影狩人・5(前編)

 その日は12月28日、つまり一年の一番最後の日であった。今日、ここグラシオコロシアムで、エンフィールド最強の戦士を決め
るエンフィールド大武闘会が開催される。今はその参加受付が行われているところだった。
「だけど、よく彰さんが今年もこの大会に出る気になったね」
 受付の列に並びながら背中に2メートルほどの棍を背負ったたくましい青年にそう話しかけたのは、頭に黄色いリボンをつけた女の
子。その娘、トリーシャ・フォスターは続けて青年−ジョートショップの彰に言った。
「去年あんなことがあったからさ、もう今年は出ないかと思ったよ」
「あんなこと、か…」
 そうつぶやいた彰の顔がみるみる険しくなっていく。彼の脳裏に一年前のこの大会で起きた出来事が浮かんできた。
「確かに俺はトラブル続きのあの大会で優勝した。だけど、その優勝した俺に、観客はあらん限りの罵声を浴びせやがった…」
 彰が歯をギリリと食いしばり、そして続けて言う。
「力と力がぶつかり合う戦いの場で相手を倒してどこが悪い!?しかもそいつは『孤児院の経営難を救うため』とか言って八百長を持
ちかけてきたヤツだぞ!?いくら子供だからって甘やかしちゃいけないんだ!だから俺は正々堂々とそいつと戦ってやった。それなの
に、それなのに…ああっ、今思い出してもむかっ腹が立ってくるー!!」
「落ち着けーっ!」
 その声と共にトリーシャは彰の後頭部に手刀を叩き込んだ。彼女の奥義、トリーシャチョップである。その一撃で彰は我に返ったの
だが、その時彼に注がれていた多くの好奇の視線に彰は少し恥ずかしくなり、素直にトリーシャに謝ることにした。
「わ、悪い悪い。あまりにも嫌な思い出だったもんだから、つい…」
「まったくもう…。でもさあ、そんなに嫌なら、どうしてまた今年も出ようと思ったのさ?」
 こう聞かれた彰は、もう周囲の人間が彼らに注目していないことを確かめてから、トリーシャだけにしか聞こえないような小さな声
で、彼女の耳元でこう言った。
「ここだけの話なんだけどな、実は俺の中のシャドウが、この大会に『闇の者』が出るって言ってるんだ」
「『闇の者』…?それって彰さんみたいに特別な『闇の力』を持ってる人のことでしょう?」
 トリーシャも彰と同じぐらいの小さな声で聞き返す。
「そうだ。どうしてシャドウがそのこと知ったのか俺にはわからないし、もしかしたらでたらめを言ってるだけかもしれねえ。でも、
もし本当に『闇の者』がいて、そいつが何か悪さをするつもりだって言うなら、それを止められるのは同じ『闇の力』を持つ俺しかい
ねえ…。だから俺は去年のことはなしにして、今年もこの大武闘会に出ることにしたんだ」
「そうか、そういうことだったんだ…」
 トリーシャは納得したようだが、その彼女に彰は続けて言う。
「わかってると思うけどな、このことは誰にも言うんじゃねえぞ。もちろん、『闇の力』のこともだ」
「うん、大丈夫。ボクだってそこまでバカじゃないよ。もう、死にかけるのはごめんだし…」
 実はトリーシャはこれまでに『闇の者』絡みで数回死にかけた…いや、正確に言えば殺されかけたことがあった。
「それならいいんだけどよ…」
 そう言って彰は視線を遠くにやり、そしてつぶやいた。
「それはそうとよ、今年から女性もこの大会に参加できるようになったそうだけど、この列を見るだけでも結構いるなあ…」
