影狩人・4

 真夜中のエンフィールドに、人知れず戦う二つの影があった。暗い影の中で戦いながら、時折、月明かりの中に入り、その時だけそ
の姿があらわになる。二つの影のうち片方は人型をしていた。拘束具のような服と、一つ目を型どった眼帯を身に着けている。そして
もう一つの影は、明らか人間ではない。人間とも獣とも言えぬそれは、いわゆる魔物の一種であった。
「だりゃあああ!」
「グッギャアアアアアアア!!」
 人の形をした影が、手にした武器−それは長さ2メートルほどの棍であった−を大きく振り回し、もう一つの影を叩く。それは断末
魔を上げて地面に倒れる。死んではいないようだ。その後で、勝者となった影が自分の武器を地面に突き刺して言った。
「安心しろ、急所は外してあるからそのうち動けるようになる。これに懲りたら山に帰って、二度と街に出てくんじゃねえぞ!」
 その言葉に倒れたままの魔物は何も言わず小さくうなずいた。それを見ると、人型の影は胸の前で小さく印を結び、何かの呪文らし
き言葉を唱えた。すると、体から黒い光を放ちながらその服装が変わっていった。ある意味異常とも言える先ほどの服とは違い、この
町のあちこちで見られるいたって普通の青年が着るような物である。それもそのはずで、この人物は「いたって普通の青年」なのだ。
ただ、普通よりはいささか屈強ではあるが。
「ふう…これで今夜の任務は完了…だな」
 この青年の名は彰。街の何でも屋ジョートショップに住み込みで働いている居候だが、実は彼には秘密がある。彰の心の中にはもう
一つの人格がある。かつて自分の中から分離し、今では自分の中で「飼っている」彼の負の人格、シャドウだ。彰はそのシャドウの持
つ『闇の力』という特殊能力を使い、闇を駆る戦士、影狩人となり、魔物や悪人を打ち倒しているのである。
「それにしても、最近魔物が街に出てくることが多くなってきた気がするな…」
 端から見れば一人ごとのように、しかし彰からすれば自分の中のシャドウに話しかけた。
(かもな。だけど、どんなヤツが来ようが、てめえはそれをぶっ倒すだけだろう?)
「別に、何も考えずにぶっ倒すだけじゃねえよ。説得して元いた所に帰ってくれればそれに越したことはないし、説得に応じてくれな
かった時だって必要最低限の力でそいつを追い返すだけだ」
(そんなめんどくさいことしねえで、魔物なんて全員ぶっ殺しゃあいいのによ)
「俺にはできねえよ、そんなこと。そんなことで他人の生命を絶つなんてな。例えそれが、魔物の命でもよ」
(相変わらずだな、てめえのその甘さはよ。それより、魔物が多くなったことについてだが…)
「ん?」
(もしかしたら、それは俺…いや、俺たちのせいかもしれねえぜ)
「何だって?どういう意味だ?」
(魔物が俺たちの持つ『闇の力』に引き寄せられて街に出てきた、とは考えられねえか?)
「そんなことがあるのか?」
(あくまで俺の憶測に過ぎねえが、それも一つの可能性ってことだ。最近、俺たちの『闇の力』は確実に大きくなってるしな)
「そんな…」
(俺が言うのも何だが、このままだとおまえ、力に飲み込まれるぜ。俺にしてみりゃあ、そうなってくれればおまえの肉体を手に入れ
られるんだから好都合なんだが…。それじゃあ、俺は眠らせてもらうぜ)
 そう言うと彰の心の中のシャドウは眠りにつき、外からの彰の呼びかけに答えることはなくなった。
「俺たちが魔物が増えた原因だと?それに、『闇の力』の増大…?」
 今度は正真正銘の一人ごとをつぶやく彰。シャドウの言葉を聞いて胸の中にいささかの不安がよぎったが、だからと言ってこのまま
ここにいても仕方がないので、彼は住み家であるジョートショップに帰り、その夜はそのまま眠りについた。

 翌日である。その日は休日で、ジョートショップの何でも屋業務も休みだったが、店の女主人アリサの言いつけで、彰は店の前の道
路をほうきで掃いていた。昨晩遅くまで影狩人として戦っていたせいか、彼は半分寝ぼけているようだ。しかし、その寝ぼけを一瞬で
覚ます出来事が、彰の身に降りかかった。
「彰、危なーい!」
 遠くの方からそんな声がした。それは女の子の声だったのだが、その声に反応した彰が振り返ると、何かが彼の顔面めがけて飛んで
きて、そのまま顔にクリーンヒットした。
「おぼぉっ!?」
 彰の顔に当たったそれはそのまま地面に落ちた。見るとそれはゴムボールのようである。
「痛ててて…何だこのボールは…」
 彰はボールの当たった所をさすりながら言った。その時、遠くから一人の女の子が走ってきて、彰の前で立ち止まった。
「ごめん彰、大丈夫!?」
「マ、マリア!?」
