃあ、行ってきます!」
 そしてマックスはアカデミールームを出ていった。
「ああっ、とんでもないことにならなきゃいいけど…。それはそうと、真琴、あの紙にいったい何を書いたんだ?」
 ルーファスがそうたずねる。
「そう難しい言葉ではない。だが、マックスがあの紙を開いた時、その周囲にいる者は痛い目を見ることになるだろう…」
 そう言って真琴はニヤリと笑った。
「何か怖いぞ、おまえ…。だけど、マックスのヤツ、犯人がだれかもわからないのに行っちまったぞ…」
「何とかなるだろう。なにしろ、あいつの動物的カンは人間の物ではないからな」
「だからあいつは人間じゃなくて人狼族だって…」

 マックスはルーファスを襲った暴漢を探して町中を走り回っていた。だが見つからない。もうすでにあたりは真っ暗になっていた。
周囲には誰もいない。
「よく考えてみると、暴漢なんて暗くならないうちに出てくるはずもないよな。俺も少し一直線に突っ走りすぎたか。だけど、もう時
間が時間だし…」
 マックスがそうつぶやいたその時−。
「!?」
 ふいにマックスの左の頬から鮮血が流れ出た。まるで何かに斬られたように。
「何だ?風の魔法のストーム・エッジ…いや、違う!…ぐっ!」
 今度は右腕が斬られた。とっさによけたので、血はそれほど出ていない。
「誰かいる…!」
 そう思ったマックスは神経をとぎすました。確かに何者かの気配を感じる。だが、その人数までは特定できない。
「いることさえわかれば、次に来た時に…」
 そう言った矢先、殺気とも呼べる物がマックスに急接近してきた。
「そう何度もくらうかよ!」
 気を察知したマックスはパンチを繰り出す。パンチはカウンターでその何者かにヒットし、相手を吹き飛ばした。
「さあ、その顔を見せてもらうぜ!ライト!」
 マックスは魔法の光を作り出し、倒した相手の顔を覗き込んだ。が、その顔は頭巾で覆い隠されていた。
「これは…シノビ…?」
 マックスが言った。シノビとは、この世界で貴族に仕える特殊部隊の一つである。
「このシノビに一撃を加えるとは、なかなかやるな、貴様…」
「んなことはどうでもいいんだ!何者だ、てめえ!?仲間は何人いる!?」
「私が何者でも貴様には関係ないが、仲間はあと三人いる。しかし、そいつらに貴様は倒されるだろう…」
「ふざけるな!…はっ!?」
 このシノビとは別の気を感じたマックスは男から離れた。そして何を思ったか作り出した魔法の光を消してしまった。
「来るなら来い。こういう時はむしろ暗闇の方が闘いやすいぜ…」
 そんなことが言えるのは、マックスが普通の人間より感覚が優れている人狼族だからであった。マックスはまた神経を研ぎ澄ます。
そしていつしか彼に向かい殺気が迫ってきた。
「二人!そこだ!!」
 マックスの放った攻撃(どんな攻撃なのかは速すぎてよくわからない)が二人のシノビにヒットした。
「うっ!?」
「何と…!」
 二人ともマックスの反撃に驚いている。
「さあ、あと一人は…うっ!?光!?」
 突然、閃光がマックスを襲った。体が動かなくなり、彼は地面に平伏した。
「こ…これは…スタン・ライトか!?」
 それは体の自由を封じ込める火の魔法であった。その魔法を使ったであろう人物が、ライトの光と共に近づいてきた。
「て…てめえが親玉か!?」
 マックスが大きな声をあげた。その男−やはりシノビであった−は言う。
「その通りだ。俺がこいつらのリーダーのカイナーだ。かわいい手下どもをよくもやってくれたな」
「先に仕掛けたのはそっちだろうが!てめえらが最近出没してる暴漢か!?何の目的でやってるんだ!?」
 スタン・ライトを受けても口だけは動かせるマックスが言う。これにカイナーは静かに答えた。
「つい先日のことだ。俺たちは主君である貴族に解雇されてしまってな、その腹いせにこんなことをやっているんだよ」
「腹いせにやっていいことと悪いことがあるんだよ!それくらいわからねえのか!!」
「何とでも言え。だが、貴様は魔法の力で動きを封じられていることを忘れるな!」
 そう言うとカイナーは地面にはいつくばっているマックスの顔に蹴りを入れた。
「ぐぶっ…!」
「おい、おまえらもやってやれ!」
 そして残りの三人もマックスを攻める。
「がっ…!ごっ…!」
 マックスはいわゆる袋叩きにされている。そんな中でカイナーが言った。
「おい、そろそろずらかるぞ。もう魔法の効果が切れるころだ」
 四人はマックスから離れた。実は、カイナーが言う前からスタン・ライトの効力はなくなっていたのだが、マックスの体はシノビた
ちに痛めつけられたダメージで動けなくなっていたのだ。
「うっ…てめえら…」
 そう言うとマックスは最後の力でポケットから一枚の紙を取り出した。真琴にもらったあの紙である。
「本当は、こんな物に頼りたくはなかったが…」
 そしてマックスはその紙を開いたのだが、そこにはたった一つの文字が書いてあるだけだった。
『犬』
 しかし、これはマックスの神経を逆なでするのに十分すぎる言葉だった。
「誰が犬だーっ!!」
 怒りに燃え我を忘れたマックスはシノビたちに突進していった。そしてカイナーを除く三人をぶちのめす。だがそれは格闘と呼べる
物ではなく、単なる大暴れであった。いつしか三人のシノビたちは気絶していた。ところで、カイナーはフライの魔法で空中に逃げて
いた。
「うがー!うがー!うがー!!」
 マックスはまだそんな状態だった。そのマックスの前にカイナーが着地する。
「ふっ、あそこまで痛めつけられておきながらそいつらを倒すとはなかなかやるな。しかしこの俺は…えっ?」
 いつの間にかカイナーの目の前にマックスが迫ってきていた。
「がーっ!」
「ごっ…!」
 炸裂する強烈なボディブロー。だがマックスの攻撃はそれで終わらない。続けてパンチやキック、たまに頭突きが飛び出す。
「ばっ!びっ!ぶっ!べっ…!」
 カイナーはなす術もなくそれらを喰らい続ける。そしてとどめの一撃−。
「だーっ!!」
「ぼおっ…!!」
 強烈なアッパーカットがカイナーのあごにヒットし吹き飛ばす。○虎…もとい、人狼乱舞の完成である。
「はあっはあっはあっ…あれ、俺は何を…あっ、シノビが倒れてる!もしかして俺がやったのか?ヤッホー!」  なぜこんな力が発揮できたのかも知らず、マックスは喜んでいた。なお、あの言葉を書いた紙は、マックスの大暴れのうちに踏まれ
て字が読めなくなっていた。これで次の被害者が出ることはないので一安心…?