「そうだね。ねえ彰さん、もしも女の人と戦うことになっちゃたらどうする?」
「どうするって…変わらねえよ、男と戦う時とな。こういう場に出てきてるってことは、それなりの覚悟ができてるってことだろうし
な。男と同じように、倒せるだけの必要最低限の力で戦って、試合に勝つ」
「そっか…彰さんらしいよね…」
 そうぽつりとトリーシャは言った。

 それからいくらかの時間が過ぎ、彰は無事に大会へのエントリーを済ませた。さらにその後、受付が締め切られ組み合わせが発表さ
れた。もちろん発表されるとすぐに彰とトリーシャは組み合わせの表を確認しに行ったのだが、彼の名前を発見する前に、二人はある
人物に会った。
「あっ、お父さん…」
 それはトリーシャの父リカルドだった。
「むっ、トリーシャか。それに…彰君…。そうか、君もこの大会にエントリーしたのか」
「まあな。ってことはおっさん、やっぱあんたも出るのか。今年は去年みたいなことにならなきゃいいな」
「そうだな。私もぜひ君と戦ってみたい。だが、組み合わせでは、私と彰君がぶつかるのは決勝戦になってしまうな…」
「ふーん、そうなのかい。そいつはある意味ラッキーだな。んじゃ、そこでやり合うか」
「てめえ、生意気なこと言ってんじゃねえ!」
 いきなり彰の背後から大きな声がした。彼が振り返ると、そこにいたのはリカルドの部下アルベルトだった。
「何だ、おまえもいたのか。今年も会場の警備か?」
「いや、今年は選手として出場する。それよりも彰!決勝で隊長とやり合うだと?十年早いんだよ!今年はオレと隊長がワンツーフィ
ニッシュを決める!彰、貴様はオレが準決勝で叩きつぶす。もっとも、貴様がそこまで勝ち進めばの話だがな」
「けっ、そのセリフそっくりおまえに返してやるよ」
 火花を散らす彰とアルベルトだったが、その二人に向かってトリーシャが言った。
「もう、みんないきなり決勝戦とか言わないでよ!まずは一回戦を勝たなきゃならないでしょ?」
「ま、そりゃそうか。えーと、俺の最初の相手は、と…」
 彰が組み合わせ表で自分の名前を探す。そして彼はそれを見つけたのだが、その隣に意外な人物の名を目にしたのである。
「なあ…俺の相手のマリア・ショートって、あのマリアか…?」
「エンフィールドにあの娘と同姓同名の人がいるって話なんて聞いたことないし、もしかしたら他の街から来た人かもしれないけど…
やっぱ普通に考えるとあのマリアだよねえ…」
「だよなあ…。しかしなんだってこの大会に…」
 困惑する二人だったが、こう組み合わせが決まってしまったのだから仕方がないと彰は腹をくくった。そして大会が始まり、彰の出
番となった。セコンドという形で同行するトリーシャと一緒に彼は闘技場に出た。まがりなりにも前大会の優勝者である彰が登場した
ことで、客席からはどよめきと歓声が上がった。その彰より遅れること約30秒、コロシアムのもう一つのゲートから一人の女の子が
登場した。それは彰やトリーシャが考えていた「あの」マリアであった。彼女は観客に愛想を振りまきながら歩いてきて、彰たちの前
に立った。
「やっぱおまえだったのか…」
 彰がつぶやいた。
「やっほー彰、それにトリーシャも。いい試合しようね★」
「いい試合はいいんだけどさ、マリア、どうしてこの大武闘会に出るつもりになったの?」
 こうトリーシャに聞かれたマリアが、何やら不気味な笑いを浮かべる。