 その女の子は、エンフィールドでも指折りの資産家であるショート家の一人娘、マリアだった。彰がジョートショップの何でも屋業
務でショート家に行くことも少なくないため、二人は知り合いである。
「おいマリア、このボール投げたのはおまえか?」
「うーん、投げたって言うのはちょっと違うわね。魔法で遠隔操作してたんだけど、手元が狂って彰の所に行っちゃったの」
 このマリア、とにかく魔法が好きな女の子である。好きな割にその腕前には疑問符が数多くつくが。
「遠隔操作だあ?なんでそんなことを…」
「魔法の練習よ。あっ、言っとくけど、あんたの所行ったのはたまたまだからね。わざと狙ったんじゃないから」
「あー、そうかい。でも、こんな街中で魔法の練習なんてことはやめろよな。もっと安全な場所でやれ」
「だーいじょーぶよ。失敗なんてめったに…」
 そこでマリアの言葉は止まった。
「言葉に詰まるってことは、『失敗なんてめったにしない』って言えないことを自分でもわかってるんじゃないか。現に今さっきだっ
て失敗してるし。ゴムボールだったからまだよかったけど、もっと硬い物が当たったら大惨事だぜ」
「うるさいわねえ。だから失敗しなくなるように練習してるんじゃない」
「ま、そりゃそうだな。じゃあせめて、その練習は他人に迷惑がかからないようにやれよ」
「わかったわよ。ところで彰、今何時?」
「今?もうすぐ8時だな」
「えっ、もうそんな時間なの!?やっばー、早くトリーシャの家に行かないと文句言われちゃう!」
「トリーシャん家?あいつと何かあるのか?」
「うん、学校の宿題で薬草集めなきゃならないから、二人で森に行くの」
「森か…。最近、魔物が出てくることが多いって話だからな、気をつけろよ。何だったら、ボディガードってことでおまえらについて
いってやってもいいけど?」
 そう言いながら彰は手に持ったほうきを棍のように回した。それを見たマリアはこう言う。
「あんたの強さは知ってるけどね、魔物が出てくるような危険区域に指定されてる場所には行かないから必要ないわ」
「あっ、そ…。それでもまあ気をつけてな」
「うん、それじゃーねー」
 そしてマリアは走り去っていった。
「うーん、悪い娘じゃないんだけどな、あいつも…ん?」
 ここで彰は自分がマリアにぶつけられたボールを持ったままだということに気がついた。
「あれ、しまったなあ…。ま、次に会った時に返せばいいか。それよりも掃除掃除、っと」
 その後また、店の前の掃除を続ける彰であった。

 それから数時間後、エンフィールドの森の中を歩く二人の女の子がいた。マリアとトリーシャである。彼女たちは、宿題の薬草集め
はとうに終わったのが、せっかくだからと森の中を散歩しているのだ。実はトリーシャの方には最初からそのつもりがあったらしく、
昼食の手作り弁当など、そういった物の準備もちゃんとしてきていた。
「ねえ、マリアとあんたが休日を過ごすなんて、ずいぶん久しぶりじゃない?」
 歩きながらマリアがトリーシャに話しかけた。
「そういえばそうだね。どうしてだろう?」
「どうしてって、それはあんたが休みのたびにジョートショップの彰の所行ってるからでしょ。みんな知ってんのよ、あんたらが付き
合ってるってこと」
「あはっ、やっぱり?でも問題なのは、彰さん本人にそういうつもりがないってことなんだよね」
「わかるわかる。あいつってば鈍感だからね。でもいいんじゃない、彰がそう思ってなくても、あんたが思ってれば。…ん?」
 マリアがそう言ったその時、にわかに空から冷たい物が落ちてきた。いきなりの雨である。それもかなり強い。
「きゃー、何よこれー!?どうしていきなりこんな大雨が降ってくるのよー!?」
「ボクにそんなこと言われても…あっ、あそこに洞窟がある。とりあえずあの中に逃げ込もう!」
 そして二人は洞窟の中に入っていった。どうやら中には誰もいないようである。
「ふう、とりあえずここなら雨に濡れることはないね」
「そうね。でも、ここに入るまでにかなり濡れちゃったわよ…」
 そう言いながらマリアは持っていたポシェットを開けた。そしてその中に手を入れると−。
「んーと、あっ、これこれ」
 そうして彼女がポシェットから出した物は−普通ならどうやってもその中に入るはずのないとても大きなタオルだった。
「えっ、えっ、えっ!?ちょっとマリア、どうしてそんな物がそこに入るの!?」
 驚いたトリーシャがたずねる。
「ん?それはこのポシェットがマジックアイテムだからよ。異次元につながってて、広さは無限なのよ」
「へえ、そうなんだ…」
「はいトリーシャ、あんたもこれ使いなさいよ」
 その言葉と共にマリアはもう一枚のタオルをポシェットから取り出し、トリーシャに手渡した。
