第15回目 2001年7月中旬・・・・ヘルクレス座へ 「真の正義は、自分の行いから


ヘルクレスは、ギリシャ神話の中で、偉業をとどろかせている人物だ。「豪勇」は、有名で、事実だが、
意外とプライベートは、考え深いく、苦行の多い人生を送っている。
しかし、正義に満ちていた人物だという事は、間違えない。

何も、人命救助など、大事ではなく、日常の中でいくらでも、手をさしのべたり、会話を交わすことでも、
ふと、その場が救われる・温まる情景が生まれる。街の片隅で、そんな場面がちらほら見れたらいいのにな。
つい最近、毅然とした態度、誠意という事について、久々に考えてしまう出来事があった。

先週の水曜日、私は、自転車に乗って、近くのスーパーマーケットへ買い物にでかけた。その道の途中、
道路の向こう側で、高校生の男の子と、ふっくらとしたおばちゃんが、自転車同士で、
激しく正面衝突したのです。二人とも地面に投げたされ、「うーうーうー」っと、動きません。心配になった私は、道路を渡り、「大丈夫ですかー!!」っと、駆け寄りました。高校生の方は、無傷の様です。しかし、おばちゃんは、なかなか、起き上がらず、其の上、右手の親指から、血を流していました。
「おばちゃん、大丈夫?」と声をかけ、おばちゃんを起こしました。顔は砂と、涙でぐしょぐしょ・・・
私は、ティシューで、顔や腕についた砂をはらいました。その間、おばちやんか゜、
「僕ー、私の手、ツキユビしたみたいよ」っと、痛そうな右手を持ち上げ、その高校生に話かけました。

無反応・・・・

ちょうど、私のお財布にバンドエイド(サビオ)を持っていたので、おばちゃんの右手の親指にバンドエイドを貼ってあげました。なんと、その間に、衝突相手の高校生は、猛ダッシュで、その場を立ち去ってしまったのです。
私は、「待ってよ!」っと叫びましたが、姿は、みるみるうちに小さくなり、横丁を曲がってしまいました。

事故というのは、どちらが原因と見極めるのが難しい時もあるし<どちらかの不注意の場合もある。
その高校生もスピードの出し過ぎだったかもしれない、そのおばちゃんも、前方不注意だったのかもしれない。
でも、「傷ついた」ということは、心身ともにあったことです。逃げてはいけない場面だと思いました。
それは、日頃の私達の生活・仕事上でも、あてはまる状況だと思うのです。

自分や、仕事上で関連性がある中で、発生した問題・トラブルは、もしかしたら自分にマイナスになるかもしれないけれと゛、関係者として、一緒に考えていきたいものです。知らないふり、関係ないよという、逃げの姿勢は、実に寂しいものです。今までのお付き合い・取引か゜、幻のように感じてしましいませんか。落胆が大きく、時には、人間不信になりかねません。
もし、私達が「これ、ちょっと気まずいよね」「まあーっ、これぐらいは・・・」と思うことが、案外、客観的な視線からみると、「うそでしょ」「いやだなー」と思われている事があります。常に、「心の暖かさの基準」を胸にドンと据えておきたいものです。自分がきちんと接すれば、苦手だなという相手も変わってきます。瞬間的に変わるかもしれないし、なだらかに変化していくかもしれないしね。
誠意は、通じる。それをヘルクレス座の瞬きは、教えてくれます。


ヘルクレス座さん、悲しい事・苦しい事を経験するのも、幸せ・安らぎの通過点なのですか?
必要な課題だよね。乗り越えられるかな・・・


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