「ふっふっふ…それはもちろん、このマリアがどれだけすごい魔法使いかを街中の人に知らしめるためよ。この大会に優勝して、エン
フィールドの歴史にマリアの名前をバーンと残す最初の足がかりにするんだから!」
「バーンとねえ…」
「そうよ。この日のために、魔術師組合に頼んで新しいマジックアイテムを作ってもらったんだから」
 そう言ってマリアが手に持った何かを彰たちに向かって突き出した。それは魔法少女がよく持っている、いかにも、という感じのス
テッキであった。
「このマジカルウェポン、魔女っ娘ロッドで彰なんか粉砕してやるんだから!」
「魔女っ娘ロッド…ローセンスなネーミングだ…」
「魔術師組合の人がそういう名前で作っちゃったんだからしょうがないでしょ!」
「まあ、別にいいけどよ…。それよりマリア、おまえそんなカッコで戦ったらさあ…」
「何よ?」
「パンツ見えるぞ」

−ドギャッ−
 彰が言葉を発した次の瞬間、彼の脳天に一撃が叩き込まれた。やったのはマリアではなく、トリーシャだった。
「痛え!いきなり何するんだよトリーシャ!?」
「それはボクのセリフだよ!いきなり何てこと言うのさ!いつかのおんぶの件と言い、彰さん、デリカシーなさ過ぎだよ!!」
「いや、俺はただ純粋に心配してだなあ…!」
 彰とトリーシャが口論を始めた。それを見ているマリアはおもしろくない。二人に向かってこんなことを言った。
「痴話ゲンカなんかしてるんじゃないわよそこのバカップル!」
「誰と誰がバカップルだよ!」
 全くの同タイミングで彰たちが言った。その時−。
「うおっほん!!」
 この大会の審判兼実況者である男性が大きな咳払いをした。彼は続ける。
「みなさん、これ以上大会の進行を妨げるようなことがあれば、両者失格にしますよ!」
 こう言われては全員黙るしかなかった。
「やめようぜマリア。それにトリーシャも。こんなことで失格になっちまったらおもしろくねえ」
「そうよね、そうなっちゃったらマリアの名前を歴史に残せなくなっちゃうもんね」
 このマリアの言葉に、「別の意味で歴史に残るんじゃないの?」とトリーシャは思った。
「よろしいですか?それでは…試合開始!」
 審判の声を合図に、マリアはステッキを構えた。彰の方も構えを取る。しかし棍は抜かず、体術の構えであった。
「何よ彰、背中の棒は飾りなの?」
「まずはおまえの強さがどれほどのものか見てやる。武器を使わなきゃ勝てねえなって思ったら、すぐにでもこいつを抜くよ」
「そのセリフ、なーんかやな感じ…。あんまりマリアのことを甘く見ない方がいいわよ!」
 そう言うとマリアは何やら呪文を唱え始めた。手に持ったステッキの先に魔法力が溜まっていく。
「お?」
「とりゃーっ!」
 マリアの掛け声と共にステッキから光が放たれた。そして彰に向かって進む。しかし彼はその魔法力の塊を必要最小限の動きでかわ
した。光は闘技場の壁に当たり、壁に小さなひびが入った。
「ひゅう、当たったら結構やばいかもな…はっ!?」
 彰が壁の傷を見ているところに、次の光弾が迫ってきた。先ほどよりも大きな動きで彰はそれをよけた。
「さすがにやるじゃない。でもこれならどう?」
 マリアが連続で光弾を放つ。彰はそれをかわしてはいたが、彼はこのことに驚いている。
(どうしてマリアの魔法がこんなにうまく行くんだ?これぐらいなら当たりはしないとは言え、ちゃんと発動はするわ目標に突き進む
わなんて…もしかして、あのステッキのおかげか?)