「あ、ありがとうマリア。…って、今度は何やってるの…?」
 マリアから受け取ったタオルで自分の体を拭いていたトリーシャだったが、彼女はマリアが何やら印を結びながら呪文らしき物を唱
えているのに気づいた。そして−。
「えいっ!」
 そのマリアの掛け声と共に、彼女とトリーシャの間に小さな炎が現れた。どうやら炎を起こす魔法だったようであるが、それを見た
トリーシャは少し驚いていた。
「マリアの魔法が成功した…」
「ぶー、何よそれ?マリアだっていつもいつも失敗してるわけじゃないもん。これぐらいなら簡単にできるもん」
「そっか、そうだよね。でもあったかいなあ、この火。あっ、そうだ」
 そう言うと何とトリーシャは、おもむろに服を脱ぎ出したのである。
「ちょっとトリーシャ、いきなり何してるのよあんたは!?」
「だってびしょ濡れで嫌な感じなんだもん。直接火に当てれば早く乾くと思って」
「だからっていきなり脱ぎ出す普通!?恥ずかしくないの!?」
「女の子同士なのにどうして恥ずかしいのさ?それよりもさ、マリアもかなり濡れたよね?」
 これはつまりマリアも服を脱げと、トリーシャは言っているのである。
「マ、マリアはいいよ、このままで…」
「よくないよ。そのまんまじゃ風邪ひいちゃうよ?嫌だって言うなら、無理矢理脱がしちゃおうかなあ〜」
 そう言って服を脱いだトリーシャがマリアににじり寄る。
「や、やめてよトリーシャ!わかったわよ、脱げばいいんでしょ!」
 そしてマリアもしぶしぶ服を脱いで、火に当てた。さらに彼女は、トリーシャの視線に気づく。彼女は先ほどマリアから渡されたタ
オルを自分の体に巻きつけていた。
「何よぉ、そんなに見ないでよぉ。トリーシャに比べて育ちが悪いの、気にしてるんだから」
 そう言いながらマリアもタオルを巻きつける。
「別にそんなの気にすることないと思うな、ボクは」
「あんたが気にしなくてもマリアは気にするの!時々思うのよね。もっとスタイルがよかったら、トリーシャみたいにカッコいい彼氏
ができるかもしれないのになあって」
「彰さんもそんなの気にする人じゃないと思うけど…。それよりもマリア、今彰さんをカッコいいって言ったよね?マリアってそうい
う目であの人のことを見てたんだ」
「えっ?ああ、一般論よ一般論。誰が見たって、あいつって結構いい線行ってる男よ。まあ言ってみれば、マリアから見た彰は、『近
所のカッコいいお兄さん』ってところかしら」
「本当かなあ?」
「本当だって。だって、マリアとあいつ、それほど深い付き合いしてるわけじゃないし」
 そうマリアが言ったのだが、この言葉の後で彼女は少しだけ暗い表情を見せた。そしてこう続ける。
「だけどね、あの時…彰が美術品を盗んだっていう疑いがかけられたあの時…あいつがマリアにジョートショップを手伝ってほしいっ
て言ってくれてたら…そうしたら、もうちょっと付き合いが深くなって、もしかしたらマリアは彰のことを違った目で見るようになっ
てたかもしれないなあって、たまに思うのよ」
 そんなマリアの言葉を聞いて、トリーシャは彼女にこう言った。
「彰さんに誘われなかったのは、ボクだって同じだよ」
「そう、同じ。けど、誘われなかったからってそこでおしまいにしちゃったマリアと、誘われてもいないのに自分からすすんでジョー
トショップの手伝いをしたあんたに、今、大きな差ができちゃってるのよ。もしもマリアにあんたぐらいの積極性があったら、彰の恋
人になってたのはマリアだったかもしれない…」
「マリア…やっぱり彰さんのことが…?」
「そうなってたかもしれないって話よ。今の事実として、彰の恋人はトリーシャなんだから。友達の彼氏を取っちゃうようなまねはし
ないわよ、マリアは。それに、あいつってバリバリの戦士系でしょ?マリアは魔法の上手な人しか彼氏にしないもん」
 こう言ってマリアは小さく微笑んだ。その顔を見て、いささか沈んでいたトリーシャの気持ちも楽になった気がした。そこで彼女は
マリアにこんな質問をしてみた。
「じゃあさマリア、マリアのおメガネにかなう、カッコいい魔法使いの男の人とかっているの?」
「それが聞いてよトリーシャ、魔術師組合に新しい人が入ったらしいんだけどさあ…」
 そうして二人は、火に当てた服が乾くまで…そして服が乾いてからもそのことに気づかずとりとめのない話をした。どれだけの時間
話をしていたのかは知らないが、ともかく二人はそれなりに楽しい時間を過ごしたのである。
「あれ?ねえトリーシャ、服、そろそろいいんじゃない?」
「あーっ、おしゃべりに夢中になって忘れてたよ。うん、乾いてる乾いてる。じゃあ、さっさと着て、さっさと帰ろうか」