「それで、そいつらは役人に突き出してやりましたよ!」
 次の日、マックスはウィザーズアカデミーの部室で、得意気に真琴に話をしていた。
「そうか、それは大活躍だったな」
「だけど、どうやってヤツらをやっつけたか覚えてないんですよ。真琴さんにもらった紙を開く直前までは覚えてるんですけど、それ
からあいつらを倒すまでの記憶がなくて…。真琴さん、あの紙に何を書いたんですか?」
「うっ、それは…まあ、そんなことはどうでもいいではないか!貴様がシノビを倒したという事実に変わりはないのだから!」
「そうですよね!俺があいつらをやっつけたんですよね!ヤッホー!」
 あまり深く物事を考えないマックスであった。その時、ルーファスがアカデミールームに入ってきた。
「あっ、ルーファス先輩!あのですね、実は昨日…」
「ああっ、生徒会長から聞いたよ。よくやってくれたってな。これであいつも少しは俺たちのことを見直したろう」
「よかったではないか、ルーファス。それはそうと、貴様、顔色が優れないようだが?昨日アカデミーが終わった後に施療院に行った
のではないか?」
 真琴の言う通り、ルーファスの顔はいつにもまして青白かった。
「それがな、施療院に行ったのは覚えてるんだけど、それ以降の記憶がないんだよ。気がついたら寮のベッドで寝てて…」
「ルーファス先輩も記憶がないんですか?実は俺も記憶が抜けてるところがあって…」
「そうなのか?関係はないと思うけど…。それで、何か知らないけど、今日一日貧血ぎみだったんだよなあ」
 そんなことを話しているうちに、アカデミーの他のメンバーがやってきた。
「ルーファス、そろそろ人間が集まってきたぞ。始めなくていいのか?今週の末には魔導技術検定があるのだろう?」
「言われなくたってわかってるよ!まったく、いちいちうるさいな、真琴は…」
「何を言うか!そんなことを言うならば貴様が仕切れ、貴様が!」
「ははっ、ルーファス先輩と真琴さん、何かいいコンビですよね!」
 そう言ってマックスが笑った。今日も明るいウィザーズアカデミーであった。

<了>

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