 彰はそう考えたが、結局のところ理由などどうでもいい。一撃でもヒットすればそれなりのダメージを受けてしまうことは必至なの
で、とにかく彼はマリアの攻撃をよけていた。
「も〜う、どうして当たんないのよ〜!よーし、こうなったら…」
 そう言ってマリアは魔法力を撃つのをやめた。そして彼女は先ほどとは別の呪文を唱え、手に持ったステッキを天にかかげた。する
と、そのステッキがグニャグニャと何か別の物に変化し始めた。
「な、何だ?」
 驚く彰。その間にもステッキは変形を続け、最終的には巨大なハンマーになった。
「ハンマー!?何だそりゃー!?」
「ふふん、驚いた?これがこのマジックウェポンの秘密よ。タイプαの魔女っ娘ロッドから、タイプβの撲殺ハンマーにチェンジさせ
たの」
「撲殺ハンマー…それもデフォルトの名前か?」
「そうよ、悪い?」
「悪かねえけどよ…。でも、そんな物に変形させてどうするんだ?おまえ魔法使いだろう?そんな武器で肉弾戦を挑んでも…」
「そう思うのが素人の浅はかさ。それじゃ、行くわよ!」
 その言葉の後にマリアが彰に突進してきて、大きくハンマーを振りかぶり、そのまま彰を殴打しようとした。彼は余裕でその一撃を
よける。マリアのハンマーは地面を叩き、そこには大きな穴が開いた。
「待て待て待てー!なんでそんなに破壊力があるんだー!?」
 彰が思う間もなくマリアは軌道を修正し、次の攻撃を放つ。
「でーりゃー!!」
「おっと!」
 再度マリアの攻撃をよける彰。またも地面を打った彼女のハンマーは、先ほどと同じく穴を開けた。
(もしかしたら、魔法力を物理攻撃力に変換してるのか?どちらにしろ、あんなのが当たったらシャレになんねーぞおい!)
 そしてマリアの攻撃は続く。しかし当たらない。つまり、先ほどの魔法攻撃の時と同じ状態になった。
「はあ、はあ、はあ…」
 さすがにマリアが息切れしてきた。いくらウェポンのおかげで破壊力が上がったとは言え、彼女はもともと肉弾戦が得意ではない。
マリアは攻撃をやめ、しばし考えた。
「おいマリア、いくらやっても無駄だぜ。当たらなきゃ意味がないんだからよ」
「うるさいわねえ。だから当てる方法を考えてるんじゃないの!」
 そしてさらに考えるマリアだったが、突然何かを思いついたように微笑み、先ほどと同じようにハンマーを構えた。
「まーだやるんか?もうあきらめろよ」
 しかしその彰の言葉に耳を貸さず、マリアは彼に突っ込んで、ハンマーを振り下ろした。それを余裕でかわす彰だったが、次の瞬間
にマリアが意外な行動を取った。
「今だ!チェンジ、マジカルウェポン、タイプγ!」
 その掛け声と共に、マリアのハンマーがまた別の物に変形をした。それも一瞬でである。それはどんな形になったかと言うと−鞭で
あった。その鞭が、攻撃をかわしたと思っていた彰の体に巻きついた。
「げっ、何だよこれは!?」
「ふふん、これがこの武器の三つ目の形態よ。さあ、この至近距離で動きを封じられたら逃げられないわよ〜」
 片手で鞭を持ったマリアが、空いている方の手に魔法力をためる。それを縛られている彰にぶつけようというのである。
「どう彰、ここで降参すればこの攻撃をするのだけはやめにしてあげるわよ?」
「はっ、冗談言うな。やれるもんならやってみな」
「むっかあ、頭に来た!いいわ、くらいなさい!」
 マリアが魔法の光弾を放った。それは彰にヒットするかと思われた。しかし−。
「ふん!!」
 気合いと共に彰が体中の筋肉に力を入れた。すると彼の体に巻きついていた鞭が一瞬で引きちぎれた。それに続いて彰は体を動かし
