桜散るころの手紙

 えっと…久しぶりね。元気だった?あんたからの手紙、読んだわ。ちゃんと元気みたいね。あたしも他のみんなも元気よ。
 でも、ずいぶんと長い間手紙をよこさなかったんじゃない?あんた、旅に出る時あたしになんて言ったっけ?「一週間に一度は手紙
を出すよ」なんて言ってたわよね?それが、あたしの家の前にある桜の花が咲く前に旅に出て、その桜が散って、道が花びらでいっぱ
いになる今日まで手紙をよこさないなんていったいどういうことよ?今、弱い雨が降ってるんだけど、そのせいでもう全部散っちゃい
そうだってのに。もうしばらく手紙が来なかったら、あたし、あんたのことをただの思い出にしちゃうところだったわ。ううん、本当
言うと、もう少しずつ思い出になりかけてるのかもしれない。だから、必死になって覚え続けてようとしてるんだ、あんたのこと。特
に、あんたがあたしに…あたしだけに見せてくれた、荒っぽい優しさを…。だから、あんたからの手紙を見た時、本当にほっとして、
本当に嬉しかったのよ、あたし。
 …ねえ、ここまでこの手紙読んで、何かちょっとおかしいなって思わない?気がついたかもしれないけど、あたし、なんだか弱気に
なってるのよ。あんた昔、「おまえって頼りになるけど、ちょっと何かあったら弱くなっちゃうタイプだよな」ってあたしに言ったの
覚えてる?その時はそんなことはないって自分で思ったけど、実を言うと、今のあたしってそんな状況になってる。あんたの言った通
り、あたしはそんなに強い人間じゃなかったんだ。あんたがいなくなって、そのことに気がついた。他の人の前では気丈にふるまって
ても、一人になった時に弱さを感じて、あんたがいないことを寂しく思ってる。そんなあたしじゃないあたしがそこにいるのよ。あん
たが送ってきた手紙に、「旅は少し辛いところもある」って書いたわよね?その文字を見た時、あたし、すぐにでもあんたの所に飛ん
で行きたくなった。その時あたし思ったわ。あたしの帰る場所、あたしのいるべき場所って、二つあるんだなって。一つはもちろんあ
たしの家、このエンフィールドのさくら亭だけど、もう一つは、あんたの胸の中なんじゃないかってね。だけど、それってただの甘え
とか弱さかしら?優しさをくれる人の胸なら、誰の胸でもいいのかしら?ううん、違う。あたしがあんたに帰りたいのは、単純に、あ
んたのことが好きだから、それだけだと思う。
 なんだか、書いてて恥ずかしくなってきちゃった。とにかく、あたし、今ものすごくあんたに会いたい。さっきも書いたけど、あん
たの所に飛んで行きたい。けどね、帰ってきて欲しくないって気持ちがあるのも事実なんだ。だって、まだあんた、自分の目的を果た
してないんでしょう?それを途中で投げ出してエンフィールドに帰ってきたりなんかして欲しくないのよ。そんなことしたら絶対許さ
ないからね。帰ってきても口きいてあげない。あたしはそんなハンパな男を好きになった覚えはないんだから!
 …なんか、書きたいことをずらずら書いただけのようが気がするけど、今日はこれで筆を置くわ。それじゃ、またね。あたしもこっ
ちでがんばるから、あんたもがんばりなさいよね。
 弱く降る雨を眺めながら パティ・ソールより
PS.次の桜は、一緒に見ようね。
<了>

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