「そうね」
 そして二人がそれぞれの服を自分の身にまとわせていたその時である。突然、彼女たちの前に一つの影が現れた。そう、それまで何
もなかった空間にまさしく「現れた」それは、一人の人間であった。しかもそれは二人がよく知っている人物。先ほど彼女たちの話題
になっていた、ジョートショップの彰だったのである。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 トリーシャもマリアも、一瞬何がどうなっているのかわからなくなった。しかし、少しして着替え中の自分たちの前に男性がいると
いう異常な事態に気がつき、あらん限りの声で叫んだ。
「きゃあああああああああああああああああああああ!!」
 二人の女の子の声が洞窟内に響く。その声に驚く彰。彼はなぜトリーシャたちがこんな大声をあげたのかわけがわからず彼女たちの
ことを見てみた。そこで気がついたのである。なぜかは知らないが、二人が脱いだ服を着ている最中だということに。
「うおおおおおおおおおっ!?ごごごごごごごごめん!?」
 そう言って彰は女の子たちに背を向けた。
「あああああ彰!!いったいなんであんたがこんな所に!?」
 服を着るスピードを上げながら、向こうを向いたままの彰にマリアがたずねる。
「おまえらがこんな時間になっても帰ってこないって聞いて、心配になって探しに来たんだよ。まさかこんな所にいて、服を着替えて
るなんて思わなかったけど…」
「こんな時間って…今何時なの?」
「もう夕方の6時を回ってる。街中ならこのぐらいの時間でも大丈夫だろうけど、森に行くって言ってたから心配になって…」
「ボクたちのことを心配してくれてたんだ。ありがとう。でも、どうしてボクたちがここにいるってわかったの?」
「ん?これだこれ」
 そう言うと彰は後ろを向いたままトリーシャたちの方へ何かを放り投げた。
「あっ、マリアのゴムボール…」
「そいつにおまえの魔力が残ってるかもしれないなと思って、魔術師組合の人にサーチの魔法をかけてもらったら見事にビンゴしたん
だ。で、その後転移の魔法をかけてもらってここに来たんだよ。念のためもう一回言っておくけどな、俺はおまえらが着替え中だって
ことは知らなかったんだからな!」
「そんなに力説しなくても…。あっ、彰、もうこっち見ていいわよ」
 そうマリアに言われた彰は後ろを振り向いた。もう彼女もトリーシャも服を着終えている。その二人に向かって、彰は申し訳なさそ
うにこんなことを言った。
「その…悪かったな、見ちまって」
「だからもういいってば、彰さん。言ってみれば不可抗力なんだし。それよりも彰さん、棍を持ってここ来たんだね」
「ああ、何が起きてるかわからなかったから、とりあえず敵と戦えるようにこいつだけは持ってきた。ところでここはどこか、おまえ
らわかってるのか?」
「うーんと、地図で言うと、この辺ね」
 そう言ってマリアが地図を広げ、自分たちがいる場所を指で指し示した。
「そっか、じゃあ、獣とか魔物が出てくる危険性はないな。じゃあ、帰ろうぜ、二人とも」
「うん」
 そして三人は洞窟を出た。もうすでに雨は上がっている。そして歩き出した彰たちだったが、少し進んだ所で彼が足を止めた。
「あれ?彰さん、どうしたの?」
「そんなバカな…嘘だろ、おい!」
 そう言う彰の顔に、脂汗がにじんでくる。それを見たマリアが不安そうに彼にたずねる。
「何よ彰、本当にどうしたって言うのよ?」
「近くに魔物がいる…それもかなり強いヤツが…!」
「えっ…?」
「来るぞ!!」
 その彰の言葉の直後、彼らの目の前の地面が盛り上がり、そこから何かが出現した。それは一見すると人間のように見えるが、全体
的に肥大し、さらにところどころ腐敗している肉体から、明らかに人間ではないことがわかる。
「こ、こいつは!?」
 目の前の魔物を目にした彰が叫んだ。その彼にマリアがこう言う。
「彰、あんな化け物、バーンってやっつけちゃって!」
 しかし彰は−。
「ダメだ、あいつ、ただのザコじゃねえ!逃げるぞ!!」
 そう言って彰はマリアとトリーシャを両脇に抱えて、それまで歩いて来た道を引き帰したのである。そして、ついさっきまで二人の
女の子がいた洞窟まで戻った。
「ふう、ここまで来れば大丈夫だな…」
「大丈夫なのはいいんだけど、彰、いつまでマリアたちを抱きかかえてるつもり?」
 そう言われて彰ははっとした。そして申し訳なさそうにマリアとトリーシャを地面に下ろした。
「悪いな二人とも、焦ってたもんだから、つい…」
「ボクは別にいいんだけど…それにしても彰さん、ボクたちを抱えてあんな速さで走れるなんてすごいんだね」