て、マリアの攻撃をかわした。
「…と、こういうことだ。その気になりゃあいつでもおまえの縛めを解くことなんざできたんだ。それよりも、自慢の武器がこんなに
なっちまったぜ?どうするんだ?」
「ふふ、それで勝ったつもり?」
「へっ?」
 マリアの意外な言葉に彰は思わずそう言ったが、次の瞬間彼はマリアの余裕の理由がわかった。なんと、彼の周囲に散らばっていた
切れた鞭がうねうねと動き出し、また一つに戻っていったのである。
「マ、マジかよおい…」
「驚いた?これがこのタイプγ、服従ウィップの秘密よ」
 相変わらずのローセンスな名前に彰はやれやれと思ったが、名前が変でもこいつはやっかいだぞとも思った。
(さてさてどうするか…。でもまあ、さっき捕まったのは意表を突かれたからであって、気をつけりゃ大丈夫だよな…)
 そう思ってマリアを攻撃すべく近づこうとした彰だったが−。
「えいっ!」
 マリアが鞭を振るった。するとそれが彰の足元に打たれた。
「おわっ!?何だ今のは!?軌道が見えなかったぞ!?」
 その後何度か彰がマリアに近づこうとしたが、結果は同じだった。彼はマリアの半径2メートル以内に近づくことができなくなって
しまったのである。
(おいおいおいおい、どうしてこいつこんなに鞭さばきがうまいんだ?まさかどこか大人の店で「女王様とお呼びー!」とかやってる
…って、んなわけあるかよ!冗談言ってる場合じゃねえ、何とかしねえと…)
 そして彰はしばらく考え、自分の背中にある棍に手をかけた。
「あら、ようやく武器を使う気になったの?」
「まあな。だが、一つだけ言っておくぜ」
 そう言って彰が棍を抜き、そして続ける。
「おまえの武器が魔術師組合の特注品なら、俺の棍もマーシャル武器店の特注品だ。こいつを使うことになった以上、おまえを無傷で
家に帰せる保証はできねえ…」
 その口調にマリアは思わずごくりとつばを飲み込んだ。しかし、ここまでやっておいて引き下がるわけにもいかない。
「ふ、ふんだ、そんなのはったりに決まってるわよ!いいわ、来るなら来てみなさいよ!」
 表面上は強気なマリア。彰は一度その彼女との間合いを取った。そして二人ともしばらく動かない。
「うおおおおお!」
 突如、彰が雄叫びを上げ、彰がマリアに向かって突進した。
「そ、それくらいじゃびびらないわよ!」
 そう言ってマリアが鞭を振るった。しかし彰はそれをよけずに防いだ。自分の目の前に棍を出し、それにマリアの鞭を巻きつけさせ
たのだ。
「いっ!?」
 そして次の瞬間、彰は手に持った棍を地面に落とし、さらにマリアに迫る。
「しまっ…!」
 マリアがそう思った時にはもう遅く、眼前には彰がいた。そして彼はマリアの腹部を狙って掌底突きを放った。
「あっ…が…」
 そんな声と共にマリアが前方に倒れてきた。彰がそれを受け止める。彼の腕の中で、マリアは完全に気を失っていた。
「どうやら気絶してしまったようですね…彰選手の勝ちです!」
 審判が彼の勝利を告げた。闘技場に歓声が響く。
「やったね彰さん。でも、ちょっとやり過ぎじゃないの?」
 セコンドとして何の役にも立たなかったトリーシャが彰に駆け寄り、言った。
「うーん、一応、寸止めしたんだけどなあ…風圧だけでこうなっちまったみたいだ。ま、こいつは俺が医務室連れてくよ」
 そう言うと彰はマリアを腕の中に抱いてコロシアムの医務室に向かった。そこでクラウド医院のドクタートーヤがマリアを見ている
