編集委員・執筆者目次

[ はじめに] 
- 化学物質の環境影響、最近の新たな動向をふまえて-        

 環境ホルモン問題、ストックホルム条約(POPs条約)など微量の化学物質の環境汚染がヒトや生態系に及ぼす様々な影響に大きな社会的・学術的関心が寄せられている。この種の物質の大半は、安全性/有害性を判定する明確な証拠が得られていないため、しばしば社会は混乱し、行政が苦悩する状況を招いてきた。このような事態を即効的に打開する処方箋はないが、近年定着しつつある理念「予防原則」いわゆる「転ばぬ先の杖」が広く社会に浸透すれば、環境行政の円滑化に大きな効用をもたらす可能性がある。また、この理念は産業界にも変革をもたらし、化学物質の安全性を前提とした巨大ビジネスの開拓も夢ではない。
本書の背景には、「予防原則」を前提とした化学物質の環境(生態)リスク評価の基礎情報を得るため、各種試験生物やその試験法に関する様々な情報が包含されている。 近年、化学物質の生態リスク初期評価、PRTR、化審法の改正、水生生物保全のための水質目標、農薬取締法などに関して、環境行政は著しい進展をみせている。なかでも、化審法が改正(平成15年5月28日公布)され、来年度からは化学物質の審査・登録に生態影響試験のデータが求められることになる。OECDテストガイドライン(以下TG)に準拠した藻類・甲殻類・魚類の急性試験によるものであるが、試験結果と化学物質の物性などによっては、更に追加的な試験の要求もあり得よう。
 OECDでも生態系の構造と暴露経路などに基づき、新たな試験生物や試験法を加えつつある。本書ではOECD-TGに関し、既存および追加予定の試験法も含め、国内GLP試験機関の執筆者が詳細に解説している。化学物質の生態影響試験の分野では、今後様々な展開が予想されるが、本書の出版は図らずも時宜を得たものといえよう。さらに、環境省では水生生物保存のため、ニジマスやコイ・フナなど魚類の生息域や繁殖域にかかわる水質目標を導出する作業が進んでいると聞く。魚類とその餌生物に対する無影響濃度(NOEC)を比較し、両者いずれかの低い値を採用するという手法である。例えば、カドミウムの環境基準値 10 ug/Lに対し、ニジマスや魚の餌としてのミジンコへの無影響濃度から、従来より2桁低い濃度が水質目標として試算されている。 水生昆虫、甲殻類など様々な水生生物に対する NOEC も、今後は水質評価のための目標値として考慮されることになった。本書で取り扱っている様々な生物とその試験法が、生態系保全のための有用な基礎情報として活用され、一般化学物質のみならず環境ホルモン問題など大きな社会的関心を集めている化学物質対策の一助となれば幸いである。              
                         日本環境毒性学会会長  田辺 信介

                     <化審法の改正部分のみ、「本書」の未来形から過去形に変更しております>



購読希望者・購読者各位:

 本書の最終的な校正等が終了した後に、化審法の改正があり(平成15年5月28日公布、平成16年4月〜施行予定)、来年度から化学物質の審査に生態影響評価が新たに取り入れられることになりました.そのため本書で扱っている化審法関連のOECD準拠試験法(藻類・ミジンコ・魚類の急性試験法等)あるいはGLPの一部が施行前には改訂され、関係省庁より公表されると思われます.
 また、本書ではドラフト段階のOECDテストガイドライン(ユスリカ試験等)も概説しておりますが、環境毒性学会ではこれらが公表、または採択された段階で学会のホームページにより、それらの情報(変更・追加部分)をお知らせ致したいと考えております.それ以外にも、本書に係わるコーナーに関連の追加情報等を提供させていただく予定ですが、化学物質の生態影響評価試験に本書を活用していただき、また様々な問題点を指摘していただければ幸いです.
         
   平成15年6月   日本環境毒性学会 本書編集幹事・学会事務局