「ははっ、火事場のクソ力ってヤツかな…」
「そんな力が出せるんだったら逃げたりなんかしないであいつをやっつけちゃえばよかったのに。逃げるなんてカッコ悪いわよ」
「違うよマリア、彰さんはすごく強いんだよ?その彰さんでもかなわないようなムチャクチャな強さの魔物だったってことだよ」
「そうなの?じゃあちょっと調べてみるわ」
 そう言ってマリアは例のポシェットを開け、中をまさぐり、一冊の大きな本を取り出した。
「あっ?なんでそんなもんからそんなでかいもんが!?」
「そのポシェットって、いくらでも物が入るマジックアイテムなんだって」
「へえ、そうなのか。で、その本は何だ?」
「魔物の事典よ。えーっと、確かこの辺りで見た覚えがあるんだけど…」
 そう言いながらマリアが事典をぺらぺらとめくっていたが、とあるページで指を止めた彼女が顔を青くした。
「嘘でしょ…これって…!」
「どうしたの、マリア?」
「これ見てこれ!さっきのヤツにそっくりな特徴の魔物が載ってたんだけど…!」
 こう言われた彰とトリーシャが事典を覗き込む。するとその二人の顔もマリアと同じように青くなった。
「ファットゾンビ、一人の人間の死体に数人分の霊魂が入り込んだゾンビで、魂の数に比例して肉体も肥大化する。思考能力は皆無で
痛みも感じない。かつての自分たちと同じ姿をした物を見つけると、その巨体からは想像できないほどのスピードで迫ってきて獲物を
殴り殺す。殺された人間の魂もファットゾンビに吸収されて、その体はさらに大きくなる。聴覚、嗅覚はないに等しいので視界に入ら
ない場所に隠れれば簡単にやり過ごすことができるが、隠れる場所のない所で遭遇した場合逃げることは困難。危険レベル…S!?」
「危険レベルはSS、S、A、B、Cの五段階…その中でSって言ったらかなりの危険度じゃねえか!」
「どうして…どうしてこんな所にそんな強いモンスターがいるのよ!?」
 三人とも予想だにしなかった遭遇に困惑している。その中で、おどおどしながらマリアが彰にたずねた。
「ねえ彰、あんたってものすごく強いんでしょ?だったら、ちょっとはダメージ受けたとしても、倒せるよね、あいつ?」
 しかしすぐに答えは返ってこなかった。
「…彰?」
「悪い、はっきり言って勝てる自信がない。少なくとも、この体のままじゃ…」
「ふぇ?この体…?」
「あっ、いや、何でもない…」
 そう彰はごまかした。マリアは彰の言葉の意味がわからずきょとんとしていたが、トリーシャは違った。
「彰さん、ちょっと」
 そう言って彼女は彰の手を引っ張って洞窟の奥に行こうとした。
「ト、トリーシャ、いったいどこ行くのよ!?」
「すぐに戻るよ!だから、マリアはそこで待ってて!」
 そのままマリアを置いて、彼女の姿が見えなくなるまでトリーシャと彰は奥に進んだ。
「よし、ここでいいかな」
「おいトリーシャ、いったい何のつもりだ?なんでわざわざ俺をここに?…まさか?」
「そう、影狩人の話をするためだよ。マリアに知られたらまずいでしょ?」
 そうなのである。実は、影狩人はその正体を他人に知られてはならないのだ。正体を知った物は殺すという『闇の掟』という物があ
る。トリーシャだけは例外的に正体を知っても殺されずに済んでいるのだが。彼女が続けて言う。
「さっき彰さん言ったよね?『この体のままじゃ倒せない』って。それはつまり、影狩人に変身すれば倒せるってことだよね?」
「まあ、変身しないで戦うよりは勝てる可能性があるだろ。でもマリアがいる限り、変身はできない。変身するところを見られなくて
も、俺がいなくなったとたんに影狩人が現れれば、その正体が俺だってことは一発でわかっちまう」
「だったら、その間マリアに眠っててもらえばいいんだね?」
「そりゃそうだが…そんなこと、どうやってやりゃいいんだよ?」
「実はボクに考えがあるんだ。彰さん、ちょっと聞いて」
 そしてトリーシャは彰に彼女の考えたマリアを眠らせる作戦を話した。それを聞いた彰は複雑な顔をする。
「うーん、確かに手としてはいいかもしれないけど…」
「でしょ?」
「でも問題はおまえの思惑通りにことが進むかだよな。はっきり言っておまえの戦闘能力なんてタカが知れてるし…」
「大丈夫大丈夫。これに関してはちょっとした自信があるんだから」
「…わかった、そこまで言うならおまえを信じる。それにしても、あいつが俺のことをそんな風に見てたなんてな…」
「意外だった?」
「まあな。それじゃ、作戦決行だ」
 その言葉にトリーシャがうなずく。さて、彼女の考えた作戦を実行に移すためにまず二人がしたことは−トリーシャをその場に置き