間、彼とトリーシャはずっとそこにいた。
「もう大丈夫だ。少しぐらいなら話もできるぞ。じゃあ俺は、他の患者を見に行くからな」
 そしてトーヤはその場から離れた。彰たちがマリアのベッドに歩み寄る。もう彼女はベッドの中で起き上がっていた。
「大丈夫、マリア?」
 最初にトリーシャが声をかけた。
「うん、もう平気。だけど…」
 マリアが彰を見る。その視線に気づいた彰はひとまず彼女に謝ることにした。
「悪かったな、ぶっ倒しちまってよ。でも、こういう場に出てきたんだからそれなりの覚悟はできてたんだろ?」
「そりゃ、そうだけど…あそこまで追いつめておきながら負けちゃったんだもん、ショック大きいわよ。あーあ、マリアの名前、エン
フィールドの歴史に残せなくなっちゃった…」
 落ち込んだ顔を見せるマリア。その彼女に彰が言う。
「なあマリア、歴史に名を残す方法は、この大会で優勝することだけじゃないだろ?他にもあるよな?」
「そりゃそうだけど…」
「だったらそれでやれよ。俺はおまえに、もっと女らしくなれとか、もっとおしとやかにしろとは言わない。ただ、ケガだけはしてほ
しくないんだよ。もちろんそれは、俺の隣にいるヤツにも言えるんだけどな」
 そう言って彰がチラリとトリーシャに目をやる。そんな彰にマリアがこんなことを言った。
「…わかった。でも彰、マリアに勝ったんだから、次の試合で負けたりなんかしたら承知しないからね!」
「ああ、わかってる。簡単に負けはしねえよ」
 そして二人に向かって親指を突き立てる彰だった。

 それからも大会は続いた。彰はニ、三、四回戦を勝ち進み、準決勝にまで進出した。そして今、彼を含む四人の準決勝進出者の紹介
が、審判による実況で行われていた。
「ではご紹介しましょう。この方たちが今年エンフィールドで最強の四名です。まずは自警団第一部隊所属のアルベルトさん!」
 その声に長槍を天に掲げ、観客にアピールするアルベルト。彼もまた、ここまで勝ち進んだのだ。
「これまでアルベルトさんは毎年この大会の警備にあたられていましたので、実は今回が初出場です。それでここまで勝ち進んできま
したので、やはり実力は折り紙つきです。この後に紹介するリカルドさんと共に、自警団の威厳をかけて戦います。さて続きまして、
昨年の優勝者、ジョートショップの彰さん!」
 そう彰の名が紹介されたると、先ほどのアルベルトの紹介の時と同じかそれ以上の歓声が客席から聞こえた。そして彰は、自分の棍
を空に掲げた。つまり、アルベルトと同じことをしたのである。
「てめえ、人のまねなんかするんじゃねえ!」
「俺がやろうとしてたことを、先におまえがやっちまったってだけのことだよ」
「何だとぉ!?」
 一触即発の二人。その様子を、もはやセコンドとしての意味がないので客席に周り、その一番前に陣取っていたトリーシャが見てい
た。彼女の隣には医務室から復活したマリアもいた。
「相変わらず仲悪いなあ、彰さんとアルベルトさん…」
「そうよねえ。でも、あの二人の仲をよくしようなんて無理な話なんじゃない?」
「かもね…。あっ、次、お父さんの紹介だ」
 そう、大方の予想を裏切ることなくリカルドもここまで勝ち残っていた。
「三人目は、自警団第一部隊隊長、リカルドさん!」
 そのアナウンスに、客席から怒号とも言える大歓声が上がった。あまりの大きさにトリーシャは自分の耳をふさぐ。
「さすがよねえ、あんたのパパは。老若男女問わずファンが多いわ」
 マリアが言った。