去りにして、彰だけがマリアのいる所に戻ることであった。一人きりにされて不安になっていたマリアは戻ってきた彰を見てほっとし
たが、それと同時にトリーシャがいないことに気がついた。
「あれ?彰、トリーシャはどうしたのよ?」
「ん、ちょっと一人にしといてくれって言われたもんだから先に帰ってきた。すぐに来るってよ」
「一人に!?もう、さっきと言い今と言い、こんな洞窟で女の子を一人きりにするなんていったい何考えてるのよあんたは!!」
 マリアが怒った口調で言う。つい先ほどまで一人ぼっちにされていた不安感もあってのことだろう。その彼女の様子に少したじろい
だ彰だったが、続けてこう言った。
「しょ、しょうがないだろ、どうしても一人になりたいって言うんだから。ちゃんと危険がないことを確認してから残してきたから大
丈夫だよ」
「それならいいんだけど…。でもそこまでして一人になりたいなんて、トリーシャってばいったい何考えて…あっ、そうか。それじゃ
あ彰にいなくなってほしいわけよね」
 マリアは彼女の中で勝手な結論を出したようである。
「何だ、何がそうかなんだ?」
「男のあんたにはわかんなくていいことよ。だけど、やっぱりちょっと心配だな…」
 そう言いながらトリーシャがいるであろう方を見るマリア。その彼女の背後から彰が話しかける。
「なあ、マリア…」
「えっ?」
 名前を呼ばれたマリアが振り返ると、すぐ目の前に彰がいた。
「わ、わああっ!?」
 あまりにも近かったので思わず飛び退こうとするマリアだったが、彰が彼女の両肩をつかんでそれを阻んだ。
「ちょっと何すんのよ!?放してよ彰!」
「落ち着いてくれマリア!落ち着いて、俺の話を聞いてくれ!」
 その彰の言葉でマリアは逃げようとするのをやめた。しかし、まだいささか腰が引けている。
「話って…何よ?」
「二人きりになったから言うけどさ…実は、今日俺がここに来たのはトリーシャのことが心配になったからじゃないんだ」
「えっ?」
「本当に心配だったのはさ、あいつじゃなくておまえなんだよ、マリア」
「な、何よそれ!?どうして付き合ってる女の子よりもマリアの方が心配になるわけ!?」
「俺は別にトリーシャと付き合ってるわけじゃない。あいつが勝手に俺のことを引きずり回してるだけだよ。俺が好きなのは…」
 そう言って彰はマリアの体を引き寄せ、軽く抱きしめた。
(えっ?えっ?え〜っ!?)
 突然の出来事に焦るマリア。だがしかし、なぜか無理に振りほどく気にはならなかった。先ほどのトリーシャとの話にもあったよう
に、この娘は彰のことを悪くは思っていないのだ。マリアの体がこわばり、心臓の鼓動が少しずつ早くなっていくのが、マリア自身に
も、そして彼女の体に触れている彰にもわかった。
(う、嘘でしょ〜!?でも、でももし本当にこいつがマリアのことを好きなら…)
 心でつぶやくマリア。その時、彼女の死角から気づかれないように忍び寄る影があった。トリーシャだ。彼女と彰の目が合うと、彰
はマリアを抱きしめる力を少しだけ強くした。そしてさらに近づいたトリーシャは、その右手を高く振り上げた。
(ごめんマリア!トリーシャチョーップ!!)
 心の中の掛け声と共に右手を振り下ろし、それをマリアの首筋に叩き込むトリーシャ。
「えっ…!?」
 突然の背後からの衝撃に、わけがわからないままにマリアの意識が遠のいていく。そしてそのまま彼女は気を失った。
「ナ…ナイスチョップ、トリーシャ…」
 彰は気絶したマリアを抱えたままトリーシャに言った。はっきり言って驚いている。
「えへへ、どう?ボクの考えた作戦、うまく行ったでしょ?」
「うまく行き過ぎだ。こいつ、完全に伸びてるぞ。おまえにこんな特技があったなんてな…」
「いつもは他人を眠らせるためじゃなくて、トリップしたシェリルを元に戻すのに使ってるんだけどね」
「シェリル?…ああ、シェリルね…」
 まるで、「そういえばそんなヤツもいたなあ」といった彰の口調である。彼は続けて言う。
「それにしても、変身のためとは言えこんな風にマリアをだますなんて罪悪感を感じるなあ…」
「やっぱり?」
「ああ。言わばこいつの純粋な気持ちを利用して、踏みにじっちまったわけだしな…」
「そうだよね…。で、実際のところ、彰さんはマリアのことどう思ってるのさ?」
「えっ?まあ、嫌いじゃないけどよ…。そんなことよりさっさとここを出るぞ」
 そう言うと彰は自分の腕の中で気を失っているマリアを地面に寝かせ、背中に背負っていた棍をトリーシャに差し出した。
「悪いけど、マリアを背負うのに邪魔だからこいつ持っててくれよ」
「いいけど…変身しないの?」
「影狩人の姿でいると、体力や精神力を異常に消耗するんだよ。あのファットゾンビに会わないで森を出られれば…あるいは、もし出
会っちまった時もこの体のままでヤツを倒せればそれに越したことはない」
 そう言いながらマリアを自分の背中に乗せる彰。そして彼らは洞窟を出て街へ向かった。すでに辺りは暗い。洞窟を出た時から彼ら
は「また魔物に出会ってしまう」という悪い予感を感じていたが、案の定、彰たちの目の前に異形の者が現れた。ファットゾンビだ。
「よりによってこんな隠れる場所がない所で…まだ距離はあるけど、間違いなく見つかるし、もし見つかったら…」
 彰がつぶやく。そしてついにファットゾンビが彼らのことを見つけてしまった。
「グ?グオオオオオッ!!」
 マリアの持っていた事典にあったように、魔物が猛スピードで彰たちの元へ突っ込んできた。
「来やがった!トリーシャ、棍を貸せ!!」
「わかった!」
 自分の武器を受け取った彰は、代わりに背中のマリアをトリーシャに預けた。
「とりあえずそこから向こうに逃げろ!俺が食い止めて、おまえたちには絶対に手を出させないから!!」
「うん!!」
 マリアを肩に担いでトリーシャが逃げていく。彰はその場で棍を構えファットゾンビの強襲に備えた。そして距離がなくなる。もう
魔物の腕が彰に届く位置である。
「グッガアアアア!」
 咆哮と共にその巨木のような腕から一撃を放つファットゾンビ。棍を使ってその攻撃をガードした彰だったが−。
「ぐっ…!!」
 何と、ガードごとはじかれ、彰は宙に吹き飛ばされてしまったのである。
「くそっ…影転身!!」
 空中でそう叫ぶ彰。その言葉こそが影狩人になるための呪文である。彼の体が黒い光に包まれ、その光がおさまった時、彰は影狩人
になっていた。空中で体勢を立て直して地面に着地する彰。その時ファットゾンビは、トリーシャとマリアのいる方へ向かっていた。
足音に気づきトリーシャが後ろを振り返ると、もうすぐ近くに魔物が迫ってきていた。
(嘘っ!?彰さん、そんな簡単にやられちゃったの!?)
 そしてさらにファットゾンビがトリーシャたちにが近づく。
(追いつかれる…!!)
 トリーシャがそう心で叫んだ時、彼女と魔物の間に割って入った影があった。変身した彰である。
「彰さん!」
「どおおおりゃああああああっ!!」
 気合いと共に手にした棍でファットゾンビを殴打する彰。今度は魔物が宙に舞い、先ほど彰が一撃を受けた場所まで吹き飛んだ。
「まさに間一髪…だったな」
「あ、ありがとう彰さん…。今のであのゾンビ、倒したの?」
「いや、あのぐらいじゃくたばりゃしねえだろう。だがそれも時間の問題だ。いいか、絶対にそこ動くなよ」
 その彰の口調はそれまでの彼の物とは明らかに違って、何とも言えないプレッシャーをかもし出していた。これが影狩人だ。その威
圧感に何も言えずにうなずくだけのトリーシャをそこに置いて吹き飛んだファットゾンビに向かってゆっくりと歩き出す彰。倒れたま
まの魔物にある程度まで近づいた時、彰は足を止めこんなことを言った。
「俺は命ある物なら例えそれが魔物でも殺さねえ主義だが、てめえは違う。言ってみりゃてめえは仮そめの命を与えられただけのただ
のデク人形だ。だから容赦はしねえ。全力で叩きつぶさせてもらうぜ」
 そして一瞬だけ構えを見せると、そこから怒とうの攻撃に転じた。ファットゾンビの腕を棍で殴りつけ、元より腐りかけていたその
腕がぼとりと地面に落ちる。腹を突けば、そこに向こうの景色が見えるほどの大きな風穴が開いた。その後も彰の攻撃は終わらない。
一方的である。とても、危険レベルSの魔物を相手にしているとは思えない圧倒的な強さだった。もしかすると影狩人になった彰は、
危険レベルSSの魔物と同等なのかもしれない。
「グ…グゴゴゴゴゴォ…」
 肉体がボロボロになりかけている魔物がうなり声を上げる。
「痛えか?痛えはずねえよな。なんせてめえはもう死んでるんだからよ。それじゃ、そろそろとどめだ」
 彰の指先に黒い光が生まれた。小さな光である。
「…終わってろ」
 そうつぶやくように言うと、彰は自分の指先にあるその光をファットゾンビに向かって放った。魔物に向かってゆっくり飛んでいっ
た黒色光は、その体に触れると急激なスピードで大きくなりゾンビの体全体を覆った。そして黒さが濃くなっていく。
「シャドウ・イレーザー…全てを飲み込む暗黒のブラックホール…」
 黒い球体となったその光の色が次第に薄くなり、そして消滅した。その時、中にいたファットゾンビも一緒に消滅していた。
「これで終わりか…たわいもねえ…」
 その言葉の後、彰は変身を解いて元の姿になった。そして彼はトリーシャと気絶したままのマリアの所へ戻った。