「みなさん知っての通りこのリカルドさん、毎年優勝候補の筆頭に挙げられています。昨年は事情により準決勝で棄権してしまいまし
たが、今年はどうでしょう」
 その審判の声など、歓声にかき消されてほとんど聞こえない。彼はその声がおさまるのを待って、四人目の選手の名を告げた。
「それでは最後の選手、ネイラス・クローガーさんのご紹介をしましょう」
 その、聞いたことも見たこともない男に、客席からはどよめきとざわめきが起こった。審判が説明を加える。
「ネイラスさんは別の街の出身ですが、今日のためにはるばるエンフィールドまでやって来たとのことです」
 このネイラスという男、見た目は年の頃三十代半ばの牧師のような姿をしていた。表情もとてもここまで勝ち残れるとは思えないほ
どに温和そうな物であった。
「以上の四名が準決勝進出者です。第一試合はアルベルトさんと彰さん、第二試合はリカルドさんとネイラスさんの試合です。それで
は、第二試合出場のお二人はお下がりください」
 こう言われ、リカルドとネイラスは闘技場を去っていき、アルベルトと彰、それと審判だけが残った。
「そんじゃ、ぼちぼち行くとするか。アルベルト、おまえには負けねえからな」
「こっちのセリフだ、それは。貴様だけはぶっ倒す!」
 そう言った後、二人はお互いの武器を構えた。
「おおっと、アルベルトさんは槍、彰さんは棍と、似たような武器を使う方たちの戦いのようです。それでは…始め!」
 審判の声がした次の瞬間、二人はすでに動いていた。
「さりゃあ!」
「ていやっ!」

−ガカカカカッ−
−ゴガガッ−
−ガッガッガッガッギギキン−
 互いの武器で激しく攻め立て、それと同じに相手の攻撃を防ぐ。棒と棒のぶつかる音が、しばらくの間コロシアムに響いた。
「さすがじゃねえか、彰!」
「おまえもな!」
 その言葉の後、二人は一度間合いを取った。この距離ではどちらの武器も相手に届かない。少しの沈黙。
「だりゃああ!」
 叫び声と共に相手に向かっていったのは彰だった。しかしここで彼が放ったのは、棍による直線的で単純な攻撃。
「見え見えなんだよ!」
 そう言ってアルベルトが自分の槍で彰の棍を防いだ。そして彼は自分の頭の中で次にする攻撃のための動作をイメージした。だがそ
の時、アルベルトが予想していなかったことが起きた。
−ガッキイイン−
 それは、アルベルトの槍の先についている刃が外れた音だった。
「な…に…?」
「気づかなかったか?俺はさっきからおまえの武器の同じ所…刃の止め金ばかりを攻撃してたんだよ。おまえの槍をただの棒にするた
めにな」
 そう言ってしてやったりという顔をする彰。これでアルベルトの心は動揺したはずだ。そのすきをついて次の攻撃をしようとした彰
だったが−。
「おらぁあ!」
「えっ…?」
 アルベルトが、棒となった槍で彰の棍を払った。宙に舞う彰の武器。
「甘いんだよ。それぐらいで動揺するオレだと思うか?」
「なるほどな…」
「それより今度はこっちの番だ。素手になったからって容赦はしねえぜ!せいっ!」
 アルベルトが棒で彰を攻め立てる。彰はその攻撃のほとんどはかわしていたが、その中でもいくらかの攻撃はよけきれずにくらって
しまっていた。彼のダメージが徐々に蓄積されていく。
(このままじゃやばいな…。武器を取りに行こうにも、俺と棍の間にアルベルトが立ちはだかってる…。考えてなさそうでちゃんと考
えてるんだなあいつも…って、感心してる場合じゃねえか)
 心でつぶやく彰。そして彼は意を決した。
(このレンジじゃやられるだけだ、一気に突っ込んでやる!)
 そしてアルベルトに突進する彰。アルベルトは予想外の彰の行動に反応できず、懐に潜り込まれてしまった。
「しまった!」
「こうなりゃこっちのもんだ!」
 彰がアルベルトの武器をつかむ。奪い取ろうというのだ。もちろん、アルベルトも黙って武器を奪われる気はない。
「この、放しやがれ!」
 アルベルトが彰に蹴りを入れた。
「うぐっ!」
「そら、もう一発!」
 続けてアルベルトが二発目の蹴りを入れようと片足を上げた。しかしその時、彰は超反応をした。蹴られる前に逆に彰がアルベルト
の軸足を蹴ったのである。
「えっ?おっとっとー!?」
 バランスを崩すアルベルト。彼は棒をつかんでいる彰もろとも地面に倒れた。
「しまった、この形は…!」
 その時この二人は、彰がアルベルトに馬乗りになる、いわゆるマウントポジションになっていた。
「へへ、予定とちょっと違ったけど、いい体勢になったぜ!」
 そう言った彰が自分の下にいるアルベルトにパンチを叩き込む。
「だりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらりらーっ!」
 ものすごい勢いでの連続パンチ。アルベルトは両腕でそれをガードしようとしたのだが、この体勢ではほとんどの攻撃をくらってし
まっていた。そして彰がとどめの一撃を放つ。
「どっかーん!!」
 人を小バカにしたような掛け声だったが、これまでで一番強烈なパンチがアルベルトのボディを襲った。
「がっはっあ…!!」
 アルベルトが血を吐いた。それを見た彰が彼の上から下りる。アルベルトは起き上がらない。
「アルベルトさん、ダウンです!カウントを取ります!ワーン、ツー…」
 その間に彰は倒れているアルベルトの横をすり抜け自分の棍を拾いに行った。彼が武器を取り戻したちょうどその時、コロシアム中
から歓声が上がった。彰が振り返ると、そこにはアルベルトが仁王立ちをしていた。
「ちっ、立ちやがったか…」
「当たり前だ、あれぐらいでオレがくたばるか!その前におまえだってオレにダメージを受けてたんだ、これで五分だぜ!」
「どう見てもおまえの方がダメージでかいと思うんだけどな…。まあいいや、立ち上がったってことは続きやる気あるんだろ?」
「愚問だ!」
「どうやらアルベルトさんはまだまだ元気のようです。それでは試合再開です!」
 審判の声を合図に、また二人は武器を構えた。
(オレの槍はただの棒になっちまったが、さっきまでの打ち合いで彰の武器の間合いはわかった。刃先がなくなっても、まだオレの武
器の方が長い…。次に正面から打ち合えば、リーチの差でオレが勝つ!)
 心の中でつぶやくアルベルト。そして彼は彰に言った。
「彰、次で終わりだ!小細工なしで正面から行くぜ!!」
「望むところだ!」
 彰がこの挑発に乗った時点で自分の勝ちだとアルベルトは思った。そして一度間合いを取り、二人は同じように呼吸を整える。
「うおおおおおっ!」
「わあああああっ!」
 野獣のような咆哮と共に彰とアルベルトが同時に相手に向かって突進していった。
「せいやーっ!!」
「どらっしゃーお!!」
 掛け声と共に放った技もまた、二人同時だった。正面からの突き合い。
−ドゥッダーン−
 大きな音がした。この直後に相手の技をくらって吹き飛んだのは−アルベルトだった。彼は地面に倒れたままで驚きの表情を見せて
いる。審判がカウントを数え始めた。
「な…なぜだ…なぜ彰の武器がオレにヒットする…?絶対にオレの方がリーチがあるはずなのに…はっ!?」
 ここでアルベルトは気がついた。彰の持っている棍が鎖でつながった三つの節に分かれていたのだ。
「へへ、驚いたか?俺の武器は実は三節棍だったんだよ」
「てめえ、棒が伸びるなんて…イカサマ…だ…」
 その間にも審判のカウントは続いていた。起き上がれないアルベルト。そしてついに10カウントが告げられた。
「そこまで、勝者、彰さん!!」
 とうとう決着がついたのだ。コロシアムに歓声が上がり、彰はそれに応えた。そして彼はアルベルトにこう言う。
「ま、おまえもよくやったけどこれが結果だ。じゃーなー」
 この言葉の後、彰は控え室に続く通路に入っていこうとしたのだが、一度立ち止まって、倒れたままのアルベルトに向かってアカン
ベーをしてから再度通路に向かった。
「て、てめえ、待ちやがれ!」
 小バカにされたアルベルトが一瞬で起き上がり彰を追いかけた。
「えーっとぉ…なんだか、まだまだ元気のようですね、アルベルトさん…」
 思わず、審判はそんなことを言っていた。


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