「勝ったん…だよね?」
 そうたずねるトリーシャの顔には、ある種の恐怖が見えた。
「見ての通りだ。一度影狩人になっちまえばあんなもんだ」
「そうだね。けど、変身した今日の彰さん、今まで見た中で一番怖かった…。相手が命を持たない魔物だからって、手加減なしで戦っ
てたように見えたよ…。もしかして彰さん、あのモンスターをいたぶるのを楽しんでた…?」
「俺自身そのつもりはなかった。でも、おまえにはそう見えたのか?」
「うん…。ボク、さっきの彰さんの戦いを見てものすごく不安になっちゃったんだ。これから先、今みたいな戦い方を、命を持ってる
モンスターにも…さらには魔物じゃない普通の人間相手にもするようになっちゃうんじゃないかって…」
 こう言われた彰はすぐに言葉を返すことはできなかった。昨日の晩にシャドウに言われた、「『闇の力』に飲み込まれる」という言
葉を覚えていたからだ。さらに、今回ファットゾンビなどという危険な魔物が現れたのも自分のせいではないかという思いもあった。
だが、そんなことを目の前に言うトリーシャに言うわけにはいかない彼は、無理に明るく言った。
「大丈夫だ。今回はたまたまだ。もう二度とこんな戦い方はしない。俺はずっと、殺さずの男だよ」
「そっか…。そうだよね、彰さんは強いもんね。体だけじゃなく、心も」
 トリーシャは彰の言葉が彼の本心でないことを感じ取った。しかし彼女はこれ以上このことについて彰に何か言うのはやめ、こんな
言葉を返したのである。それはトリーシャが彰のことを信じているからだった。
「ところで…」
 話題を変えるように彰が言った。彼は座り込み、いまだにトリーシャの側で気を失っているマリアの顔を見る。
「結構近い所であんな大きな音がしてたってのにまだ目を覚まさないなんてどういうことだよ?」
「あはは、ちょっと強く入り過ぎちゃったみたいだね、ボクのチョップ」
「ちょっとどころじゃねえっての。まったく本当によく眠ってやがる…」
 そう言うと彰はマリアの鼻の頭を指で軽くつついた。
「ん…う〜ん…?」
 どうやら、彰のおかげでマリアの目が覚めたようである。彼女は地面に倒れている自分の目の前に彰とトリーシャがいるこの状況を
しばらく理解できなかった。
「ほえ?これって何…?」
「俺たちの前にモンスターが出てな、それを見たおまえはびっくりして気絶しちまったんだよ」
 彰が嘘の状況説明をした。
「気絶…?じゃあ、あんたがマリアたちを連れて洞窟に逃げたのは…?」
「彰さんはそんなことしてないよ。洞窟になんて逃げないで、すぐその場で魔物を倒したんだからさ。もしかしたら、夢でも見てたん
じゃないの?」
 トリーシャも彰の嘘に口裏を合わせるように言った。
「夢…?それじゃ彰がマリアに愛の告白をしたのも…」
「あん?俺がおまえに愛の告白だあ?それこそ夢…いや、妄想だな。俺がおまえなんかにそんなことするかよ」
「なんかとは何よなんかとはー!」
 彰の言葉に怒ったマリアが勢いよく立ち上がって彼に詰め寄ろうとしたのだが、一歩進んだ所でマリアは尻もちをついた。
「あ…あれ…?何か知らないけど腰が抜けちゃってる…」
「だ、大丈夫マリア?」
 その原因が自分のチョップであるとわかったトリーシャが申し訳なさそうに言う。
「ダメみたい…。ねえ彰…」
 マリアが上目使いで彰のことを見る。その視線が何を意味しているのか理解した彰は、無言で彼女に背を向けて座り込んだ。
「さっすがわかってるのね、彰。よいしょっと…」
 マリアが彰の背中におぶさる。それを見たトリーシャはいくらかの嫉妬心を感じながら、彰の棍を拾った。
「それじゃ行くか。もう真っ暗だしな」
「そうだね。お父さんたちも心配してるよ、きっと」
「彰、マリアのこと落っことさないでよね!」
「わかってるよ。それにしても、女の子を背負ってるのに俺の背中に何も感じないのはどういうことだ?」
「ぶ〜、大きなお世話よ〜!そんなこと言うあんたなんかこうしてやる!」
「痛てててて!髪の毛引っ張るな!おいトリーシャ、助けてくれ!」
「今のは彰さんが悪いよ。だからボクは助けないよーだ」
「そんな〜!」
 こうしてにぎやかに街へ向かう三人。しかし、表面のにぎやかさとは裏腹に、彰の心の中には増大していく『闇の力』に対しての不
安があった。どうにかしなければ自分が消えるかもしれない。何か対策を考えなければと思っていた。しかし彼は知らなかった。対策
を考えるまでもなく、近い将来、最良の方法が向こうから彰の元へ飛び込んでくるということを。

<了>

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